よくある話でした
「ユィリ・ロドア、きみとの伴侶(予定)契約は、なかったことに」
ロベナ王国セゥス王太子殿下から、冷たくこわばった顔で告げられた言葉に、僕の息が止まった。
救いなのは、ここが王宮舞踏会でも謁見の間でもなく、王太子殿下の宮の一室で、他に人がいないことだろう。
いつものお茶会のはずだった。
セゥス王太子殿下に招かれ、遠くから取り寄せたおいしいお茶とお菓子をいただいて、最近のことをお話したりする、もう13年も続いている、いつもの。
あざやかな紅のお茶が、ゆらゆら湯気をくゆらせる様まで、いつもの。
息絶えるまで、こうして一緒にお茶を飲むのだろうと思っていた。
だって僕たちは、伴侶になるのだから。
そう、信じていたのに。
春のひかりに満ちた部屋が、一瞬で曇ったようだった。
「…………え……?」
そんなこと、ありえるはずがないと思っていた。
だって僕はいくら下位貴族とはいっても、この世界には珍しい治癒の力を持っていて、だからこそ是非にと王家のほうからセゥス王太子殿下の伴侶になってくれるようお願いされたのだ。治癒の力があるとわかった3歳の頃に。16歳になる今まで、ずっと僕は、王太子セゥス殿下の伴侶(予定)だった。
男性同士でも魔法で子どもができるからね。王家に珍しい治癒の血を入れたかったんだと思う。
ふわふわの陽の髪を揺らして、緑の葉の瞳をやさしく細めて笑ってくれる、国でいちばんかっこよくて凛々しくてやさしいセゥス王太子殿下は僕のものだと信じて疑っていなかったのに……!
ぼうぜんとした僕は、すぐに思いだす。
……あぁ、そうか、最近有名になっている、ロベナ王立魔法学園に入学してきた平民の薄紅の髪の男の子も、治癒の力がある。……僕よりも、ずっと強い、素晴らしい力が。
セゥス王太子が乗りかえるのは、当たり前だ。
王となる人は、より優秀な子をと望まれるから。
同じ学園に通っているから、セゥス王太子が平民の男の子と仲よくしていることも知っていた。
でもそれは、珍しい治癒の力をもつ平民の子を庇護するという目的だと思っていた。……いや、そう思おうとしていたんだ。
ちやほやされている平民の可愛い男の子にやきもちをやいて、いじわるをしちゃったのも、よくなかったのだと思う。
『下位貴族のくせに、王太子殿下の伴侶だなんて』
『治癒の力なんて、大したことないんだろ?』
『すり傷を治すだけだって』
『だっさ──!』
嘲笑を、おぼえてる。
『平民のあの子見た? すっごいかわいー!』
『すんごい治癒の力があって、大怪我まで治せるらしいぞ!』
『やさしくて、かわいくて!』
『高慢ちきで、むかつく下位貴族とは大違い!』
『あんな人が王太子殿下の伴侶になってくれたらいいのに!』
みんなの声が、頭のなかを、ぐるぐる回った。
……ああ、そうだね、殿下。世論は、大切だ。
セゥス王太子殿下は、皆から愛される、治癒の力も素晴らしい平民の男の子を選ぶ。
僕は、皆から『ざまぁ』されて喜ばれる、悪役令息ユィリ……
……………………?
「…………え…………?」
あくやくれいそくって、なに……?
思った瞬間、すさまじい衝撃に、頭をなぐられたようだった。
雪崩のように押し寄せるのは……記憶……?
誰かが生まれて、ばぶばぶして、はいはいして、歩けるようになり、話せるようになり、ゲームをするようになり、オンライン小説を読むようになり、たくさんの人が乗りこむ電車のなかで、ぎゅうぎゅうに押しつぶされながら開いたちいさな画面で更新を楽しみに懸命に文字を追って……あぁ、そうだ、あの表紙が、きらきらして……
ぐらんと傾いた身体が、くずおれる。
「ユィリ……!?」
セゥス殿下の、びっくりしたような顔が、かすんでゆく。
……ああ、その顔を、知ってる。
前世の僕が大すきだった、とってもよくあるオンラインBL小説『鉄板BL』の表紙のセゥス殿下に、そっくりだ。
はじめましての方も、他のお話を読んでくださった方も、見てくださって、ありがとうございます!
ひっさしぶりの1人称、3年ぶりくらいの悪役令息本人が主人公のお話です(笑)
きがるに見ていただけるお話になったらいいなと思って、ユィリといっしょにがんばります!
楽しんでくださったら、とてもとてもうれしいです。




