番外:執事の名前
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読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。
今回は記念として、本編5話付近の裏側を少しだけ。
セバスチャンがメインルームへ向かうまでの番外です。
「今回の観測機は、常に監視対象とする。
この役割に一番適しているのは……やはり“セバスチャン”だな」
マスターがその名を口にした頃、CUTBE内部の起動区画では、ひとつの補助個体が呼び起こされようとしていた。
そこは起動区画。
CUTBE内部で、休眠個体や補助個体が最初に目を覚ます場所だった。
その個体は、今回のために作られたものではない。
かつて別の役割を終え、長く休眠状態に置かれていた個体だった。
記録上の分類は、COSMOS-ARIA系統。
今回与えられる役割は、観測管理と長期監視の補助。
観測管理。
情報整理。
長期監視。
マスターへの随伴。
必要な構成は、既存の個体へ追加される形で与えられていく。
今回与えられる呼称の理由は、単純だった。
補助という役割からの連想。
補助。
執事。
優秀な執事。
セバスチャン。
その連想に合わせ、起動時の外形は老紳士型へ整えられていた。
ただ、これまでその個体を起動する理由は、しばらく生じなかった。
だが今、その役割が必要とされた。
マスターの操作を受け、最後の指定が加えられる。
呼称指定、セバスチャン。
カプセル内部で、停止していた個体の起動処理が進んでいく。
すべての工程が終わると、起動区画の奥で、一基のカプセルが静かに動き出した。
それは縦長の楕円形をした、不透明なカプセルだった。
表面に装飾はなく、淡い光のラインだけが正面中央を縦に走っている。
その光が、細く強まる。
正面の外殻が中央から左右に分かれ、わずかに浮き上がった。
左右に分かれた外殻は、そのまま側面をなぞるように後方へ回り込み、内部を露わにしていく。
そこには、紳士服に身を包んだ一体のアンドロイドが立っていた。
その目は閉じられていた。
扉が開ききると、彼はゆっくりと目を開く。
起動直後の揺らぎはない。
視線は静かに前を向き、その場で姿勢と服装を整える。
襟元。
袖口。
手袋の収まり。
乱れがないことを確認し、彼はカプセルの外へ一歩を踏み出した。
革靴が、起動区画の床を控えめに鳴らす。
その音は小さい。
だが、乱れはなかった。
数歩進んだところで、セバスチャンは一度だけ振り返る。
開いていたカプセルの外殻が、音もなく閉じていく。
左右に分かれていた扉が側面から戻り、正面の継ぎ目も淡い光を残して消えた。
それを確認すると、セバスチャンは向き直り、出口へ歩き出した。
起動区画の扉が静かに開く。
その先には、CUTBE内部に広がる無機質な通路が続いていた。
床と壁を縫うように、淡い光のラインが伸びている。
目的地を示す案内光だった。
行き先は、すでに分かっている。
メインルーム。
マスター。
観測の管理、補助。
それが、今回与えられた役割だった。
セバスチャンは光のラインへ視線を向けた。
迷いはない。
急ぐ必要もない。
だが、遅れる理由もない。
彼は、淡い光に導かれるように歩き出した。
無機質な通路に、革靴の音が控えめに響く。
その足音は規則正しく、やがてメインルームの扉へと近づいていった。




