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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第3章 濃霧 -3-

 今回はかなり長いですが、ご了承をm(_ _)m


「……それで、貴方はどういうつもりですか?」


 深々とため息をついた七瀬は、睨むように榊を見た。


「わたくしも貴方も互いにレベルAのアルカナですが、それでも確かな格の差があるのはご存知でしょう? わたくしの能力は限りなくレベルSに近いですし、実際、あの霹靂ノ女帝である柊美里にも勝利していますわよ」


「随分と自分を大きく言うんだね。――まぁ、それでも僕よりは強いか。けどあの二人は一緒に進まなきゃいけない。だからせめて君だけは僕が倒す。それが、ちっぽけな僕に出来るささやかな抵抗だよ」


 そう言って榊は構えた。隙がない、とは言えない。かの最強の肉体操作能力者、神戸拓海のような完璧な構え方でもなければ、全能力者の中で最強に座す東城大輝のような気迫もない。


 だがそれでも、おいそれと近づかせない何かがある。


「それに、あの二人は強い。雄大も芽依も、意味合いは違うとしても互いに誰よりも陽輝を信頼していた人だよ。あの二人が陽輝に誓ったことを、途中で放り投げたりはしない。たとえ腕がもげようと心臓が弾けようとも、絶対だよ」


 榊の言葉は、重さがあった。ただの空気の波動の伝わりでしかないはずなのに、それは、鉄の塊よりも重かった。


「陽輝、というのがどのような方かは存じ上げませんし興味もありませんが、そのような理屈であのレベルS二人に敵うとでも?」


「もちろんだよ。燼滅ノ王と霹靂ノ女帝の能力は互いが互いの能力を補助もできなければ防ぐこともできない。どっちかが全力で戦うには、どっちかが邪魔になる。発火能力と発電能力エレキネシスは戦闘するにも共闘するにも相性が悪いんだよ」


「……まったく、馬鹿ですか?」


 そんな重い言葉を受けてそれでも七瀬は変わらずため息交じりで言った。


「あの二人の相性が悪い? だったら、わたくしはこんなに苦労しませんわよ」


 コキコキと手の骨を鳴らしながら、七瀬はゆっくりと近づく。その姿はただの女子が見せるものとは思えない、何かしらの“圧”があった。


「あの二人はそんなちっぽけなものすら超越してしまう。だから、わたくしがこんなに醜くもがいているのでしょう?」


 両手に、水のランスを生み出す。


「あの二人の距離をまた近づけた罪は、貴方が背負ってくださいますね?」


 笑う。

 どこまでも嗜虐的な笑みを浮かべて、七瀬は榊と対峙する。


「あぁ、十日ぶりでしょうか……。えぇ、まだたった十日しか経っていないのですね。ですが、随分と久しぶりに感じますわね。わたくしが何の躊躇も無く、本性を出せるのは」


 七瀬は独り言ちながら、掌に渦を生み出す。そしてそれを引きのばして、一本のランスへと変える。


「道を開けなさい。その気が無いのなら、今すぐ這いつくばっていただいてでも道を開けさせますが」


 七瀬の顔が、笑いに歪む。それは東城の前で魅せる微笑みでも、柊の前で見せる勝ち誇ったような顔でもない。


 それは、強者が弱者に向けるような、憐れみすら混じった表情だった。


「……君は、見た目と違ってSみたいだね」


「失礼ですわね。違いますわよ」


 七瀬は平然と言うが、闘志はまるで消えていない。


「とにかく僕に道を開ける気はないし、雄大たちの為にも僕はここを譲るわけにはいかない」


 ぎゅっと拳を握り締める。


「僕は、雄大に助けてもらった。だから、僕は彼の役に立ちたい。雄大の為にも僕が先陣を切って、その道を切り開く」


 榊はそう息巻いているが、その構えは誰かと比べる以前に、七瀬にとっては容易く崩せる程度のものでしかない。


 彼女は自身の能力の液体操作能力そのものが加速や危険予知等に関して乏しいことを熟知している。それでもレベルSである柊や東城に勝つために、肉体の能力自体を高めている。現に、攻撃の軌道さえ予測できれば柊の電撃はほぼ確実に回避できている。

 榊がいくらそんな構えを取ろうと、比喩ではなく本当に一突きで殺せるだけの差がある。


「その程度で構えた気になっている時点で、貴方に勝機はありませんわよ」


「まぁそうかもしれないけどね。今は好きにかかって来てよ。レディファーストってことで、初撃は譲るから」


「あら、そうですか。ではお言葉に甘えて」


 答えると同時、七瀬の眼が光った。容赦も躊躇いも全くなく一瞬で間合いを詰めて、水のランスで文字通りその隙を突く。


 だが。



 水のランスは榊に触れた瞬間ピタリと止まり、回転を止めて滴り落ちた。



「な……ッ!」


 回転を失いただの水となったそれは、アスファルトをより濃い色に染めていく。


「驚くことじゃないよ」


 榊はため息交じりにいながら、七瀬の脇腹に拳を叩きつけた。

 ただ拳を前に突き出しただけの些細なモーションであったのに、七瀬は吹き飛んでアスファルトに転がった。


「僕の能力はレベルAの念動力能力サイコキネシス、運動のベクトルを操る力だ。つまりあらゆる運動エネルギーは、僕の手の中にある。それを無意識に打ち消せる以上、物理攻撃なんか一切効かないよ」


 首を傾げるようにして、榊は骨を鳴らす。それは余裕を行動で見せつけているかのようで、わざとかそうでないかは別にしても七瀬の神経を逆なでしていた。


「今は少し威力を上げて殴っただけだけど、その気になれば今の一撃で君を殺すことだって出来た。この意味が分かるよね?」


「――だから、どうかしましたか?」


 アスファルトを転がり、服の所々が破けている七瀬は呟いた。

 その声音は強がりや怒りなどでは絶対にない。それは初撃を完全に返されたとはまるで思えない、まるで勝利者かのような高みからのものだった。


「……だから諦めてと言ってるんだよ。僕は、出来るなら無駄な争いはしたくない」


 怪訝そうな顔をして榊は言うが、七瀬はまるで気にも留めず、ため息と共に立ち上がった。


「あら。やはり貴方は馬鹿ですか? わたくしは決して諦めませんわよ。大輝様が望む未来を届ける為なら、わたくしはどれほど傷付こうが一向に構いませんわ」


 七瀬は言いながら、両手に水のランスを生み出す。それが無効化されたのを分かっていながら、それでも彼女は自分を曲げたりはしなかった。


「そもそも、今の一撃で貴方にわたくしを殺せた? 寝言は目を開けて言うものではありませんわよ」


 水のランスを構えて、七瀬は笑う。


「人を殺すことを躊躇うようなお子様を相手に、わたくしが負ける筈が無いでしょう」


 そして、七瀬は跳びかかる。水のランスは榊に触れた瞬間に止まってしまうが、それでも七瀬は打ち続ける。


「馬鹿はどっちかな」


 防ぐ必要のない榊は、攻撃の隙を容易に突いて七瀬を吹き飛ばす。

 水のランスは七瀬の操作を離れ、ただの水となってただアスファルトの上で水たまりを作っていく。


「馬鹿の一つ覚えみたいに水のランスで攻撃し続けて、君は何がしたいんだい?」


「何がしたい? 面白い質問ですわね」


 七瀬はすぐに起き上がり、まるで諦めることを知らないとでも言うように、新たに水のランスを生み出す。


「この場に、負けに来たように見えますか?」


 七瀬は笑みを崩すことなく、また跳びかかる。


「勝ちたいに、決まっているでしょう」


 何度弾かれようと、七瀬は水のランスで攻撃し続ける。


「それは、俺も同じだ」


 榊が、ぐっと拳を握る。そして、七瀬の腹に叩きつける。

 それだけならただの拳だが、インパクトの瞬間に榊の拳は加速した。念動力能力者と言うからには、おそらく拳の運動エネルギーを上昇させたのだろう。

 あまりの威力に、唾液と共に七瀬の口から血が散った。


「その程度で、わたくしは引き下がりませんわよ」


 だが七瀬はすぐに体勢を立て直し、片膝をついた状態だったがランスを構え直した。


「だろうね。だから、今度は僕から攻撃しよう」


 榊はそう言って、傍にあったガードレールに触れる。

 十五メートルほど続いているそれは途端にそれは地面から千切られた。そしてそれは自らひしゃげ、引き千切れていく。

 出来たのは、長さが二メートル、幅が三十センチほどのガードレールから作られた五本の太い槍だった。


「せいぜい避けてね。これが当たれば即死だから」


 それらが宙に浮き、そしてまだ膝をついている七瀬に向かって矢のような速度で飛んでいく。

 だが七瀬はそれを全く避けず、水のランスで正面から木っ端微塵に砕いた。


「――当たれば即死、ね。それは、当て方を知らない者の言い分ですわよ」


 七瀬はまだ笑う。腹に受けたダメージなど、まるで気にしていない。


「貴方にはわたくしの攻撃は効かないのでしょう。ですが、貴方の攻撃も同様にわたくしには無意味ですわよ、この三下」


「三下か。まぁ否定はしないよ。晃はまぁ、アレだけど。雄大や芽依――そして陽輝に比べれば僕なんかは確かに三下だ」


 けどね、と榊は言う。


「その三下にさえ、君は勝てないよ」


「あら。わたくしは負けないと言っているでしょう。勝つために、ここにいると」


 七瀬はただ強がっているのではない。本気で勝つ気でいた。その気迫は、言葉の端や指先一つの動きにすら滲み出ている。


「君は能力で水を操り相手に衝突させることでダメージを与える。けど、運動エネルギーを無意識に打ち消す僕には物理攻撃は効かない。つまり、君に勝ち目はない」


「あら。わたくしの能力は液体操作能力ですわよ。それ以外の勝ち方などいくらでも――」


「ないんだよ、君には」


 榊は言い切った。

 その言葉に七瀬は嫌悪ではなく、疑念として顔をしかめる。


「君は確かに強い。演算の速度も能力の支配性も、レベルSを除けばおそらく今のアルカナでは随一だ」


「あら。随分と敵を誉めるのですわね」


「でも君はレベルSになれない。それは、絶対的な限界があるからだよ」


 その言葉に、七瀬はぴくりと眉を動かした。


「君はこと形状の操作に関してだけ未熟なんだ。渦、という形式を取らなければ形を保つことが出来ないほどに」


 榊の言葉を、七瀬は否定しなかった。――いや、出来なかった。それは事実だからだ。

 七瀬は自身が掌握する水に特殊な形状を与える場合、どうしても渦という形に押し留めなくてはいけない。水のランスもそれから派生した拘束具も、それゆえの形状だ。


「そして渦っていうのは、常に回転している。つまり動いているんだ。君の持ついかなる戦法も、僕に触れた瞬間にただの水へとなり下がる」


「――まったく、五月蝿い人ですわね」


 しかし七瀬はため息をつくだけだった。


「わたくしの能力ですわよ? 貴方に忠告されるまでもなく、わたくしの能力の最大にして唯一の弱点など分かっていますわ」


 常に渦という形を選び続けた彼女は、それ以外の形状操作の仕方を覚えなかった。今さら形状操作の能力を引き上げようにも一朝一夕で覆せることではない。おそらく、最低でも三年はかかるだろう。能力を強化するというのは、それほどの年月がかかるものだ。


「それで、それが貴方に負けてしまう理由だと? 全く、おめでたい頭をしていますわね」


 放たれたのは、敵意でも闘志でもない。純然たる殺気だった。

 それは突き刺すようなものではなく、ただ黙って全てを呑みこんでしまうような、今までとはまるで異なった恐怖を与える。


「勝ち目が在るか無いかは関係ありませんわ。ただ今ここで退けば、わたくしはきっとあの方の横にいる事も出来ないでしょう」


 七瀬はそう言って、また変わらず水のランスを生み出す。


「分からないよ。東城大輝は襲ってくる能力者の誰一人殺さないで研究を潰すような、そんな馬鹿みたいに真っ直ぐなヒーローでしょ。命惜しさに退いたところで、責めるような人じゃないと思うけど」


「当たり前でしょう。大輝様は純粋で、それでいて筋を通すだけの強さを持っている。そうでありながらそれを振り回すこともなく、善人だろうと悪人だろうと誰にでも救いの手を差し伸べるのですわよ。――だからわたくしはあの方を敬愛し、溺愛するのですから」


 それでも、と七瀬は続ける。


「わたくしがここで退けば、わたくしは笑ってあの方の横にいる事が出来ませんわ。わたくしは、ただのうのうとあの方の横にいる気はありませんもの」


 それが、七瀬の戦う理由。

 だから七瀬は絶対に退かないし、負けない。


「……それは、僕も同じだよ」


 榊は呟く。それは今から命を懸けた戦いをする者に対して向けるものとは思えないような、弱々しさがあった。


「僕は、雄大よりも、芽依よりも、晃よりも弱い。それでも僕は、あの仲間の輪の中にいたい。だから、ここで負けたりは出来ないんだ。僕はあの三人よりも弱いけれど、それ以外の誰よりも強くないといけない」


「では、掛って来なさいな。そこまで吠えるのならば、それが負け犬の物ではないと見せて御覧なさい」


 七瀬の言葉の後、一度頷いた榊は飛び出した。走りながらガードレールを数本触れて、それを即席の武器へと変換する。

 だが、能力によって射出されたそれらを七瀬は華麗に躱す。

 飛び出した榊は自分の手元に武器がなくなったのを見ると、即座にバックステップで距離を取り直した。


「あら。この程度ですか?」


 もとより七瀬は柊の雷速の攻撃を避ける為に、準備を続けていた。もはや七瀬は、視線や全身の僅かな動きで、能力の発動のタイミングを読むだけの力がある。対能力者の為だけにあらゆる全身の能力を高めた七瀬に、その程度の一撃など通用しない。


「くそっ」


 榊は吐き捨て、手近なところにあった別のガードレールにも手を伸ばす。

 これで、金属塊の総数はちょうど十だ。これだけの数があれば、それだけで十分な武器になる。相手の動きを数だけで押し潰す気なのだろう。


「これなら――ッ」


 それらが全て同時に、七瀬に襲いかかる。

 流石にそれを避けることは出来ず、九つまで躱したところで左腕に受けた一撃で薙ぎ払われた。


「――っぁあ!」


 華奢な身体が、それだけで石弓にでも弾かれたように吹き飛ばされていた。転がり地面に倒れた七瀬の前腕部は完全に折れて、おかしな方向を向いている。


「……もう、左腕は使えないよ」


 榊が七瀬の怪我に、痛ましそうに顔を歪める。


「――つっ……。自身が与えた怪我で、貴方がどうして悲痛な顔をなさるのですか。気遣いは、戦場では侮辱と変わりませんわよ」


 だが七瀬は、すぐに立ち上がる。

 元より体への直撃は避けたからこそ腕で済んだのだ。衝撃で骨折どころか肩まで脱臼しているが、その程度で痛みに悶えるようなやわな鍛え方をしてはいない。

 ただしそれでも、ダメージがなくなったわけではない。立ち上がるその姿にも、先程までの芯がないように思われる。


「また立ち上がるなら、僕はもう君を殺さないと――」


「殺す気も無いのに戦場に立たないで頂けますか?」


 七瀬は言って、突進する。片腕の痛みで速度はがくんと落ちているが、それでも榊の攻撃を躱す程度は出来るだろう。


「させないよ」


 そこに、榊が金属の塊を振り下ろす。


「まったく、地下都市に車など無いのですからガードレールは要らないというのに、自転車対策だか地上を再現する為だか何だか知りませんが、邪魔な事ですわね」


 そう言って、水のランスで掠めそうになるガードレールを薙ぎ払う。ただしそのランスは、ガードレールに触れた一瞬だけ姿を変えた。

 自身が形状操作の拙さを知っているが為に、それを持続させるのは僅かな間のみ。それでも、その刃はガードレールを縦に真っ二つ引き裂いた。

 分かたれたガードレールの内の一つが、ごとりと落ちる。


「高圧水流……っ!」


「看破するのが早いのは宜しいですが、隙だらけですわよ?」


 一瞬ですぐに水のランスに戻した七瀬は、更に間合いを詰めてそれを榊に振りかぶる。


「それは効かないって言ってるだろ!」


 榊はそれを無傷で受け止め、七瀬の腹に拳を突き刺す。――はずが、それは何かで受け止められていた。


「あら。そう何度もカウンターを喰らう訳が無いでしょう?」


 そこにあったのは、水の盾とも呼ぶべき薄い渦だった。

 形状操作には拙い七瀬だが、その代わりに渦としての形は徹底的に鍛え上げた。渦の回転力さえ損なわなければ、どのような形でも固定化できる。


「わたくしのこの形状操作は、渦という一点に特化している代わりにかなりの操作性を持っています。この場合の操作性は、この盾の硬度と言い換えてもいいでしょうか」


 一度間合いを取り直す七瀬の言葉に、榊は唇を噛んでいた。

 水の形状を操る力が、物理的に運動を捻じ曲げる力よりも強く働くなら、それは硬度と言い換えてもいいだろう。

 もちろん、形状を操る力にもある程度上限はある。現にアルカナといえども日高では火炎をいくら操作してもまともな盾には出来ない。操作性以前に、火炎としての“実体がない”という性質が優先されるからだ。(ただし、レベルSの操作性を持つ東城ならば実は盾の生成は出来る。だが演算を常時し続けなければいけない為負荷が非常にかかるので、実用性は低い)

 だが七瀬の場合なら、榊の拳程度はいくらでも止められる。


「まぁ、貴方はわたくしの形状操作と違い扱える運動エネルギーの総量自体には制限は無いのでしょうから、それを超えて打ち込めば良いだけですけどね」


「出来ないの、分かってて言ってるよね……」


「もちろんですわ」


 簡単なことだ。ガードレールと違い、打撃の際に使用するのは榊の生身。そして、運動エネルギーというのは質量と速度で決まる。運動エネルギーの増加というのは、すなわち速度の増加だ。

 無作為に速度を上げれば、身体の方が壊れてしまう

 だから、七瀬はその盾を拳のときにしか使用しなかった。逆に言えば、格闘戦に持ち込めば榊の攻撃も全く効かなくなる。


「それで、君は近接戦闘に持ち込む気なの? 言っとくけど、それじゃじり貧だよ」


「でしょうね。ですからわたくしは先程からそうならない手を模索していました」


「何を言っているの?」


「さぁ、何でしょうね」


 七瀬は笑って、また突進する。初手とまるで変わらないはずなのに、その動きは先程よりも榊を不安に駆りたてる何かがあった。


「無駄だよ!」


 その前に、十のガードレールが同時に七瀬に襲いかかる。だが七瀬はその動きを見極め、一つずつ水流で弾き飛ばす。

 一瞬の間に十個の鉄の塊は空中へと放りあげられ、彼の手元の武器はなくなってしまった。


「ッ!」


 とっさに榊は身構えた。だが、七瀬はそれ以上の突撃を止めた。


「十分ですわ」


 吐き捨てるように言った。同時、彼の周囲に即席の武器が舞い戻る。


「何を言って――」


「貴方の弱点は、もう見抜きました」


 七瀬ははっきりとそう言った。そこにはまるで疑問を抱く余地がなかった。


「通常の能力者の戦闘において重要なのは相性以前に『相手が何故レベルSではないのか』を見極めることにある。貴方もご存じでしょう?」


 七瀬は攻撃する素振りすら見せずに滔々と語り始めた。


「レベルSは能力に一切の制限がありませんが、それ以下には何かしらの制限があるからですわ。そして、その制限こそが、その能力者が意志の力で覆す事の出来ない絶対的な弱点である。貴方はそれを知り、なおかつわたくしの能力の弱点さえも知っていたからこそ、あの三人の中でわたくしを引き受ける事を選んだのでしょう?」


 七瀬の話に、榊は割って入れないでいた。話を無視して攻撃するのは可能だが、それをするには七瀬に隙がなさすぎる。

 結界のように、七瀬の構えはそれだけで榊を近づけさせなかった。


「そして貴方の弱点は、その掌握するベクトルの本数、ですわね?」


 七瀬の言葉に一瞬榊は驚愕し、それでもすぐに顔を立て直した。だが、もう遅い。


「そのリアクションだけで十分なのですが、まぁ続けましょうか」


 七瀬は笑って、宙に浮くガードレールを指差し、それかたさっき彼女が破壊した断片を指す。


「貴方が掌握するベクトルは十本まで。だから、こうしてわたくしが切り裂いたその断片を使用する事は出来なかったのでしょう? それを使えば、自らの肉体で戦おうとせずともわたくしを攻撃出来たものを」


 七瀬は嘲るように言う。今の弾き上げた防ぎ方すら、ただの計算の上でしかなかった。

 その事にすら榊は気付けなかった時点で、既に力の差は見えている。


「貴方はいささか以上に嘘が下手の様ですし、もう策はなさそうですね。ならばこれで、チェックメイトと行きましょうか」


 七瀬は、笑う。その背後から重く轟く爆音が聞こえ始めた。

 始め、榊はそれを燼滅ノ王の能力だと思ったのか壁の向こうを見つめていた。

 だが、違う。

 それは微かな水音を含んでいたのだから。


 七瀬の背後を隙間なく埋め尽くすように現れた水のランスが、その鋭く回転する矛先を榊に向けていた。


 話に気を取られて気付かなかったのか、それともギリギリまで生み出さずに演算だけ済ませ数値の代入を後にしたのか、榊には分からない。

 ただ分かることは、あれは危険だということ。

 あれほどの量を同時に打ち消す演算は、榊には出来ないだろう。


「だって貴方は、同時に十を超える演算が出来ないのですから」


 七瀬の言葉に、榊は目を剥いて驚く。


「まさか、ガードレールを引き裂いた時点でこれを見越していたの……っ?」


「さぁ、どうでしょうね」


 七瀬は適当にうそぶいていた。


「でも、これほどの量を同時に操るなんて……っ。支えるだけでも難しいはずなのに、そんな馬鹿なことが出来るわけが――」


「あら、出来ているでしょう? 貴方の目の前で」


 七瀬の言葉に呼応するように、水のランスが回転数を上げた。甲高い耳障りな音が、辺りを埋め尽くす。


「それに貴方が言ったのではないですか。こと形状の操作に関してのみ未熟だと。つまり、わたくしの波涛ノ監視者は、それ以外の点においてあらゆる制限は存在しませんわ」


「そんな、馬鹿な……」


「だから始めに申しあげたでしょう? わたくしはレベルSに最も近いと。あれをただの虚栄だと取った時点で、貴方の敗北は決していたのも同然ですわ」


 榊の顔が、曇る。

 それは、敗北を覚悟した者が見せるそれに似ていた。


「もう一度教えていただけますか? わたくしは、誰に勝てないのでしょうか?」


 もはや壁と化した全ての水のランスが、迷うことなく榊に襲いかかる。躱す隙間すら、与えることはなかった。


「さようなら」


 水飛沫とともに、血飛沫も散る。



 ――だが。

 明らかに血の量が少ない。



「――どうにか、なるものだね」


 榊の安堵するため息が聞こえた。


「な――ッ! 今の攻撃を受けて立っているとは……ッ!?」


「何も驚くことじゃないよ。いくら水のランスを生み出したところで、一度に受ける量は体の表面積分よりも多くなる事はあり得ない。多少の怪我は覚悟で的確に処理すれば問題ないんだ」


 榊は肩を回す。


「チェックメイト、って言うからには終わりだよね。これで分かったよね? 君じゃ僕に勝てない、って」


「そんな、そんな……――」


 七瀬が、頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃと掻いて慌てる。

 絶望にも似た色が、彼女の放つ雰囲気に混じっていて――



「――訳が無いでしょう?」



 七瀬が急に手を止めて、居住まいを正す。そのときには微かな笑みすら浮かべていた。


「悪ふざけはここまでにしますわね。あまり長い間、貴方如きに優越感に浸らせているのも癪に障りますし」


 七瀬の笑みは、完全なものだった。強がっているわけでもなく、追い詰められて狂ったのでもなく、勝利をただ確信しているものだ。


「何を言っているの。君の最後の策は――」


「そう思うのなら好きに攻撃して下さっていいですわよ。わたくしはここから一歩も動きませんので」


 七瀬は無抵抗であることを示すように両手を上げた。もちろん、その手に水のランスなど存在しない。


(何かの罠……? だったら近づかずに念動力能力で何かをぶつけたほうがいい……。いや、それだったら新たに生み出される水のランスで玉砕される。そもそもあらゆる運動エネルギーを無効化できる僕に罠に意味はないはずだ。ここは水のランスを受け止められる僕が直接攻撃すれば――)


 そう思い、榊がゆっくりと近づこうとした時だった。

 ようやく彼は、違和感に気付いた。


(何だ、足が動きづらい――ッ!)


 そこで初めて彼は知った。

 既に膝の上まで水かさが増していたことを。


「どうしました? 掛って来ないのですか?」


 七瀬の笑みが、さらに広がる。にやりと、意地の悪そうな笑みだ。


(こういうことか……ッ!)


 榊は奥歯を噛み締めるが、どうすることも出来ない。

 念動力能力者にはあれほど攻撃が意味はないと分かっていながら、無駄に水のランスで戦っていた理由。

 それは気付かれぬように少しずつ、この戦域に水気を満ちさせる為だ。そして、気付くかどうかのタイミングで必殺技と称して大量の水のランスを生み出す。

 それで仕留められればそれでいいし、仕留め切れなくとも戦域の水の量は一気に増して相手は動けなくなる。


 そもそも形状操作は拙いが、出来ないわけではない。ただの塊として周囲に留める程度は子供が粘土をこねるほどの難度しかないのだ。戦域が今の大通りのように広い場所でも、ある程度の量さえあれば押しとどめることは容易だ。


「では、わたくしのターンでよろしいですか?」


 にっこりと、七瀬は笑った。――どこまでも、残忍な笑みだ。


「では、もう一度必殺技を使わせていただきますわね」


 またあっという間に七瀬の背後を埋め尽くす大量の水のランスが生み出され、一斉に榊に襲い掛かった。

 念動力能力でその全てを止める榊だが、止めれば止めるほど体の自由を奪う水かさは増えていく。気がつけば、もう胸まで水が上がっていた。プールの中では速く歩けないように、榊の動きは完全に鈍った。


「――もしかして、それで勝ったつもりなの?」


 それでも榊は、諦める気配がなかった。


「これで僕の動きを封じたつもりなのかもしれないけど、忘れてない? 僕の能力は念動力能力。全ての物体は、僕の手にある」


「つまり貴方でも水を操れると?」


 七瀬はただ鼻で笑っただけだった。


「出来ないことじゃないはずだ」


「出来ませんわよ」


 七瀬は断言までする。


「例えるなら、体験版ソフトと正規ソフトの違いですわね。わたくしの能力(せいひんばん)貴方の能力(たいけんばん)では出来ない事が出来るのは至極当然の事。もし出来るのでしたら、研究は最初から液体操作能力者などを生産することはせずに念動力能力者だけを生産していたでしょう?」


 七瀬の言葉通り、榊がいくら水を振り払おうとしても七瀬に押さえつけられて状況は何も変わらなかった。


「貴方の能力で水を操ったところで、せいぜい一瞬だけわたくしの支配を乱すことが出来る程度。ランスのように少量ならともかく、この水全てを跳ね退ける事はあり得ませんわね」


 七瀬の言葉に榊の顔の恐怖が広がる。ようやく彼は今の状態が詰んでいるのだと理解したのだろう。


「……だけど、僕を抑えるだけで君は結局勝てない」


「勝つことが、目的ではありませんので」


 そう。七瀬の目的は宝仙を護ることで、その為にこの場をいち早く脱することでしかない。


「くそ……っ」


 榊が遠隔でガードレールを振るう。

 だが、それをランスで容易く弾き飛ばした七瀬は言った。


「ですがそれでは、面白みに欠けるのも事実ですわね」


 七瀬が、満面の笑みを浮かべる。それはどこまでも残虐な愉悦に満ちた、少女のものとは思えないものだった。


「そう言えば、貴方への借りが残っていましたわね。確か腹部を殴られたり、馬鹿と言われたり、左腕を完全に持っていかれたり」


 七瀬の顔に影がかかる。それは笑みと合わさって、どこまでも不気味な表情となっていた。


「さて、再三尋ねている問いを今一度だけ尋ね直しましょうか」


 にっこりというよりも、にったりと言った方がいいかもしれない笑みで、


「わたくしは、誰に勝てないとお思いなのですか?」


 途端。

 榊の全身の骨が軋んだ。胃の中どころか全身の骨まで口から出してしまいそうな圧迫感が、榊を襲った。


「な、にをした――ッ!」


「単純ですわよ。あらゆるところでわたくしは申しているので、貴方もご存じでは?」


 七瀬は笑ったまま指先を軽く振る。その動きに合わせて、水圧が増した。


「わたくしの能力は水を生み出し操る事。操るというのは何も形状だけを指すのではなく、量や粘度はもちろんの事、現在の地球上ではあり得ない水圧を掛ける事も可能ですわよ」


「な、に……ッ」


「これが、わたくしの奥の手ですわよ」


 満面の笑みを浮かべたまま、七瀬は苦しんでいる榊を眺め続ける。


「あらかじめ言っておきますと、念動力能力でこれを打ち消す事は出来ませんわよ。今の水は科学的に運動をしている状態ではありませんので、速度はゼロ。要するに運動エネルギーもゼロですから単純な水の圧力しか貴方にはかかっていませんわよ」


 要するに、初めから狙いはこれだったというわけだ。

 今までの攻撃は全て演技、フェイクだったと。


「ちょっと、待って。ここで僕を倒すことよりもヒナを追うのが目的じゃ――」


「あら、耳が悪くなってしまったのかしら。良く聞こえませんわね」


 言っている間に、榊の体を水が締め上げた。


「っぐ……ぁッ!」


「あぁ良いですわね、その声……! もっとお聞かせいただきたいものですわ」


 七瀬が体をくねくねと捩って、恍惚の表情を浮かべる。そこにあるのは少女らしい笑みなのに、それは全く逆のベクトルを向いていた。

 体を締め付けられている榊の顔が、恐怖に染まる。


「さぁて、腹部を殴られたり罵られたり左腕を一本砕かれた分は、しっかり返しますわよ」


 まるで子供が誕生日プレゼントに欲しかった巨大ロボットの玩具を貰ったときみたいな、この上ない至福の表情のままだ。ただそれは、どこまでも嗜虐的な何かに塗り潰されていたが。


「どこから潰されたいですか? 右手? 左足? それとも腰ですか? いや、更に水を増やして首とか?」


 七瀬が箇所を言う度に榊が悲鳴を上げ、その声を聞く度に、七瀬はゾクゾクと震える。


「それとも、贅沢に思いつく箇所を全部壊してさしあげましょうか。いや、きっとそれが良いですわね。では、そうしますわね」


 榊の返答を一切待たずに、べきっとあっけなく骨の折れる音がした。


「――ッァァ!」


「良い響きですわね」


 七瀬の頬は火照って赤く染まっている。もう本来の目的など覚えていないだろう。いや、分かった上で、それでもこちらを楽しむ事を選んでいるのか。


「わたくしが貴方に勝てないというその意味の分からない理屈を覆すまで、地道にゆっくり少しずつ懇切丁寧微に入り細に入り、力を見せつけるとしましょうか」


 その言葉に諦めた榊は、最後にこれだけを言った。


「やっぱり、君はS――いや、外道だよ……ッ!」


「違いますわよ。これが、ドSですわ」


 笑みを浮かべたまま、七瀬は即座に否定する。

 七瀬の最後の微笑みの直後、榊の断末魔の叫びが晴れ渡った空の下に響いた。



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