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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト
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第1章 唐突な来訪 -3-


 だいたい十分程度で下準備は終わり、玉ねぎ等々を炒めはじめた頃、不意にインターホンが鳴った。


「悪い、柊。代わりに出てくれねぇか? どうせ勧誘か宅配便だろうし」


「別にいいけど……。なんかアンタの家のインターホン、無駄に高性能っぽくて使い方が分かんない」


「あー、確かに。でも説明が面倒だな。じゃ、玄関まで出てくれ」


「それはそれで面倒なんだけど……。まぁ、ご飯作ってもらってるわけだし仕方ないか」


 柊は立ち上がって玄関の方に出ていく。

 がちゃり、と扉を開く音がしたのと、そのリアクションは同時だった。


「何で東城の家に金髪美少女転校生がおるんじゃあ!」


 ……どこかで聞いた覚えのある関西弁の少年の声だった。


「どういうことじゃ、東城!」


 どたどたと、人の許可もなく白川が家に乗り込んできた。――この上なく面倒臭い。

 後ろからは、苦笑いしながらも「おじゃまします」とちゃんと言ってから四ノ宮蒼真がついて来ていた。


「……よぉ、四ノ宮。何の用だ?」


「やぁ。えっとね、雅也が課題は終わらせたけど明日のテストはたぶん赤点だろうから、勉強会しようって話になって、それで大輝も誘おうと思って」


「おいコラ、俺を無視するな!」


「別にいいけど、とりあえず飯でも食ってくか? ちょうどいま作ってるんだ」


「いいの? 実はまだ食べてないから嬉しいよ、ありがとうね」


「だから、無視をするなぁ!!」


 白川が渾身の力で叫ぶ。鼓膜がキーンとなる感覚があって、どうにも無視できなくなった東城は白川を睨みつける。


「で、さっきから何なんだ、白川」


「何でや、なんでお前の家に柊さんがおるんや」


「勉強を教えてもらってる」


 面倒になった東城は他の余計な説明を全部省略してぞんざいに答え、もう無視しようと決めて調理を再開する。


「へぇ。柊さんって勉強が得意なんだね」


「それほどでもないけど。えっと、あなたは……」


「僕は四ノ宮蒼真だよ。四ノ宮、って呼び捨てにしてよ。君付けされるの嫌いなんだ」


「そう。四ノ宮ね、よろしく」


「あっという間に四ノ宮が仲良くなっとる!?」


 東城に敵意をむき出しにしている間に置いてけぼりにされていた白川は、半ば絶望したような顔で驚愕していた。


「ところで、このうるさいのは?」


「白川雅也っていう珍種だ。好物はボケとツッコミ。嫌いなものは無視されること。関わると調子に乗る性質がある」


「扱いがもはや人やないぞ!?」


 白川が涙目になるが、いつもどおり東城や白川はスルースキルを全開にし、初対面の柊すら何のリアクションもしなかった。


 しばらく放っておくと白川は部屋の隅で膝を抱え出した。――もちろん、そこまでいじけようと誰も声をかけたりはしない。


「ねぇ大輝。何か手伝おうか?」


「いや、いいよ」


 柊がキッチンに入ってくるが、わざわざ手伝ってもらうまでもなく東城は慣れた手つきで新たに食材を取り出し、四人分に足る量にしていく。


「……なぁ、東城。お前はいったいいつの間に柊さんと仲よくなったんや? 転校初日に家に招いたり、お前はアレか、スケコマシか?」


 いじけるのをやめた白川は、嫉妬心を織り交ぜた怪訝そうな顔で訊いてきた。


「人聞き悪いこと言ってんじゃねぇよ、ケチャップを目にかけるぞ」


 そんな冗談で返す間も、柊の視線が痛い。確かに七瀬(ななせ)宝仙(ほうせん)の件もあるので否定できないどころか、柊から見ればもはや的を射ているとでも思われたのだろう。


「でも、本当に仲良さそうだよ。柊さんの方は名前で大輝を呼んでるしさ」


「……なんかまずかった?」


「いや、別にそんなことはねぇよ。名前で呼ぶとちょっとそういう関係に見られることもあるって話だ。まぁ気にすることじゃねぇけど」


 ただの異性の友達でも名前で呼ぶことがないわけではないので、特に慌てて訂正する必要もないだろう。

 問題は、その仲良くなるまでの期間が短すぎる(と白川たちは思っている)ことだ。


「ねぇ、柊さん。大輝とはどういう関係なの?」


 来てしまったか、と東城は思う。

 この質問が、東城が最も嫌っていたことだ。

 東城と柊の接点は超能力なんていう危険なものだ。一般人においそれとしていい話ではないが、だからといって東城は嘘が下手すぎるので、それを上手くはごまかせない。

 柊を信じるしかない。

 ごくり、と思わず唾を呑んでいた。


「あぁ、えっとね。夏休みの前に一回こっちに来てたんだけど……」


(おぉ、割とまともなストーリーっぽい)


 これなら柊の取りつくろった嘘に乗っかっておけば心配ないかもしれない。


「そこで、大輝がカツアゲされていたから私が助けてあげたの」


「――は?」


 前言撤回。

 こいつは男の些細なプライドをズッタズタにしようとしている。


「え? 大輝ってカツアゲされちゃってたの!?」


「ざまぁみろ――っぐふぉ!?」


 人の不幸を喜んでいる白川は鳩尾に貫手を決めて黙らせる。それから、早急に面目を保つ為に柊の話を訂正する。


「待て柊。俺がいつカツアゲされたって言うんだ」


「ほら、七月の頭に」


 というと、それは丁度柊と出会った頃だ。七瀬に声をかけられ、唐突に命を取られそうになったところを、柊に助けられた。

 なるほど、命をお金と置き換えればカツアゲの一種と言えなくもない。


「――じゃねぇよ! あれはそういうことじゃないだろ!」


「そうだっけ?」


 柊はとぼけてみせた。

 つまり、他に案があるなら自分で言えという暗示だろう。

 だが東城の嘘スキルは驚くほど低い。ゲームのようにパラメーターがあるとしたら、スキルの熟練度のほとんどは超能力と家事能力にでも振り分けているのだろう。


「じゃあアレはどんな状況だったっけ? 自分で説明してよ」


 にっこりと、そこはかとなく意地の悪い笑顔で柊は言う。


「――違わない……です」


 東城にはもう、そう言う以外に道がなかった。


「ということよ、四ノ宮」


「珍しいこともあるんだねぇ……」


 憐れんだような目を向けられる東城だったが、今さら弁解の余地もなければ下手なことをして不信感を抱かせるわけにもいかない。仕方なく居心地の悪さを残したまま調理を再開する。


 ――そんなこんなで、十分後には四人分のオムライスを抱えた東城がリビングのテーブルにそれらを並べていた。


「ほら、出来たぞ」


「……何で相も変わらず上手いのよ」


 柊がぼそりと呟く。

 目の前にあるオムライスは多少の乱れはあるものの、破れることなく卵で巻かれている。近所の洋食屋さん、と言っても通用するようなレベルかもしれない。


「おぉ、待ってました!」


 さんざんスルーされて拗ねていたはずの白河が真っ先に食らいついた。


「ふまい! ふまいぞ、東城! いつでも嫁に来い!」


「断固拒否する」


 デジャヴか、割と最近に似たようなことを言われた気がする――と思いながら素っ気なく答える東城。だが美味いという評価には悪い気はしないし、自分の分を食べて味を確認すると自画自賛になりそうではあるが、まぁ絶対に不味くはなかった。


「……何で美味しいのよ」


「そこに文句を言わないでもらえるか、柊?」


「複雑な乙女心なんだよ、大輝」


 四ノ宮がくすくすと笑いながら小声で東城に言った。何故だか東城よりも遥かに付き合いの短い四ノ宮の方が柊を理解しているらしいのがどうにも不思議だった。


「――……能力なのかな。でも、それじゃIH使ってる私にだってもうちょっと……」


「何をぶつぶつ言ってるんだ、お前は」


 白川たちに能力なんて単語が聞こえないように、少し大きい声で東城は遮る。そのおかげかそれとも食べるのに夢中なのか、柊の発言は誰も聞いていない様子だった。


「そう言えば、相変わらずってことは、柊さんは大輝の料理を食べたことあるんだ?」


「前に遊びに来たことがあるの。――えっと、助けたお礼みたいな感じ?」


 それはちょうど宝仙陽菜(ひな)の騒動があった頃で七瀬や宝仙まで家に泊まったのだが、そんな話をするのは流石にまずいと思ってくれたらしく、柊は慌てて取り繕ってくれた。


「でも、思ったより雅也は普通だね」


「? 美味いもんには美味いと――」


「そっちじゃなくてさ。いつもの白川なら柊さんを前にテンパってもおかしくないのにな、と思って」


「……やっぱり、俺はあの茶髪の子が忘れられんのやろ」


 そう言って白川はスプーンを口に咥え、どこか遠くを見つめていた。――咥えるのが煙草とかでハードボイルドな男なら似合っただろうが、口の端に米粒を付けている限りコメディにしか見えないことに彼は気付いていないらしい。


「あの美しい髪、小柄なのに出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる素晴らしいプロポーション、そしてあの一見どころか芯まで冷えてそうなのに時折見せる優しそうな笑顔、俺にはあの人がおる限り他の女にうつつを抜かすことはないやろ」


「あ、浦田(うらた)さんだ」


「ぬふぉ!? どこや、どこに浦田ナース……」


 うつつを抜かしまくりだった。


「……アホか」


「うぅ……」


 白川が赤面した顔を押さえてうずくまる一方で、柊はどうにも腑に落ちない様子だった。


「……このうるさいの、普通は女の子が近くにいると騒ぎまくるわけ?」


「そうだよ。女の子が大好きだからね」


 四ノ宮がオムライスの乗った皿を抱えて、部屋の隅へと退避しながら言った。相変わらず危機察知能力は高いようだ。


「……つまり、これは私がこのうるさいのには女の子に見えてないとか、そんな話になるの?」


「いや、だってほら。柊さん、なんか怖いし」


 白川が真顔で言う。女子に対してここまで普通に受け答えしている白川を東城は始めて見たような気がする。


「なんか仮面かぶってるっていうか、根っこはすっごい怖いっていうか、何なら東城も怯えてるような気がするし?」


 そして何故かずばりと白川は言い当てていた。そのせいで「何? 怯えてるわけ?」と東城まで柊に睨まれてしまったが。


「あぁ、それに対してあの超絶的に可愛いコ。名前はなんて言うたかな……。たしかナナセ、とか東城が言うとったような……」


 ピキッ、と柊が固まった。それを白川はちらりと見て――というか、柊の反応というよりもある一部分を見て、ため息交じりに言った。

 なんだか、随分と楽しそうだ。


「胸大きかったしなぁ……。ひんぬーは二次元の平面を最大に活かした萌えやけどやっぱり三次元は大きい方が……」


「こ、この……ッ!」


 柊が自分の胸を隠しつつ、怒りにぷるぷると震えていた。――ちなみに別に柊の胸は別に小さくはないが、七瀬と比べるとそれはちょっと可哀そうなくらいの差はある。


「つまりこれはアレね? あの七瀬(バカ)からの時間差かつ超遠回しの嫌がらせね?」


「落ち着けよ、柊。きっと七瀬もそこまでしたたかじゃない――と、思うけどなぁ……」


 必死になだめようとするが、白川がその様子に気づかなければ意味はない。というか、東城自身も七瀬の計画どおりではないと言える自信もなかった。

 そんな中で、白川は自分がいじられるのではなくいじる側に立てたことに喜んでいるのか、わざとらしく続けた。


「あぁ、可愛かったなぁ……。金髪美少女転校生なんて属性盛っただけでどうしようもなくガサツな人よりはよっぽど――」


「コロス! こいつ絶対にコロス!」


「落ち着け柊! 犯人は白川だけどそれはやっちゃいけない! スプーンは人を刺す道具じゃねぇんだってば!」


 スプーンを片手に白川に襲いかかろうとする柊を必死に東城はなだめる。オムライスのケチャップが飛んで頬を濡らしているせいで、殺人現場チックになって余計に怖かった。



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