悪役令嬢らしいので①
本日は晴天なり。
巻雲すら出ていない蒼天。どこまでも高い空を見上げると、その視界の隅に白亜の城が入る。
イリアはそれを城外の森の茂みから眺めた。
(とうとう来たわ!首根っこ洗って待ってなさいよ!)
城を睨み付けるように、でも不敵に笑みを浮かべる様は、むしろイリアの方が悪役にさえ見える。
いや、実際悪役になろうとしているのだが。
「イリア、準備できたぜ」
「こちらもですぞ!」
森の奥からカインとベルナルドが長いマントをはためかせてやってきた。
ランディック王国の騎士団長であるベルナルドは、出会った時のように真っ白な鎧を着こんで、見るからに百戦錬磨の騎士であることが分かる。
カインはというと、本日は濃紺の軍服を身に着けており、身軽な恰好ではあるが肩章から明らかに高位であることが分かる恰好をしている。
「ミレーヌ、城内の様子は?」
「えっと、外の見張りは予想通りの位置でした。城内は厳戒態勢で、ちょっとこの兵力で突破するのは難しいかもしれないっすね」
「分かったわ。じゃあ、予定通り行きましょうか!」
イリアが三人の顔を見回してそう言えば、カイン達も力強く頷いた。
「ベルナルドさんは敢えての正面突破。陽動をお願いします。火炎放射器と焼夷弾の使い方は大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ」
「攻撃は深追いしなくて大丈夫です。あくまでランディックからの奇襲で現場が混乱すればいいんです。くれぐれも怪我には気を付けてください。怪我人を出してしまったら大切な兵を貸してくださったレヴァイン陛下に申し訳が立ちません」
「ははは。多少老いぼれていますがワシも騎士団長を拝命している身分。怪我など屁でもありませんぞ!ただ、イリア殿の気遣いは感謝しますよ。主命、必ずや果たしますので大船に乗ったつもりでいてくだされ!」
ベルナルドはがははと豪快に笑いながらどんと胸を叩いた。
ガシャンという鎧の揺れる音がする。
それを聞き終えると、イリアはベルナルドと別れ、カインとミレーヌを連れて城の西門の方へと回り込んだ。
「ミレーヌが仕入れてくれた警備計画があって良かったわ。ありがとうね」
「問題ないっす。カイン様も城内の侵攻経路は把握されてますか?」
「あぁ。頭には入っているぜ」
ベルナルドを陽動隊として攻撃をし、カインとミレーヌの部隊が城内へ侵入、衛兵を攪乱するのが目的だ。
「それにしても、レヴァイン王は大盤振る舞いね。新兵器の開発援助だけじゃなくて小隊を貸してくれるんですもの」
「まぁ、それだけお前を気に入ったってことだろ?」
「ありがたいけど、カインのお嫁さんになること前提って気もするんだけどね」
カインの嫁になるつもりはないのでなんとなく申し訳ない。
「ははは…そこは無視していいと思うぜ。つーか、そろそろ時間だろ?来るのか?」
「そうね」
攻撃によるガイザール乗っ取り計画の方は問題ない。
あとは王家と教会から政権を奪うための計画の方だ。こちらを成功させるカギとなる人物をイリア達は待っていた。
するとイリア達の目の前にキラキラとダイアモンドダストのような光の屑が現れた。
やがてそれが人の形となり、イリアの目の前にウィルが現れた。
「イリア、遅くなってごめん。間に合った?」
「ウィル!大丈夫。それより出来た?」
「うん!さすがディボ様だよ!瞬殺で作っちゃった」
「良かった」
これで全てのピースが揃った。
後は決行だけだ。
その時正門の方からドーンという音が鳴り響いた。
ベルナルドの隊が砲弾を撃ち込んだのだろう。
続いて遠くから大砲と焼夷弾の弾ける音が風に乗って聞こえてきた。
それを聞くと同時に、イリア達の顔が真剣なものになる。
空中に閃光が走る。イリアが開発した閃光弾だ。
「よし、合図だ!こっちも行くぞ!」
指揮官であるカインが後方に控えていた騎士団へと合図を送る。
すると一斉に城へと砲弾を撃ち込み、戦闘開始となった。
(あとは、私の方が上手くしないと。…上手くできるか不安だけど。やらなくちゃ)
イリアは自分を奮い立たせるように自身に言い聞かせる。
そしてぺちりと自分の頬を叩いた。
その手を頬から離そうとしたとき、イリアの手に温かいものが触れた。
カインの手だ。
頬に当てたままの手を、カインの手がその上から押さえている。
「お前なら大丈夫だ。エリオット達をぎゃふんって言わせてやれよ!」
「!うん!」
カインの言葉はやっぱり魔法だ。
力をくれる。イリアは力強く頷き、そしてウィルに手を伸ばした。
「さぁ、ウィル。行きましょう!手を握ってて。離さないでね」
「分かった!」
イリアはウィルの手を握り、身を寄せるようにして目を閉じた。
空気を纏い、下からの上昇気流を生み出す。
そして力強く大地を蹴った。
「うおおおおお!?た、高い!」
「落とさないから大丈夫。落ち着いてね」
イリアとウィルはイリアの魔法によって空中に浮いていた。
結構な高さで天高くそびえるような城を見下ろせるほどだ。
(えっと、ミレーヌの話だと以前婚約式をした時と同じ場所ってことだから…あそこかしら)
イリアはそう思いながら狙いを定めた。
そしてウィルと繋いでいる手とは反対の手を空に掲げた。
「アストロノイ!(隕石)」
イリアが叫び、そのまま手を振り下ろせば空中から岩石が現れ、そして城へと向かって行った。
小さな石ではあるが加速度により破壊力は抜群である。
どごおぉという今まで聞いたことのないほどの爆発音を響かせて城の一角が吹き飛んだ。
霧の如くに発生した土煙が、やがてうっすらとその存在を消し、視界がはっきりとするようになる。
ぽっかりと開いた穴を上から見下ろせば、目を丸くして呆けた顔をした貴族達の姿が見えた。
そしてその中央にいるのは、手を取り合い、零れんばかりに目を見開いたエリオットとアリシアの姿だった。
イリアはそれを悠然と見降ろし、そして自身に視線が集まっていることを確認すると吹き飛んだ屋根の穴からゆっくりと降り立った。
真紅の絨毯がイリアが着地した時の音を吸収してくれたのだろう。
イリアは音もなく着地する。
思ったよりも優雅に降りることができた。
「さて…皆様、ごきげんよう」
イリアはそう言って極上の微笑みを浮かべてカーテシーをした。
エリオットとアリシアを見ればちょうど婚約式の真っ只中だったのだろう。
設けられた祭壇に立った二人が息を呑んで驚愕しているのが伝わってきた。
参列した貴族たちも何が起こったのか理解できないようで、しばしの静寂が訪れた。
「イリア・トリステン…。そなた生きていたのか」
祭壇の上のカテリナがぽつりとそう呟いた。
「ふふふ。殺し損ねたという表情ですね。生憎と生きていますよ」
「死に損ないのお嬢さんが何をしにきたのか?我を殺そうとでも?」
「いいえ。…この国を頂戴しに来ました」
「どういうことだ?」
心底意味が分からないらしいカテリナは訝し気にそう聞いてきた。
それをわざとらしく嘲笑するようにイリアは答える。
「言葉通りの意味ですよ。聖女を語る悪魔に国を滅ぼされるくらいなら私が頂戴しようと思って」
「な…」
今度は矛先を向けられたアリシアが絶句する。
エリオットは少しだけアリシアの肩に手を添え、その体を支えている。
その様子を見て、イリアは自分の気持ちが凪いでいるのを感じていた。
先ほどの緊張はどこへやら。むしろこの三人の動揺が手に取るように分かって、少しだけ薄く笑ってしまった。
そしてもう一つ思い出したようにイリアは言葉を続けた。
「あぁ…そう言えば巷で私はなんて言われているかご存じです?王子と聖女の仲を邪魔する悪役令嬢らしいですわ。ならば悪役令嬢は悪役令嬢らしく二人の仲を割かなくてはね」
「私とエリオット様は真実の愛で結ばれているのよ!あなたになんて仲を裂けると思っているの?」
「そうだ。それにこの国を乗っ取るだと?戯言も大概にしてもらいたい」
アリシアとカテリナがイリアの眼光に負けないように睨んでいる。
ぎゃんぎゃんと叫ぶアリシアに対し、カテリナは冷静にそう答えると、衛兵へと声を掛けた。
「衛兵!この者を捕えよ!逆賊を捕え、厳罰に処する!」
「は!」
イリアの突然の登場に呆然としていた衛兵達はカテリナの言葉に弾かれるように動こうとした。
だがそのタイミングで外で砲弾の音が鳴り響き、会場の人間は身を縮こませる。
そしてバンと入口の扉が乱暴に開かれ、傷だらけの兵が息を切らせてやって来た。
「エリオット殿下!カテリナ様、敵襲です!」
「敵襲だと?どういうことだ?」
いつもは落ち着いたアルトボイスのカテリナも声を荒げながら兵へと聞く。
兵はその場に崩れ落ちるようにして、片足をつき、呼吸の合間に状況を伝えた。
「ランディック王国です!すでに城門は破壊され、城内の兵もそちらの対応に向かっています」
「ランディック王国だと?…先に手を出されたか。…全兵力を使って制圧せよ」
「それが…既に全兵力を終結させ応戦していますが、相手は火の竜のような見たことのない武器を使い、近づくことさえできません」
「このタイミングで…まさか!」
イリア無双…
次話にてザマァ開始です!
ちなみに隕石の分析とか研究も地学の分野として研究してたりします




