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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト

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第1章 唐突な来訪 -4-



「――で、どうしてこうなったんだろうな」


 東城はフォークを片手に呟いていた。

 時刻は午後三時を少し過ぎたところ。東城宅で柊と一緒に勉強を開始してから四時間が過ぎたくらいで、丁度おやつ時だ。

 そんな時間に相応しく、家からバスで五分程度のところにあるケーキ屋に東城と柊はいた。


「アンタが連れてきたんでしょ」


「それはお前が家を壊しかねなかったからな。ってか今のはただの皮肉だっつの。もっと反省しろよ、お前」


 白々しく言いながらコーヒーをすする柊に、東城はため息をつくしかなかった。

 東城がわざわざケーキ屋に足を運んだ理由はただ一つ。放課後になってからは家にいなかった、というアリバイ工作をする為だ。


「悪いのは白川よ。私は頑張って自制したと思うわ」


「……でも、そうだな、一般人の前で放電しなかったのは確かに驚きだった」


 東城は言いながら、思いかえす。

 あの後、白川が馬鹿なのかわざとなのか柊をたびたび挑発するせいで、柊のストレスゲージが二〇〇%を超えてしまったらしく、柊はとうとう能力の制御が効かなくなってしまった。

 もちろんクラッシュなどという危険な代物ではなくただのストレスの発散なのだが、問題は柊の能力だ。


 彼女の能力は電気を操ること。それも、九千人の能力者の中でたった三人しかいないレベルSの一人だ。

 必死に抑えているおかげで放電こそしなかったが、体中から強力な電波やら磁場やらを垂れ流していたようなのだ。そのせいで東城の家の家電は一時機能停止、大抵は柊をなだめ電磁気の放出を収めたらまた動きだしたのだが、一番古かったエアコンは完全に死亡してしまった。

 その為オッサンに見つかる前に家を出て、壊れたことは知らなかった、という体で乗り過ごすこととなったのだ。


 ちなみに、その元凶の一端である白川は現在、四ノ宮と駅の中にあるフリースペースで勉強中だ。柊とは遠ざけておかなければどうなるか分かったものじゃないという考えからだ。


「ホント良かった。お前のことだから白川にも容赦なく電撃を浴びせるんじゃないかと気が気じゃなかったんだよ」


「……なぜかしら。すごく釈然としない評価を受けている気がするんだけど」


「気のせいだ」


 東城の中で『怒るとすぐ放電する迷惑なコ』というレッテルを柊には張っているが、それは事実なので失礼には当たらないと自己完結する。


「……なぜかしら。すごくアンタを殴りたい」


 何故か心を見透かされていた。


「ちゃんと謝るので、こういう落ち着いた店でまで暴れるのはやめてくれるか?」


 東城は少し椅子を引きながら、冷や汗を流す。それを見て少し自分が子供っぽいと自覚したのか、柊は咳払いして居住まいを正した。そしてテーブルの上のショートケーキをフォークで切り、口に運ぶ。この上なくほころんだ顔をするので、東城はエアコンを壊されてここに避難したという事実も忘れてしまいそうになる。


「けど、意外だったわね。このケーキ屋は私も何度か見たことあるけど、こんなに美味しいなんて知らなかったし。アンタ、こういうところもマメにチェックしてるわけ?」


「……甘いの好きなんだよ悪かったな」


「なに怒ってるのよ。別にいいじゃない、かわいくて」


 くすりと笑われると照れくさくて妙に居心地が悪かった。唇を尖らせている自覚はないが、そんな顔にはなっているだろう。


「そう言われて喜ぶ男はいねぇと思うけどな」


「あら。可愛いのは良いことですわ。というわけで、はい、あーん」


 そんな声と共に、東城の口元に、フォークに刺さった一口のケーキが突き付けられた。


「いや、なにがというわけで――って、七瀬!?」


 驚きのあまり東城は椅子に座ったまま倒れそうになった。

 目の前には綺麗なブラウンの髪を凝ったセットにした、痩躯の可愛い少女――七瀬七海(ななみ)が満面の笑みで佇んでいた。


「はい、貴方をこの世の誰よりも愛している七瀬七海ですわ」


 にっこりと恥ずかしげもなく七瀬はそんなことを言った。この状況でそんなことをのたまえる胆力は、もう感嘆に値するだろう。


「何でアンタがここにいるわけ……ッ?」


「あら。貴女に言われる筋合いはありませんわよ。貴女こそ、この様なオシャレな場所で大輝様と二人きりで何をなさっているのですか?」


 ふん、と鼻を鳴らして七瀬と柊は東城を挟んで睨み合う。何も悪いことをしていないはずの東城だったが、どうしてか針のむしろにいるようでいたたまれない。

 そんな東城の心中を知ってか知らでか、七瀬は東城からフォークを引っ手繰り、ケーキを一口切り取ると東城の口元へと運んだ。


「では大輝様。はい、あーん」


「いやいくらなんでも――むっぐ!?」


 何か抗議する前に、無理やりケーキを突っ込まれた。


「美味しいですか?」


「あぁ、無理やり食べさせられていなければな……」


「それはとても良かったですわ」


 東城の皮肉は気にとめないどころか聞かなかったことにするらしい。ポジティブシンキングの域を逸脱している。


「……大輝」


「え、ちょっと待て。今のでそんなに怒りを燃やされても俺は悪くないんじゃ……?」


 不可抗力というものだったのは目の前で見ていたのだから分かっているはずなのに、柊は怒りでぷるぷると震えていらっしゃった。


「あら。怒るのでしたら貴女もなされば良いでしょう? そこにケーキがあるのですから」


「――っ!」


 自分がそんな恥ずかしい真似をするのを想像したのか、見る見るうちに柊の顔がショートケーキの上に乗ったイチゴ並みに赤くなって、柊は固まってしまった。


「あら。そんな事すら出来ないのですか? 全く、貴女は所詮その程度の女だったという事ですわね。――

では大輝様、二口目はいかがですか?」


「断固拒否すふ!?」


 これ以上柊を炊きつけられたら手の打ちようがない東城は口を出来る限り鎖して声を出したのだが、七瀬はそれを意に介さずねじ込んだ。


「美味しいですか? これが愛の味ですわ」


 フォークが刺さってわずかに血の味がするが、それが愛の味なのだろうか。


「さぁ、三口目はいかかですか? もう柊美里からは食べられないくらいに食して――」


「やるわよ、やればいいんでしょ!」


「何でそんなにむきになるんだ!」


 そんなツッコミも柊の滾る気迫の前では無意味だった。

 柊はぷるぷると怒りだか羞恥だか分からない震えを必死に押し殺しながら、ケーキをフォークで掬う。――が、地震でも起きたのかというぐらいの震えに、カチャカチャがちゃがちゃと皿とフォークが尋常ではない音を立てていた。


「あ、あーん……」


 こんなに顔を真っ赤にされて差し出されると、東城だって恥ずかしくなる。元から七瀬のものだってねじ込まれなければ絶対に食べていない。


「いや待て落ち着け柊。そもそも俺は食べるなんて言って――」


「七瀬のは食べられて私のは食べられないわけ……? それはどういう意味なのかしら」


 極寒の視線と声だった。


「喜んで食させていただきます……」


 そう言わなければ視線だけで凍死していた自信がある。


「じゃ、じゃあ……」


 そんな恋人チックな行為に恥ずかしさで東城も柊も顔を真っ赤にしながら、そのどこからか与えられた謎の使命を全うしようとする。

 あと少しで東城の口へケーキが運ばれる。

 だが柊の手がやたら震えるせいでなかなかそれがままならず、もどかしい。


 ――そして。


「あら。美味しそうですわね」


 ぱくり、と横から七瀬がそれを食べた。

 もぐもぐごくん、と彼女が咀嚼するまでの間、ただただ無言であった。


「…………、」


 柊は真っ赤な顔だったが、さっきまでのイチゴのような赤さから炎のような赤さへと変貌を遂げていた。


「あら。どうかしましたか、柊美里」


「アンタねぇ……っ!」


 フォークを握り締めて柊は怒りからか小刻みに震えていた。それに共鳴するように、導体の塊であるフォークの先から青白い火花が散っていた。


「落ち着け柊! 出てる、放電してる!」


 必死に東城はなだめようとするが、柊は涙目で七瀬を睨んだまま全然怒りが収まる様子はなかった。しかも、その元凶である七瀬はしれっとしている。


「――この前の戦い、早々に戦線離脱したくせに」


 ぼそりと、柊は呟く。


「な……っ」


 七瀬はそれを気にしていたようで、口をぱくぱくとしながらも反論は出来ないようだった。それを見てか、柊は怒りを隠して勝ち誇ったような顔を作る。


「大輝を守るとか言っておいて、結局守りそびれてたじゃない? 一番大輝が危険だったときにアンタはもういなかったわけだし」


「言わせておけば……っ」


 柊の怒りが収束するにつれて、今度は七瀬が歯ぎしりして怒りを見せ始めていた。


「だから落ち着けって、お前ら――」


「大輝は黙ってて!」


「大輝様は黙っていて下さいな!」


 理不尽に怒られた。


「大体、貴女も護り切れてはいなかったではありませんか。大輝様の左腕のあの大火傷、忘れたとは言わせませんわよ」


「誰のおかげでそんな怪我を負っても大輝が生きてると思ってるわけ? あのとき、私が処置してなかったら今頃大輝はあの世にいるわよ」


 論点がずれている気がするのは、東城の気のせいなのだろうか。

 どっちがより東城を守れなかったか、という話にしか聞こえないのだが。


「……そうなると俺が不甲斐ないって結果になるだけじゃ……?」


「それは分かりきっていることでしょ?」


「あら。大輝様はたまに頼りになるくらいでちょうど良いのですわよ」


 酷い言われように涙が滲みそうだ。

 だが、そこで涙ぐんでいては最強の名が廃る。こんな言われようの時点で十二分に廃れきっているような気がしないこともないが。


「と、とにかく。これ以上店で騒ぐのはダメだからな。店員さんがさっきからこっち見つつ咳払いしてるし、他のお客さんもじろっと睨んでるだろ」


「……仕方ないわね」


「えぇ。一時休戦としましょうか」


 その一時というのはどうせ短くてすぐにまた勃発する気もするが、とりあえずひとまずは安心しておくことにした。


「で、七瀬は何しに来たの?」


「あら。大輝様、全く冷たいですわね。愛ゆえに大輝様の下へ参上する事の一体どこに疑問を抱くところが――」


「で、ホントに何しに来たの?」


「……冷たいですわ。もう少し頬を赤らめたりしてくれても良いではありませんか」


 いじける七瀬だが、東城としては今まで色々と裏がある状況でしか会った覚えがない上に、その都度、柊と同様に最終的に死にそうな目に遭っているのだから仕方ないと思う。


「……まぁ、本当は御察しの通り用事があるのですけれど」


「じゃあ初めからそれを言いなさいよ……」


 傍から聞いていた柊も呆れた様子だった。――が、この会話をつい数時間前に柊ともしたような気がする。


「大輝様と柊美里に会いたい、と仰る方がいるのですが、どう致しましょう?」


「俺と柊に? ……神戸(かんべ)か?」


 東城と柊の共通の知り合いで、かつ超能力者となると東城の心当たりがあるのはかつての最凶の能力者、神戸拓海(たくみ)しか思いつかない。


「いいえ、彼はまだ行方不明です。ですが、何でも旧知の仲だとか。何かの罠かとも思いましたが、光輝ノ覇者(ザ・ムーン)の一件は無事に終わっているので暗黒期の再来を狙っているなどの可能性は低いかと。それに、話している内容からある程度は信用出来るかと思いまして」


「まぁ俺と柊の二人を相手に出来る奴なんて、神戸か所長くらいだろ。神戸は行方不明で所長ももういないってことは、心配する必要はねぇんじゃねぇか?」


「そうね」


 そう返事しながらも、柊は何か心配ごとでもある様子でどこか浮かない顔をしていた。


「……どうかしたのか?」


「何でもないわよ。――ただ、心当たりがあるのよ。その相手に」


 コーヒーをすすりながら、柊は苦々しげに呟いていた。


「嫌いなのか?」


「そうはなれないから困りどころなのよ」


 柊はそう言いながら、窓の外――街路を指差した。


「あそこにいるわよ。腕組んでこっちを睨んでる」


 窓の下、店の正面の駐車場だ。そこに一人の少年がいた。

 東城と同い年くらいであろうその少年は、こちら、というよりもただ東城一人を睨んでいるように見えた。


「……誰だ?」


青葉和樹(あおばかずき)。私たちの昔からの仲間で、能力はレベルCの時間操作能力(タイムトラベル)確か時ノ旅人(フリータイム)って言ったわね」


「へぇ……。で、何でそいつが俺に向けて中指突き立ててんだ?」


 声は聞こえないが、青葉は窓の向こうで東城を睨んで放送コードに引っかかるジェスチャーと共に口汚く罵っているようだった。


「……それは、本人の口から聞いた方がいいかもね」


 柊はどこか遠い目をしていた。

 その間にも、窓の下では色々な侮蔑のジェスチャーを惜しげもなく披露して、通りすがりの人に白い目で見られる青葉がいた。


「わたくしの大輝様の喧嘩を売るとは良い度胸ですわね」


 その様子に七瀬が黒い笑みを浮かべて、吐き捨てるように言った。


「おい待て。いつから俺はお前のものになった?」


「あら。わたくしはとっくの昔に大輝様の物ですけれど?」


「……大輝」


「違う柊。七瀬の言っている意味はそういうことじゃない。俺に忠義を尽くすとかそういう感じだから睨むな視線が本当に痛い」


 放電寸前の柊をどうにかなだめつつ、東城は窓の下の阿呆を見る。そろそろ店の人に営業妨害で訴えられてもおかしくない頃合いだ。


「このままいても七瀬と柊が喧嘩するだけだし、一応会いに行くか……」


 嫌な予感しかないが、と東城は続けたくなるのを堪えつつ残ったケーキを食べて会計を済ませると、重い足取りで店の外へ出た。



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