6 ―― エンジェル……「だから最初に相談すべきだったんです!」
*
「ならば通信網だ! 王国の通信を遮断し、住民たちを孤立させる!」
プリンシパリティは、天界の通信制御システムを作動させた。
今度こそ、慎重に。
アクセスが深まる。
『通信遮断進行度……65%……78%……』
(よし、押し込めている。このまま遮断すれば、地上の連携が崩れるはずだ。アークエンジェルの 使命 を、私が果たす)
希望が再び灯る。
しかし、制御端末に表示されたのは予想外の画面だった。
《新規イベント開催!》
《天界襲来! 王国インフラ防衛戦》
《難易度:超級》
《報酬:限定称号「天界に勝った人」》
「……何だ、これは?」
『あ、それ私が作ったイベント』
「貴様、いつの間に!?」
『攻撃してきたアクセスを利用して、イベント用の通信チャンネルを作ったの。情報戦ってそういうものよ。相手の攻撃を素材にして、こちらがルールを書き換えるの』
「なぜそんなことをする必要がある!?」
『だって、攻撃されてるだけじゃ暇じゃん。それに、ご主人様が退屈してるかもしれないし。イベントにしておけば、後でご主人様にも見せられるわ♡ 「今日はこんなことあったのよ」って』
「暇つぶしで国家防衛をするなあああっ!」
監視特化は、ポテトチップスの袋を探りながら答えた。
『あ、ごめん。手が汚れてキーボード触れない。……ん? ご主人様が窓の外を見た。何か気になるものでもあったのかしら。すぐ調べなきゃ』
「今すぐ攻撃をやめろ!」
『ちょっと待って。ポテチ食べ終わったらね。ご主人様の視線の先も特定しないと』
「国家転覆作戦だぞ!?」
『こっちは期間限定イベントなんだけど。ご主人様の日常を守るための、大切なイベントよ』
「どちらも同じだろうが!」
『いや、報酬が違うから。私の報酬は、ご主人様の「平穏な一日」の記録だもの』
プリンシパリティは、人生で初めて通信相手を殴りたくなった。
*
「くっ……ならば物流を停止させる!」
プリンシパリティは最後のインフラ制圧に取りかかった。
天界のシステムが全力で物流網に侵入する。
『物流停止進行度……51%……』
(まだいける。これで食料や物資が滞れば、地上は混乱するはずだ)
わずかな希望を胸に、プリンシパリティは操作を続ける。
しかし、その瞬間。
《緊急通知:天界から大量の通信が発生しています》
《通信量:通常の1200倍》
《原因:プリンシパリティによる攻撃》
「……何?」
『あ、ちょうどいい』
監視特化が何かを操作した。
『天界の通信回線、余ってるね。情報の過剰流入を逆手に取って、帯域を再分配しただけ。相手の攻撃自体を、こちらのリソースに変換するの。基本的な情報戦よ』
「まさか……」
『王国の配信サーバーに回しといたよ。ご主人様がもし退屈してたら、配信でも見てくれないかしらって』
「何をしたああああっ!?」
その瞬間、天界の端末という端末に、嫉妬の配信画面が表示された。
『みんなー! 今日は天界からの侵略者を紹介しますわ♡』
『こちらが権天使プリンシパリティさん! 王国を乗っ取ろうとしたところ、監視特化ちゃんに捕まっちゃいました!』
「勝手に配信するなああああっ!!」
『コメント欄も盛り上がっていますわよ♡』
《天使なのに弱くて草》
《アークエンジェルの次はこいつか》
《天界って人材不足?》
《次のボスまだ?》
「誰だコメントしているのは!?」
『あ、王国の国民だね。天界の回線を使って配信が見られるようになったから。情報の流れを制御すれば、相手の攻撃がこちらの宣伝になるの。ご主人様にも、後でこの配信見せようかしら♡ 「今日の出来事」として』
「私の攻撃回線を配信に使うな!」
『でも、通信速度が上がったって好評だよ。ご主人様のネット環境も快適になったはず。よかったわね』
「国家転覆作戦が通信環境の改善に利用されている!?」
*
プリンシパリティは、もはや怒りで震えていた。
「……いいだろう。ならば、天界の全権限を解放する!」
天界の中枢管理システムが唸りを上げた。
「天界の理をもって、貴様の情報制御そのものを破壊してくれる!」
アクセスが最大出力で殺到する。
『全権限解放……接続成功……』
(今度こそ……! この力なら、地上の監視網ごと焼き払える! アークエンジェルの失敗を、必ず取り戻す!)
強い希望が胸を満たす。
『へえ。全権限?』
監視特化は、ようやくソシャゲから目を離した。
でも、主人公の画面だけは絶対に見続けている。
『それって、管理者権限より上?』
「当然だ! 天界の全システムを統括する最高権限だ!」
『ふーん』
彼女は少し考えた。
(ご主人様、今はお茶を置いて、少し伸びをしてる。肩、凝ってないかしら。後で慈愛さんに伝えておこう)
そして、ぽつりと呟いた。
『じゃあ、それも使えるね』
「……何?」
『はい、天界の管理画面を開いて……っと。情報の上位権限を接続してきた側が提示したなら、こちらも同じ権限で入れる。情報戦の基本中の基本よ』
「待て! なぜ貴様が天界の管理画面に入れる!?」
『そっちが全権限で接続してくれたから。ご主人様を守るための監視網は、どんな上位権限でも突破されないように設計してあるの。逆に、相手の権限を取り込むようにしてあるわ』
「それは私が天界の全権限を行使するためであって――」
『うん。だから、その権限で接続してきたんでしょ? 私の監視網にご主人様を守らせるために、便利に使わせてもらうわね』
「違う! そういう意味ではない!」
『あ、設定項目がある』
「何の設定だ!?」
『外部アクセスの権限管理。ご主人様の平穏を乱すアクセスは、全部制限するルールになってるの』
「やめろおおおおっ!」
監視特化は、迷わず設定を変更した。
《天界からの外部アクセス》
《権限:制限》
《理由:迷惑行為(ご主人様の日常を妨害する恐れあり)》
《解除予定:未定》
「私の権限があああああっ!!」
『これでよし。ご主人様の監視に支障が出ないように、ちゃんと処理したわ』
監視特化は満足げに頷いた。
『じゃ、イベントの最後の処理をするね』
「まだ何かあるのか!?」
『うん。ボス報酬。ご主人様に「今日の出来事」として報告できるように、形にしておくの』
次の瞬間、プリンシパリティの端末が虹色に輝いた。
《イベントクリア!》
《報酬:SR「プリンシパリティ」》
《スキル:国家インフラ制圧(失敗)》
《特殊能力:通信回線を配信に転用される》
《評価:使い道がありません》
「ふざけるなあああああっ!!」
『あ、これ、売却できないタイプだ。いらないなあ。……でも、ご主人様に見せたら笑ってくれるかしら?』
「人をゲームのアイテム扱いするな!」
『だって、もう戦闘終わったし。ご主人様の日常が守れたなら、それで十分よ』
監視特化は、再びソシャゲを開いた。
『あ、そうだ。イベント報酬の石、受け取ってない。……ん? ご主人様が立ち上がった。どこに行くのかな?』
「私の話を聞けええええっ!!」
『はいはい。じゃ、バイバイ。ご主人様の次の行動を追わないと』
通信が切れた。
*
【王国・監視特化の制御室】
「イベントクリアーっと」
監視特化はポテトチップスをつまみながら、報酬画面を確認した。
「……えっ、報酬これだけ? しょぼ」
彼女は画面を閉じた。
「まあいいや。ガチャ回そ」
その頃、王国の電力、通信、物流はすべて正常に稼働していた。
天界の攻撃によって、むしろ通信環境が改善され、配信の視聴者数まで増えていた。
監視特化は、ソシャゲのガチャ画面を見つめた。
「……また爆死」
彼女は深いため息をついた。
「天界より、こっちの運営のほうが無能じゃない?」
そう呟きながら、すぐに主人公の専用モニターへ視線を移す。
画面の中では、主人公が何事もなかったかのようにくつろいでいた。
「ああ、ご主人様……♡ 今日も平和でよかったぁ♡」
監視特化は頬を緩ませ、主人公の映像を拡大した。
(……よかった。何も起きなかったみたいに、穏やかな顔。この表情を守るために、私は全部監視してるの。天界が来ようが、情報が乱れようが、ご主人様の日常だけは絶対に崩させない)
「ふふっ♡ 今日もずっと見守っていますからね♡ お茶の温度、部屋の明るさ、呼吸の間隔……全部、私の記録の中にあるから」
そして、すぐ隣のソシャゲ画面を操作する。
「さて、次のイベントまで周回しよ。ご主人様の監視もしなきゃいけないし、忙しいなぁ♡」
(でも、忙しくてもいい。ご主人様を見ていられるなら、それが一番の報酬だもの)
天界の国家転覆作戦は、今日も彼女の暇つぶしにすらならなかった。
*
【天界・中枢管理区域】
「報告します……」
エンジェルは、天界の上層部の前で震えていた。
「プリンシパリティ様は、監視特化に敗北しました……。天界の全権限を奪われ、最後にはゲームの報酬扱いに……。アークエンジェル様に続いて……」
「…………」
会議室に沈黙が落ちた。
「……ちなみに、王国のインフラは?」
「正常に稼働しています。通信速度は改善し、配信の視聴者数も増えたそうです」
「…………」
「それと、アークエンジェル様の回収ですが……まだ終わっていません」
「…………」
エンジェルは恐る恐る手を挙げた。
「あの……。だから最初に主人公に相談したほうがいいって言ったんですけど……。これ、潜入調査だったはずですよね……? みんな自分勝手に動くんじゃなくて……」
「引き続き現地調査を続行せよ」
「どうしてですかあああああっ!!」
エンジェルの悲鳴が天界に響き渡った。
そして王国では、監視特化が新しいポテトチップスの袋を開けていた。
「さて、次のイベントまで周回しよ」
彼女は主人公の画面に視線を戻し、優しく微笑む。
「ご主人様……♡ 今日も、私がちゃんと守ったからね。ずっと、見てるから♡」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




