帝国からの解放
一度、王国の王宮に戻ることとなった。もちろん、ついて行くのだが、その先をどうするか、迷っていた。
もう、やるべきことも終わったので、僕は王国にいる必要がない。この背中の焼き印がある限り、帝国に戻れ、と言われれば、戻るしかない。
そんなこと、王国から支給された馬に乗りながら考えていると、ちょっとふらついた。
「アラン!」
「いたたた、すみません」
落馬した。おもいっきり背中から落ちた。
場所が悪く、背中がざっくりと裂けた。見ている王弟殿下のほうが、痛そうな顔をする。
「大丈夫か? むちゃくちゃ血が出てる」
「焼き鏝やられた時に比べれば、軽傷ですよ。殿下、ほら、力貸してください。これだったら、妖精の力で治ります」
「俺がやるの? どうやって」
「あなたが願えばいいです。僕が誘導します」
「おもしろそうだな。やってみよう」
目をきらっきらさせる王弟殿下。
僕の傷に手をあてて、王弟殿下が願う。王弟殿下の願いに妖精が動いた。それを僕が誘導した。
なんか、背中が急に軽くなった。
「よし、消えた」
「何が?」
「あの、火傷の痕。綺麗に消えた」
「はぁ?」
見えないので、手で触ってみる。あの火傷の感触がない。それどころか、支配されている感じがなくなった。
「見てて痛そう、っていつも思ってたんだよね。消えてよかったな、アラン」
「なんてことだ。殿下、あなたはすごい!」
長年、僕を縛り付けていた皇族の縛りは、呆気なく解けてしまった。
解放されると、もう、帝国に戻る必要はなくなった。帝国に行けば、また、あの焼き印がされてしまうだろう。そうなるのを嫌って、僕は王国に戦争の報償として、北の砦での滞在を望んだ。
そうして、僕は、北の砦の住人となった。
帝国から王国に、多くの妖精が訪れている気配を感じられた。第四王子にも伝えたが、何かが起きているのだろう。
帝国の現状は、時々、こっそり北の砦の聖域を使って、王都に行って、情報収集をしていた。帝国との貿易をしている商人の話では、聖域は、酷い状態だという。しかも、皇帝は貴族の言いなりなため、酷い政治をしている。結果、苦しむ民が大勢でた。
酷い情報しかないため、僕は迷った。逃げてばかりの人生だ。もうそろそろ、逃げるのをやめないといけない。そのためには、タイミングだ。
その良いタイミングが、誘拐された皇女が王国で見つかった、という情報だ。どうやら、皇族出身の魔法使いロンガールと貴族出身の魔法使いヘインズはやってくれたようだ。皇女を王国に運んだ妖精は、僕のだ。なけなしの妖精を僕はまだ生まれていない娘に憑けた。
アグリから生まれる子どもは双子だとわかっていた。一人は、普通の子ども、もう一人は、妖精憑きだ。どちらにも、僕の妖精が憑いている。危険なことはないように、また、間違った道に進まないように、妖精は導いてくれているはずだ。
「酷い親だ、僕は」
新聞を見て、そう思う。自分の子どもすら、駒として使うとは、最低だ。だが、最後の責任はとるつもりだった。
王国でみつかった皇女が帝国に行った。そのタイミングで、僕は帝国に戻った。
ザガン兄上の実家は、今もあった。まあ、まわりの環境は悪くなっていたので、生活はよくないのだろう。
「誰かいますか?」
「はーい」
出てきたのは、すっかり老けたサマンサだった。
「約束通り、帰ってきました」
「え、ええ、ええええーーーーーー!!」
「ザガン兄上を呼んでください。色々と、聞きたいことがあります」
「はい! はい!」
とりあえず、長年、守られていなかった約束は守れた。良かった。
僕は家の奥の一目がつきにくい所に閉じ込められた。僕は見られるとまずいと思ったのだろう。まあ、ライオネル様殺した罪人ですから。
待っていることしばらく、ザガン兄上がやってきた。
「アラン、本当にアランだ! 生きてた!!」
「魔法使いたちはどうしていますか?」
「酷いものだよ」
魔法使いたちは、聖域を浄化しようとするも、悪政が酷く、追いつかなかった。そのため、穢れを移す術が施され、たくさんの魔法使いが亡くなった。
「もしかして、筆頭魔法使いにやる焼き鏝、魔法使いたちに使われていますか?」
「全てではない。力の弱い魔法使いにやられている」
「その人たちに、聖域の穢れを移したんでしょうね。本当に、効率が悪いことを。僕一人が犠牲になれば、全て綺麗になりますよ」
「アラン!」
「その前に、掃除です。僕が昔着ていた、筆頭魔法使いの服、手に入りますか?」
「どうにか、手に入れてみるけど、あるかな?」
「筆頭魔法使いの屋敷には、いっぱいあります。僕、それしか持ってなかったので」
「あー、うん、持ってくる」
色々と言いたいことはわかる。僕は、帝国では、ほとんど遊んだことがないから、外行の服がいらなかった。ついでに、皇帝の休みの日はベッドに引きずり込まれていたので、休みもなかったし。思い出せば、ろくな生活してなかったな。
だから、王国での北の砦で過ごすことも、苦痛ではなかったんだが。娯楽がないことに慣れすぎだ。
一日待っていれば、ザガン兄上が、僕の昔の筆頭魔法使いの制服を持ってきてくれた。
「こんなの着てたら、目立つよ」
「この服には、いろいろと仕掛けをしているんですよ。王国から皇女が来る前には、片をつけます。では、さようなら」
「待て!」
僕はさりげなく別れの言葉を告げて逃げようとしたのに、ザガン兄上に捕まった。
「何ですか?」
「帰ってくるよな?」
「ここには帰りません。僕は、罪人です。逃げます」
「昔みたいに、ずっとここにいればいい!! どうせ、外に行かないだろう!!!」
そういう生活してたな。確かに。
「ダメですよ。僕、帝国では皇帝を、王国では国王、殺していますから」
「え、国王? どうして!!」
「ザガン兄上、僕のこと、全部受け止めようとしなくていいですよ。十分、僕は報われました。ここでさよならです。帝国のこと、よろしくお願いします」
僕は王弟殿下で鍛えられた足さばきで、サガン兄上を転がらせて、さっさと走り去っていった。
勝手知ったる帝国の王宮は、やはり、隠し通路は見つけられていなかった。次の皇帝が受け継ぐようになっていたが、それを教える役割のある筆頭魔法使いである僕は教えなかった。さらに僕がライオネル様を殺すことで、隠し通路を使えなくしたのだ。
まずは、アグリを探す。そこは、妖精使えば、すぐだ。アグリは、僕と一緒に過ごした、離宮にいた。
「アグリ、ただいま」
「ア、アラン様!!」
アグリは泣いて、僕に抱擁してくる。僕が来たことで、アグリについていた侍女たちが慌てた。不審者だよね、僕。
「アラン様と二人にさせて」
「で、ですが」
「はやく!」
烈火のごとく怒るアグリに、侍女たちは、仕方なく出て行く。
「ずっとここにいたのか?」
「アラン様との思い出がいっぱい詰まっているから」
「ふーん」
たった一年だけどな。
アグリは普通にベッドに横になり、両手をあげて、僕を待つ。
「アラン様!」
「はいはい」
軽く抱擁して、僕は、アグリの首をナイフで裂いた。血しぶきがベッドのマットに吸い込まれていき、アグリは動かなくなった。血の汚れは、適当にシーツやタオルで隠した。
「兄上!」
そこに、怒りの形相のアランリールがやってきた。アグリがぐったりとベッドで倒れている姿に、何を思ったのだろうか、アランリールは僕につかみかかった。
「今更、何しに来た!? もう、アグリは僕のものだ!!」
「なんだ、出来たのか?」
「っ!?」
「出来ていないのか。可哀想にな」
僕は優しくアランリールを抱きしめる。悔しそうに歯をかみしめるアランリールの首をナイフで裂いた。
アランリールは、何が起こったのかわからず、血しぶきをあげる首をおさる。だけど、僕は離さない。アランリールが動かなくなるまで、抱きしめた。
そして、様子を見に来た侍女が悲鳴をあげた。それだけで、人が集まった。
「アラン!?」
なんと、皇族出身の魔法使いロンガールと貴族出身の魔法使いヘインズがいる。そして、どこか、ライオネル様を思い出させる面差しの女がひっと悲鳴をあげる。
「お母様、お父様!」
なんと、僕とアグリの娘だ。彼女は、普通の人間のほうだろう。
「アラン、どうしてこんなことを!!」
ロンガールが僕につかみかかってきた。
「お前たち、その女に、親殺しをさせようとしただろう」
「そ、それは、仕方がないんだ!」
「親殺しが皇帝になって、その国が平和になるはずがないだろう。わかっているのか、血のマリィは親殺しをしたから、女帝にならなかったんだ!」
こんな安っぽいシナリオ、誰もが思いつく。だから、僕が破り捨ててやった。
「筆頭魔法使いアランは皇帝殺しだ。いいな、そういえ」
僕は役割が終わったので、さっさと部屋を出ようとした。
「待ってください、お父様!」
「お前のお父様は、僕が殺した」
「知ってます。お母様は、いつも、あなたのことを話していました。お願いです、一緒に帝国を支えてください!」
涙ながらに訴える皇女。
「お前ら、ちゃんと教育したのか? 僕は、先の皇帝を殺し、今の皇帝を殺し、皇帝の妻を殺し、ついでに王国の先の国王まで殺したんだぞ。そんな男を切り捨てるように、教育しなおせ」
「もういいんだ。アラン、帰ってこい。僕たちが守るから!」
平民や貧民をばかにしていたヘインズがいう。人間、かわるものだな。
しかし、僕はその手を払いのけた。
「僕は子どもの頃、育ての父親を殺した。その頃から罪人だ。だから、光りがあたる世界にいる資格はない。ちょっと、間違っただけだ。本来は、僕は裏で生きる人間だ。だから、ここでさよならだ。聖域のことはまかせた。情報はそれなりに送るから、お前たちでどうにかしろ」
僕は手近にある隠し通路に飛び込み、迷宮となったそこを走り抜けた。追ってきたが、誰も僕には追いつけなかった。
聖域を使って移動してしまえば、すぐに北の砦の聖域である。走ってばかりで若くないなー、と一休みする。着てきてしまった筆頭魔法使いの制服は血で汚れていた。また着るかもしれないので、汚れをとらなきゃいけないな。
そうして、数日で走り抜け、王都で新聞を読んでみれば、やっぱり、僕が皇帝殺しとして発表された。ちゃんと教育出来てるじゃん。ついでに、王国からやってきた皇女様は、聖域の浄化で命を落とした、という発表もされた。
でも、僕のところに、妖精が戻ってきていない。
万が一、娘が亡くなった場合、妖精が戻ってくることとなっていた。それぞれに憑けた妖精は、今も、二人を守っている。
「まだ、後始末がありそうだな」
僕は新聞を折りたたんで、ため息をついた。
そうして、一年が経ったある日、娘につけた妖精がやってきた。
「はあ、仕方がないな。たった一度だけだ」
妖精を通して、なんと、娘が頼み事をしてきた。一度も親らしいことをしていないので、一度だけでも、やってあげないといけない。
もう年寄りだけど、北の砦の聖域に行き、娘が近くにいそうな聖域を通して、そこから徒歩で向かう。馬がいる、馬が。でも、お金がねー。
北の砦では、全部支給されるので、お金を使わない。それどころか、僕は無報酬で北の砦で番人をしている。こういう時、お金もらっておけばよかったなー、とか思ってしまう。
王弟殿下に、なんだかんだと鍛えられているので、歩いて一日で、妖精の導きが終わった。なんと、王弟殿下がいる。
「あれ、殿下ではありませんか」
「え、アラン!?」
「犯罪人のアランです」
王弟殿下はびっくりしていた。そうだよね、北の砦から一歩も出ていなさそうだよね。実は、聖域使って、ぴょんぴょんしていた。
王弟殿下の傍には、男と、あの皇女にそっくりな女がいた。女が、男の片腕に縋って泣いている。
「なるほど、こちらが、皇女様を追って死んだといわれるロベルトと、聖域の穢れを受けて死んだといわれるエリカですか。こんにちは、犯罪人のアランです」
「アランアラン、その自己紹介はダメだ。魔法使いでいいだろう」
「ええー、せっかく出来た肩書きなのにぃ」
「あの、ロベルトを助けてください」
エリカは、僕がどこの誰なのか、わかっているのだろう。縋るように見た。
「どれどれ。なるほど、穢れをここに移したのですか。ほら、殿下、力かしてください」
「ええー、俺?」
「殿下の妖精の力を借ります。ほら、痛くありませんよ」
王弟殿下の妖精が、ロベルトの腕に集まった。そして、僕の腕に移動し、消える。
「治った!」
「いえいえ、移し替えただけですよ。ほら、ここに」
ロベルトにあった穢れは、僕の左腕に移った。
「え、消えないの?」
「北の砦にいれば、少しずつ浄化できますよ。それでは、これで」
経験値があるので、これくらいの穢れなら、僕は時間をかければ、どうにか出来る。やることは終わったので、妖精には、再び娘に憑いてもらって帰ろうと、歩き出した。
「あの、お父さん!」
捕まった。女の人って、いざという時は素早い。
「僕はね、まだお腹にいた子どもを利用するような酷い親なんですよ。だから、父親と呼ばれる資格がありません」
「でも、来てくれました! あなたが来なかったら、ロベルトは、腕を斬り落とすしかありませんでした」
「僕はね、元は筆頭魔法使いとして、幼い頃から英才教育を受けてたんだ。君よりも、知識が豊富だっただけだ。出来ないこともある」
「わかっています。だから、ありがとう」
「もう会うことはありません。さようなら」
僕はやっと娘から解放された。もう、呼び出されることはないだろう。




