第十五話 再現環境
顔岩を離れた二機のUAUは、ゆっくりとした速度のまま垂直に上空を目指した。
高度が上がるにつれ、頭上に広がる空の色は鮮やかな青から徐々に深みを増し、境界の曖昧な深紺へと染まっていく。加速の負荷も大気を裂く轟音もなく、二機は一定の速度を保ったまま、重力の鎖など最初から存在しないかのように惑星を脱した。
大気というフィルターを失った虚無の空間。そこは光を拒絶するような漆黒に沈んでいた。
無数の星々が瞬くようなことはない。ただ、遠くで強烈な光を放つ恒星と、振り返れば薄い大気の層に縁取られた惑星が静かに浮かんでいるだけだ。
そしてその暗黒の海の先に、圧倒的な質量を持つ整った立方体が見えてきた。
近づくにつれてその輪郭ははっきりとし、やがてその一角に幾何学的な開口部が現れる。
二機は速度を落としながら、光を呑み込むようなその暗黒の口へと滑り込んでいった。
必要最小限の照明の中、二機は格納庫内を進んだ。わずかな光が金属面で散り、ところどころに淡い反射を生んでいた。
そのまま奥へ進んだ機体は、それぞれの孔へ収まり、継ぎ目が消える瞬間、淡い反射に紛れるように、わずかな光が視界の端をかすめた。
収容が完了すると、そこには継ぎ目のない壁面だけが残った。
視覚同期を解除すると、アリアが座席から立ち上がった。
「なかなか面白い惑星だったわね。サンプルも色々取れたわ」
セバスチャンの前には、観測中の映像を引き継いだ表示がまだ残っていた。
そこへ視線を向けたまま、彼は静かに口を開いた。
「こちらでも拝見しておりましたが、なかなか興味深い生態系でした」
アリアに続いてマスターも立ち上がり、短く告げた。
「ラボへ向かう。回収したサンプルを確認する」
そのままマスターは扉へ向かい、二人もそれに続いた。
後に残ったのは、窓もなく、壁に装飾もない、ただ広いだけの空間だった。
扉を抜けると、淡く光る一本のラインが、冷たく整然とした通路の奥へまっすぐ伸びていた。
三人はそれを辿り、ほどなく目的の部屋へ辿り着いた。
扉の先には、淡い光に輪郭を浮かび上がらせたポッドが、壁面に沿って並んでいた。
セバスチャンはそのうちの一基へ足を進め、その前で立ち止まった。
「こちらでございます」
継ぎ目が静かに開き、マスターとアリアが中へ入ると、セバスチャンもその後に続いた。
扉が閉じると、今度は正面の壁面が静かに開き、ポッドはそのまま音もなく滑り出した。
数分の静かな移動の後、ポッドが到着した先には、先ほどまでUAU越しに見ていた惑星環境が、切り取られたかのように広がっていた。
木々は生い茂り、風に揺られて微かな葉擦れの音を立てている。背の低い草は波打ち、川はその間を縫うように流れ、やがて海へ注いでいた。
その先には、岩肌がむき出しになった乾いた土地が広がっている。
空には雲が流れ、その向こうでは恒星を思わせる輝きが地表を照らしていた。
点在する岩のいくつかには、この惑星では比較的小型の、てのひら大の虫たちが張り付き、草もまばらなその岩陰には細長い多脚の個体が獲物を狙い、身を潜めていた。
間合いが詰まると頭をもたげ、低く身を沈めて跳躍の態勢に入った。
次の瞬間、長い胴が鞭のようにしなり、一気に飛びかかった。
だが、重く鈍い衝撃音と共に見えない何かに阻まれ、そのままずるりと滑り落ちた。
「今の虫、私たちを狙ってたわよね?」
アリアはわずかに目を細め、平然と呟いた。
セバスチャンは落ち着いた口調で答えた。
「ええ、そのようですね。隔離壁がある以上、安全は確保されています」
彼はそのまま隔離壁脇の端末へ視線を向け、淡々と続けた。
「今の行動を見る限り、環境再現も問題なく機能しているようです。観測機設置時の基礎データと時間経過による補正、そして今回のサンプリング結果が、この空間を安定させております」
態勢を立て直した多脚の個体は、すでに次の獲物へ狙いを移していた。
その視線の先で、丸みを帯びた甲殻の個体が弾かれたように地表を蹴って走り出す。
身を丸めれば、人型の腰より少し低いほどの球形になりそうな体躯だ。
その後方を、長い胴をくねらせて多脚が追う。
丸甲殻の半分以下の体高しかないが、全長は四メートルを超えている。
節を連ねた胴がうねるたび、無数の脚が一斉に地表を打ち、乾いた土を激しく弾き飛ばした。
まばらな草を千切り飛ばし、自ら巻き上げた土煙にその低いシルエットを半ば沈めながら、獲物との間合いを着実に詰めていった。
アリアは呆れたように小さく息を吐き、多脚を目で追った。
「愛想がないわね。無理だとわかったら、すぐ次だなんて」
マスターは、その凶悪な動きを追ったまま短く続けた。
「あの体格でこの速度、それに状況判断の的確さ……。ただ本能だけで暴れているわけではなさそうだ」




