表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/429

第1章 火焔の戦い -5-



 クラッキングされた空間の中に入れるのは、能力者だけだ。そうなれば、ここにいる宝仙陽菜は能力者でほぼ間違いない。

 だがだからこそ、余計に分からなくなる。

 クラッキングが使用される理由は、能力者の存在を秘匿する為にあるはずだ。つまりこの場で能力を行使するということ。

 だがこの場にいる宝仙は、びくびくと怯えつつ周囲を警戒して動揺している。この様子では、クラッキングを使用したのは宝仙ではないだろう。


(行き倒れてたって言うのも考えると、こっちが追われる側か……)


 東城はそう結論づけた。

 そのとき、何か嫌な気配を感じた。

 粘つくそれは、十日前に嫌というほど感じたそれにも似ていて――


「こっちだ!」


 思わず叫んで、東城は宝仙を抱きかけるように引き寄せるとファミレスのテーブルを蹴り上げ、その陰に隠れる。

 ガラガラと食器が割れる音の後、別の轟音が東城たちの鼓膜を揺さぶった。

 食器などよりもよほど大きな、ガラスが砕ける音。

 テーブル越しに、背中へ重い衝撃が響く。

 鈍器のようなものがぶつけられたのだろう。


「なんとかなったか……」


 どうにか凌ぐことには成功して、東城はほっとため息をつく。

 だが、密着している宝仙はそうではなかった。


「ご、めんなさい……」


 震えていた。

 震えて、涙目で、ただ東城にその言葉を繰り返した。


「巻き込んでごめんなさい、ごめんなさ――」


「うるせぇ」


 東城はため息交じりに言って、宝仙の鼻を摘まんだ。


「んぬ!?」


「ったく、さっきまで無茶苦茶に迷惑かけといて急にしおらしくなってんじゃねぇよ」


 東城は笑いかける。

 これだけの異常な状況で、それでも東城はそれが出来た。


「いいから、事情を教えてくれ」


「……追われてるの……。――いろんな、能力者に」


 宝仙はゆっくりと話していた。

 分かりやすく説明する為に言葉を選んでいるのか、それとも、何か言いたくないあるいは言えないようなことが紛れているから言葉を選んでいるのか、少し不自然な間だった。


「そうか」


 だが東城は詮索せず、素っ気なく答えた。


「分かった。これ以上は訊かねぇよ。だけど最後に、一つだけ教えてくれ」


 東城は、それだけで覚悟を決められる。その確信があった。

 こんな状況なら、普通の人間は恐怖で足を竦ませていることだろう。

 だが東城は違う。

 ただの人間ではないし、震える脚でも立ち上がれるだけの強さを手に入れた。

 だから、東城はその一言を得るために訊く。


「お前はこのまま、相手の思いどおりになっていいのか?」


「……いや、だよ」


 怯えながら、震えながら、彼女はそう口にした。


「でも、それ以上にあたしはあたしのせいで誰かに傷ついてほしくない……っ。だから、君はもうこのまま――」


「ふざけんな」


 笑い飛ばすように東城は言う。


「お前はいま嫌だって言ったよな? なら、それだけでもう十分だ。俺の自己満足ってわけじゃなくなる。戦う理由にしちゃ上出来だ」


 かつて東城には決めたことがあった。

 誰よりも護りたかった少女の涙を、東城には止めることが出来なかった。

 それは本人の力で覆せるような事ではなくて、どんなに醜く足掻いたところで、それは絶対に諦めなければいけないことだった。

 だからその代わりに、東城は誓った。

 たった一つ、その少女の涙を止めたいという希望を捨て去ることで、他のありとあらゆる願望を叶えてみせる、と。

 東城はただその為に立ち上がり、結果として神戸拓海という一人の少年を救い、九千人を押さえつける負の研究を完全に潰してみせた。


 そして、今。


 彼女は、このままは嫌だと言った。

 だから東城は、また立ち上がる。

 怯えている少女をこのまま見過ごすなんてことは、したくないと思ったから。


「ここで待ってろ。すぐに片づける」


「そんな、その前にやられたらどうするの!?」


「やられねぇよ。舐めんじゃねぇぞ、この俺を」


 東城は笑って、テーブルの前へ躍り出た。


「大人しく捕まってくれよ、陽菜」


 そんなことを言いながら、丁度、襲撃者もガラスを踏みながらファミレスの店内に入って来たところだった。

 見た目は、東城と同い年くらいだろう。短い赤茶色の髪が立っているのを差し引いても東城よりも僅かに背が高い。Tシャツにデニムという簡素な格好でも、鋭く尖った顎や切れ長の瞳は異性を引きつけるに違いない。

 だが、それには何かが足りないと東城は感じる。襲撃者という立場であるのに、どことなく関西弁の友人にも似た雰囲気が隠せていないのだ。


「お? 陽菜だけじゃなくて他にも人がいるのか? あれ、クラッキングは?」


 襲撃方法の割には、やはりと言っていいのか間の抜けた声だった。

 だがそれでも、襲撃者であることには変わりない。


「テメェ、誰だ?」


日高晃(ひだかあきら)だよ。あ、能力は灼熱ノ天子(ザ・サン)な。もちろん発火能力者(パイロキノ)だ」


 太陽(ザ・サン)

 つまり、二十二種の超能力の頂点に君臨するアルカナの一人、ということだろう。

 今の攻撃も炎弾、正確には石などを火炎で加速させたものを飛ばした、というところか。


「……ってことは、要するに俺の下だな」


 東城ははっきりとそう言った。

 東城の能力、燼滅ノ王(イクセプション)はプラズマさえ掌握する特殊な発火能力(パイロキネシス)だ。

 その特異な能力故にアルカナから除外されている、まさに異例の存在。だが、アルカナでなくとも九千の能力者の内でたった三人しかいないレベルSだ。

 アルカナから除外されようとその力がそれを遥かに凌いでいることは、東城自身が一番知っている。


「お前は?」


 日高が尋ねる。


「東城大輝だ」


「東城……? まさか、あの燼滅ノ王か!」


 名前だけで看破された。それほどに、自分の能力は畏怖の対象なのだろうと再認識する。


「どうでもいいだろ、そんなことは。とりあえず、宝仙はお前を拒んでる、だから、俺は宝仙を渡さねぇ。お前が知りたいのは、こういうことだろ?」


「……なら、先にぶっ潰す」


 日高が一足で間合いを詰め、東城の額に拳をぶち当てる。

 容易く東城は吹き飛ばされるが、脳を揺さぶられたせいでまともに反応出来ずに店内のテーブルに無様に突っ込んだ。がらがらと、食器やメニューが崩れて降り注ぐ。


「――ッテメェ……」


 割れた食器か何かで唇でも切ったようで、口の中に血の味が広がる。だが、そんなことは気にせず東城は立ち上がる。


「おい、今のをなす術もなく喰らって、まだ陽菜を護るとか言う気か? 悪ぃけど――」


「うっせぇぞ、このうすらバカが」


 口の中の血を吐き捨てて、東城は言う。


「そこの食い意地張ったバカのことなんか知るか。正直、迷惑だったから連れてってくれるんなら大歓迎だ」


「……あれ? ひょっとしてこの緊迫した状況でヒドイこと言われてる?」


 宝仙が疑問形で抗議するが、東城は聞く耳を持たない。


「けど、宝仙はそれを嫌だって言ったんだ。なら、助けない道理があるか?」


「……なるほどな」


 日高は、そう呟いた。


「このまま説得っていう手もまだあるんだろうけどよ、俺はどうにもそういうのが苦手なんだよなぁ。お前の言ってることも、まともだと思っちまうし」


 日高は後頭部をがしがしと掻きながら言った。


「――やっぱり、男は拳で語ってこそだろ?」


 日高が構える。同時、彼の両の掌から業火が立ち昇る。

 これが、超能力。

 世界を構築する情報源――シミュレーテッドリアリティに、遺伝子操作によって脳に宿されたインターフェースで接続し、その情報を改竄することで現実に変化を起こす異能の力だ。

 だが、それを前にしても東城は怯むことがなかった。

 もう東城が、その程度は当然のこととして受け入れ始めている証なのかもしれない。

 東城はそう感じながら、日高に応えるように自らの炎を全身に纏う。


「来いよ、日高晃。こんなところで負けるほど、俺は安くねぇぞ」


 東城の言葉を合図にしてか、日高は掌から炎を噴き出して突進する。

 東城はそれを見ると、自分も炎で加速しそれを大きく躱し、そのまま店の外へと飛び出す。

 狙い通り、挑発に乗った日高も東城を追う。

 店の外はすぐにエスカレーター、そこを下った先は街路に面している。おそらくそこもクラッキングの範疇だろう。そのまま飛び越え、能力で姿勢や落下速度を調整して街路で日高を迎え撃とうとする。

 日高も東城と同じ能力であるから、ほぼ同時にその場に辿りついている。そして東城の眼前に迫ると同時、一度拳を振り上げた。


(――フェイク!)


 一瞬で判断した東城は、防御やカウンターという選択を捨てて、炎を推進力にバックステップする。

 直後、数瞬前まで東城の顎があった位置を、日高のつま先が過ぎ去った。

 掌を支点にして、縦に回転していたのだ。その場で炎の向きを変えて、顎を真下から蹴り上げる気だったらしい。


「チッ!」


 盛大に舌打ちして、日高が体勢を立て直そうと回転速度を上げた。

 バックステップで躱した東城は反撃しようにも、間に合わない。

 めったにないだろうカウンターのチャンスに東城が手を出す間もなく、日高は着地してそのまま跳ねるように突進してきた。


「同じ手を食うかよ!」


 東城は叫んで、今度は自分からも突進して間合いを詰める。

 回転技であるならこちらも間合いを詰めれば向こうはタイミングを外し、回避も攻撃も出来なくなる。

 だが日高は、それを見越していた。

 今度は回転技をフェイントに、振り上げた拳でそのまま殴りかかってきた。虚を突かれた東城はとっさに防御に切り替えて、前腕でそれを受け止める。

 骨同士がぶつかり合ったかのような嫌な衝撃が、腕の深部へ痺れるように残る。

 その状態から東城は蹴りで反撃しようとするが、日高はそれを察知して後方へ跳んで躱してみせた。


(筋断裂のせいか……。反応も攻撃も一瞬遅い……っ)


 苦虫をかみつぶしたような顔になっているのを自覚しながらも、東城には現状で身体能力を回復する術はない。


(おまけに向こうがずっと肉弾戦を選ぶってことは、そういうことなんだろうな……)


 仮にも正当な能力者の中では最強の発火能力者が、炎で直接攻撃しない。それはつまり、東城にそれらが打ち消されることを知っているからだろう。

 高レベル能力者は自身の掌握する事象の影響を無意識に打ち消すことが出来る。

 日高の反応を見るに、それは他人の能力で発生したものでも例外ではないらしい。


(それに俺が炎を纏ってても気にせず突進してきたってことは、上下のレベル差も無力化には影響しないってとこだろうな)


 日高との攻防で東城は状況をしっかりと観察しながら、そこでふと違和感に気付いた。


「――やっぱり、楽しいなぁ」


 目の前で、日高は笑みを浮かべていた。

 いままで東城が戦った者の見せた、負の快楽から生じているものとはベクトルが正反対のように思えた。

 ただただ、楽しそうだった。強者とまみえることに、心の底から歓喜しているように見えた。


「……そう言えば、お前まっ先に俺を殴ったよな。宝仙を捕まえるのが目的なら、始めから目くらましなりなんなりを使って宝仙だけ狙えばいいんじゃねぇのか?」


 明らかに自分にだけ向けられていた闘志に、東城は疑問を抱かずにはいられなかった。


「それもそうだけどよ、そんなことをしたってお前はどうせそれを止めるわけだろ?」


「まぁな」


「結局戦うんだったらはじめっからそれに集中してた方がいいんじゃねぇの? 陽菜に気を取られてて勝てる相手じゃねぇんだろうしよ」


 日高は笑って答えたが、東城はそれを違うと確信していた。

 確かに、そういう側面があるのは事実だろう。だがそれでは、こうして笑っている理由にはならない。

 その東城の視線に気づいてか、日高はため息交じりに笑って付け足した。


「――ってのもある。けど、やっぱり私情なんだよ。もとから陽菜を捕まえようってのもそれだしな。順位は陽菜を捕まえる方が優先だけど――それでも、今ここで、証明してぇ」


 笑みを浮かべて、歓喜に震えるのが抑えきれないとでも言うように、日高は腹の底から、心の底から、叫んだ。


「俺の灼熱ノ天子こそが、最強の発火能力だってことをな!」


 爆発が巻き起こり、それらが東城に襲いかかる。

 だが高レベル能力者である東城は、そもそも自身が掌握する事象に関しては一切影響を受けない。衝撃波や爆炎が、東城に触れる部分だけ消え去る。


「効かね――ッ!?」


 そう言いかけて、東城は身を捩る。

 日高の肘鉄が、東城の右肺に迫っていたからだ。


(言った途端に目くらましか……ッ)


 咄嗟に躱そうとする東城だが、日高の狙いは人体急所、それも身体の正中線にかなり近い位置にある場所だ。

 躱しきれず、あばらの辺りを抉るように肘が掠めていく。


「反応がいいな!」


 日高は楽しそうに叫ぶと地面を蹴るようにして止まり、抑えきれないその加速を回転へと利用し東城に肉薄する。


「人を誉めてる場合じゃねぇぞ」


 その攻撃が来る前に、東城は日高の顔面に掌打を浴びせて吹き飛ばそうとする。

 だが、僅かに東城の動きが鈍い。

 日高がインパクトの瞬間に片腕を挟みこんで、吹き飛ばされながらもどうにか東城の打撃を防いでいた。


「甘ぇな!」


 そのまま、日高が突進する。

 一メートルもない至近距離で爆発によって加速した日高の拳が、反応の鈍っている東城の鳩尾を完全に捉えた。

 視界が眩む。

 唾液が散り、東城は軽々と吹き飛んでいく。ごろごろと無様にアスファルトの上を数メートル転がって、ようやく東城は止まる。


「立てよ、燼滅ノ王!」


 そこで追い打ちをかけることなく、日高は吠えた。


「こんなもんなわけねぇだろ、第一位!」


 日高の言葉に、東城はよろよろと頼りない足つきだが立ち上がった。


「第一位……?」


 確かに東城は発火能力者の頂点に君臨しているし、理論上は全能力者の中で最強とまで称されている。

 だが、第一位、などという呼ばれ方は初めてだ。


「こんなもんじゃねぇだろ! 陽輝(はるき)は、前の灼熱ノ天子は! 今のお前よりよっぽど強かったんだ!!」


 そう叫んで、日高はまた突進する。

 それ以外に攻撃法を知らないとでも言うのか、愚直なまでに、ただ真っ直ぐに。


「いい加減に慣れてくるに決まってんだろ!」


 急所を抉られた痛みを気合だけで塗りつぶして、東城は正面から日高を迎え撃った。

 ただのカウンターは回避される。そんなことは、東城も分かっている。

 だから東城は拳を上から振り下ろす事で日高の視線を上へと誘導し、真下から蹴り上げた。

 見事に顎へクリーンヒットした一撃に、日高の身体が僅かに浮き上がる。

 その瞬間、お返しだと言わばかりに東城は日高の鳩尾に拳を突き刺した。

 唾液を散らして、日高が吹き飛んでいく。

 はずだった。


「負け、ねぇ!」


 日高は自身の背後に爆発を生み出してその場に留まって、渾身の力で東城の額にヘッドバットを喰らわした。

 脳に直接響くダメージに、思わず東城はよろけていた。


(こいつ、バカか!? 吹き飛ばされるのを無理やり止めたら、衝撃の挟み撃ちでダメージが倍加するぞ!?)


 そんな捨て身の作戦をとってまで、勝ちに執着する理由が分からなかった。

 そもそも宝仙陽菜を連れ出すことが目的なら、ここで必要以上にダメージを負うことは愚策以外の何ものでもない。余裕を持って勝つか、それが出来ないのなら逃げるのが常套手段のはずだ。

 相討ちにでもなってしまえば、それは結果としては東城の勝ちと変わらないのだ。


(――いや、違う……)


 東城は、目の前の日高を見てそう確信した。

 いまの日高の目に映るのは、宝仙を捕らえることではないように見える。

 もっと、そう、宝仙を捕らえること自体の本質のような……。


「……勝ちたいのか」


 東城は、そう思った。

 他の目的など存在しない。

 日高晃の目的は、そのただ一つだけだと。


「……あぁ、そうだよ。俺はお前に勝ちたい! じゃないと俺は、二度と陽輝を超えられねぇ! ここで陽菜を捕まえることにも、何の意味もねぇんだ!」


 蓄積されているダメージを吹き飛ばすかのように、日高は叫んでいた。


「俺はずっと三番目、ホントはアルカナなんかじゃねぇ! 陽輝に一度も勝てないままで、俺は灼熱ノ天子なんて名乗ってらんねぇんだよ!」


 陽輝、という人物が誰なのか東城は知らない。

 だがそれが、かつて灼熱ノ天子であった者の名だということくらいは分かった。

 そしてその陽輝という者は……


「もう、いないわけか」


 だから、日高は東城に勝ちたいのだろう。

 陽輝よりも上に立っている東城を倒すことで、日高は自分が陽輝を超えられたことを証明したいのだ。

 ただ、憧れの友を超えたい。

 日高の想いは、ただそれだけ。

 それだけの為に、誰よりも強いと言われる超能力者に、筋力だけで勝負を挑んでいた。

 東城には、その気持ちが分からない。

 記憶を失っているからではなく、たとえ記憶があっても分からないだろう。

 生まれた時点で最強の座を与えられ、誰よりも上に立っている東城に、誰かを超えたいと願うことは、絶対にない。

 だが、そう願っている者を東城は見てきた。

 柊も七瀬もきっと自分の横に立ちたいと思っているのだろうと、何となくだが東城は感じていた。そんな彼女たちの姿を、東城は間近で見てきたのだ。

 だから東城は、日高の想いを『理解できない』なんて一言で切り捨てる気はない。


「……分かった、受け止めてやるよ」


 日高が宝仙を追っている、などという話はこの際どうでもよくなっていた。

 むしろ、日高はそんな悪役ヒールには到底見えなくなっている。

 それでも、だからこそ東城はそう宣言した。


「かかって来い、日高晃。次の一撃で、俺とお前の格の差ってのを見せつけてやる」


 東城はそう言って、両腕を広げた。


「舐めんじゃねぇ! そんなんで俺に勝てるわけがねぇ!」


 日高は掌から炎浮きだして、東城に突進しようとした。

 その瞬間だった。

 東城が生み出した熱の無い爆発が、日高を真正面から弾き飛ばしたのだ。

 遅れて発生した自身の衝撃波で挟み撃ちになり、そのまま日高が崩れ落ちる。


「高レベルの能力者は加速とかのときは、無意識の無効化を意識的に切って、影響を受けるようにするんだろ。だったら、タイミングをはかればお前がスイッチを切った瞬間に俺の攻撃を当てるのは難しいことじゃねぇはずだ」


 東城は言いながら、日高に近づく。


「それはお前も同じだろ!」


 深いダメージを受けているはずなのに、日高はそれでも叫んでいた。

 東城が加速する瞬間を狙って、日高も東城へ爆発をぶつける。


「演算速度の差があるだろ。俺は無効化のスイッチをオフにしてる時間が限りなく短い。俺よりも低いレベルのお前に計れるタイミングじゃねぇよ」


 なのに、日高の爆発だけが消え去った。


「これが俺とお前の、格の差だ」


 東城はそのまま加速し、驚愕する日高に両手を握って打ちおろす。

 日高の後頭部に、鈍い衝撃が走る。


「――まだ、だァ!!」


 日高はどうにか踏みとどまる。

 無茶苦茶だった。完全に脳を揺さぶられてなお、一度もダウンすることなく日高はそこに立ち続けたのだから。

 ぐっと、拳を握って日高は東城に狙いを定める。だが、その動きはやけに遅い。

 おそらく今の日高はフリーズを起こしている。能力はしばらく使えないだろう。

 いま炎を使えば、それで東城は勝てる。それで終わりだ。


「いや、終わりだよ日高晃」


 それでも、東城は拳を握って言った。

 どれだけ日高が立とうと関係ない。

 宝仙のことも日高がそれを忘れているのなら構わない。

 ただ東城は、愚直なまでに立ち向かい続ける日高晃を無視などしない。本人の納得しないままに、ただ力でねじ伏せるなど絶対にしたくなかった。

 瞬間、最後の一撃と思われる日高と東城の拳がぶつかり合った。

 互いの拳が、その衝撃で弾かれ合う。


「お前の勝利へのその渇望も、陽輝への想いも、全部俺が――」


 それでもなお、東城は一歩前へと踏み込んだ。



「俺が、焼き尽くす!」



 東城の蹴りが、日高の脇下に命中した。

 衝撃は肺まで伝わり、一瞬のうちに日高の意識を刈り取ってそのまま彼を吹き飛ばす。

 一メートルほど転がって、ようやく日高が止まる。

 真正面から日高の全力を受け止めて、それでも東城大輝は勝利をもぎ取ってみせた。


「……、」


 やっと、勝利した。

 辛くも、といった修飾語が必要かもしれなかったが、それでも上等だろう。


「ったく、平和ボケしてたにしてもやられ過ぎたな」


 他の能力者が相手だったら、掠めただけで致命傷ということも十分にあり得た。

 同系統の能力者で格闘以外に戦闘法がなかったのが救いだったが、これから先も同じような戦い方をしていては確実に身が保たない。


「まぁでも、負けなかったしな」


 勝利をかみしめて、それから東城はふと思い出す。


「……何か、忘れているような気がする」


「晃を倒したの……?」


 ひょっこりと宝仙が顔を出した。どうやらファミレスを出て施設の通路の方に隠れていたらしい。


「あぁ、そうか。そういやお前を守ってたんだった」


「あれ、ひょっとしてあたし、忘れられちゃってた?」


 宝仙が首を傾げるだけなので、東城はあえて答えを言わずに黙殺する。


「……でも、助けてくれたんだよね?」


「一応な」


 東城は素っ気なく答えながら、ボロボロになったファミレスを見る。ファミレスだけでなくエスカレーターまで壊れているのは、駆け下りたときの衝撃だろうか。


「さて、どうするかな……」


 クラッキングするように精神感応能力者に依頼したと思われる張本人の日高は気絶している。そうなるといつクラッキングが解けるのかも分からない今、この惨状を放置していいのかどうかも判断できない。


「ある程度修理とかした方がいいのかな。でもいっそガス爆発とかに見立てた方がクラッキングの目的としては成り立つよな……」


「……カッコ良かったな……」


「だいたい、ファミレスの内装もそうだけどエスカレーターっていくらするんだろ――は?」


 独り言を言っている間に、何か聞き逃せない言葉が聞こえた気がした。


「な、何か言いました?」


「ハリウッド映画の俳優くらいカッコイイと」


「絶対そこまで言ってなかっただろ!」


 思わずツッコむが、宝仙は気にしないらしい。


「東城君、でいいんだよね」


「お、おう」


「護ってくれてありがとう」


 ぺこり、と宝仙がお辞儀する。


「いや、どういたしまして……」


 返事をしながら、東城は後ずさる。

 何か嫌な予感がする。捉えようによってはハッピーな気もするが、最悪のケースを想定すると、この上なくバッドな予感だ。

 だがその予感が当たっているとでも言うように、どうしてか宝仙の顔は少し赤い。


「あたしね、ひょっとしたら……」


 宝仙は神妙な面持ちだったふぁ、東城としてはむしろ冷や汗が止まらない。

 そんな東城の震えは気にも留めず、宝仙は東城の手をそっと握って、こう言った。


「東城君のこと、好きになっちゃったかも」


 こんな真正面から告白された経験などほとんどない東城は何と言ったらいいか分からず、ただ口をパクパクさせるしかなかった。

 だが、しかし。



「ふーん。久しぶりに会えたと思ったら、随分と楽しそうね」



 そこで、極寒の声が聞こえた。

 嫌な予感はまるで神託の予言だったかのように見事に的中していた。


「クラッキングが検知できたから来てみたけど、まさかアンタがまた誰かを口説いてたとは思わなかったわ」


 まだたった十日しか離れていないというのに懐かしく、この十日間はずっと聞きたかったけれども、絶対にいまのこの状況でだけは聞きたくなかったその声。

 ぎりぎりと、壊れたブリキ人形のように東城は声のした方向を見た。

 この世のものとは思えないほどの、凄絶なまでに美しい金髪に視線を奪われる。

 だけれど、その美髪は彼女が全身から起こす放電の影響で見事に逆立っていた。怒髪天をつく、というのをまさに体現している。


「言い残すことはある?」


 満面の笑みで、阿修羅のような目つきで、柊美里閣下は仁王立ちしていた。

 弁明の余地すら残されていない東城は、もうこう言うしかなかった。


「……お、お久しぶりですね」


 青天の霹靂が現実に起きたのは、この直後のことだった。



 著者校正はしているのですがそれでも誤字が残っていると知人に指摘を受けるので、見つけた方がいましたら感想欄にてご指摘いただければ幸いです。

「○月○日更新分(第○部第○章○でも可)の『○○○は○○○』という部分」だけで結構です。誤字指摘の場合は読後感想や長所、短所は併記しなくても構いません。あればうれしいですが;

 これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ