幕間:カイン視点②
※ ※ ※
それから幾年か経ち、カインの体は少年から青年へと変わり始めていた。
身長も伸び、筋力もついてきて、もう一人前の男と言っても過言ではない。
カインも現在は傭兵ギルドに所属し、様々な仕事をこなしている。
仲間の一人であるカミュという青年と共に、『虹の架け橋』で食事をとっている時だった。
カミュが突然真剣な顔でカインに尋ねてきた。
「なぁカインー。イリアちゃんって彼氏いんの?」
「はぁ? 急に何言ってんだよ」
「だってさぁ、イリアちゃん可愛いじゃん。彼氏いないんだったらデートに誘おうかなぁって思ってさ」
その言葉を聞いて、カインは食べようとしていたパンを落とした。
「いや彼氏はいないとは思うけど……でもデートか? ……あいつはまだガキだぜ? デートとか早いだろ?」
「『何言ってんの』って言うのは俺のセリフだよ。もう14だろ? デートどころかキスだってしてもおかしくないじゃないか?」
「な……キス!?」
「はぁ……彼女欲しいなぁ……」
イリアが他の男とデートをしているところを想像したカインは、何故だか面白くないという気持ちになった。
というか、もやもやとうかイライラというか……つまりは不愉快だった。
「彼女ならイリアじゃなくてもいいだろ?」
「いーや、折角の彼女なんだからイリアちゃんくらい可愛い子と付き合いたいじゃないか!ったくさー、カインはモテるから非モテの俺の気持ちなんてわかんないよ。この間だって告白されてただろ?」
「まぁ……そうだな」
「あれってラースちゃんだろ? その前はプリメラちゃんだっけ。それにリンちゃんに、ロザンナちゃん……ほか諸々!」
「よく覚えてんなぁ」
確かに告白されたことはあるが正直あんまり覚えていない。
人気のない場所に呼び出されて、「付き合ってください」と言われるが嬉しいとも思わなかったし、むしろうざいくらいだった。
断れば勝手に怒ったり泣いたり。
だから最近は告白されるのも煩わしいとまで思うようになっていた。
カインとて一人の男であり、異性に興味がないわけではないが、いざ付き合うだのなんだのとなると少しも心が動かなかった。
「逆に言うとお前は覚えてないの?」
「……」
「はぁ……どうしてこんな奴がモテるんだ?」
「それは俺が聞きたい」
「くそおーーー! モテる上にイリアちゃんという美人と一つ屋根の下で暮らしてるなんて!ああ、神様は不公平だぁ」
「おい、静かにしろよ」
叫びながらテーブルに突っ伏して泣くカミュをカインは宥める。
するとテーブルの脇に人の気配がしてカインが見上げると、そこにはギルド仲間のエデット立っていた。
ショートパンツに短く切った髪、剣士らしく剣を佩いている姿は一見すると傭兵らしいが、胸元が見えるほど空いたシャツと、臍が見える短い丈の服で、その女性らしい曲線を強調している。
「ねー、カイン。明日、暇してる?」
「ん? まぁ特に予定ないけど」
「じゃあさ、デートしよ!」
「は?」
「デートよ、デート! この間仕事譲ってあげたでしょ? お礼に付き合いなさいよ!」
エデットはざっくばらんな性格だ。人懐っこいし、サバサバしている印象で、カインとも仲はいい。
先程エデットが言ったように仕事の融通もお互いする間柄である。
「おおー! デートいいな! カイン、暇してるんだから行ってこいよ。エデット、何時に待ち合わせるんだ?」
「え? おい!」
カミュが勝手に話を進めるのをカインは止めようとするが話が進んでしまい、結局デートをすることになってしまった。
(イリアがこの話聞いたらどう思うかな。変に誤解されても嫌だしな)
家への帰り道、そんなことを考えていたカインははたと気づいた。
イリアに誤解されるとは、どういうことだろうか?
別に誰とデートしてもイリアに迷惑かけるわけでもない。
そもそもこのデートにはイリアは関係ないだろう。
「カイン! 帰り?」
「うわぁ! イリア?!」
「どうしたの? 驚かせてごめんね。遠くから声かけてたんだけど気づかなかったのね」
「あ……ちょっと考え事してて」
イリアと共に転移装置のある町外れのボロ屋へと歩く。
ちらりと見ればイリアは楽しそうに夕飯の話なんかをしているのを、カインはぼーっと聞いていた。
そしてポツリと聞いてしまった。
「なぁイリア。明日さ……俺デートに行かなきゃなんねーんだよな」
「あらそうなの? なら明日の掃除当番は私が変わるわね」
「あ、ああ」
カインがデートに行くという話を聞いても、イリアは顔色一つ変えない。
それが何となくカインにとっては面白くなかった。
もう少し動揺してほしかったし、なんならデートになんて行ってほしくないとちょっとでも思ってほしかった。
たが当のイリアはニコニコとしながら、「相手の人に失礼のないようにね」などとデートの心得を説明しはじめたので、カインは心の中で深いため息をついたのだった。
※ ※ ※
エデットとのデートは、デートといよりエデット主導で彼女の行きたい場所に付き合わされるという形であった。
女性ものの服を見たり、可愛いケーキの店に行き、流行りの劇を観たりした。
その間もふとイリアの顔が浮かぶ。
「……ねぇ、カイン、聞いてる?」
「ん? あ? なんだ?」
エデットが何か話しかけていたようだが、カインはよく聞いておらず聞き返した。
その態度にエデットはわざとらしく頬を膨らませて抗議する。
「もう! カインったら、聞いてなかったのね」
「悪りぃ。ちょっとぼーっとしてた」
「まぁいいよ。ねぇ、それよりさ……二人きりになれる所、行こ?」
エデットはそう言うとカインに枝垂れかかってきた。
豊満な胸がカインの腕に触れ、その弾力のある感覚が伝わる。
鈍感なカインでも、明らかに誘われていることは分かった。
ギルドの仲間ということもあり、無碍に断ると今後顔を合わせた時に気まずい。
だがこれ以上の関係になるつもりもない。
カインがどう断るかを思案していると、向こうの通りをイリアが歩いているのが見えた。
しかもその隣にはカミュがいるではないか。
「イリア?!」
「あ、ちょっとカイン?!」
カインは反射的にイリアを追いかけるために走り出していた。
後ろでエデットが驚愕の声を上げ、カインを引き留める声が聞こえたが、カインの耳には入らない。
往来の人を縫うように走ると、イリアとカミュが立ち止まりキスをしようとしているのが見えた。
それを見たカインはカッとなった。
後先考えずイリアの名前を呼びながら、気づけばカミュを殴っていた。
「え?! カイン!? なんで!? えっ?」
「カミュ! お前、イリアにキスするなんてふざけんなよ!許さねー!」
「ま、待て、カイン! 落ち着け!!」
地面に尻もちをついたまま、青い顔をしたカミュがカインを落ち着かせようと待ったの姿勢をとるが、カインはもう一度殴りかかろうとした。
それをイリアが全力でカインにしがみついて止めた。
「ちょっと、カイン!! 待って、誤解よ! カミュさんはゴミを取ってくれようとしただけよ!」
「ゴミ……?」
カミュの手にはどこからか飛んできた枯れ葉が摘まれている。
ちょうどカインが見た角度から、イリアとカミュがキスしようとしているように見えたのだ。
しばしの沈黙。
「えっと……カイン、誤解は解けたかしら?」
「あ……あぁ」
「えっと……じゃあ、俺帰るね。イリアちゃん、またね」
「あ、はい。なんかすみません……今度またお詫びに行きます」
カミュはちょっとバツの悪そうな顔で帰っていった。
それと入れ替わるようにしてエデットが息を切らしながらやって来た。
「ちょっと! カイン! なんなの? 突然走り出して!!」
「あ……エデット、すまない」
怒るエデットを前にして、イリアはカインのデートの相手がエデットだと察したようで、にこやかにお辞儀をした。
「デートのお邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。じゃあ、カイン、私も帰るね」
イリアはもう一度エデットに会釈をして去って行った。
それを見送ったと同時に隣でエデットが烈火の如く怒りを露わにした。
なんなら先程、イリアが謝罪の言葉を口にしていたのに、射殺さんばかりの表情だった。
「ねえ、あれがイリア? あんたと同居してるっていう?」
「ああ、そうだけど」
「カインはあの子のこと好きなの? 私とのデート投げ出して。デート中もずっとイリアイリアって、イリアの話ばっかりだったじゃないの!」
エデットに指摘されて気づいた。
デート中もずっとイリアのことを考えていたことを。
この服ならイリアに似合うだろうとか、このケーキを食べさせてやりたい、この本はイリアが好きそうなジャンルだ……と。
そして気づいたのだ。
(あぁ、自分はイリアが好きだったんだ)
だからカミュや他の男がイリアに近づくのも嫌だったし、不愉快だった。
エデットとのデートの話をした時もイリアに嫉妬してもらいたかったのだ。
どんなに女に告白されても心が動かなかったのもイリアが好きだったからだ。
「っ!」
「は? 何? 自覚なかったの? 馬鹿じゃないの?」
エデットは心底呆れた声でそう言うと、ため息を漏らした。
「はぁ、ま、ならあんたのことは諦めるわ。じゃーね」
こうしてカインはイリアへの想いを自覚することになった。
自分の恋心を自覚するのも遅かったカインではあったが、それ以上にイリアも鈍感だった。
カインはその後、何とか告白じみたことを言ったし、直接的なアプローチも試みた。
だがもう一歩というところでマシュの妨害が入ったり、タイミングが悪かったりでその機会を逃し続けてしまう。
そして……リオ、いやエリオットの執拗とも思えるアプローチの末にイリアはエリオットにかっさわれてしまった。
何より悔やまれたのは、旅の途中でイリアを守ったのがエリオットだったことだ。
イリアを守るのは自分の役目だとずっと思っていたし、誰よりも長くイリアと共にいて、誰よりも側にいて守ってきた。
なのに旅の途中でイリアが危険にあった時、側にいたのはエリオットだった。
だからイリアがエリオットと婚約することになっても、不甲斐ない自分が悪かったのだと諦めることができた。
だがそのエリオットは簡単にイリアを捨て、彼女を傷つけた。
イリアが婚約破棄のことを気にしないと言っても、カインはエリオットを許す事はできない。
だからエリオットへの逆襲をイリアが望むのであれば、それを全力で支える。
どんな道をイリアが選ぼうとも、自分はイリアの力になる、そう決めた。
「カイン? 酔っ払ってしまったのかい?」
突然黙りこんだカインの様子を見たレヴァインがそう問いかけたので、カインは意識を現在に戻して答える。
「酔ってはいねーよ。ただ……昔のこと、思い出してただけだ」
カインは持っていたグラスの中のワインを煽って外を見た。
イリアが好きだ。だからイリアを守る。
(例えこの気持ちが伝わらなくても……)




