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王城制圧2

【王城・謁見の間】


その日の午後。


王女は、兵士たちと側近を一堂に集めた。


「これから、正直に話しなさい」


彼女の声は、王族としての威厳に満ちていた。


「わたくしがご主人様へ送った手紙と電話は、すべてどこへ行ったのですか」


沈黙。


やがて、一人の重臣が膝をついた。


「……すべて、こちらで止めました」


「理由は?」


「殿下のご体調と、国政への影響を懸念して。また、主人公殿への過度な接触は、ヤンデレの皆様との関係を悪化させる恐れがあると判断し……」


「ヤンデレの皆様」


王女の指が、ゆっくりと机を叩く。


「あの方たちが、ご主人様の傍にいることは知っています。だからこそ、わたくしも正規の手段で想いを伝えようとしました。手紙を書き、電話をかけ、何度も機会を伺いました」


彼女は、静かに、しかし明確に言った。


「それを、あなたたちが勝手に消した」


重臣が顔を上げる。


「殿下、どうかお落ち着きを。国民の支持を失えば……」


「国民の支持?」


王女が笑った。


その笑みは、優しくて、恐ろしかった。


「わたくしは国民に愛されています。だからこそ、わたくしの想いを踏みにじったあなたたちを、許す必要などありません」


「し、しかし、殿下。私どもは王国のためを思って……」


「王国のためなら、わたくしの心を踏みにじっても構わないと?」


「そういう意味では……」


「では、どういう意味なのです?」


王女は重臣を見つめた。


「わたくしが主人公様のことを想うのは、国にとって不都合ですか? わたくしが一人の人間として、誰かに会いたいと願うことすら、あなたたちの許可が必要なのですか?」


誰も答えられなかった。


王女は、これまでの自分を思い返していた。


グッズを買い集めたとき、彼女は純粋に喜んでいた。


主人公の姿を眺め、声を聞き、少しでも身近に感じられることが嬉しかった。


だが、それだけでは満たされない気持ちがあることも、彼女は知っていた。


本当に会いたかった。


本当に声を聞きたかった。


そして、自分の気持ちを本人に伝えたかった。


それなのに、周囲の人間たちは、その願いを最初から無意味なものとして扱っていた。


「……わたくしは、もう二度と、誰かに自分の想いを勝手に判断されたくありません」


その言葉には、深い悲しみが滲んでいた。


だが、次の瞬間には、その悲しみが鋭い怒りへと変わる。


「わたくしが、ご主人様を想う気持ちは、わたくし自身のものです。あなたたちに管理されるものではありません」


重臣が恐る恐る口を開く。


「ですが、殿下。もし主人公殿との接触によって、王国に危険が及べば……」


「その危険を判断するのは、わたくしです」


王女は即座に言い切った。


「あなたたちに、わたくしの代わりに決める権利はありません」


彼女の瞳は、もう穏やかではなかった。


病んだ愛が、表に出始めていた。


*


【王城・大広間】


王女は、玉座の前に立っていた。


「国王陛下。父上」


包帯と湿布の跡が残る国王が、苦い顔で応じた。


「……娘よ。何事だ」


「お父様も、ご存知だったのですね。わたくしの手紙が届いていなかったことを」


国王は沈黙した。


「黙っていらっしゃるということは、肯定ですわね」


王女の声が、一段と低くなる。


「わたくしは、ご主人様を想う気持ちを、誰にも邪魔されたくありませんでした。それでも、王族としての体面を保ち、正規の手段を選び続けました。電話をかけ、手紙を書き、じっと待ちました」


彼女は一歩前に出る。


「なのに、誰一人として、わたくしの想いを届けようとはしなかった」


「娘よ、それは……」


「お父様も、兵士たちも、側近も。全員が、わたくしとご主人様の間に壁を作った」


王女の魔力が、静かに溢れ出す。


国王の血を引く、生の強さ。


全盛期を超えた王の力を前にしても、彼女の気迫は引けを取らなかった。


「わたくしは、ご主人様のファンです。熱狂的な、限界まで推しているファンです。だからこそ、会えない時間が積み重なるほど、胸が壊れそうになるのです」


彼女は自らの胸に手を当てた。


「返事がない夜、わたくしは部屋でご主人様の抱き枕を抱きしめて泣きました。嫌われたのかと思い、自分を責めました。それでも、明日こそ届くと信じて、また手紙を書いた」


王女の目に、涙が浮かぶ。


「それなのに、届いていなかった。わたくしが悩んでいた時間も、泣いていた時間も、全部……あなたたちが勝手に作り出したものだったのですね」


「……すまなかった」


国王が低く呟く。


「だが、お前が主人公に近づきすぎれば、あの屋敷の面々がどう出るか分からん。国が巻き込まれる」


「国?」


王女の目が、鋭く細められる。


「お父様は、わたくしの心より、国を優先なさったのですね」


「王として当然だ」


その一言が、王女の中で何かを決定的に壊した。


王として当然。


国のために当然。


安全のために当然。


体面のために当然。


何度も聞かされてきた言葉だった。


そのたびに彼女は、王族としての立場を理解し、我慢し、周囲の判断に従ってきた。


だが、今回は違った。


自分の気持ちを伝えることすら許されず、相手に嫌われたのかどうかさえ分からないまま、何日も何週間も苦しんできた。


それを、国のためという一言で片づけられる。


「……もう、結構ですわ」


王女は顔を上げた。


「でしたら、わたくしも王族として当然のことをいたします」


次の瞬間、王女の手が動いた。


腰に帯びていた鍛練用の剣を、一閃のもとに抜き放つ。


「――動くな」


切っ先が、国王の喉元を正確に捉えた。


大広間に、鋭い金属音が響き渡る。


兵士たちが息を呑む。


「娘よ……! その剣は鍛練用であろう!」


「ええ。刃は潰してあります。ですが、本気で振るえば骨は折れますし、気絶させることもできますわ」


王女の声は、驚くほど穏やかだった。


「お父様。わたくしは本気です。ご主人様に会わせてくださらないのでしたら、この場で全員を制圧いたします」


「馬鹿な……!」


国王が身を起こそうとした瞬間、王女の剣が動いた。


鈍い衝撃音。


国王の側頭部を、剣の峰が正確に捉える。


「ぐっ……!」


国王が膝をついた。


「お父様。わたくしの愛を、国の都合で止めるのはおやめください」


王女は剣を構えたまま、兵士たちと重臣たちに向き直った。


「これより、王城をわたくしの管理下に置きます。抵抗する者は、全員、わたくしが直接お相手いたします」


「殿下を止めろ!」


兵士の一人が槍を構えて飛び出した。


次の瞬間、王女の剣が流れるように動く。


槍を弾き、峰で兵士の手首を打ち、続けて側頭部を正確に捉える。


兵士は意識を失って倒れた。


「次の方」


王女は淡々と言った。


「わたくしは戦場でも戦ってきました。お父様の血を継いでいます。あなたたち一人ひとりを、丁寧に沈黙させることは可能ですわ」


次々と兵士たちが襲いかかる。


しかし、王女の剣は止まらなかった。


峰打ち、柄での打撃、足払い。


刃を使わず、確実に戦闘力を奪っていく。


重臣たちが後ずさる中、王女は大広間の中央に立っていた。


「手紙を握り潰した方。電話を止めた方。わたくしの想いを『控える』と判断した方。全員、そこに跪きなさい」


誰も動けない。


「跪かないのでしたら、わたくしが直接、跪かせます」


彼女は一歩踏み出した。


剣の切っ先が、最も近い重臣の喉元を捉える。


「ひっ……!」


「わたくしの愛を、あなたたちが止めたのです。ですから、わたくしもあなたたちの抵抗を止めます」


次々と、峰打ちが重臣たちを沈黙させていく。


大広間に、倒れた者と、跪く者だけが残った。


王女は、意識を失いかけている国王の前に立ち、剣を収めた。


「お父様。これで対等ですわ。わたくしの想いを越権したのですから、わたくしも越権いたしました」


国王は苦々しげに目を閉じた。


「……娘よ。お前は……本気で、主人公のもとへ行く気か」


「ええ」


王女は優雅に微笑んだ。


「ご主人様に会わせてください、と頼んでも届かない。手紙を書いても握り潰される。電話をかけても取り次がれない。ならば、わたくしが直接、道を開くしかありません」


彼女の声は、甘く、そして絶対的だった。


「わたくしの愛は、誰にも止めさせません。ご主人様は、わたくしが推す唯一の方です。邪魔をするものは、たとえ血を分けた父であっても、わたくしの敵です」


*


【王城各所】


命令は迅速に下された。


王女直属の親衛隊が要所を抑え、情報統制を担っていた部署を封鎖する。


「王女殿下の命により、これより王城は特別体制に移行する!」


「手紙と通信記録の全てを提出せよ!」


兵士たちの間に動揺が走る。


だが、王女の人気は国民だけでなく、一部の兵士にも及んでいた。


「殿下の言う通りだ……。あんなに手紙を書いていたのに」


「俺たちも、止められていただけかもしれない」


「殿下があれだけ正規の手続きを守っていたのに、上が勝手に止めていたのか……」


抵抗は散発的だった。


本格的な武力衝突になる前に、要人たちは次々と確保されていく。


謁見の間に連れ戻された重臣が、震える声で言った。


「で、殿下……やりすぎでは……」


「やりすぎ?」


王女が首を傾げる。


「わたくしは、これまで何十通も手紙を書きました。何本も電話をかけました。その全てを、あなたたちが『やりすぎないように』と止めたのでしょう?」


「……はい」


「でしたら、わたくしも『やりすぎないように』はしません。わたくしの愛を、あなたたちが止めたのですから」


彼女は、手元の通信記録を一枚一枚めくった。


「この手紙は、ご主人様の誕生日に送りました。この電話は、夜中にかけました。この一通は、わたくしが初めて『好きです』と書いたものです」


指先が、微かに震える。


「全部、届いていない」


重臣が土下座する。


「申し訳ございません……!」


「謝る相手が違います」


王女の声が、氷のように冷たくなった。


「わたくしに謝る前に、ご主人様へのわたくしの時間を返してください。返せるはずがないと分かっているなら、せめて二度と、わたくしの想いを勝手に判断しないでください」


王女は記録を机に置いた。


そこには、手紙を止めた日時、電話を取り次がなかった記録、側近たちの判断が並んでいた。


彼女はそれを一枚ずつ確認していく。


「……この日も」


一枚めくる。


「この日もですか」


もう一枚。


「こちらは、わたくしが三日も悩んで書き直した手紙ですわね」


王女は笑った。


「ふふ……。わたくしは、嫌われているのかもしれないと悩んでいたのに。まさか、そもそも読んでいただく機会すら奪われていたなんて」


その笑い声は、どこか壊れていた。


「……もう、誰も信じません」


*


【王城・バルコニー】


夜が更けた頃。


王女は一人、バルコニーに立っていた。


眼下には、制圧された王城の灯り。


遠くには、主人公の屋敷がある方角。


「……ご主人様」


彼女は、胸の内で静かに囁いた。


「わたくしは、ただお会いしたかっただけなのです。あなたに、わたくしの気持ちを伝えたかっただけなのです」


風が髪を揺らす。


「誰かが邪魔をするなら、わたくしが排除します。国が壁になるなら、わたくしが壁を壊します。お父様が止めるなら、わたくしがお父様を黙らせます」


彼女は目を閉じた。


本当は、こんなことをしたかったわけではない。


王城を制圧したかったわけでもない。


父を打ち倒したかったわけでもない。


ただ、主人公に会いたかった。


その気持ちを、本人に伝えたかった。


それだけだった。


「……ご主人様は、わたくしのことをどう思っていらっしゃるのでしょう」


誰も答えない。


「もし、わたくしを嫌っていらっしゃるのなら……直接、そう仰っていただければよろしいのです」


彼女の頰を、一筋の涙が伝った。


「それなら、わたくしも……考えます。悲しいですけれど、受け止めますわ」


だが、涙はすぐに止まった。


「でも、誰かが勝手に決めるのは違います」


王女は顔を上げた。


「ご主人様がわたくしをどう思っていらっしゃるのか。それを決めるのは、ご主人様ご自身です。わたくしがどう想うかを決めるのも、わたくし自身です」


その理屈には、一見すると正当性があった。


だが、彼女はすでに、重大なことを見失っていた。


主人公自身が会いたくないと望む可能性。


主人公には主人公の都合があり、彼の意思を尊重しなければならないということ。


そして、自分の想いがどれほど強くても、それを理由に他人を支配していいわけではないということ。


彼女は、それらを頭では理解していた。


だからこそ、これまで正規の手段を選んできたのだ。


しかし、その手段を周囲に封じられたことで、彼女は別の結論に飛びついてしまった。


――ならば、もう誰にも止められないようにすればいい。


「ご主人様は、わたくしの推しです。わたくしの光です。わたくしの全てです。だから、わたくし以外の誰かが、勝手にあなたとの距離を決めることなど、絶対に許しません」


彼女は小さく笑った。


「今度は、直接参ります。手紙も電話も使いません。わたくし自身が、あなたのもとへ行きます」


その決意は、すでに揺るぎないものになっていた。


*


【王城・玉座の間】


翌朝。


王女は玉座に座り、集まった重臣と兵士たちを見下ろしていた。


国王は隣で、頭に湿布を当てられながら苦い薬を飲まされているような顔をしていた。


「これより、王城内の情報伝達はわたくしの許可制とします。ご主人様への連絡を止める権限は、誰にもありません」


「……分かった」


国王が力なく頷く。


「ただし、あの屋敷の面々には手を出すな。お前が行けば、必ず波風が立つ」


「波風なら、すでに立っていますわ。わたくしの心の中で」


王女は優雅に微笑んだ。


「お父様。わたくしは国民に愛される王女です。戦場ではお父様の血を継ぐ強者です。そして私室では、ご主人様の熱狂的なファンです」


彼女は静かに、しかし明確に宣言した。


「この三つが揃ったとき、わたくしを止められる者は、もうこの国にはいません」


重臣たちが顔を見合わせる。


誰も、反論できなかった。


*


【エピローグ】


王城は、表向きは平穏を取り戻した。


だが、内部では明確に空気が変わっていた。


王女の命令系統が優先され、主人公への連絡を止める者は誰もいなくなった。


彼女は私室に戻り、いつものように抱き枕を抱きしめた。


机の上には、買い集めたグッズが並んでいる。


限定フィギュア。


トレーディングカード。


アクリルスタンド。


そして、主人公の声を録音した目覚まし時計。


つい昨日まで、それらは彼女にとって、主人公を身近に感じられる大切な宝物だった。


今も、その気持ちは変わらない。


ただ、それだけでは満足できなくなっていた。


「……今度こそ、届きますわね」


新しい手紙を一枚取り出す。


今度は、止められない。


「ご主人様。わたくしは、あなたに会うために王城を動かしました。あなたのためなら、国だって動かします。あなたがわたくしを見てくださるなら、わたくしは何だってします」


ペンを走らせる指に、微かな力が籠る。


「どうぞ、わたくしだけを、推してくださいませ」


窓の外では、朝日が昇り始めていた。


王城を制圧した王女の愛は、まだ始まったばかりだった。


そして彼女は知らなかった。


その愛が、主人公の屋敷に巣食う十人のヤンデレたちと、いずれ正面からぶつかることを。


王女は、ペンを置くと、ふと窓際へ視線を向けた。


「……ところで、そこにいらっしゃるお二人」


部屋の空気が、一瞬で凍りついた。


「……え?」


カーテンの陰から、監視特化と潜入特化がゆっくりと姿を現した。


二人とも、驚きを隠せない表情だった。


「い、いつからお気づきで……?」


「最初から、というわけではありませんわ。ただ、王城の制圧後も、妙に情報が早く集まるものですから」


王女は優雅に微笑んだ。


「それに、お二人には以前、主人公様のグッズの買い占めでお世話になりましたもの。あのときの目覚まし時計は、今でも大切に使っておりますわ」


「そ、それは何よりです……」


監視特化が引きつった笑みを浮かべる。


潜入特化も、そっと頷いた。


「それで、殿下。私たちに何かご用でしょうか?」


王女は机の上に並ぶ主人公様のグッズを見つめ、それから二人へ視線を戻した。


「これからは、主人公様の詳細な活躍について報告をお願いしますわ」


「……詳細な活躍、ですか?」


「ええ。日々どのようなことをなさっているのか。どのような功績を挙げられたのか。どのような方々と交流され、どのような出来事に関わっていらっしゃるのか。可能な範囲で、詳しく知りたいのです」


王女の瞳が、期待に輝いた。


「もちろん、主人公様の素晴らしい活躍を知るためですわ。ご本人にお会いできないのでしたら、せめて、その日々を知っておきたいではありませんか」


監視特化と潜入特化は、互いに視線を交わした。


(……これは、報告する情報の選別が難しくなりそうね)


(しかも、以前のグッズ買い占めの件もある。断ったら、今度は何を要求されるか……)


二人の内心など知る由もなく、王女は嬉しそうに微笑んだ。


「お二人の働きには期待しておりますわ。主人公様の活躍を知ることができれば、わたくしも、もっと頑張れますもの」


そして、少しだけ声を弾ませた。


「ふふ……。明日はどんな素晴らしいお話を聞かせていただけるのでしょうね」


王女は再び、主人公様のフィギュアへと目を向けた。


その笑顔は、推しの活躍を心待ちにする、一人の熱狂的なファンそのものだった。


ただし、その背後では、王城を制圧した王女の命令を受けた二人の特化型が、早くも新たな報告体制について頭を悩ませていた。

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