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第十三話 重なる輪郭



アリアは操作パネルへ指を走らせた。


床面が静かに開き、マスターの座席の横に、ひと回り小さな座席がせり上がる。


アリアは一歩踏み出し、そこへ身を沈めた。


「準備できたわ。セバスチャン、よろしく」


セバスチャンが操作パネルに指を走らせ、座席がわずかに後傾する。


ヘッドレストの支持部が立ち上がり、頭部の位置を定める。


「マスターはアルファ機へ、アリアはベータ機へ同期します。

移動制御は同期者の意思を優先します。自律運行への切替も可能です」


わずかな間ののち、


「同期完了。いつでも移行できます」


マスターの表情は変わらない。

意識の切り替えとともに、視覚はアルファ機へと移行する。


アリアは静かに目を閉じる。

一瞬の暗転ののち、解放を待つ外部ハッチが前方に現れる。


後方には、UAUの出現孔。

側方には、もう一基の機体――アルファ機。

静止したまま、待機している。


意識を向ければ、視界は応じる。


「こちらは問題ないわ」


「同期、問題なし」


「外部ハッチを解放します」


二重構造の隔壁が作動する。


内側が左右へ分かれ、続いて外側が上下へと開く。


中央から空間が広がる。


雲の層。


その合間に、地表の赤い光が脈打っている。


アルファ機が船外へと滑り出る。


ベータ機が間隔を保ち、続く。


機体の進路上には、灰色の環が浮かんでいる。


機体が近づくにつれ、環は裂けることも散ることもなく、ゆるやかに外側へ押し広げられていく。


道を開けるように輪郭が膨らみ、中央が広がる。


アルファ機がその中央を通過する。


わずかな遅れののち、拡張した輪は均衡を保てなくなり、縁から静かに崩れ始めた。


渦の輪郭はほどけるように広がり、やがて形を失う。


続いてベータ機。


別の環も同じように外側へ押し広げられ、機体の通過を許す。


しかし、膨張した輪は自らの回転を維持できず、ほどなく崩れ、空中へ霧のように拡散していった。


二機はそのまま降下を続け、やがて揺らぐ林冠の上空で静止する。


眼下では、溶岩に追われ、数を減らしながらも節足生物の群れが逃走を続けている。


一部の個体は幹を駆け上がり、樹上へと退避している。

翅を持つ個体は低空を滑るように飛翔し、熱気流を避けながら移動を続けていた。


「やっぱり、直接近くで見るとデカいわね」


アリアの声は落ち着いている。


マスターは群れの流動を追い、しばらく沈黙した。


「統率はないが、反応は速い。危機回避行動は機能している」


溶岩流は広がるが、全体を覆う規模ではない。

逃走経路も複数残されている。


「この環境なら、淘汰圧としては問題ない」


二機はそのまま高度を保ち、しばらく推移を見守った。

群れは乱れながらも方向を揃え、火山帯の外縁へと流れていく。


絶滅の兆候はない。


「二機で同じ場所にいる必要はないわよね?」


アリアが軽く言う。


「好きに見て回ってきてもいいかしら?」


「構わない」


アルファ機はなおもその場に留まり、観測を続けた。


ベータ機が離脱してしばらくすると、溶岩の流れが落ち着き始める。


それを確認すると、アルファ機は高度を上げ、海洋方向へと進路を向けた。


一方、火山帯を離れたベータ機は内陸へと進路を取る。


尾根を越えた先には、低く広がる樹木帯が続いていた。


幹はねじれ、地表近くで大きく枝を張る。


表皮には硬い隆起が並び、登るものを拒むような形状をしている。


葉は板状で厚く、繊維が密に走っていた。


その樹木帯の中に、わずかに背の高い個体が混じっている。

幹はねじれながら折り重なり、他の樹木よりも高く伸び、その根は地面を抱き込むように岩を割って広がっていた。


枝の影の下で、多脚の生物が葉に噛みつく。

ぱきり、と乾いた音が響き、噛み砕くたびに甲殻同士が擦れるような鈍い音が重なる。


その足元では、球状の生物が地面を転がり、細長い体躯の影が追う。


吐き出された透明な液体は命中せず、草をかすめ、触れた部分からじわりと煙が立ちのぼった。


葉は黒く縮れ、崩れ落ちる。


ベータ機は高度をわずかに落とし、樹冠の上をかすめるように進む。


やがて地表は乾き始め、露出した岩盤が増えていった。

節くれ立った樹木は次第にまばらになり、視界の先に岩山の稜線が浮かび上がる。


さらに高度を落とす。

地形の起伏が、機体の下をゆっくりと流れていく。


岩の隙間を縫うように、細い水の筋が続いている。

わずかな水音が、乾いた岩肌に反射していた。


その流れは、やがて地形のくぼみに沿って浅い盆地へと導いていく。


岩丘に囲まれた窪地に、水が静かに溜まっていた。

広さは限られているが、岸辺の岩肌には白く縁取られた線が幾重にも残っている。


下部の岩は滑らかに削られ、ところどころ丸みを帯びていた。

水位の増減が、この場所を繰り返し書き換えてきたことが見て取れる。


いま、水面は低い。

だが鉱物の痕は、さらに上まで続いていた。


ベータ機は盆地の縁をなぞるように巡る。


乾いた岸辺をかすめ、露出した岩肌の上を低く滑る。

水位痕は一定の高さで連なり、地形の輪郭を示していた。


やがて機体はゆるやかに上昇する。


窪地全体が視界に収まる。


鉱物の線が途切れる高さから、さらにわずかに上がった斜面の中腹に、ひときわ大きな岩塊がそびえている。


ベータ機はその岩塊へと進路を取る。


近づきながら表面を走査する。

成分は周囲の岩と差異はない。

結晶構造も特異ではなく、内部空洞も検出されない。


地質的な特別性は見られなかった。


ただ、この大きさで、この位置に残っているだけだ。


機体は斜面を横切るように回り込む。


光の当たる角度が変わる。

陰影がずれる。


ベータ機がわずかに減速する。


その瞬間、アリアの喉から、言葉にならない息が漏れた。


「……」


わずかな間。


「…ん?」


アリアは岩塊を視野に収め、その形状をなぞるように観測を続ける。


凹凸は偶然の産物にすぎない。


それでも――


視線が離れなかった。


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