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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト

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第2章 亀裂 -5-

 今回はかなり長いです。


 それから十五分後。

 プールのスタッフに軽く怒られたもののそれほど大事にはならなかったのだが、東城たちは居心地も悪いし一番乗り気だった白川が未だ気絶し()ているということもあって解散することとなった。


「僕はこのまま雅也をタクシーで送っていくね」


 気を失ったまま「東城怖い東城怖い……」とうわ言のように呟く白川を負ぶって、四ノ宮たちとはそのまま別れる。


「……アンタ、やりすぎじゃない?」


 呆れたように言われた東城だが、柊にだけは言われる筋合いはない。


「人の頭蓋を平気で握り潰すお前には言われ――何でもない。まだ何も言ってないからアイアンクローはやめて!」


 東城のこめかみには既に柊の爪が突き刺さっていた。


「……貴女、少々乱暴ではありませんか? ここ最近少し頻度と程度が酷いと思いますが」


 そんな様子を見て、付き合いきれないとでも言うように七瀬がため息をついていた。


「うるさい。元は大輝が悪いの」


「何故!?」


 東城が抗議の声を上げるが、柊は聞く耳を持ってくれなかった。


 ――そんな日常の空気の中。

 不意に吹いた一陣の風に、東城は背筋が震えるのを感じた。

 ただの風、ただの空気でしかない。だがそれには、確かにほんの一瞬、一欠片ではあるが、あまりにも異質な気配が混じっていた。

 それは、殺気。

 冗談で放つ怒気などとは、まるで違う。単純に相手の心臓を止めることだけを目的とした、研ぎ澄まされたおぞましい気配だ。


「――ッ!」


 それに意識を集中しようとした瞬間、その気配は一気に膨れ上がった。

 振り返り、東城は自身の能力を高熱の円盤状に展開し盾とする。それと同時、その能力の盾に何かが衝突した。どうにかその攻撃を耐えきり横目で窺うと、柊や七瀬もそれに気づいていたらしく各々の能力で迫る何かを叩き落としていた。

 ただし、青葉は間に合わずもろにその攻撃を喰らって吹き飛ばされていた。


「青葉!」


 東城が青葉へ手を伸ばすが間に合わず、地面に倒れ込む。。

 その左肩には、深々と突き刺さる一本の剣があった。

 街に悲鳴が響く。

 唐突に血を流す姿を見て、通行人がパニックになっている。


「あーあ。今ので半分は仕留めて、残りも手傷くらいは負わせるつもりだったんだがな。まさか一人だけとは」


 その声が、道の向こうから響いた。

 そこにいたのは、長身痩躯の一人の青年だった。

 赤の下地に英字の入ったド派手なTシャツに黒のジャケット、下はかなり酷いダメージジーンズに大量のウォレットチェーンと、かなりパンクなファッションだ。

 歳はおそらく東城たちと同じか一つ上くらいだろう。相当量付けられているネックレスやピアス、唇ピアスなどに目が行ってしまうが、目つきが悪いこと以外は顔立ちも整っていると言っていい。

 だが、右目から頬にかけてと半袖の下から見える左腕全体にある火傷の痕が、何か不穏な気配を漂わせている。


錬金ノ悪魔(ザ・デビル)……ッ!?」


 柊は一瞬で敵の正体を看破した。――それはつまり、それだけ目の前にいるこの男は強いということに他ならない。


「どーした、何を驚いてる?」


 にやりと、錬金ノ悪魔という能力者は不気味な笑みを浮かべる。


「クラッキングの予兆がないから安全だとでも思ったか? バカが。そんなモンに気を配ってやる義理は、もうなくなったってことくらい分かってるだろ?」


 そうだ。

 クラッキングは本来一般人に能力の存在を知られない為のもの。だがそれはそうなったときに研究所から疎まれることを嫌った、囚われの身であった能力者の発想だ。

 自由を得た今、そんなことに相手がいちいち気を使う必要がない。


「七瀬、今すぐクラッキングを張るように連絡してくれ」


「えぇ。分かっています。短時間なら前後の記憶を補完してくれるので、今の騒ぎも収められますわ」


 既に携帯から連絡をしていた七瀬のおかげか、通行人が唐突に東城たちから視線を逸らして遠のいていく。

 誰も青葉の異常な事態に関心を向けなくなっていた。


「おーおー、対応も順応も早いことで。こりゃ、自己紹介はいらねーか?」


 こきこきと拳を鳴らしながら錬金ノ悪魔は言った。


「えぇ。金属操作能力者(メタルキノ)のアルカナ、錬金ノ悪魔の鐵龍之介(くろがねりゅうのすけ)ですわね?」


「おーよく知ってるな。まぁ、それくらいに名が轟くくらいに活躍した覚えはあるけどよ」


 随分と適当な調子で鐵は言った。三人のアルカナ級を前にして、これだけいつもの調子を保てるという時点でもはやそれは驚嘆に値する。


「お前、人を攻撃しといて無視してんじゃねぇぞ……っ!」


 その様子に火がの実力差を感じる前に怒りが抑えきれなくなったらしく、青葉は怪我を無視して起き上ろうとしていた。

 だが肩から血を噴き出す度に、彼の顔は苦痛に歪み動きはどんどん鈍っていく。


「あー、悪い。雑魚に興味はねーんだ。下がってろ」


 鐵は青葉に視線さえ向けなかった。


「何だと……っ」


「聞こえなかったか、三下。空席にもかかわらずアルカナに認定すらされないような雑魚が、オレに話しかけんじゃねーっつってんだ」


 ようやく青葉に向けられた視線は蚊や蠅に向けるような、殺意すらなくただ排除するという意志だけが込めれらていた。

 鐵の両手にいつの間にか生み出されていた大量の刀剣が握られる。その重量だけで、並の人間なら為す術なく圧殺されるだろう。


「数が勝負じゃねぇ!」


 青葉が叫んだ瞬間、あの時間のブレが起きた。青葉の動きの全てが、倍速になっている。

 そしてその能力が発動すると同時、青葉は真っ直ぐに鐵へと突進した。


「遅ェよ」


 だが鐵はろくに見もせずその速度に対応し、軽く、ただ羽虫を払うような動作で青葉をその大量の刀剣の中の一本の槍で薙ぎ払った。


「――っがぁあ!」


 鐵の槍は青葉の腹に食い込み彼の身体をくの字に曲げさせ、めきめきと嫌な音を発させながら吹き飛ばした。

 大量の刀剣にばかり目を奪われていたからこそ、加速した青葉にすら反応する余裕を与えなかったのだろう。


「レベルCのくせに粋がってんじゃねーぞ」


 金属操作能力者ということは、東城や柊のような自己加速の手段がない。だというのに、それでも鐵は青葉を遅いと言ってのけた。


「ま、だだ……っ!」


 無謀にも、青葉はすぐさま起き上がり突進する。

 また時間の歪みが発生する。

 その不自然な現象にめまいにも似た感覚に陥った東城たちは、助けるタイミングが掴めなくなる。一人だけ別の時間で動いているという現象に、戦闘で培った勘が働かなくなってしまっているのだろうか。


「無駄だって言ってんだろ」


 その感覚を狂わせる加速ですら、鐵は真正面から薙ぎ払っていた。

 それは、圧倒的経験の差。

 自らの感覚を頼ることのできない敵とさえ戦い続けた、百戦錬磨の証。

 鳩尾にめり込んだ一撃で青葉はまた容易く吹き飛ばされ、しかし今度はあまりのダメージに起き上がれずに悶え続けるしかなかった。


「目障りだ、さっさと死ね」


 そんな青葉に、鐵は槍の穂先を向けた。

 だが。


「あまり弱い者いじめはなさらない方が良いですわよ。底が知れますわ」


 追撃しようとした鐵の槍を、七瀬の水のランスが止めた。突き出された槍の穂先はランスに寄って叩き落とされ、アスファルト深くにめり込んだだけだ。


「おい、誰が弱いものだ……っ」


 青葉は七瀬の言葉に噛みつき、すぐに起き上がろうとする。だがそれもままならない。一撃目を腹に、二撃目は完全に鳩尾に喰らったのだ。そう起き上がれるはずがない。


「貴方ですわよ。ここはもう戦場。無意味に気遣うつもりはないので申し上げますが、貴方は足手まといです」


 七瀬ははっきりと言い切った。そこに抗議する余地はどこにも残ってはいない。ただ歯を食いしばり、悔しさに顔を歪めるしか青葉には出来ない。


「言うねぇ。テメー、人の気持ちとか分かんないだろ?」


 傍から見ていた鐵は、随分と七瀬の性格を気に入ったのかからからと笑っていた。


「あら。不意を衝いてなお堂々としていられる貴方に言われたくありませんわね」


 それでもなお七瀬は平然と答える。こうやって損な役回りを誰に言われるでもなく引き受けるのは、七瀬の強さであり誰にも真似できないことだ。


「そんなことよりも。一つ尋ねますが、何故、地下都市を出てわたくし達を狙うのですか?」


「依頼だよ、依頼。ついでに溜まったフラストレーションを爆発させていいっつーんだから、引き受けねー道理はねーよな?」


 鐵は楽しそうに笑う。どこまでも純粋な狂気に、その眼をぎらつかせて。


「終わった暗黒期の再来、とは言わねーが。せめてオレが戦うに困んねー世界にしてやるよ!」


 叫び、鐵が槍を振り回して突進する。


「――っく!」


 それだけで華奢な七瀬は吹き飛ばされてしまう。

 だが彼女が体勢を崩し地面に叩きつけられる前に、東城が彼女を抱き止めた。


「大丈夫か、七瀬」


「えぇ、ありがとうございますわ」


 七瀬をそのまま自分の後ろに下がらせて、東城は吠える。


「鐵って言ったな。あんまりふざけんじゃねぇぞ。人がせっかく作った平和を、何だと思ってやがる」


 東城は記憶を失った。それは、能力者全員を救出し、世界に彼らが兵器として排出されることのないように、誰よりも平和を求めた結果だったはずだ。

 そうしてようやく掴んだ平和を嘲笑うというのは、東城が払った代償を、その果てに傷ついた柊を侮辱するのと同じだ。


「うるせぇぞ燼滅ノ王(イクセプション)。誰がそんなことを望んだ?」


 だがその東城の圧に屈することなく、鐵は真っ直ぐに切先を東城に向ける。


「所詮はテメーの独りよがりだろうが。まさかテメー、能力者の全員が全員、戦争は嫌いな平和主義者だとでも思ってんのか? 兵器として作られ育てられたオレたちが、そんな善人だと? めでたい頭してやがるな」


「そうじゃねぇ。けど俺たちにはそれ以外にも生きていける――」


「それは能力者であることを隠してだろ? オレたちの最も大きなパーソナリティを排他した結果でしか、そんな道は存在しねーよ」


 鐵の声は、何かに悲観した様子はなかった。彼は自信が能力者であり他に迎合されないことを、まるで望んでいるかのようにさえ聞こえた。


「だったら、ンな腐った平和なんざぶち壊すぞ。オレは錬金ノ悪魔オレとして、好き勝手にさせてもらおーじゃねーか」


「……なるほど。それで地下都市を出て暴れる、と。そういう主義主張は別にいけどさ」


 柊が口を挟んだ。パリッと前髪から青白いスパークを散らせながら。


「アルカナ級を三人同時に相手にして、勝てるとでも思ってるの?」


「負ける気はねーよ」


 柊の脅しと共に放たれた殺気すら、鐵は笑い飛ばしてのけた。


「テメーらは誰一人、暗黒期を経験してねーだろ。その時代に生まれながら、テメーらは暗黒期を収めようと地下都市を作る側、あるいは暗黒期を傍観する側を選んでんだ。本当の意味での命を懸けたっていう経験がねーテメーらに、それを生き抜いたオレが負けるわけねーだろ」


「随分と勝手な事――っ!」


 言いかけて、突如迫った鐵の剣を七瀬はランスで防がされた。あと一瞬でも反応が遅れていれば、胸をその切っ先が貫いていただろう。


「喋ってるうちは安全か? もう殺し合いは始まってんだぞ。相手の言動に気を取られて、本質を見失ってんじゃねーよ」


「そうね。なら、私も少しは本気になるわよ」


 そうやって鐵が七瀬との戦いを始めようとした瞬間、柊は鐵目がけて電撃の槍を放った。

 だが鐵は槍を投げつけることでそれを避雷針にして、悠々とダメージを回避してみせた。

 本来なら柊のそれは初見で躱せるものではない。それどころか躱すにしてももっと切羽詰まったものが要る。全てを回避してみせた七瀬ですら、紙一重でなければ柊の動きを読むことは叶わなかったのだ。

 圧倒的なポテンシャルの差が、そこにはあった。


「……駄目だな。まるで相手になんねーよ」


 両手を広げて、鐵は心底残念そうに言う。それほどのオーバーな動作だというのに、反撃をするには余りにも隙がなさすぎる。


「たかだか一回攻撃を防いだくらいで何を言ってるわけ?」


 それはただの強がりでしかないことを、本人も分かっているだろう。それでもここで言わなければ気持ちの時点で負けてしまう。


「バカが。今のでテメーらの底も知れた、つってんだ」


 そんな心理を把握しているからか、鐵は欠伸までして見せた。それだけ力の差があるというただの見せつけだ。

 だからこそ、常に絶対的強者であった柊はその態度にキレた。


「アンタの余裕、へし折るわよ」


 宣言するのが早いか、柊が高速移動で鐵の背後に回る。

 だが。


「甘ェよ」


 くるりと後ろを向いて鐵はそこに斬りかかる。

 丁度回り込んだ柊が、回避も間に合わす肩口を斬られた。


「……ッく!」


 即座にバックステップで回避した柊だが、それでも決して少なくない量の血が流れた。


「浅かったか。ま、テメーらが戦いに慣れてねーのくらい知ってんだ。そのテメーらが連携ならともかく同時攻撃出来ねーのは分かりきってんだろ?」


 鐵は血のついた剣をくるくると回しながら言う。


「あとは高速移動した奴がやりそうな背後に山を張って動けばいい。昼間なら頭上は陰で分かるし、左右くらいは捨てても大した傷にはなんねーしな」


 全く以って無茶苦茶な理屈だった。鐵のそれはただの賭けだ。理屈も経験則もなく、ただ単なる期待値的な計算でしかない。多くの戦闘を繰り返した結果の経験則を勘と呼ぶことはあるが、それでもそれは確かな理屈や理論が個人の中には存在する。だが鐵は違う。外れれば死に繋がるような、そんな取捨選択だ。

 紙一重で、彼はそれでもそれを渡り切る。


「随分と余裕ぶるのですわね」


 七瀬はそう言って、鐵の頭上に高圧水流のギロチンを生み出した。七瀬自信に動作の要らない武器だからこそ、これならば運に頼った鐵には予期できないはずだった。


「ぶってねーよ。これが、本物の余裕だ」


 だが鐵はそれを簡単に察知し、分厚い金属板一枚で真正面から防いでみせた。

 だがこれは期待値的な賭けなどではない。間違いなく彼はいま、長年の経験から七瀬の攻撃を予期していた。


 ポテンシャル、強運、経験。

 あらゆる面において、鐵龍之介は逸脱していた。

 これが、暗黒期の負の側で生き抜いた者の力なのか。


「テメーらじゃ話になんねーよ。――なぁ、燼滅ノ王?」


 ぞくりと、東城の背筋を振るわせる何かがその言葉にはあった。

 ただ一人、この場で東城だけを認めたという事実が、何か取り返しのつかないことのように東城には思えた。


「この場でオレと対等なのはテメーだけだ。やり合おうぜ、燼滅ノ王。正真正銘の殺し合いを」


 鐵の全身から、凄まじい威圧感が放たれる。何の能力にも補助されていないというのに、その圧にこの場の全てを押し潰すような錯覚に陥らされる。


「……それに俺が同意する理由があるか? わざわざ一対一の状況にしてやる必要はねぇだろ」


「なるほど。それもそうだが、忘れてねーか?」


 鐵は、笑っていた。


「オレは依頼だって言ったはずだぞ。その依頼者が、どーしてオレを一人で送りこんだと思う? オレの実力云々の前に、何か策があるからに決まってるだろ」


 瞬間、彼の両手に大量の刀剣が再現される。それと同時に放たれた圧倒的な殺意の塊。

 他の動作は何もないのに、全員がその場に身構える。

 だが。


「バカが」


 鐵の言葉よりも先に、真下から銀色の何かが迫っていることに気付く。

 だが鐵に全意識を集中させられていた東城たちにはそれに反応する余裕すらなく、その銀色の何かに包まれ闇の中に鎖された。


「くそッ」


 東城は爆発を起こし、内側から即座にその膜を破壊し脱出する。

 足元には銀色の液体――水銀か何かが飛び散っていた。おそらくはこれが東城を包んだものの正体だろう。

 見れば、三つの銀色の球体がそれぞれ柊たちを囲んでいた。


「柊!」


「ただの水銀の牢だ、安心しろ。テメーと同じ被膜、中は何にもなっちゃいねーからよ」


 その鐵の言葉を裏付けるように、一つの銀の球体の中から水のランスが突き出された。七瀬が脱出する為に振り回しているのだろう。


「無理だ。テメーらには脱出できねーよ」


 鐵が言うより前に、その被膜が自動で再生し七瀬の水のランスを切り裂いた。流れを失った水のランスは、その場でただの水と化して地面に消えていく。


「あの被膜を破れるには内側から熱量を抑えた爆発で弾き飛ばして、自動修復できないほど原型を崩す必要がある。この意味が分かるか?」


 そこまで言われずとも、東城には分かる。

 七瀬の能力ではそれは不可能。ランスなどの質量で押しのけようにも、おそらく大量のランスが回転するだけのスペースがないあの場所で七瀬はそれを実行できない。せいぜい出来る単発のランスも、今のように切り裂かれてお終いだ。

 柊の能力では地面に接したあの被膜が全てアースとなって地面に流すか、ジュール熱で被膜が蒸発し水銀の毒素が体内に撒き散らされてしまう。

 青葉は最早論外だ。加速しただけではあの被膜はどうしようもない。


「……これで一対一ってことかよ」


「そーだよ。それが依頼者の出した最低条件であり、俺がまず初めに達成すべき第一目標だ」


 鐵が答えた瞬間、東城は被膜に視線をやった。

 東城の能力なら脱出できる。ならば、逆に救出すること自体も不可能では――


「おーっと。一つ言い忘れてたな。テメーが連中を引きずりだそうとするなら、オレは即座にあの被膜を使って内側を切り刻む。光の指し込むことのない闇の中の上に、スペースがない。反応できねーまま串刺しだそ」


 その思考も即座に切り捨てられた。もう鐵を倒す以外に打つ手はない。


「……そうまでして、俺と戦いたい理由は何だ?」


 東城はゆっくりと息を吐いてから問う。

 光が差し込まないという時点で、あの被膜の中は完全に遮断されている。中の空気は限られているし、大きさからしてあまり長くかければ酸欠になる。そして青葉や七瀬、柊がその危険な状態で閉じ込められているのだ。

 そう思うだけで、頭が沸騰しそうになる。

 それでも冷静でいられるのは、鐵が戦う理由をまだ知らないからだ。

 どうして自分との戦いを望むのか。

 依頼以上に、彼個人の何かを東城は感じていた。


「あぁ、見れば分かるだろ?」


 こつこつと、鐵は右目の辺りの火傷を叩いてみせた。


「……それは、俺が付けたのか?」


 東城大輝は一年以上前の記憶を失っている。。

 その頃に戦った相手なのか、と思った。


「あー、違う違う。これはテメーじゃねーよ。暗黒期に付けられたもんだ。腕は双光ノ覇王(ザ・カタストロフィ)。この顔は、業火ノ怪童(リトルバーン)――今の灼熱ノ天子に付けられたもんだ」


 鐵は笑う。

 どこまでも深い怒りと敵意と殺意を内包して、なお笑う。

 そして、叫ぶ。


「だから殺す! 灼熱ノ天子もテメーも他の発火能力者(パイロキノ)全員、この俺が切り刻んでぶち殺す!!」


「……そんなことの為に、テメェは柊たちを巻き込んだわけか」


 自分のせいだ、というなら納得もしよう。自分が覚えていないとしても、過去の自分が犯したことなら彼の憎しみを真正面から受け止めなければならないだろうと、そう思っていた。

 だが、違う。

 彼はその怪我を理由にして、ただ戦いを楽しんでいるだけだ。戦いへの執着をその怪我に宿すことで、精神的な欲求と肉体とを関連付けている、と言ったところか。


「悪いか、燼滅ノ王。全部の戦いに理屈があるわけじゃねーんだ。――いい加減に気付けよ、テメーという存在自体が、能力者どころかその枠すら超えて戦禍の中心になりつつあるってことを!」


 鐵は叫び、東城に向かって突進し生み出した槍を振りかざす。


「調子に乗るなよ」


 その槍を、東城は握ったプラズマの剣で切り裂く。槍が中腹で断ち切られ、くるくると円を描いてその穂先は飛んでいく。


「テメェには容赦しねぇぞ」


 全身が炎を滾らせて、東城は吠える。


「そうだ! 全力で来ねーと意味がねーよ! 全力のテメーをぶち殺して、オレは発火能力者を根絶やしにしてやんだからな!」


 両手に剣を生み出し、鐵は突進する。それを東城は躱し剣を切り裂いてみせるが、それでも構わず鐵は突撃し、新たに剣を生み出して振り下ろす。


(熱伝導してねぇ……っ!? まさかこいつの能力はそこまで打ち消せるってのかよ!)


 その一撃を躱しつつ、東城は歯噛みする。武器破壊によるダメージは見込めないとなれば、直接攻撃するしか手はない。


 だが、それは躊躇ってしまう。

 そもそも東城は、自らの意志を持ってこの能力で誰かを傷つけたことがない。七瀬やヒナとの戦いは完全な間接攻撃のみで直接触れるときは全て素手、絶対再生能力を持つ神戸にさえかなり制限してしか使っていない。唯一全開の炎で戦った所長とも、クラッシュを起こし自分の意識の外で能力が暴発した。

 だから東城は経験していないのだ。誰かを能力で傷つけるということを。


「どうした、燼滅ノ王。まさかビビってんじゃねーだろーな」


 鐵はそんな東城の内面に気付いていてか、新たに生み出した槍を振り回す。


「舐めんじゃ、ねぇぞ!」


 その鐵を爆発で弾き飛ばし、東城はどうにか間合いを取り直す。だが、あまりのギリギリの攻防に冷や汗が止まらない。


「舐めてんのはどっちだ。オレを相手に熱量を抑えて勝てると思ってんのか!」


 だが、着地と同時に鐵は突進する。

 東城はその軌道を見極め、真紅のプラズマで鐵の武器を呑み込み焼失させる。


「――そんなに望んでるなら、やってやる」


 指向性を極限まで高め、掌から柱状に爆炎を生み出し鐵に叩きつける。鐵の鳩尾に叩きこまれた掌打が、そのまま爆弾と化して彼を弾き飛ばす。

 だが。


「――いいぜ! それでこそ発火能力者の頂点だ!」


 服も焼け素肌に酷い火傷を負ったにもかかわらず、鐵は歓喜していた。同時、鐵は両手にある大量の刀剣を東城へと一斉に投げつける。


「傷が疼くじゃねーかよ! テメーをぶち殺したくて堪んねーよ!」


 だがそれを東城は全てプラズマの盾で焼き払った。


「うるせぇぞ。テメェの武器なんざ、俺が残さず焼き尽くしてやる」


 熱伝導しないということは、武器に関しては一切の制限なく能力を振るうのに、何の躊躇も要らないということだ。


「やってみやがれ、燼滅ノ王! これを見ても同じことが言えるならな!」


 そう吠えた鐵は、東城に対して半身になり構える。

 そしてその手に武器が生成される。

 同時、東城は目を見開いた。


 忘れるものか。

 その禍々しいほど純粋に輝く、銀色の槍を。

 長さにして五メートル。内の一メートルを分かたれた二つの槍頭が占めているその槍。

 かつて、東城と柊の二人を死の瀬戸際まで追いつめたただ一人の能力者、神戸拓海が使っていたものと全く同じだった。


「テメェ、どこでそれを――」


「さーな。自分で考えろ!」


 鐵は叫び、それを突き出す。

 とっさに鐵自身を爆発で弾き飛ばそうとするが、間合いが遠すぎる。爆発の衝撃が届く前に鐵の槍が東城の心臓へ迫る。


「――っく!」


 機転を利かせ、タングステンの槍そのものを爆発で弾いて軌道を逸らす東城。だがそれも完璧には行かず、右手の肩口をその槍は浅く裂いた。

 動揺が隠しきれない。

 鐵のその構えまでもが、あの神戸に酷似している。

 最低でも五メートルもの間合いを取ることで東城の爆発などの攻撃を躱す余裕を得、なおかつ、東城の能力での破壊をある程度まで制限する。

 東城はかつてそれに苦しめられ、左肩を完全に粉砕されるほどの怪我を負っている。


「しっかしよく考えられたフォルムだぜ。二つに分かれているせいで熱の放射能力が高い。ある程度の熱なら融解せずに持ち堪えられる」


 鐵の言葉で、東城は確信する。この男は、どこかで神戸の戦い方を知ったのだ。


「……やっぱり、自分で考えたわけじゃねぇのか。けど、テメェは忘れてる。それは神戸の動体視力があって初めて成り立つ武器だ」


 東城は手にプラズマの剣を生み出す。


「絶対的な火力をもって、一瞬で切り刻めば終いだ」


「バカが。その手の弱点を補えねーのに使うほど、アルカナってのは間抜けじゃねーよ」


 鐵が地面を蹴る。槍の重量を感じさせない――能力の支配する事象の打ち消しがあるから実際にも感じていない――動きで、その五メートルの槍を一瞬の内に突き出す。

 それを真正面から切り落とすように東城はプラズマで払う。

 だが。

 一瞬で槍が再生し、まるで何もなかったかのように東城へ突き出される。


「な!?」


 破壊という選択を奪われた東城は、それでもどうにか爆発で逸らそうとする。


「それで正解か!?」


 その爆発を受けて東城の右へ逸れた槍は、そのまま爆発が止むと同時に東城を薙ぎ払わんとその重量を以って迫る。

 東城は腕を交差させてそれを防ぎ、かつ吹き飛ばされる方向へ跳んで相対速度を殺す。

 だが、足りない。

 重量と遠心力が合わさったその一撃は、そんな小手先の技術で威力を殺せるはずがない。

 左腕から嫌な音がした。同時、左へ薙ぎ払われ石弓にでも弾き飛ばされたかのように建物の外壁に激突する。


「っがぁ……ッ!」


「どーした、燼滅ノ王! 最強の発火能力者がその程度で終わりか!?」


 この状況はまずい。

 神戸と戦ったときに切り抜けることができたのは、あの槍が神戸の能力に支えられていないからだ。故に槍を切り裂き自らの武器として対抗することが出来た。

 だが、今回は違う。

 現にさっき斬り落としたはずの槍は消え去っている。東城には、あの槍に対する対抗手段が存在しない。


「ザマァねーな! オレが追い求めてきた発火能力者ってのはこの程度か!?」


 鐵は歓喜に叫び、槍を振り回して東城に襲いかかる。

 東城は間一髪で躱すが、左腕は思った通り折れているせいで動きが鈍い。一歩動く度に衝撃が頭を叩きつける。


「っぐ!」


「もっと鳴け! もっと苦しめ! もっと足掻け! それでようやく、オレのフラストレーションが解消されてくんだっつの!」


「うる、せぇ!」


 東城はプラズマでタングステンの槍をバラバラに分解する。だが、東城がどれほど破壊しようと、すぐにその槍は再生してしまう。

 武器破壊は不可能。壊すべきは鐵の肉体自体だ。


「――恨むんじゃねぇぞ」


 呟いて、蛇のようにプラズマをうねらせて東城は鐵の右腕を狙う。

 だが。


「甘ーよ。甘すぎて反吐がでるぜ!」


 鐵はそれを見越していたかのように、分厚い金属塊を空中に出現させてそれを防いだ。プラズマの刃はそれを焼き切ることに熱量を奪われ、それを半ばまで切り裂いたところで消失した。


「俺が何度発火能力者と戦ったと思ってやがる! テメーくらいのやることなんざお見通しなんだよ!」


 鐵が振り回す槍を躱してカウンターに出ることを諦めた東城は、爆発で後方へ跳んで一度十五メートル近い間合いを取った。


「っはぁ……っはぁ……」


「どーした、随分と息が上がってんなァ?」


 掌でその五メートルもの槍を軽々と回す鐵は、どこまでも余裕を見せつけるかのように、歓喜に顔を歪めていた。


(……倒すなら、フリーズを狙うのが一番手っ取り早い)


 唐突な痛みによる演算の阻害は、対象から能力を一時的に奪うことが出来る。

 だがそれは、あくまで唐突でなければいけない。今まで幾度となく東城がそうしてきたように、意志力が痛みを凌駕すればフリーズを阻止できてしまう。

 そして東城が鐵自身を攻撃することに躊躇するその僅かな時間は、その意志力を形成するに十分な時間だ。一切の躊躇を棄てなければ、鐵を倒すことは叶わない。

 ――その躊躇を棄てそこから一歩でも間違えてしまえば、鐵を殺してしまうとしても。


「どーした、考えごとか?」


 鐵は笑いながら、人質となっている三人の金属球の一つに槍を突き付けた。


「さっさとかかって来いよ」


 でなければ、殺す。そう鐵は言っている。

 同時、金属球二つに変化があった。

 無理と分かっていて、それでもそれから出ようとしているのだろう。金属球に次々と水のランスが突き出され、斬り落とされる。バチバチと柊が電気を流している音がするが、それもすぐに途絶えてしまう。


 ――問題は、なぜ今のタイミングで二人が動き出したかということだ。

 ――まるで二人は自分が人質になっていることに気付き、自分のために東城が危機に晒されることを、拒んでいるかのようにすら見える。


「あー、言い忘れてたな」


 鐵はかったるそうに言う。


「この金属球はすげー振動しやすくてよ。テメーの無様な会話は筒抜けだ」


 それはつまり。

 東城がどれほど追いつめられているかが二人に伝わっているということ。

 誰よりも東城に好意を寄せる二人が、それに動じないはずがない。


「下手打てば、無理やり出ようとして死んじまうかもなぁ?」


「テメェ……ッ!」


「いや、悪い。先にテメーが死ぬから関係ねーな!」


 鐵が先に跳び、十五メートルの距離を瞬く間に駆け抜ける。

 それに合わせて、東城はプラズマの刃を構える。

 だが、勝機はない。このままでは確実に競り負ける。

 それでも打開策が見えない東城は歯噛みしながら、その一瞬に全神経を注ぐ。

 襲いかかるその槍を、紙一重で躱す。鐵に神戸ほどの反射神経はない。躱しても即座に薙ぎ払われることはないと踏んで、東城はその僅かな隙でカウンターを狙う。


「終わりだ、鐵龍之介!」


 東城は叫び、鐵へとプラズマの剣を突き出す。


「甘い、って何度言わせりゃ気が済むんだ?」


 だが鐵は笑っていた。

 直後だった。

 視界が意図せぬ方向に回転していた。

 鐵のタングステンの槍に薙ぎ払われたわけでもない。ただ、超重量の何かに上から押さえつけられて、東城は地面に縫い付けられていた。


「な、んだ……――ッ!?」


 まるで状況が分からない。ただ、それを確認しようと東城は起き上がろうとする。

 そこで東城は愕然とする。



 自身の四肢を金属の刃が貫通し、地面に縫いつけられていた。



 その光景を認識したのと、痛みが爆発したのは全く同時だった。


「っぐぁぁぁぁぁああああああ!?」


「ハッハァ! イイぜ、そーだ、ソレだよ! オレがずっと待ち焦がれてたのは、その絶叫だ! アハハッハハ、ハハハァァァァ!」


 鐵は全力で嗤う。どこまでも楽しそうに、彼は勝利の余韻に浸っていた。


「確かに終わりだな、燼滅ノ王! テメーの負けで、終焉だ!」


 鐵が最後に槍を振りかざす。

 だが、東城は動けない。想定外の痛みに自身がフリーズを起こしてしまっている。この場から逃げ出す術など一つも残されてはいない。


「――させるわけが、ないでしょうが!」


 柊の怒号が聞こえた。

 金属球がスピーカー代わりになっているのかその声は拡散しているが、間違いなく、柊がこちらを向いて叫んでいる。


「――オイ、何してやがる!」


 金属球の一つ、青白い電光が迸るそれに鐵は嫌悪の表情を向けた。


「テメー、悪あがきは――」


 言い終わる前に金属球に変化があった。

 目に見えて形が変わる。だがそれは、どう見ても鐵の意志ではない。


「どーなってやがる、それが磁力だってか!? だがいくらテメーの能力が磁力操作能力(マグネオペレート)と相互関係にあるっつっても――」


「うるさいわよ!」


 声と共に、金属球に穴が空いた。

 元に戻そうとするその穴を、柊が素手で無理やりにこじ開ける。


「クソが! オレのジャマをすんじゃねーよ!」


 鐵が金属を操作し、柊の周囲に大鎌を生み出し、それで直接斬りつける。

 磁力だけでそれらを弾こうとした柊だが、完全ではないらしくその肩を深く裂かれた。

 真っ白なブラウスに、鮮血が染みる。


「――っく!」


「柊!」


 東城が叫ぶが柊は全く気にしない。その眼には、彼を傷つけた鐵への怒りしかなかった。


「大輝は、私が護る!」


 柊は倒れながら穴の外へ手を伸ばし、指を弾く。同時、そこから放たれた雷速の槍が吸い込まれるように鐵に直撃した。

 だが、まだ足りない。

 今ので作れたのは一瞬の硬直だ。鐵を討つには至らない。


「ナメたマネしてんじゃねーぞ、霹靂ノ女帝!」


 鐵が叫んで、無理に硬直を抜けようとする。

 だがその一瞬の間に、柊は金属の支配権を掌握していた。

 柊を囲んでいた金属を捻じ曲げ、電気的な加速でその範囲から柊は逃れ出る。


「大輝に手を出した以上、私はアンタを赦さないわよ」


「ざけンな、元々レベルDだったくせに、粋がンじゃね――」


 鐵の横三十センチを、電撃の槍が駆け抜けた。

 鐵には、一切反応する余裕すら与えずに。


「今ならまだ引き返せるわよ? いますぐに大輝を解放して。――じゃないと、私はアンタを殺しちゃうかもしれない」


 ぞくり、と東城ですら背筋が凍るような殺気だった。

 彼女の瞳から、一切の光が消え失せている。


「知ってると思うけど、私の能力はレベルSの発電能力。単発の速度なら発光能力の次点、自分その他の加速を含めるなら全能力者の中で最速よ。たかだか粘土遊びみたいなことしか出来ないアンタとは、格が違う」


「言ってくれるじゃねーか」


 東城との戦いの為だけに特化したタングステンの槍を放り捨て、鐵は周囲にただの金属の塊を生み出した。

 柊の能力を考えて自身で振るうことを放棄したのだろう。だがそれでも、十二分な操作性があることは未だ七瀬たちを閉じ込めている金属球を見れば分かる。


「や、めろ……ッ!」


「うるせーぞ、燼滅ノ王。テメーはお預け、先にこの売女を始末してからだ」


 鐵は最早東城から視線を外し、柊だけを睨んでいた。


「――一つ忘れてるわね」


 柊はため息をついていた。


「アンタの依頼主が私を閉じ込めるのが最低条件だって言ったわけでしょ? つまりアンタは私に勝ち目がないってことよ」


「黙ってろ、霹靂ノ女帝。テメーはすぐに切り刻んでミンチにしてやる」


 鐵の言葉と同時、彼の傍に生み出された金属の塊がうねり、変形し、大鎌となって鐵の手を借りることなく柊へ襲い掛かる。


「無駄よ」


 柊はそれを難なく躱していた。電気的な加速を自在に操れる柊に、その程度の一撃が当たるわけがない。


「バカが」


 だが、陽輝や日高を相手にしてなお暗黒期を生き抜いてきた男はこの程度ではない。それに気を引かせておいて、鐵は柊の足元から大量の剣山を生み出す。


「効くわけないでしょ」


 それも放電の衝撃波だけで全て叩き折る。バラバラに折れた金属の刃たちは、柊に傷一つ付けることも叶わない。

 だが、それすらも囮。

 本命は頭上から降る大量の剣。

 既に柊の頭上には、半径十メートルの円を埋め付くすように大量の剣がその切っ先を向けて落下していた。躱す隙間はない。しかし放電の衝撃波で弾くには威力が足りない。


「とっとと終わりにしよーぜ、霹靂ノ女帝!」


 その無限にも等しい剣が、一歩も動けない柊の半径十メートルに隙間なく突き刺さる。

 大量の粉塵が舞い上がり、視界を塞ぐ。


「こんなもんかよ、霹靂ノ女帝! ザマァねーな!」


 鐵が勝利に歓喜し、高笑いする。

 だが。


「――それは、ちゃんとモノを見てから言いなさいよ」


 その一言と共に、粉塵が吹き散らされる。

 そして、そこに立っていた。

 柊美里は無傷で一歩も動くことなく立っていた。


「な――っ!?」


「アンタは発火能力者に対策を置きすぎなのよ。私を見くびらないで」


 柊の五指から、真っ赤な棒状のものが伸びていた。

 それはアスファルトに突き刺さり、じゅうっと、焼きつくような音を発している。


「アーク放電。攻撃の性能としてはほとんど大輝のプラズマと変わんないわよ」


「うるせーよ!」


 鐵がもう一度大鎌を生み出し、振り回す。だが柊のアーク放電の刃で元の形を失い、ただの落雷の衝撃波で弾き飛ばされる。


「これで終わり?」


「ンなわけあるかよ!」


 鐵が手を叩くと同時、地面から唐突に鎖が現れ柊に巻き付いた。一瞬の隙を見事に突いたそれは、ぐるぐると柊に絡みつき動きを封じて縛り上げる。


「――七瀬の嫌な拘束を思い出すわ」


 ぎち、と柊が力を込めても鎖は一向に緩まる気配はない。それどころか徐々にその肉を締め付けていて、赤紫に彼女の皮膚が変わり始めている。


「余裕ぶってんじゃねーよ。それを解こうと思ったら得意のアーク放電で切り裂かなきゃいけねー。が、そんなことすれば熱でテメーの身体に傷が――」


 じゅっと、嫌な音がした。

 鎖が落ちる。

 そして、人肉の焼ける嫌な臭いも。


「な、テメ――」


「何、やってんだ柊……っ!」


 東城は目の前に光景に、驚愕していた。

 柊はその拘束を焼き切ったのだ。自分の身を焼くことをいとわず、どころか一切の躊躇もなく。ただ痛みに顔を歪めながらそれでも鐵を睨んだままで。


「……大輝を傷つけた以上、私はアンタを赦さないし、こんなことで立ち止まりはしない」


 直後だった。

 柊の右腕から伸びたアーク放電の刃が、鐵の左の肩を貫いた。貫いた場所が炭化し一滴の血すら噴き出さない。


「っがぁぁあああああ!?」


 鐵が絶叫する。

 同時、フリーズが起きたのか七瀬たちを囲んでいた金属球が遠心力で吹き散った。だが能力で生み出したものが全て消えるわけではないのか、東城を縫い付ける金属の剣やその他の残骸も残っている。

 その残骸を踏み締めて、柊は口を開く。


「私は大輝に手を出した奴は絶対に許さない。七瀬と仲間でいるのは、大輝がそれを許して笑っているから。もし大輝が一言でも恨み言を言えば、その瞬間に私は七瀬にも牙を向けるかもしれない」


 恐ろしく低い声と共に、柊の放つ雷電が唸る。


「だけどはっきりしてることはあるわよ。私はアンタを絶対に許さない」


「ふざ、けんじゃねーぞ! オレがそんな脅しに屈するかよ!」


「あぁそう」


 真っ白な光が駆け抜けた。直後、彼の傍の駐車場に止められていた車が消滅した。遅れて、その遥か後方で吹き取らされたガソリンか何かが爆発した。


「そこまで豪語した以上は、覚悟は出来てるわけね?」


 アーク放電。柊の多様な攻撃手段の中で最も指向性が高く、最も残虐な力だ。今までそれを手に戦ったことはほとんどない。その能力は柊にとってただ人を傷つける以外に道のない力だったから。

 だが、今の彼女はそれを多用していた。それだけの殺傷性を持ってして戦うことを、彼女は是としてしまったのだ。


「レベルSの本気を、その身に受ける覚悟が」


 直後、彼の周囲の地面は溶断された。一歩でも鐵が動けば、その瞬間に彼の身はあとかたもなく削り取られていただろう。


「始めに言っとくけど、私は大輝みたいに優しくはないし、七瀬みたいに躊躇したりも出来ない」


 一歩、柊は鐵に近づく。


「でも最後の容赦をあげる。条件さえ守るなら私はこれ以上手出ししない。ただしそれはいまここでアンタをぶち殺して、アンタの家族なり仲間なりに恨みを買う方がバカらしいからよ。だからこれはアンタの為じゃなく、私の私利私欲のための容赦と思いなさい」


 また、一歩。


「その条件は二つ。一つは、二度と大輝に関わらないこと。もう一つは、二度と私の視界に入って来ないこと。もし守れなかったときは――」


 最後の一歩だった。

 既に柊は彼の目の前に立ち、その漆黒の瞳で彼を見下ろしていた。


「殺す。アンタがどこに逃げようとどこまででも追いかけて、アンタの身体が炭になって風に浚われるまで執拗に焼いて、全部を壊す」


「黙れ、オレは超能力者だ! 戦って、殺して、そして死ぬ! そうやって生きていくのがオレの、オレたちの生き方だろーが!!」


「知らないし興味もない。アンタがどんな道を歩もうが――」


 バチバチと全身からスパークを迸らせ、


「大輝を傷つけた奴は私が許さない。ただそれだけよ」


 放たれた電撃の槍は、彼の意識を一瞬にして狩り取った。



 著者校正はしているのですが、誤字を見つけた方がいましたら感想欄にて教えて下さると幸いです。

「○月○日更新分(第○部第○章○でも可)の『○○○』という部分」だけで結構です。誤字指摘の場合は読後感想や長所、短所は併記しなくても構いません。

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