王弟殿下
実に自分を厳しく律しる姿に、僕はなつかしさを覚えた。王弟殿下は、ライオネル様と似たような生き方をしていた。
ライオネル様は、帝国のために生きる人だ。女、好きではないのに、帝国に必要だから、と子作りだってする。帝国をよくしようとしていた。
王弟殿下は、王国のために生きる人だ。女性は、まあ、不幸なことに受け入れられなくなったが、その前までは、きちんと受け入れようとしていた。戦争も、王国民に被害が出来るのは良くない、と思って、したがらない。王国第一の人だ。
戦場に連れて行かれた。王弟殿下は、実に心が広く、僕の妖精を全て返すだけでなく、なんと、王弟殿下に憑いている妖精を使役する許可をくれた。普通はしない。
それというのも、王弟殿下は、妖精と意思疎通が出来ないからだ。
一方通行なので、妖精は勝手に王弟殿下の願いを叶えようと動く。その力は、人外だ。
ところが、王弟殿下は、潜在能力も高いことから、妖精の力を使うことがなかった。妖精憑きだとわかる前から、そうだったようだ。妖精に願うのではなく、自分自身で切り開く。そのお陰で、王国は平和だったのだろう。
こんな化け物と始終一緒か、と僕は絶望したが、馴れてしまえば、楽しかった。
王弟殿下は、本当に戦争反対なので、公国側とは停戦一辺倒である。なのに、公国側が戦争したい、と難癖をつけてくる。ついでに、玩具も持ってきてくれるので、僕はそれらを見て楽しんだ。
王国の北の砦での防戦は五年だった。王弟殿下も酷い人で、元王国民の面会をわざわざ受け入れては、家族に会わせない、家族を公国に渡さない、の一辺倒である。
元王国民が公国へ去っていく姿を見て、思う。
戦争を起こさせようとしているな。
元王国民は、戦争を起こす火種だ。これからせっせと、戦争賛成派を煽るだろう。最初は、戦争反対派が多かったものも、涙を流して家族がー、なんてやられては、酷い国だ、とか妙な正義感を燃え上がらせる人も増える。
結果、いつかは戦争が起こる。
そういう種まきをせっせと行う王弟殿下を横で見て、僕は黙っていた。沈黙は大事だ。
とらんしーばーを夜中に使っていると、なんと、王弟殿下が応対してきた。
「王弟殿下、ちょっと、僕の部屋に来てください」
さすがにとらんしーばーでは離せない内容だったので、呼んだ。
「何何、アラン。俺になんの告白かな?」
「鋭いですね、気づかれましたか」
「いや、冗談だから」
「まあまあ、内容はそういうのではありませんから。ほら、酒を飲んで」
「アラン、飲まないじゃん」
「僕は魔法使いとして、常に臨戦態勢でいないといけませんからね」
僕はそこらへんで汲んだ飲み水である。
普通なら、集団部屋なのに、僕は魔法使いということで、個室をいただけた。僕の隣りの部屋は、王弟殿下である。
「王弟殿下に謝らないといけないことがありまして」
「とらんじーばー壊したことか? あれは、いいんだよ。アランにあげたんだから」
「あなたの父上の死因です。あれは、僕があえてやりました」
言わなくていいのだけど、あえて、言った。それは、王弟殿下の人となりを試したかったからだ。
僕は、一年後には、あの国王が死ぬことは知っていた。そうなることもわかっていて、あえて、そうした。
コップに入った酒を一気に飲み干す王弟殿下。
「そうか。どうして死んだ?」
「あなたの妖精を無理矢理、あの国王に憑けたからです。妖精の力に、あの国王は耐えきれませんでした」
「知ってるか。父上の死にざま、壮絶だったらしいぞ。侍女が侍従が見ている前で、ぼん、とはじけたそうだ。あまりに壮絶な死に方だったから、見たやつらは気がふれたとか。死に方が悪かったから、病死にするしかなかったんだと」
「そういう死に方をしましたか。怖いですね」
「仕方ない。言われたんだろ。俺の妖精憑きを封じろ、と。だったら、それでいい。人の手に余る力をどうにかしようとするんだ。何かの代償があって当然だ。良かったな、父上一人の命で」
実の父親が死んだ、というのに、王弟殿下は軽かった。他人事だった。
いや、これが王妃や兄だったら、怒り狂っていたかもしれない。父親には、全く、愛情がないのだ。
「何か悪いこと考えてるだろう。そんな感じ、ずっとしてた。あんまり、背負いこみすぎるなよ。大変だったら、俺の妖精、好きに使っていいから」
「そんなこと言ってはいけませんよ」
「だって俺、使いこなせないし。王族ってのはね、人を使ってなんぼなんだよ。お前は、俺に使われるしかないんだよ」
僕の罪は、あっさり、許された。それどころか、この男は、僕に妖精の力をかすという。
アランリールとは、器が違いすぎるな。
「有難く、使わせてもらいます。あ、そうだ、ちょっと手伝ってもらいたいことがあります」
「え、脱ぐの?」
「そういうことはしませんよ。僕の背中を見てください」
僕は、あの呪わしい焼き印を王弟殿下に見せる。
「これって、あれか、噂の筆頭魔法使いが施されるっていう、あれ!」
「ご存知でしたか。それです。これが、僕を皇族に逆らえなくしています」
「これは、随分と古い古語を使ってるね。リーシャの血筋に尽くす、みたいなことが書いてある」
「読めるのですか!?」
「古語とかいっても、法則が決まっているから、それにあてはめて、あとはこう、文字を予想? みたいな。ちょっと書き写す」
適当な紙に王弟殿下が書き写した。うまいな。
背中なので、僕はこれまで、それがどんなものか知らなかった。書き写されたそれは、確かに、古語だった。僕には読めないな。読める奴に託そう。
「アランって、意外と鍛えてるよね。毎日、修練してるし」
「魔法使いも最後は肉弾戦ですから」
「じゃあ、俺がみてやるよ。アランは筋がいいから、鍛えたい」
「お願いします」
その日から、地獄のような特訓が続いた。お陰で、暗器まで使えるようになった。
北の砦での防戦は終わり、停戦協定となったが、まだ、王国に戻ることが出来なかった。一年は様子見、と言って様子見していたら、自爆テロなんかやりやがった。命大事に、とかしないのかね。
そういうわけで、大丈夫になるまで、北の砦に待機することとなった。
北の砦で見つかった聖域の研究もすることとなった。なんと、王弟殿下は、幻の女を見たという。王国側にもあるのか。
ついでなので、暇だし、地図なんか作って、王国と帝国の聖域の位置を教え合った。ダメなんだけどね、これ。
「俺も王族しか読めない本とかで見ただけなんだけど、もともと、聖域って一つの国に一個となってたんだって。それを俺のご先祖が、他の国を吸収して、今みたいになった、て書いてあった」
「ということは、帝国は元は十個の小国からなっていた、ということになりますね」
「そうそう。最初は、たぶん、狭い範囲だったから、一つの聖域で全てをこなしていたけど、それが、五つの聖域で行うこととなったからか、それぞれ、役割がわかてたようなんだよ。わかっているのは、中央都市は、中心部として、各地の地力をあげる働きがある、と言われている。山と海は、それぞれの実りとかに直結しているみたいだ。謎はなのは、王都と最果て。この二つは、どういう役割なのか、未だにわかっていない」
「帝国のものとかわりませんね。帝国は広いので、最果てが三つもありますが、役割がはっきりしていません。王都は一つですけどね」
「というわけで、公国と帝国の聖域の地図を見比べてみよう」
王弟殿下は、何かわかったようだ。聖域にそれぞれ石を置く。
「たぶん、これ、陣鳥合戦の結果だ。最初は王都から攻撃していく、そこから、中央都市、そして、最果てだ。王都を通過されても、補給出来る中央都市がある。その中央都市を抜ければ、最果てで終了だ」
「なるほどね。帝国は、王都から中央都市、そして、最果てと公国を攻略していったのか」
「ただ、聖域をどう乗っ取るのかがわからない。あと、この聖域の役割だ」
僕がアグリという女の幻を見た聖域をさす。
「この聖域だけ、位置がおかしい。どっちにも入るようになっているし、法則性がない」
「その聖域は、僕が幻の女を見たところですよ。たぶん、皇族の、妖精憑きでないと見れないのでしょう」
「ということは、北の砦の聖域は、王族の妖精憑きしか見れない?」
「たぶんです。今のところは」
「で、そ幻の女、いたの?」
「いますよ。王国に連れてこられる前、僕の子どもを妊娠していました」
「え、それって、ごめん」
「いいんですよ。好きで妊娠させたわけではありませんから。必要だっただけです」
「あまり、俺も人のことを言えないが、アランも、自分大事にしろよ」
遥かに年下の子に、言われてしまった。でも、それは悪くない。久しぶりに、ライオネル様を思い出した。




