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プロローグ ―王太子編①―

登場人物紹介


ツキ……〈主人公〉。さまざまなジャンルのゲームの世界に転移(トリップ)する日々を送っている。現在は王太子モノの乙女ゲームに転移中。以前の転移先で恋人だった〈あの人〉のことを忘れられないでいる。


アルベール・ガルシュヴァルツ・三世……転移先の国の王太子。絶世の美男。愛称:アル。

 

ロザリア……アルベールの妻。絶世の美女。愛称:ローザ。


ザンギエフ……腕の立つ兵士。アルベールの親衛隊の一員。


※この物語は、視点が〈アルベール→主人公〉の順に巡って進んでいきます。

 東の窓から降り注ぐ、まぶしい日差しに目を細めた。抜けるような青い空に、白い小鳩が(たわむ)れ遊ぶ。まるでこの国の輝かしい未来を神々が祝福しているような、美しい朝だ。


 私の名はアルベール・ガルシュヴァルツ・三世。この国の王太子だ。最近では父王の名代として公務を任される機会も増え、その姿も板についてきたと自負している。

 

 ひと足先にベッドを出た妻のロザリアが、寝間着姿のまま鏡台の前で髪を()いている。――愛しいローザ。彼女が毎朝私の隣で眠っているのを見るにつけ、まだ夢でも見ているのではと疑ってしまう。私は間違いなく、この国で一番の幸せ者だ。

 ロザリアは天使の鈴のような声を弾ませる。


「ねえ、アルベール、知っている?」

 彼女が私の名を呼ぶ、それだけで天にも昇る心地だ。

 

「最近、兵士団にとっても有望な若者が入ったんですって」

 隣国の王女であったロザリアは(わきま)えた女だから、結婚してもしばらくは(かたく)なに私のことを「殿下」と呼んでいた。ふたりの時くらい名で呼んでくれと私が頼み込み、ようやくこのくだけた話し方にも慣れつつあるようだった。

 

「しかもね、すごい美男子だって噂なの」

「ふうん」

 気のない返事をして、次に苦笑が出る。昨夜は私の腕の中であんなに()がっていたくせに、もうほかの美男子の話をしている。女心とはなんと移ろいやすいものか。

 ロザリアは私の様子を気にも留めずに続ける。

 

「それでね、今日、北の演習場でザンギエフと一騎打ちをするらしいのよ」

 一騎打ち、といっても、騎士同士の正式な決闘ではない。兵士団の訓練の一環の、いわば腕試しとしておこなっているもので、その勝敗を賭け事の対象にしている者も多いと聞く。王宮に勤める者たちの、なかば娯楽と化しているようだ。


「ね、私たちも観に行きましょうよ」

「……馬鹿馬鹿しい。そんなぽっと出の若造が、ザンギエフに(かな)うはずないじゃないか」

 ザンギエフは兵士団のなかでも、もっとも腕の立つ兵士のひとりだ。父親は広い領地を持つ騎士で、私の父王に昔から(つか)えているので、彼が子どもの頃から知っている。公務に護衛として伴う機会も多かった。


「今日はたいした予定もないって言っていたじゃない。ねえ、いいでしょう?」

 それは確かに、そうだ。今日は、領主や貴族どもとのつまらない()()()()の予定も入っていない。近頃めっきり平和となったこの国の周辺では、争いごとといえば田畑への引水に関する揉めごとくらいで、軍を率いる予定もいまのところない。有り体に言えば、最近、暇なのだ。

 

「お願いよ、アル」

 

 ロザリアは鏡台の前からひらりと立ちあがり、私のそばにやってくると、砂糖菓子よりも甘い声色でねだった。

 「アル」は母上とロザリアだけに呼ぶことを許した、私の愛称だ。その名を呼ばれると、どんな願いでも叶えてやりたくなってしまうから困ったものだ。

 

「仕方がないな。その一騎打ちは、何時からかな」

「わあ、嬉しいわ、アルベール」

 ロザリアは出会った頃となにも変わらない、少女のような無邪気な笑みを浮かべた。この笑顔を手にいれるまで、ずいぶん遠回りをしてしまった気がする。

 

「たしか、午後の二時からですわ」

「そうか。ならまだだいぶ余裕があるな」

 私はロザリアの手を引いてベッドに引きずり込み、私の下に組み敷いた。

 

「あ、殿下、いけません――」

 ロザリアは顔を赤らめて、もう朝食の準備が、と続けた。

 

「いけないのは君だ。起き抜けからほかの男の話をする妻には、少しお仕置きする必要がある」

「あ、私ったら――」

 ロザリアはようやくそのまずさを自覚したようだ。

 

「申し訳ありません、殿下……」

 困ったような上目づかいで、私を見る。――まったく。私が本気で怒っていないのをわかっていて、甘えているのだ。だが、たまに見せるそんな打算的な顔も、どうしようもなく可愛い。

 

「アルベール、だろ?」

「ア――」

 私がキスで塞いだので、その続きはロザリアの唇の奥に吸い込まれていった。

 





 

 どこから噂を聞きつけたのか、演習場は王宮中から集まった観衆でごった返し、その熱気でさながら闘技場(コロシアム)のようだった。侍女や掃除婦など、意外にも女性の姿も多い。

 おそらく仕事を抜け出して来ているであろう者の姿もちらほらと見受けられるが、目をつぶってやろう。民が娯楽に熱中できるのは、国が平和な証拠だ。

 私とロザリアは急ごしらえの特別観覧席に陣取り、一段高いところから演習場を見渡す格好だ。


 ふいに歓声があがった。今日の主役の、ふたりの兵士が演習場に現れたのだ。

 先に入場してきた、質の良い(よろい)を身にまとっているほうがザンギエフだ。(かぶと)で顔が見えなくとも、その大きな体格でひとめでわかる。ザンギエフが観衆に向かって右手を高く掲げると、ひときわ大きな歓声があがった。

 そしてその後ろに続く、安っぽい支給品の鎧を身に付けた兵士が、ロザリアが言っていた「有望な若者」だろう。兜の下から、束ねた明るい色の長い髪の毛が尻尾(しっぽ)のようにはみ出している。すらりと均整の取れた体つきをしているのが鎧の上からでもわかるが、大男のザンギエフに比べるとひと回りもふた回りも小さい。首を左右に回し、大勢の観客に面食らっているようだ。いかにもこの場に不慣れで、どこか違和感を感じる身のこなしだった。


「これは、勝負にならないんじゃないか? あの尻尾男、一騎打ちの経験なんてきっとないんだろう」

 ロザリアに声をかけるが、返事はない。私の声が聞こえていないようだ。両手を胸の前で固く組み、固唾を飲んで見守っている。やれやれ。私は早くも、ここに来たことを後悔しはじめていた。

 

 ふたりが一定の距離を取って向き合う。介添人が白い手袋を振り下ろし、一騎打ち開始の合図をした。場内の興奮は最高潮に達し、声援とも野次とも判別がつかない声が乱れ飛ぶ。

 ザンギエフは腰にたずさえたロングソードを(さや)から引き抜き、右手に剣を、左手に盾を構えた。この大きさの剣を片手で扱えるのは、兵士団の中でもザンギエフしかいない。

 対する尻尾男の剣は――レイピアか。刀身の細いこの剣はロングソードに比べ軽いので、尻尾男の体格でも扱いやすいが、ザンギエフの剣で()ぎ払われれば、ぽきりと折れてしまいそうな頼りなさを(かも)している。

 尻尾男は腰にたずさえた剣の鞘を左手でつかみ、右手でグリップを握って、上体を少し前に傾けぴたりと静止している。なぜ剣を抜かない? いまさら怖気(おじけ)づいたとでもいうのだろうか。

 

「ちょっと待て……」

 私は尻尾男の違和感の正体に気づいた。

 

「あの男、盾を持っていないではないか……!」

 

 いくら訓練の一環といえど、一騎打ちにおいて盾を持たないのは自殺行為だ。ザンギエフの一撃を直接喰らえば、鎧越しでも骨が折れるどころでは済まないだろう。

 尻尾男の異様な構えに、場内は徐々に静まり返る。ぴくりとも動かない尻尾男に気圧されているのか、ザンギエフも間合いを詰めかね、その場で軽く足踏みを繰り返している。

 ついにザンギエフが、右手の剣を振り上げた。


 勝負は一瞬だった。

 キイン、と鋭い音がした次の瞬間、尻尾男のレイピアは、ザンギエフの首元に突きつけられていた。レイピアの刀身に一筋、糸のような赤い線が走る。血だ。その細い剣先が、鎧兜の首元に空いたわずかな隙間から、的確に差し込まれていた。数秒ののち、


「ま、参った……」

 ザンギエフが負けを認め、剣と盾を地面に落とした。そのガシャンという音と同時に、場内が今日一番の歓声に包まれる。

 尻尾男は兜の下に潜り込ませたレイピアの剣先を慎重に引き抜き、素早く振って血を払うと、流れるような仕草で鞘に戻した。


「な、なにが起こったの……!?」

 歓声にかき消されぬよう、ロゼリアが声を張りあげる。

 

「尻尾男が、目にも止まらぬ速さで剣を抜いたんだよ」

 正直にいって、私の目にもはっきりとは見えなかった。見たことのない剣術を使う、新入りの男――面白いじゃないか。


 私は観覧席から降り、闘いを終えたふたりの兵士に近づいた。私に気づいたザンギエフが慌てて兜を外し、小脇に抱えてひざまずく。ザンギエフが尻尾男に一言二言なにか言葉をかけると、尻尾男は兜を脱ぎ外しながらこちらへ振り返った。観衆の女性たちから黄色い悲鳴があがる。


 どきりとした。

 女性だと言われれば疑わないであろう、鼻筋の通った中性的な顔立ち。前髪の先から滴る汗さえも、絵画に切り取った一場面のような爽やかさ。そして印象的なのはきりりとした目だ。燃えるような(あか)いその瞳にとらえられ、私は一瞬、息をするのも忘れて見入っていた。


 ザンギエフが尻尾男を小突き、尻尾男はその隣にぎこちなくひざまずく。


「おまえ、名はなんという」

「……ツキと申します」

 

 私が訊くと、尻尾男は下を向いたまま、あどけない少年のような声で答えた。めずらしい名だ。この国の出ではないのだろう。ますます興味が湧いた。


「今後も、この国のために尽くすように」

 私は観覧席のロザリアのもとへと(きびす)を返した。後ろから「はっ」と、短い返事が追いかけてきた。


 観覧席のロザリアは、私を待ちかねたように立ちあがっている。ロザリアは新しいおもちゃを見つけた子どものように、目を輝かせて言った。

 

「ね、アル。次回からツキを、私の護衛につけてくださらない?」

「それはできないよ、ローザ」

 

 ロザリアがどうして、と頬を膨らませる。

 あの瞳を見つめた時から、私の心は決まっていた。


「今日から彼は、私の専属になるからね」

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