第五話 介入開始
方向性はすでに定まっている。 介入を行わずとも、恒星系は自然と形を成し、 いずれ本来あるべき姿へと収束していく。 彼らが行うのは、その過程への干渉だ。 結果として生まれるのは、 彼らが望んだかたちをした恒星系。 そこは箱庭であり、 同時に、彼らの観測対象でもある。
彼は惑星から目を離さないまま、答える。
「何が起こるか分からない」
「……いい暇つぶしになるさ」
そう彼が言うと、彼女は候補として挙がっていた三つの惑星を表示から消し、改めて選ばれた一つのみを表示した。
「……最後の確認よ。本当にこれでいいのね?」
彼はためらうことなく答える。
「あぁ、問題ない」
それを受け、彼女はその惑星データをCUTBEのシステムへ送信する。
「私ができるのはここまでよ。あなたが実行を決定すれば、あとはCUTBEのシステムが、この惑星が生まれるための最適な介入を施す。あなたは、好きな惑星の音楽でも聴きながら見守ればいいわ」
彼は操作パネルから、迷いなく実行を指示した。
その操作を受け、その役割を待ち続けていたシステムが静かに動き出す。
この船、CUTBEの周囲に展開した環が、不気味なほど淡く輝きはじめ、恒星系全体の現状を再確認していく。
展開した環は鼓動するかのように明滅し、
まるで船そのものが、何かの生命体であるかのように、
獲物を探すかのように、静かに、しかし確実に宙域の状況を把握していった。
一度把握された恒星系であるがゆえに、再確認にさほどの時間は要さなかった。
文字通り“短時間”のうちに、CUTBEは介入の準備を整える。
CUTBEが介入を開始すると同時に、彼らの目の前の中空には、複数の光の粒が浮かび上がった。
それらは今まさに行われている宙域の様子を映し出した情報群だった。
無数の演算と制御が、視覚化されたかのように、淡く瞬いている。
彼らは、その光の粒子が織りなす情報の流れを静かに見つめていたが、
やがて視線は、並行して進められている別の操作へと移っていく。
彼の視線の先、微細な塵や破片は、まるで意志を持ったかのように集まり、
通常なら長い歳月を要する岩石惑星の形成が、CUTBEの操作により、通常よりも明らかに早く輪郭を現し始める。
環が光を帯びるたび、粒子は互いにぶつかり合いながらも秩序を保ち、
惑星の輪郭は徐々に、しかし確実に固まっていく。
完全に作り切ることはせず、程々のところで手を止め、あとは成り行きに任せる。
そしてCUTBEは、また別の対象へと静かに介入を移していった。
彼らがその小さな惑星が形を成していく様を眺めている間も、
生命惑星は静かに、しかし確実に、CUTBEの操作によって調えられていく。
生命惑星から少し離れた軌道では、散乱する岩石や氷がまとめられ、小惑星帯の基礎が作られていた。
それもまた、完全な帯ではなく、
粒子が安定した軌道を描くための、最低限の配置が施されているだけだ。
ここから数万年先、数十万年先に、生命惑星へと隕石として落ちる可能性を持つものもあるだろう。
しかしそれもまた、彼らにとっては楽しみの一つだった。
小惑星帯が最低限の安定を得たのを確認すると、
彼らの視線は、そのさらに外側――
恒星系の縁に近い、希薄なガスの雲へと移っていく。
星間空間に漂うガスは膨大だった。
それらすべてを一つに集めてしまえば、
新たな恒星が生まれてしまう可能性すらある。
CUTBEは、それを避けるように、
ガスの流れを二つに分け、
それぞれを緩やかに収束させていく。
中空に浮かぶ光の粒子が二つの渦を描き、
それぞれが異なる質量と回転を持つ塊へと育っていく様子が、
彼らの前に静かに示される。
一方は巨大で、重力の支配を誇示するかのような存在へ。
もう一方はやや小ぶりながら、
より高速で恒星を巡る軌道を与えられていた。
二つのガス惑星が、それぞれの軌道に落ち着いた後も、
なお恒星系の外縁には、わずかなガスが漂い続けていた。
CUTBEはそれを無理に排除することはせず、
ただ、ゆっくりとさらに外側へと導いていく。
中空に浮かぶ光の粒子が、淡く広がりながら収束し、
やがて、先の二つよりもひと回り小さなガス惑星の輪郭を形作る。
それは支配するほどの重力も持たず、
かといって無秩序に散ることもない、
ただそこに在るための存在だった。
さらにその外側では、
小惑星帯から流れ出た岩石や、
これまでに余った破片が、静かに集められていく。
CUTBEはそれらを一つの天体にまとめることはせず、
いくつかの小さな塊として配置し、
互いに干渉しすぎぬ距離だけを整えた。
そして、そのさらに外側――
そこにはもはや積極的な形成は行われなかった。
CUTBEが与えたのは、ただ最低限の秩序だけだった。
散ることも、崩れることもない。
だが、形を与えすぎることもない。
そうして、
生命惑星に“決定的な”影響を及ぼしうる範囲は、すでに調えられつつあった。
その状況を確認しながら、彼は操作パネルへと手を伸ばす。
「この恒星系にも観測機を投入する。
生命誕生予定の惑星に二機、恒星系内の巡回に三機だ」
淡々と告げられたその内容に、彼女は小さく目を細める。
「普段より多いわね。それだけ期待してる、ってことかしら?」
どこか楽しげな笑みを浮かべながらの言葉だったが、
彼はそれに答えず、わずかな間を置いて続けた。
「今回の観測機は、常に監視対象とする。
この役割に一番適しているのは……やはり“セバスチャン”だな」
そう言って操作を進める彼を、彼女はじっと見つめていた。
その視線に気づき、彼は首を傾げる。
「どうした?」
「どうでもいいことなんだけど……
どうして名前付きのアンドロイドがいるの?」
「あぁ、そのことか。もともと名前なんて付いていなかったぞ」
彼は少し考えるような間を置き、続ける。
そして、どこか自信満々に言い切った。
「優秀な執事の名前はセバスチャン。
見た目は老紳士。これはもう、お約束というやつだ」
彼女は一瞬、言葉を失った。
「……なるほど」
その視線が、操作卓の横に展開されたモニターへと移る。
そこには、起動中のアンドロイドの基本設定と外観データが表示されていた。
老紳士の姿を模した外見。
過剰な装飾は排され、威厳と実用性だけが丁寧に残されている。
人間らしさを感じさせる要素はあるが、それは親しみのためではなく、
役割を円滑に果たすためのものに過ぎない。
「まさかとは思うけど、この船の設定までいじってないでしょうね?」
「流石にそれはやらん。というか、出来ん」
「触れるのは簡単なメンテナンスや航行に関することだけだ。
まぁ、この船を維持管理する程度の範囲だな」
一瞬、間が空く。
「根本を触れるのは……
“あの大馬鹿野郎な科学者共だけだ”」
声色は変わらない。
表情もない。
だが、その言葉の奥に、通常とは異なる残滓のようなものを、
彼女は確かに感じ取った。
その余韻が残る中、室内に別の音が混じる。
革靴が床を打つ、控えめで規則正しい足音。
近づいてきて、やがて止まる。
彼女は視線を上げ、出入口の方を見る。
通路側から、一体のアンドロイドが入室してきていた。
ノックはない。
だが、無遠慮に踏み込むこともない。
室内に数歩入ったところで、彼女と彼はその姿を確認する。
「そんなところで止まっていないで、もう少しこっちへ」
彼が短く告げると、アンドロイドは一礼し、音も立てずに歩み寄った。
立ち振る舞いはまさに執事然として整っているが、
威圧感や厳しさはない。
「執事として振る舞うよう再設定はしたが、それはお前の役割を分かりやすくするためだ。
基本的には自由意思で動いてくれて構わない。好きにやってくれ」
「……よろしいので?」
「かまわない」
「でしたら、このままでいさせていただきます。
今後ともよろしくお願いします、マスター」
彼女は眉をひそめ、小さく呆れた声を漏らす。
「堅っっ苦しいわねぇ。
自由意思で好きにしていいんだから、もっと楽に喋りなさいよ。
定型文しか喋れないスクラップでもあるまいし」
「私は、これでいいと思っておりますので」
「ふ~ん、それを貫くのね。
なら、もうこれ以上は言わないわ。これからよろしく」
長い間、二体だけで動いていた世界に、
こうして新たな一体が加わった。
その存在は静かに、しかし確かに、
空間の一部となっていくのを感じさせた。
介入が始まり、恒星系はひとまず形になりました。
とはいえ、生命が生まれるのは、まだまだ先の話です。
さて、その間に彼らは一体、何をしでかすのやら……。
そして新キャラの登場です。
とはいっても、正直かなりお約束というか、そのまんまですね。
でも、わかりやすいって大事だと思うんです (;´・ω・)
これから、この三人が何を観測していくのか。
そしてセバスチャンは、ちゃんとブレーキ役になれるのか……。
そのはず。
……アクセル踏まないよね?
多分大丈夫。優秀な執事を信じよう (´ー`*)
次の話は三人の会話からスタートします。
セバスチャンに観測を任せて、
どうやら彼らは次の行動に移るようです。
あと、本当はもう少し先まで書くつもりだったのですが、
気づいたら文字数が三〇〇〇字を超えていたので、
今回はここで一区切りとさせていただきました。
まだまだ物語を書くのが不慣れで、安定せず読みづらい箇所もあるかと思いますが、ここまで読み進めていただきありがとうございます。
構想としては、生命誕生予定の生命体もすでに決まっており、大まかな流れもできています。
ただ、まだしっかりと形にできていない部分も多く、少し時間がかかりそうです。
それでも、ゆっくりでも確実に書き進めていくつもりなので、どうぞ気長にお付き合いいただければ嬉しいです。




