第3章 濃霧 -2-
評価を下さい…m(_ _)m
振り向けば、そこには見覚えのない三人の姿があった。
一人は、夏だというのにマウンテンパーカーのファスナーを一番上まであげて顎を少し隠している高校生ほどの男子だった。彫の深い四角い顔立ちや、東城よりもふた回りほど大きい体格のせいで、恐ろしいまでの威圧感があった。
一人は、優しげな少年だった。緑がかった黒髪や丸い瞳、白シャツとチノパンというどこにでもありそうな外見のおかげで、こちらは逆に親しみやすそうだった。
最後の一人は十五、六の可愛らしい少女だ。折れそうなほど華奢な身体で、服装もチュニックやミュールなどどこかに出かけるような格好だ。
だが彼ら三人に共通するものが、一つだけある。
その鋭い眼光。
それだけで人を射殺せそうなほどの力が、そこにはあった。
「……誰だよ、お前ら」
「アルカナだ」
あくまで業務的に短く、中央に立つガタイのいい男は答えた。
だがそれだけでも、東城は気付けた。
柊や七瀬の言っていた、五人のアルカナ。一人は日高晃、もう一人は宝仙陽菜だとすると、おそらくこの三人が残ったアルカナだろう。
(最悪のタイミング……、って思った方がいいみたいだな)
柊たちは能力者襲撃事件を、その犯罪性ではなく、アルカナ同士の対立として語っていた。
それはつまり、彼らはヒナを――宝仙を殺そうとしているということだ。
「助けてくれた、って思っていいのか?」
「好きにしろ」
素っ気なく言って、パーカーの男はドーム状になったアスファルトへと近づいた。
ただならぬ雰囲気だった。東城の予想を確信へと変えるのも、そう難しいことではないほどに。
「待てよ。何をする気だ」
「ヒナを殺す」
どこまでも端的に、彼はそう告げた。
「ふざけんな……っ」
「何に憤っているかは知らないが、ここにいる宝仙陽菜は既に十名を超える能力者に深い傷を与えている。肉体操作能力者の再生治療があると言っても、到底許されるレベルではない。ましてこれからも被害が増えていくのなら、なおさらだろう」
だから殺す。
目の前の男は、ただただ冷酷にそう言っている。
それが、東城には気に食わない。
「させねぇよ。やったのはヒナであって宝仙じゃねぇ。なら、お前らが勝手に宝仙まで殺すのは間違ってる」
「好きに言え。正誤の二元論で戦う気など初めからない」
互いの視線が正面からぶつかり合う。
「……名を、聞いていなかったな」
「東城大輝だ」
その名を聞いて一瞬だが、三人は目を丸くしていた。
九千の能力者の頂点に君臨する燼滅ノ王の噂は、他の能力者ならまだしもアルカナなら必ず耳にしているのだろう。
「なるほど。あの燼滅ノ王か。なら、俺たちも全力で相手になろう」
そう言って三人が構える。東城が一歩でも動いた瞬間に、戦闘する気だ。
三人が三人ともアルカナだ。
それに単身で戦うというのは、絶望的な劣勢だ。少なくとも現実的な問題として東城だけでは、乗り越えられないだろう。
だが、それでも。
この場で、宝仙陽菜を見殺しには出来ない。だから東城は拳を握り締める。
「……死ぬ気か?」
「そんなつもりで戦うやつがどこにいるって言うんだよ」
「そうか」
短く答えて、その男は天に手を掲げた。
直後だ。東城は全身に米袋でも叩きつけられたかのような圧を感じ、その場で地面に縫い付けられた。
何か物質的な攻撃ではない。現に東城の背には空気以外の何も存在しない。――いや、その空気の塊こそが、東城を地面へと押さえつけているのか。
「ならば貴様はそこで這いつくばっていろ。すぐに終わる」
東城の横を抜けて、男はそのまま宝仙を閉じ込めたドームへと歩み寄る。
(重い……ッ!)
おそらく、これが中央にいた男の能力なのだろう。無論、アルカナを名乗る以上は拘束するだけが全てではないのだろうが、それでもこの場では最高の手段ではあった。
それは、認めざるを得ない。このままでは東城では何かする余裕すらなく宝仙を殺されてしまうのだから。
「くそ……ッ」
歯を食いしばり、筋力だけでその圧を跳ねのけようとしたそのときだった。
「何してるわけ?」
誰よりも信頼を置く者の、心強い声がした。
瞬間、閃光が辺りを埋め尽くした。
眼球を衝くような光と身を叩く激しい衝撃波の後、その声の主は姿を現した。
「柊!」
「何を忠犬みたいに嬉しそうな顔してるのよ」
そんな風に言いながらも呆れるのではなく微笑んで、霹靂ノ女帝の柊美里は立っていた。
今の閃光で男の演算が乱れたらしく、東城を縛る謎の重圧は解けていた。
「あら。わたくしもいますわよ?」
柊の傍らで、液体操作能力者の頂点に立つ七瀬七海も構えていた。
思わず、また笑みがこぼれた。
これで状況は三対三、全くの互角だ。
「……随分な面子だな。波涛ノ監視者に霹靂ノ女帝とはな」
「あら。こちらとしては、随分な態度ですわね、と言いたいところですわ。大輝様にだけ名乗らせておいて自分が名乗らないなど、どういう神経なのでしょう?」
にっこりと営業用の完全に造りこんだスマイルを浮かべる七瀬に、男はやや呆れたように言った。
「重力操作能力者のアルカナ、万物ノ刑死者の落合雄大だ」
必要以上の情報を織り交ぜたのは、おそらく隠す必要がないことを分かっているかだろう。東城と違って七瀬や柊は能力者の情勢には詳しいし、何より五人のアルカナが戦っていると知っている時点で誰だかは分かっているのだろう。
「……そちらのお二人は?」
「地形操作能力者の大地ノ恋人、三田芽依だよ」
「念動力能力者の夢幻ノ魔術師の榊連、くらいの自己紹介でいいかな?」
ただの学生のように簡単な言葉で挨拶する。だが、そこに含まれる警戒心や敵意といったものは、まるで隠されることはなく棘となって言葉に乗っていた。
「では、こちらも自己紹介をして――」
「必要ない。波涛ノ監視者と霹靂ノ女帝は有名だからな」
「あら。それは手っ取り早くて済みますわね。――ではさっそく、殺し合いといきましょうか?」
ぞくりと、背筋が震えるような声だった。
わざとそんな雰囲気を作っているのだと思いたいが、根本的に彼女にはそういったことを楽しめる人間であるはずだ。味方になっているうちはこれほど頼りになる者はないが、そうでなくなったときにこれほど恐ろしい相手を東城は知らない。
「――いやー」
そんな中で、くぐもった声が割って入った。
「さすがにこの状況でドンパチやられるとアタシが困るっていうか、アタシがいないとこでやってほしいっていうか、つか、さっさと出せよ」
言葉の直後、柊のように周囲に拡散する閃光ではなく、一条の光が駆け抜けた。
圧倒的な熱量と共に何かが焼け、溶け、崩れる音があった。
「人が大人しくしてりゃ勝手にやり始めやがって。コッチはアンタらになンか用はねーンだっつの」
冷えて固まり始めたアスファルトを蹴飛ばしながら、ヒナは姿を現した。
「気が付いたら六人になってるとか、多すぎだろ。ッたく、ツイてねーなァ」
ヒナは頭をガシガシと掻きながら、ちらりと東城を見る。その口元が、にやりと吊りあがったように見えた。
「というワケで、オニーチャン。一人でアタシを追って来てくれる?」
「何を言って――」
「ちなみに拒否権とかないから。オニーチャンが来ないなら、アタシはもうちょっと能力者を狩ってくるだけだし」
そう言ってヒナは背を向けた。
「待て!」
「待たなーい」
間延びした声と共に、ヒナは駆け出していく。
そんなヒナに、落合が掌を向けた。
能力を行使する気だ。
「させねぇよ!」
東城は落合に殴りかかる。落合はそれをとっさに受け止めたが、能力の発動は阻止できた。その間に、ヒナは走り去ってしまったが。
「……どういうつもりだ」
「それはこっちの台詞だ。いきなり来て宝仙を殺すだ? ふざけんのもいい加減にしろよ」
握られた拳を振り払い、東城は落合と対峙した。
「このまま行けば、被害は能力者全体に広がるんだぞ」
「だから宝仙一人を犠牲にしろってか?」
「そうだ」
落合は間髪いれずに肯定した。
そのあまりの迷いのなさに、東城は気が付くと歯を食いしばっていた。
「――今すぐ追うぞ。ヒナが狩りだす前に俺たちで息の根を止める」
「させる訳がありませんわね」
「だいたい、私たちから逃げられると思ってるわけ?」
七瀬と柊が、威嚇するように東城の横に立った。
だが、落合には臆した様子はまるでない。
「……貴様たちが俺たちの足止めをしている間に、ヒナは能力者を狩るぞ。それは結局、貴様たちの嫌う、誰かを犠牲にすることじゃないのか?」
落合は平然と言ってのける。
その論法は余りに正しく、故に卑怯なのだ。東城たちも同じことを考えている。だからこそ、先に言われてしまえば何の反論も出来ない。
だが、論破されようが何をされようがするべきことは変わらない。要するに落合たちを抑えたまま、能力者を狩りだす前にヒナに追い付けばいいのだ。
(――けど、アルカナ三人を前に一人でも欠けるのは厳しすぎる……)
この状況で一人でもヒナを追いに行くのは危険だ。相手の能力が未知数である上に三対二、ヒナとも一対一というのはあまりに戦力差が均衡しすぎている。
ここで東城一人が宝仙を追うことは、まず出来ない。
「――俺が行く」
だからその声は東城のものでも、ましてや落合のものでもない。
それはもっと後ろから、爆発音と共に聞こえた。
慌てて東城は振り返る。この場に誰かが来るという可能性を、東城は考えてさえいなかった。
「日高!?」
そしてそれは落合も同様なのか、東城の声と彼の声は重なっていた。
「ヒナは俺が食い止めとく! 東城大輝、雄大たちは頼んだ!」
爆発を背に受けて加速したらしく、相変わらず愚直にまっすぐ突進して東城たちの横を抜けて行こうとする。
――だが。
「待てコラ、お前も落合の仲間だろうが! 行かせるわけにいくか!」
肩を乱暴に掴んで東城は日高を止める。
だが止められた日高の方はむしろ状況が分かっていない様子だった。
「ちょ、何で止めんだ!」
「昨日は宝仙を狙ってたろうが!」
その言葉で、日高の全身が硬直する。そして、ようやく互いに齟齬があると分かったらしく慌てて釈明し始めた。
「狙ってねぇ! 俺は始めっからあいつを保護するつもりだったんだよ! 陽菜をそんなみすみす殺すような真似なんて出来るかよ!」
「捕まれってそういう意味かよ!」
思わずツッコんでしまう。緊迫した状況だというのに色々とぶち壊している。
「お前、それ宝仙には言ってねぇよな!」
「言ったとは思うけどなんか怯えてたな。まぁとにかく、ここは任せるからな!」
言うだけ言って、日高はすぐさまヒナの元へと向かった。あっという間の出来事でほとんどの人間がぽかんと口を開けていたが。
「ったく、だったら昨日戦ってるときからそう言えよ……。てか、宝仙にだって伝わってなかったみたいじゃねぇか」
東城は頭を抱える。
だがそれでも、一つの、そして最も大きな問題はこの瞬間に解決した。
あとは単純。
目の前の敵を、思う存分叩きのめせばそれで終わりだ。
「――楽しそうな顔しないでくれる?」
横で柊が呆れたようにため息をつく。
「アルカナの中でも向こうはかなりの上位なのよ? 迷わず戦えるってだけでそんな楽しそうな面しないでよ」
「どうせトップはお前ら二人だろ。ビビる理由がねぇだろ」
「あら。大輝様の信頼、痛み入りますわ」
七瀬は笑って言うが、実際それは冗談でも、東城の過度な信頼でもない。
柊はレベルSの発電能力者。その能力に上限値はなく、全能力者の中で最速に君臨している。
七瀬はレベルAの液体操作能力者でありながら、その柊に一度勝利している。
間違いなく、能力者のトップは東城というイレギュラーを除けばこの二人だろう。
その二人がいて負ける相手など、あの神戸拓海くらいしか思い当たらない。
「――雄大。燼滅ノ王と霹靂ノ女帝は芽依と二人で戦って。波涛ノ監視者は僕一人で相手にする。連携を少しでも分断した方がいいよ」
そのことを分かっているかだろうか、榊はそんなことを言っていた。
「あら。貴方一人でわたくしの相手が務まるとでも? 随分と舐められたものですわね」
当の七瀬はそれを挑発と取ったらしく、眉根を寄せてあからさまに不快感を示していた。
「――波涛ノ監視者の言うとおりだ、連。お前には少し荷が重すぎる相手だ」
「大丈夫だよ。雄大や芽依が迷うなら、僕が先に道を示す。ただそれだけだから」
榊は笑って答える。それは東城たちから見ても多少なりとも無理をしているように見えるのに、落合はそれに頷いて三田へと視線を向けた。
「分かった。ただし、死んだりしたら許さないからね」
その視線に諦めたのか、三田も渋々と頷いた。
直後だった。
アスファルトが突然隆起し、七瀬と榊を他のメンバーと隔離するような分厚く巨大な壁へと姿を変えていく。
「大輝様! わたくしもそちらが良いですわ!」
その壁を水のランスで切り裂いて東城たちの方へ残ろうと七瀬は無駄な足掻きをしていた。
「いいから、アンタはさっさとそっちの相手してなさいよ。こっちはすぐに片づけるから」
柊は冷たく言い放って、東城へと伸ばす七瀬の手を勝手に払った。
「ちょっと! 貴女、何をなさるのですか!」
「いいからさっさと相手倒してきなさいよ。それが出来ないのに大輝の傍にいる気なわけ?」
「く……っ。言いたい放題ですわね。良いですわ、分かりました。ちゃんと夢幻ノ魔術師を倒した上で大輝様の下へ参上いたしますわ」
柊の言葉に苦い顔をしつつも頷いて、七瀬は壁を退ける手を止めて榊と向き合った。
やがて、出来上がった壁は高さ十五メートル近くに達し、横は見える限りを横断する巨大なものになっていた。
絶望の象徴のようなその壁の向こうを見つめて、東城はただそれを笑い飛ばしていた。




