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アーカイブスの本マニア  作者: マオ
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四章・貫くのもほどほどに・5

 沈黙が落ちた。煙が晴れ、互いの顔が見えるようになる。テトは案の定きょとんとしていた。ニズは目を見開き、オルトはよく分かっていないような表情だ。

「暴発、ですか?」

「そう。魔法も魔術も使えないの。どうやっても暴発するから。マトモに発動しないのよ。見たでしょ、魔法なのに魔術みたいに発動して、魔術はとんでもない威力で発動するのを。あれ、狙ってやってるんじゃないの。暴発したの。まぁ、だからこそ、この世界でも発動したんだろうけど……」

 ニズとオルトの魔術は発動しなかったが、ルルの魔術はとんでもない形で、しかし一応発動した。それは暴発という形だったからか。

 文字喰いのほうに視線をやると、上半身にあたる部分が消失していた。動きはかなり弱々しい。多大なダメージを与えたのは間違いない。

「け、結果は良かった、みたいだな」

 あそこまでテトが一人で削るのは難しかっただろう。だからこそルルは暴走すると分かっている魔術を行使したのだ。

「もう一回あたしが暴発魔術使えばトドメさせそうだけど、もうしないからね? 同時にあたしたちも死にそうな気がするし」

「うん。止めてくれ。俺、頑張るから」

「「頑張って」ください」

 ニズとオルトが口を揃えて言うのを聞いて、ルルはなんとなく腹が立った。こうなることは分かっていたのだが、目の前で言われるとムッとしてしまう。好きで暴発魔術・魔法を使うようになったわけではないのだ。彼女とて勉強を始めた幼い頃は、まともな魔術と魔法を行使していた。目指すものがあったのだ。だが、今はそれも断念せざるを得なかった。

 暴発するようではとても目指せない夢だからだ。文字喰いに走るテトを見送りながら、彼女は遠い目になった。過去を思い出すから、魔術も魔法も使いたくない。ルルは魔術も魔法も嫌いなのである。ニズが彼女を見て何か問いたそうな顔をしているが、取り合わなかった。

 テトは地道に文字喰いを削っている。下半身しか残っていない文字喰いは、彼を踏み潰そうとよたよた動いている。弱っているので動きはかなり鈍く、彼の力なら避けるのは簡単らしいが、下半分とは言っても、巨大だ。削りつくすのはまだ時間がかかりそうである。

 ひたすらに、持久戦。

 なんとはなしに眺めながら、ルルは呟いた。

「物語の中でこんな最終戦も珍しいなぁ」

「あ、そういうものですか?」

「うん。大抵さ、がーっと強い魔術とかが飛び交うものでしょ。最後の敵相手なら」

 見ているだけなので手持ち無沙汰だ。しゃがみこんで木の枝を拾った。

「あ、そうだね。ぼくも冒険小説とかちょっと読むけど、最後の敵って仲間たちと力を合わせて大技を使って倒すよね」

「そうそう。オルトくんも本読むんだ? おすすめある?」

「ええとね、ぼくが読んだ中で面白かったのは『ルーンサイクルの狼』シリーズ」

「ああ! あれ面白いよね!」

「ルルさんのおすすめは?」

「最近読んだので面白かったのはねー『エンドリアルールシュ』って本」

 会話をしながら山を作って、テトを除いた三人で山崩しゲームをし始める。

「戦士と一対一で、しかもただ削っていくだけって、今まで読んだ物語でも見たことないから、珍しいと思う」

「仲間、見ているだけですしね。やれることがないので仕方ないといえばそうなのですが」

「現実の冒険者でもこんなことないんじゃないの?」

「時間かかりそう……あ、崩れちゃった」

「オルトの負けですね。まだやりますか?」

「五ファット並べなら負けないよ!」

 なんともやる気のない最終戦闘である。戦っているのは戦士のテトだけで、ほかはヒマをもてあまして遊んでいる。眺めてもいないのはちょっと薄情かとルルも思ったが、テトがケガをすることはなさそうだとも思うので、放っておいた。

「お前らな、せめて応援しようとか思わないのかッ?」

 寂しくなってきたのかテトがそんなことを叫んできた。

「俺がやられたらお前らも帰れないんだぞ!」

「え、でもルルさんがいてくれたら帰れそうな気がするよ?」

「ああ、確かにルルさんがいてくれたら帰れそうですね……巻き込まれて死ななければの話ですが」

 神妙な顔で頷く魔術師二人に、何も言い返せないルル。

「あはは……テトガンバッテー」

「棒読みかよッ!」

 叫んでテトは文字喰いに斬りつけていった。とても悔しかったようだ。猛烈な勢いで斬りつけていって、しばらく。

「なぁ、誰かちょっと代わってくれ」

 激情で動いて体力が尽きかけているようだ。

「テトくん、ちゃんと体力配分を考えて戦わないといけませんよ?」

「のんきに陣地取りやってる奴に言われたくない!」

「えっと、じゃああたしがトドメの一撃でも?」

 本当はイヤだけれど、テトが疲れているようなので、ルルは挙手してみた。

「「「それは最後の手段で」」」

 男三人に揃って却下された。先ほどの暴発は彼らの心に深い傷を負わせたようだ。確かにルルもちょっとアレは死ぬかもと思った。

「剣貸すから削ってくれ。俺もちょっと休みたい」

「え、でもぼくらがアレに蹴られたら避けられないよ!?」

「そうですね。死ねます」

「だいぶ動き鈍くなってきてるから大丈夫だって」

 男同士で押し付けあっている。体を動かすことが得意でない魔術師二人はイヤがっているが、テトだって疲れていて休みたいのだろう。

 まぁ、気持ちは分かる。一人で頑張っていたのだから、少しくらい休んでもバチは当たらないかもしれない――戦闘の最中でなければ。

 ルルは目を丸くした。蠢く文字たちが鳥の形に変わろうとしている。

 文字喰いは逃げるつもりだ!

「わーっ! 逃げる! 逃げちゃう! テト、文字喰いが飛んで逃げる!」

 彼女の上げた声にテトもぎょっとして振り返った。確かに文字喰いは変形しようとしている。ルルの暴発とテトの努力とで減った体では力が足りないのか、最初見たときよりも変形には時間がかかっていた。

 鳥の姿で飛ばれたらルルたちに追いかける術はない。また本の中をさまよう羽目になる。

「うわぁっ、待て待て!」

 テトが叫んで走り寄った。無我夢中で剣を振るい始める。彼がここで頑張ってくれないと、それこそ逃げられる。

 文字喰いのほうも必死なようで、テトが削る勢いに負けないように変形していく。

「まずいですね、逃げられます」

 ニズが槍を手に走った。オルトもまずいと感じたのか、ニズよりは迷い、それでもモーニングスターを手に文字喰いに走り寄る。

「は!」

「えい!」

 威勢よく彼らが振るった武器は、文字喰いに当たるなり文字に引き込まれた。『伝説の剣』と同じように。

「「あ」」

「何やってんだっ!?」

 見ていたルルもテトの叫びに同感だった。焦るあまりに、本の中で手に入れた武器だということを綺麗に忘れていたのだろう。

 槍とモーニングスターを喰った文字喰いは、少し回復したようだ。変形し終わった翼を広げて飛ぶ体勢である。

 飛ばれたら終わりだ。ルルも焦った。またあの脈絡のない本の世界をめぐるのはちょっと遠慮したい。

 魔術か魔法を使うか。しかし暴発したらどの程度の規模になるか見当がつかない。あわてている精神状態で使うと、さっきよりさらに暴発の規模が大きくなるか小さくなるかのどちらかだろう。

「えーと、えっと」

 ルルはあわてた。ただでさえ彼女の魔術や魔法は危ないのだ。せめて安定した精神で詠唱できるように時間を稼ぎたい。文字喰いの足止めをできるようなものがないかと、服を探る。

 魔術具の一つでも携帯していればよかったのだが、あいにくと普通の古本屋店員のルルに、魔術具を持って歩くような習慣はなかった。冒険者でもないのに攻撃的な魔術具を持って歩くなど、ただの危険人物だろう。

 仕事帰りに直接ギルドに行ったので、身につけているものといったらエプロンだけだ。

 何かないか。なんでもいい、とにかく時間稼ぎを。

 エプロンのポケットに何かの感触。

 今にも飛び立とうとしている文字喰いに、ルルは片っ端から投げた。布が飛び、紙やすりが飛び、届かないで落ちる。

 その中で、唯一、小さなものが文字喰いまで届いた。

 一瞬、間があった。

 声のような吼え声のようなものを上げて、文字喰いがのた打ち回り始める。飛んで逃げるどころではない。苦痛を感じているのか、もはやルルたちには目もくれなかった。あまりの暴れっぷりに、巻き込まれてはたまらないとテトたちがルルの傍に逃げてくる。

「ルル、何投げたんだ?」

 呆然とテトが問いかけてくる。同じように呆然と答える。

「し、仕事道具」

「って、何を?」

「……消しゴム……」

「「「…………ああ」」」

 男三人はどこか遠くを見ているような目で納得したようだ。心境的にはルルも同じだった。 まさかこんなものが役に立つとは。

 古本屋店員三大アイテムのひとつ、消しゴム。

 暴れていた文字喰いは完全に動かなくなっている。

「……最後のボス、消しゴムで死す……」

「最終兵器消しゴム……」

「伝説の消しゴム……」

「……トドメが、消しゴム……」

 なんともいえない雰囲気が漂う中で、文字喰いが溶けるように崩れていった。本当にトドメになったようである。後に残ったのは、角の削れて使い込まれた様子の、ちょっと汚れた消しゴムがひとつ。

 ルルは近寄って消しゴムを拾い上げた。何の変哲もない、ただの消しゴム。

 しかし、文字喰いには絶大な効果を及ぼすものだったのだ。

 伝説の剣より強い消しゴム。魔術より強かった消しゴム。最強の、消しゴム。

「……俺は一体何のために体力使ったんだ……」

「最初から分かっていれば苦労はなかったのですがね……」

「あははははは……はは、は」

 なんと言ってよいのか分からないのだろう男たちの声を背に、ルルは消しゴムをポケットに収めた。同じように布と紙やすりも拾ってポケットにしまう。大事な仕事道具を本の中に置いていくわけにはいかない。

「まぁ、倒せたみたいだし、良かったよね。これで帰れるでしょ」

 文字喰いを倒し、本の精霊の依頼は無事に果たせたのだ。


『ありがとうございます……』

 聞き覚えのある声がした瞬間、周りの光景が一変した。


最終ボス戦、消化不良(酷いオチw)

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