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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト

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第3章 遠き理想 -4-


「で、学校をサボった挙句に喧嘩? いい身分だねー、大輝君」


 地下都市ではなく地上の病院を訪れた東城を手当てしてくれたのは、代わらず東城をおもちゃにしたがる童顔ナースの浦田さんだった。

 ただし、今の格好はナース服ではなく年相応の(若干若作りしているようにも見えなくもない)私服だったが。

 しかし浦田さんに遊ばれようと今回は東城も文句を言えない。何なら、遊ばれてもいいから頼まないといけないことがある。


「……オッサンには内緒にしてくれると……」


「さー、どうしようかなー」


 今の浦田さんは休憩中らしく、奥の休憩所で手当てをしてくれている。完全に勤務外の行為の為、治療費もカルテも必要なく近所のお姉さんが手当てをしているのと一緒だそうで、一応証拠は残らない。――が、それでも連絡一つでバレてしまう。

 温厚なオッサンは東城が学校をさぼったくらいで激怒することはないだろうが、静かに滔々と説教される方が東城としては恐ろしい。


「って言っても、院長は今日お休みだからね。わざわざ言わない限りは伝わらないから安心していいよ」


「……浦田さんはわざわざ言いそうだから恐いんだよ」


「あ、ケータイがこんなところ――」


「浦田さんは優しいから絶対そんなことしないよね。うん、優しさがある女性はモテるよ! だからケータイから手を放せ!」


 東城が噛みつくように浦田さんからケータイを引っ手繰る。あと数瞬遅れていれば、一発でオッサンに電話が繋げられていただろう。


「ちぇー。せっかく面白い修羅場が見られると思ったのにー」


「そんなのいいから、さっさと続きの手当てしてほしいんだけど」


 ため息交じりに言うと、浦田さんは何故か頬を膨らませていた。


「冷たいなぁ、大輝君は。まったく、それが人にお願いする態度なのかな?」


「……ゴメンなさい。続きの手当てしてください」


「それじゃあ駄目だなぁ」


 確かに言い方が悪かったなと反省し素直に言葉を直したのだが、浦田ナースはそれでは満足しないらしい。


「……何が望みなんだよ」


「本当にすまないという気持ちでいっぱいならどこであれ土下座が出来る。そう! たとえそれが肉焦がし――」


「言いたいだけだろ。いいから続けてくんないなら婦長のケーキを浦田さんがこっそり食べたこと言いつけるぞ」


「恐喝だ! 大輝君が不良になった!」


 随分と楽しそうに浦田さんは涙目になっていた。Mなんだろうか。


「もう何でもいいから、本当に続きしてくんない……?」


「了解。はーい、少し冷たいよー」


 そんなことを言いながら、無造作に保冷剤を殴られた後に押し付ける浦田さん。


「冷た――って痛ぇよ! ぐりぐり押し付けるな!」


「ぶー。これは大輝君の罰なのです。素直に受けたまえー。というか大輝君が抜け出したせいで真由美ちゃんに怒られたのはわたしなんだぞ。ストレス発散にわたしに電話して怒鳴り散らした挙句『お前が悪影響を及ぼしたんじゃないのか』とかホントに意味が分かんないよー」


 浦田さんの目から若干だが生気が消えていた。よほど永井先生に長くねちねちと嫌味を言われたに違いない。


「……で、何かあったのかな?」


 それから擦りむいた箇所に絆創膏を貼ったりしながら、浦田さんが訊いてきた。


「何もない」


「嘘だね」


 即答だった。


「何を根拠に言ってるんだよ」


「女の勘を舐めないでほしいな」


 浦田さんは笑いながらも、どこか顔は真面目だった。


「別に話したくないのなら話さなくてもいいよ。でも、これは人生のほんの少し先輩のおねーさんとしてのアドバイス。やっぱり、何かあったときはみっともなくても何でも人に話した方がいいよ。解決にならなくても、それだけで見えてくることはいっぱいあるから」


 とても温かく、優しい声だった。思わず東城の顔もほころんでしまう。


「…………ほんの少し?」


「せっかくいいこと言ってるのにそんなところをツッコんじゃうの!?」


 浦田さんの泣きそうな顔を見て、思わず東城は吹き出してしまう。こうして茶化せるのも笑えるのも、浦田さんのおかげで少し気が軽くなったからだろう。


「……なぁ、本当に少しだけ相談してもいい?」


「どんとこい。この大きな胸で受け止めてあげよう」


「……おう」


「何、今の間は!? そんな哀れな目で視線を三十センチ下げないで!」


 浦田さんの泣きそうな声にひとしきり笑って、東城はそれから一間置いてから声にした。


「……友だちと喧嘩したとして」


「喧嘩したんだ」


「相談なんだからツッコむなよ。――でも俺には喧嘩の原因が分からない。俺が悪いのかもしれないし、実際それでさっき殴られた。でも、俺にはどうしたらいいのかが分からないし、相手がどうしてほしいのかも分からない」


 東城の相談にしばらく浦田さんは考えて、こう口にした。


「……そういう友人関係の相談はわたしより真由美ちゃんに任せた方がいいと思うなぁ。大輝君の担任じゃない? きっと親身に相談に乗ってくれるよ」


「相談しろって言っておいて全部丸投げするなよ!」


 話した自分が馬鹿だったともう後悔してしまう。

 だが、流石に浦田さんもそんな冗談だけで済ますほどお調子者でもなかった。


「けどまぁ、それが恋愛関係だったら少しアドバイスをしてあげよう。――まぁ、それほど経験もないんだけどねぇ……。ナースってモテると思ったら忙しくて全然合コンとか行く暇もないし、ふふふ……」


 本音が駄々漏れだった。


「まぁ、冗談は置いといて。相手のことを大切に思うんなら無理に仲直りする必要はないと思うよ。これはホントに年上のおねーさんのアドバイスです」


「……それじゃ駄目じゃないか?」


 東城の問いにどう言葉にすれば迷った様子で、でも浦田さんはしっかりと答えをくれた。


「うーん、大輝君は鈍感だけどバカじゃないからねぇ。喧嘩の原因が分からないって言うんなら、それは大輝君のせいじゃないか、大輝君にはどうしようもないことじゃないかな。だとしたらそれはそんなことで腹を立てる相手が悪い。でも、それを追求するのは男のすることじゃないってわけよ」


「……つまり?」


「相手が泣いて謝るほどかっこいい姿を見せつければ万事解決さ!」


 ぐっ、と親指を立ててウィンクして舌をぺろりと出すさまは、完全にアホ丸出しだった。


「……浦田さんに訊いた俺が馬鹿だったかもしれない」


 東城はため息をついて立ち上がった。


「でも、ありがとな。おかげで少し気は楽になったよ」


「ふふん。惚れてもダメだよ、ぼ、う、や」


 わざわざ胸元をはだけさせてスカートの裾を捲って浦田さんは色気を醸し出しているが、東城はただ冷ややかな目でそれを見ていた。


「それはないから安心してくれていいよ」


「ツッコミを放棄した!? それだと凄くわたしが痛いコみたいだからやめてよ!」


「……みたい?」


「そんな可哀そうなコを見る目はやめて! 真由美ちゃんにチクっちゃうぞ、大輝君のばーか!」


 子供らしく浦田さんは言う。


「――けどそれはマジでシャレになんな――」


「ここにいたか、東城」


 背後で、とても冷たい声が聞こえた。

 嘘から出た真。噂をすれば影が差す。

 先人は偉大な言葉を残したものだ、などと現実逃避気味なことが脳裏に浮かぶ中で、東城はいま自分が絶賛大ピンチであることを直感していた。


「……永井先生。お久しぶりです」


 ぎぎぎ、と壊れたブリキのような動きで振り返る。

 そこには長い髪を逆立てて、眉間に深い皺を刻み、こめかみのあたりの血管がはち切れんばかりにピクピくと痙攣している、怒りの権化こと永井先生の姿があった。


「どうせお前のことだから、家か保護者の勤務先にいるだろうと思って来てみれば案の定か」


 その声は怒りに震えていた。

 いきなり生徒が失踪を遂げたとなれば捜索に出ねばならないのが教師というものだろう。要するに、永井先生は勝手なことをした東城の為に街を駆けずり回ってくれていたわけだ。

 それは永井先生でなくとも怒りもたまるだろう。東城だってそう思う。


「えっとよく生徒を見てますね。ホント、教師の鑑だと思います」


 どうにか怒りを和らげようと画策するが、おそらくそんなことは無理だろうとは分かっていた。


「殴っていいか?」


「いや、確かに俺が全面的に一部の隙もなく悪いですし昔ながらの体罰なら文句を言う気はないどころか甘んじて受けますがいくらなんでもいきなりはこめかみが痛い!」


 こめかみを拳で挟まれている東城がもがくが、永井先生の脅威の腕力の前では逃れることは出来そうにない。


「授業を抜け出してナースといちゃつくとはいい度胸だな、東城」


「いちゃついてるわけじゃないですよ!」


「ひ、ひどいわ、大輝君。わたしにあんなことまでして――」


「あんたホントに殴るぞチクショウ!」


 永井先生に頭を挟まれた状態で浦田さんに手を伸ばすが、全然届かない。よよよ、などと口にしてハンカチで笑いの涙を拭っている浦田さんを、後で本気で殴ろうと東城は心に決めた。


「――で、反省の弁はないのか」


「してます。本当に反省してます。超反省してます。サルの芸よりも反省してます。だから、とりあえず一旦放して――」


「なら今から学校に戻って説教だな。良かったな、生活指導室の予約は済んでる」


「用意周到過ぎて逆に怖い!」


 首根っこを掴まれたままの東城は、ずりずりと引きずられるようにして永井先生に連行されていく。


「助けて、浦田さん!」


 東城が涙目で浦田さんに頼みこむ。そんな様子を見てやれやれ、とでも言いたげに肩をすくめて浦田さんは永井先生に声をかけてくれた。


「まぁまぁ真由美ちゃん。ここで少しくらい大輝君の話も聞いてあげなよ」


「断る。だいたい、ここは部外者がいていいところじゃないんだろう」


 どこまでも冷たい拒絶だった。まるで交渉の余地はないかのように思えた。


「……まーちゃ――」


「分かった。お前の言うことに従おう。だから生徒の前でその名を使うな」


 だというのに、顔を赤くして永井先生がくるりと向きを変えた。何やら、浦田さんは永井先生に対してのみ通用する魔法の言葉を知っているらしい。


「……ありがとう、浦田さん。いま初めて尊敬したよ」


「初めて!? ちょっと、今までのナースの仕事っぷりはどう映ってたのかな!?」


 浦田さんの抗議を華麗にスルーして、東城は深々と永井先生に頭を下げる。


「無断で早退したことは深く反省しています」


「なるほど。サボりを早退と開き直るか」


 そんな嫌味に耳を貸していちいち細かく謝るほど、今の東城に余裕はない。


「というわけで改めて。体調が悪いので早退します」


 それじゃ、と言って東城は走り出す。軽快にナースステーションの受付を飛び越えて、患者さんと絶対にぶつからないように安全ルートを通ってロビーを駆け抜ける。


「おい待て! 体調悪い奴がそんな全速力で走れてたまるか!」


「まぁまぁ、真由美ちゃん」


「お前もナースならあんな仮病を認めるな!」


「えー、でもー、実際大輝君ってボコボコに殴られてるしー、軽いけど脳震盪とか起こしてたっぽいしー。健康かどうかって言われたらどう見ても体調不良ー?」


「お前なぁ……っ!」


 永井先生が拳をわなわなと震わせている間に、既に東城はとっくに姿を消していた。



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