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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第3章 濃霧 -1-

 書きだめている分があまりに多いので消費するためにしばらくの間は毎日(17時ごろ)更新にします。



 午前七時。

 まだ何が起きているのかも知らない東城は、制服に着替え朝食のトーストをかじっていた。

 ちなみにオッサンは東城たちに気を使ったのか本当に仕事なのか、既に東城が起きる前には出勤していた。

 各々着替えが終わった者から朝食を食べ始めるのが東城家(正確にはオッサンの家だが)のスタイルだった。

 だが、柊が食べ始め、七瀬もトーストを焼いてもまだ宝仙の姿は見えない。


「七瀬。宝仙はまだ寝てるのか?」


「いえ既に部屋には居ませんでしたが。光輝ノ覇者の事ですから夜中に寝ぼけて、ソファーなどで寝ているのではありませんか?」


「いないぞ」


 ちらりとソファーを見るが、宝仙の姿は見受けられなかった。というか、あの食いしん坊の宝仙なら朝食の匂いを嗅ぎつけて起きて来てもおかしくはない。

 そう東城が考えた直後、柊のケータイがブルブルと震えだした。


「……ちょっとゴメン」


 何かに気付いた様子で柊は電話に出る。そして相づちを打ちながら歯を食いしばって、通話を切った。


「おい、柊……」


「また被害者が出たわ」


 その言葉を聞いて、東城は迷わず玄関へと駆けだした。

 そこには、東城、柊、七瀬の靴があった。だが、それはなかった。――宝仙の靴だけは。


「……マズイわね」


 その柊の言葉は、このタイミングでいなくなったことで彼女への疑いが増すからか、それとも地下都市で襲撃が始まっているからか、東城には分からなかった。

 ただ東城たちは誰が言い出したのでもなく、宝仙を追うべく家を飛び出していた。


「くそ……っ」


 この事態に、東城はほぞを噛む。

 完全に自分の失敗だった。監視だというのなら絶対に宝仙から目を離すべきではなかった。

 何より、七瀬が全て言っていたはずだ。


『写真を見せつけられた時の彼女の反応を見たでしょう? あれで彼女が無関係とは到底思えませんが』


 犯人とは思えないから、無関係。そんな短絡思考でいた時点で間違いだ。

 宝仙が犯人にしろそうでないにしろ、何か関係があったのは絶対だ。なら、東城たちが目を離したすきに何かが起こる可能性は十二分にあった。


「アンタ、学校はどうするわけ?」


「行ってる場合じゃねぇだろうが」


 東城は舌打ちして、携帯を取り出す。

 一瞬、オッサンに連絡しようかと思ったが躊躇する。

 医者であるオッサンに仮病は通じない。何か事情を話せば学校に連絡をしてくれるかもしれないが、オッサンをこんな非日常の世界に引きずり込む訳には絶対にいかない。

 だから東城は、アドレス帳から別の人間に電話をかけた。


『もしもし、大輝? どうしたの、こんなに朝早くから』


 電話の相手は、四ノ宮だ。こういう少しずる賢さが必要になるときの四ノ宮の頭脳は、おそらく学年一位の秀才を遥かに凌ぐと思っている。


「学校をずる休みしたい」


『……ゴメン、何を言ってるか分からない』


 当然の反応が返ってきた。だが、四ノ宮に対して言い訳をする時間もなければ説明する余裕もない東城はその問いを無視した。


「とりあえず言い訳しといてくれ。主に永井先生さえどうにかしといてくれればいい」


『……また十日前みたいに面倒そうなことになってるんだね。分かった、いいよ』


 快く四ノ宮は引き受けてくれた。四ノ宮が分かったと言う以上、オッサンにまでは連絡が回らない――いや、回った上で、今日一日東城がいなくても絶対に心配をかけないような、そんな絶妙な言い訳をしてくれるだろう。


「ありがとな。今度、ジュースくらいはおごる」


『お礼は要らないよ。言ったでしょ、本当に危ないときは助けるって。じゃあ、頑張ってね』


 四ノ宮がそう言ってくれるので、そこで通話を切った。

 その後はただ黙って三人は走っていた。

 目的地は、いつも瞬間移動(テレポート)で地下都市へ行く為のランドマークである公園の物置だ。

 高校生が本気で走れば、ものの数分でそこには辿り着いた。

 息を切らしながら柊が連絡すると、すぐに瞬間移動が起きた。ぽん、と弾けるような音と一瞬の浮遊感を経て、東城たちは地下都市の第0階層に移っていた。


 そこまで駆け抜けて、東城は一度息を整えた。気ばかりが焦って体力を浪費するのは襲撃犯と遭遇したときに非常に危険だから、というのと、一度立ち止まって冷静になる為だ。その襲撃犯が本当に宝仙なのかは、別の話だが。


「地下都市で襲われたって人が出た前の一時間くらいから今まで能力者を外に出してないらしいから、襲撃犯は中にいるはずよ。――たぶん、宝仙も」


「それに、警報を出していただいていますから、外出している方が少ないはずです。光輝ノ覇者の発見は多分すぐ出来ますわ」


「無茶言うな。どんだけ広いと思ってるんだよ、この地下都市。隅々見て回るだけで何時間かかるか分からねぇぞ」


「じゃ、一旦ばらばらに捜索ね。私と七瀬は能力で索敵できるから、入り組んだ第1階層と第2階層を受け持つわ。第3階層は警戒態勢中の立ち入りできないし、第4階層も十日前の事があって入れないから」


 柊はレーダーによって、七瀬は霧を展開し理論値と現実の分布の差から、それぞれ知覚の拡張が可能だ。柊の提案は、最も妥当なものだろう。


「分かった。俺は見やすい第0階層を目視でどうにかする。ただし、見つけたら空メールでも何でも連絡してくれよ」


「了解」


「承知いたしましたわ」


 そう言って、東城たちは散り散りに走りだした。

 第0階層を駆けながら東城は、周りを見渡していた。だが、人がほとんどいなかった。

 地上と違い、この地下都市には通学や通勤という概念が存在しない。そうなると人の活動はもっと遅くなるし、仮に第3階層のライフライン施設へ向かうとしても第0階層の繁華街など通る必要はない為、当然のようにこの階層は静まり返っていた。

 聞こえるのは、自分の鼓動よりも早く鳴る足音と切らした息だけだ。


(柊たちみたいに索敵が出来りゃ楽なんだけど……)


 東城の能力は炎と爆発、プラズマを操ること。温度まで掌握できるなら話は別だが、それをいくら昇華させようと、知覚の拡張は困難だろう。

 歯がゆい思いをしながら、ただアナログに走り回って辺りを見渡し続ける。

 そこでふと、ようやく自分のものとは違う気配を感じた。

 一つ路地を抜けて、大通りへと跳び出す。


「宝仙!」


 その道のど真ん中で、宝仙陽菜は立ち尽くしていた。

 何も変わった様子もなく、ただ昨日と変わらない簡素な格好で立っていた。


「あ、東城君だ」


 そう言って笑う宝仙だったが、トレードマークのようなサイドテールはなくなっていた。髪は下ろした状態で、何だか少し気だるさすら感じられる。

 そんな緊張感の欠片もない態度に、思わず東城は声を荒げてしまった。


「勝手にどこに行ってたんだ!」


「お、おう。東城君が怖いね」


 宝仙がたじろぐ。東城はその様子に深くため息をつきながら、ケータイを取り出して素早く二人にメールを送る。


「ったく。お前、自分がどんな立場にいるのか分かってんのかよ」


「ん? アタシはアタシだよ?」


「そういうことじゃねぇ……」


 相変わらずの宝仙の様子に東城はため息をつくしかなかった。


「能力者の襲撃事件くらいは知ってるだろ。お前、その容疑者なんだぞ」


「のーりょくしゃのしゅーげき? 何それ、おいしいの?」


 宝仙が可愛らしく首を傾げた。

 いつも通りの、いつも通り過ぎるくらいの、宝仙らしい仕草だった。

 だが、どうしてか違和感があった。

 昨日までと何も変わらず、だからこそ、何かが決定的に違う。


「アタシ、分かんないよ」


 その宝仙の付け足しは、東城の勘を確信へと変えた。


「……んなわけ、ねぇだろ」


 ぎり、と歯を食いしばる。

 信じたくはない。だがそうでなければもう、つじつまが合わないのだ。


「さっき七瀬が言ってたんだ。地下都市には警報が出てるって。何でお前はそれを知らねぇんだよ。俺たちが起きたときには地下都市にいたお前が」


 それ以前に。


 昨日、七瀬が被害者の写真を見せたとき、宝仙は酷く動揺した。

 その宝仙が、何も知らない?

 そんなことはあり得ない。彼女が犯人かどうかなど棚上げしても、彼女が何かしら知っているからこそ、あんな反応になったのだ。


「何を言ってるの、東城君。アタシ、何にも――」


 なおも、宝仙はしらを切ろうとする。だがそれは最早、逆効果でしかない。

 その宝仙の反応はまるで、東城を真実から遠ざけようとしているとしか思えないのだから。


「……お前は、誰だ」


 その言葉は、決して問いかけではなかった。

 この目の前にいる宝仙は、別の何かだ。その確信が、東城にはあった。

 宝仙は変わらず首を傾げようとして途中で止め、その鋭い眼光で東城を射抜いていた。


 無言の間があった。吹く風の音すら聞こえる。

 それから、ようやく宝仙は口を開いた。


「――あーあ、割とさっさと見破っちまうんだなァ。つッまんねーの」


 チッ、と宝仙は舌打ちまでしていた。


「でも残念。アタシは宝仙陽菜で間違いなンだわ、これがさァ」


「宝仙……」


 昨日までの、あの惚けた雰囲気など微塵もなかった。

 あるのはただ、幼さすら感じるほど無邪気な、狂喜的な殺意だけだ。


「まァ、アタシのことはヒナって呼んでよ。それが今のアタシの名前だから」


 そう言って宝仙――いや、ヒナは舌を出して下品に笑い出した。


「どういう事だ」


「分かってて言ってたンじゃないの? いや、もしかしてちゃんとアタシの口から聞かないと分かンないのかな?」


 からからと笑いながらヒナは言った。



「アタシ、宝仙陽菜は二重人格なのでしたー」



 その言葉に、東城は驚かなかった。

 犯人は高レベルの発光能力者で、あれだけの被害を生み出すことが出来るのはアルカナである宝仙陽菜しかあり得ないのなら、彼女が犯人なのだ。

 彼女の性格が犯人像に合致せず、それが演技でないというのなら、彼女は犯人ではないのだ。


 この矛盾を突き崩すのは一つ。

 能力者襲撃事件の犯人と普段の宝仙陽菜は同じ体でありながら全くの別人、ということくらいだろう。


「あれー? 驚かねーの?」


「悪いけど、こっちは記憶喪失者なんだ。今さら二重人格とか出てきたって思うことなんかこれっぽっちもねぇよ」


 かつて東城は記憶を失い、一年もの間ただの人間として生活してきた。そこでいきなり超能力などという戦いに巻き込まれ、順応してきたのだ。今さら驚くようなことなどない。


「そんなことよりも、だ。テメェは何が目的で能力者を襲撃してやがった」


「あー? あンなのは余興だよ、余興。陽菜じゃないヒナとしての、能力の出力調整っていうのかな。おかげで最初はほっそいレーザーしか出せなかったけど、もうすっかり使いこなせるよーになっちゃった」


 ヒナの言葉の後だった。

 パッパッパ、とモールス信号のような短い間隔のフラッシュが三度あった。


「――ッ!」


 何の意図があるのかなど分からない。

 ただ東城はそのおぞましい殺気だけを感じて、爆発の加速で真横へと跳んだ。

 直後。

 禍々しい赤い閃光が駆け抜けて、東城の背のアスファルトが一文字に蒸発していた。


「な――ッ!?」


 攻撃の過程が存在しない。結果だけが、こうして残されていたのだ。


「オイオイ、今のは普通じゃ避けらンねーはずなンだけど。光速の攻撃を避けるとかどんな神経してンの、アンタ。予備動作で察知するも何も、フラッシュが予備動作だって知らないはずだよね?」


 肩をすくめて心底残念そうにヒナは呟いた。


「テメェ……ッ!」


「何キレてンの? 殺し合い死に来たンでしょ?」


 ヒナは笑う。どこまで残忍な笑みで、その可憐な顔を歪めていく。


「俺は、友だちを助けたいだけだ」


「あーそー」


 気のない返事をしながら、ヒナはまじまじと東城を眺めていた。

 やがてまた嫌な笑みを浮かべて、吠えた。


「なら友だちの欲求不満に付き合って、大人しく果ててくれねーかな!」


 また三度のフラッシュがあった。

 一度目の時点で反応し、三度が終わるときには東城は既にその位置から空中へと跳び上がっていた。

 そこで東城はヒナの攻撃の正体を見た。

 ヒナの正面に突如現れた爆発的な光が、一直線に東城のいた位置を焼き払うのを。


(流石は光輝ノ覇者ってわけか)


 これが発光能力者の頂点に君臨するアルカナ、光輝ノ覇者。

 現代兵器ではまだ実現すら不可能なレーザー兵器を、その身一つで体現してしまう。そんな現実離れした能力者だ。


「お? 爆発を使っての加速で上昇したのか。上手いね、空中だと立体に避けられるからコッチも次が当てづらいじゃん。連射を封じるにはいい手だ」


 冷静に分析しながらも、ヒナは笑っていた。相手が有利に立っているのを認め、それに対する何かしらの対抗策を講じるわけですらない。

 ただ面白がっているのだ。ゲームで難しい制限が課せられているかのような、そんな不利な状況こそを楽しんでいるのだ。


「何を、笑ってるんだ」


 着地しながら、東城は問いかける。戦闘を楽しむだけならまだ分かる。ベクトルは違えども、昨日戦った日高晃にもそういった側面はあった。

 だがヒナの様子は、どこかそれだけではないと感じさせた。


「あー、イヤ。戦うのが楽しいからってのもあるンだよ。正直、アタシが表に出る理由はそれだけだし」


 だけど、とヒナは続けた。


「やっと見つけた、って感じなんだよね。今のアタシはさ」


「見つけた……?」


「そ。オニーチャン」


 ヒナは東城をそう呼んで、笑っていた。


「おにいちゃん……? 何を言ってんだよ、お前」


「まァまァいーじゃん、オニーチャン。いや、しっかし見れば見るほど似てるねー。陽菜が懐くのも分かるわ。陽菜がわざわざ家を出た時点で怪しかったけど、ここまで似てたら十分すぎるっしょ」


「だから、さっきからテメェは何を――」


「焦ンなって。がっつく男はモテねーよ?」


 直後、また三階の閃光が発せられる。とっさに上空へ避けた東城だが、今度は何も起きない。


「今のはただのフラッシュだよ。ざーんねんでしたァ!」


 そう言って、東城が空中にいるのを見ながらヒナは狙いを定める。タイミングをずらされているせいで、東城には反応するだけの余裕が与えられなかった。

 今度は本命のフラッシュがあった。


 ――そのときだった。


 アスファルトが盛り上がって柔らかい粘土の板のようになって、ヒナを包みこんだ。

 放たれるはずだったレーザーはヒナが驚きのあまりキャンセルしたのか、何も起きなかった。


「間に合ったか」


 そんな声がしたのは、東城が着地するのとほぼ同時だった。

 東城の窮地を救ってくれたというのに、その声に東城は言い知れぬ不安を感じていた。



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