第1章 火焔の戦い -4-
料理が全て揃った。
一つのテーブルでは納まりきらず、客のいない隣の席のテーブルを借りなければ置けないほどだ。四人の学生しかいない座席とは思えない、どこかの相撲部屋かプロレス団体がやって来たかのような状態だ。
「見てるだけで胸やけしてきたんだが……」
「っていうか、あの細身のどこにこれが全部収まるんだろうね」
「いっただっきまっす!」
東城たちがげっそりとした表情でテーブルの上を眺めている間にも、宝仙はフォークとナイフを持ってばくばくと食べ始めた。
「ん~! おいひい!」
「それはよかった」
東城も苦笑いしながら自分の料理に箸を付けつつ、事情を聞いていなかったことを思い出した。
「それで、どうして行き倒れてたのか教えてもらっていいか?」
「おあえがああったあらあお」
「ごめん、何言ってるか全然分かんねぇ」
「ああら、おあえがああったあら、いいあおえあんあお」
「……もういいよ、全部食ってからで」
どうやら彼女にはコミュニケーションというものは高度な技術らしい。
仕方なく、彼女が満腹になるまで東城たちは無言で待つことにした。
――そして、一時間後。
「……東城、俺はいま奇蹟を目の当たりにした」
「そうだな。俺もおんなじ気分だ」
白川の言葉に東城は頷く。眼前に広がる光景には、テーブルいっぱいを占領した皿しかない。メインの料理はもちろん、付け合わせのパセリも残さず全ての料理が消えていた。
「いやぁ、美味しかったぁ」
宝仙はそう言って口元を拭うが、あれだけの量を食したにもかかわらず変わらず細身のままだった。
「まぁ腹八分目って言うし、ここらでごちそうさま」
「……おい、東城、四ノ宮。きっと今のは俺の聞き間違いやな? そうやと言ってくれ」
「きっと十八分目だよ。そうじゃないとおかしいもの」
「十八分目って、どこに納まってるんだよ」
口からはみ出している気がする。
――が、いま重要なのはもちろんそこではない。
「それで、お前が行き倒れてた理由は何だよ」
「だから、お金がなかったからだよ」
「いやだから、その理由を訊いてんだよ」
「?」
首を傾げられた。どうやら、本当に質問の意図を理解されていないらしい。
「はぁ……」
東城は本日何度目か分からない深いため息をついた。
ようやく取り戻したはずの日常が、どんどん壊れていく気がした。
一年かけて築き上げてきたものは十日前に砕けたが、それでも東城はこうして日常に帰って来た。白川や四ノ宮、永井先生、オッサンや浦田さんはそういう日常の住人だった。
十日前に知り合った柊や七瀬とはあれからタイミングも連絡手段もない為に会えずにいるのだが、それもあって余計に東城は今の日常を強く実感してきたところだった。
それがこうも容易く崩れてしまうと、さすがにため息をつかずにはいられない。
「ため息ばっかりついてると、ハゲるらしーよ?」
「黙れ」
ため息の元凶である宝仙が言うのには、正直いらっとした。
「ところで、えっと、とうぞう君?」
「東城だ。そんな言い間違い聞いたことねぇよ」
「そうそう、登場君」
「イントネーションがおかしいな」
ツッコむのもやや面倒になって東城は受け流すことにした。
「で、何だ?」
「あたしはね、お金がないのです」
「さっき聞いた」
「ですが、もっと遠くに行かなければいけません」
「そうか。がんばれよ」
「ですが、お金がないのです」
「……歩け。健康にいいらしいぞ」
「ですが、もっと遠くに行かなければいけません」
無限ループらしかった。
「……四ノ宮」
「頼まれてるのは大輝でしょ。それに、これだけの食費を出したら流石に手持ちはなくなるよ。下ろそうにもキャッシュカードなんて持ち歩いてないし」
「……白川」
「いま食った分の代金を除いた十二円で電車に乗れるなら貸してもえぇぞ」
「お前に訊いた俺が馬鹿だった」
東城は半ば諦めて、仕方なく自分の財布の中を見た。あまり残ってはいない。十日前に柊へプレゼントを買った時点でそれなりに危なかったが、それに加えて地下都市での治療もタダではなかった。値切りに値切ってはみたが、それをかなりの時間利用していた東城もかなり厳しい財政だ。
「――で、どこに行きたいんだよ」
「もっと遠く」
「返事になってねぇよ」
「じゃあ、もあろんぐ」
「大差ねぇよ。あと英語としては微妙に間違ってるんじゃねぇか?」
東城の投げやりなツッコミにも、宝仙は首を傾げるばかりだった。
「――ねぇ、もしかして家出?」
四ノ宮が尋ねた。
確かに、その線はある。目的もお金もなく遠くに行きたい、と自分たちよりも年下らしい子供が思うなら、そういった理由が考えられるだろう。
「家は好きだよ。だって二週間くらい前に引っ越したばかりだもん」
「じゃあ、何で遠くに行きたいんや?」
「……何でだろ?」
言いだした本人が首を傾げ出す始末だった。
「もういい。金は貸さない。自分で歩け」
「……東城君は冷酷な人だ」
「違う」
「だったら、東城君は残酷な人だ」
「違う」
「東城君はヘンタイだ」
「ヘンタイは白川だ!」
「いやそのツッコミはおかしい」
ボケ担当の白川もローテンションながらツッコんでいた。
「ったく、分かったよ。三百円くらいなら貸してやるから、好きなところに行け」
「三百円ってどれくらい遠くに行けるの?」
「……駅五つ分くらいか?」
「それくらいだろうね」
東城が尋ねると、四ノ宮が答えてくれた。
「あんまり遠くないなぁ」
「テメェ、人に金借りようとして真っ先に口を出るのがそれか……っ」
冷水の入ったプラスチックのコップを、東城は割らんばかりの力で握りしめていた。そろそろ、我慢するのも限界だ。
そんな頃、だった。
四ノ宮がガタッと立ち上がったのは。
「どうした?」
「……そうだ大輝。僕、これから用事があったんだよ」
「そうなのか」
取ってつけたように言われて、さすがの東城も不信感を抱かざるを得なかった。だが、それを口にする余裕もなく四ノ宮は伝票を手に取ってしまっていた。
「お金は払っとくからさ、先に帰るね」
「お、おう……」
「あ、それなら俺も先に帰るわ」
そう言って白川も立ち上がり、二人ともがカバンを背負う。
何か、妙な気配があった。
「じゃあな」
「じゃね」
「おう……」
そういってレジへと消える二人を、東城はわけの分からないままに見送った。
「何だったんだ、あいつら」
そう言って辺りを見渡して、東城は愕然とした。
異常な静けさがそこにあった。
昼時のファミレスだというのに、ナイフやフォークを動かす音がない。
店の奥から聞こえてしかるべき調理の音も、ウェイターやウェイトレスの足音もない。
外から聞こえるはずの街の雑音さえ、存在しない。
誰もいない。
虫一匹いないような、そんな作られた静けさがそこにはあった。
そして、東城は知っていた。
この無音の世界を。
世界から取り残されるような、この感覚を。
「クラッキング……?」
思わず東城はそう呟いていた。
クラッキング。
本来はコンピュータネットワークへの不正侵入や、そのシステムあるいはデータの破壊や改竄を指すのだが、今回は違う。
これは、超能力。
精神感応能力者によって所定の空間から人を払う技術だ。そこにいた人は皆何かしらの誤認を植えつけられ、遠ざかり、その中で起きたことに関心を持てなくなる。
その中にいられるのは、東城が知る限り超能力者だけだ。
だがしかし。
そこに、いた。
宝仙陽菜は。
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