ウィルの告白
残酷表現があります
『そなたがウィル・ブライトンか。天才と言われる魔法研究者だな』
ある日そう言ってカテリナがウィルの実験室に来たのが始まりだった。
長いフード付きのコートを被り、そっと人目を忍ぶように夜半に現れたその人物をウィルは戸惑いの気持ちで迎えた。
その後ろには一人の少女がフードの人物に隠れるように立っている。
「天才ではないかもしれませんが、ウィル・ブライトンはボクです」
「そうであったか。我はカテリナ・マルカートという。教会に所属している」
そう言いながらフードを取ると柔らかく波打つ薄紫がはらりと揺れた。
「カテリナ…教会?ま、まさか!」
教皇カテリナのことはウィルも名前だけは知っていた。
男性社会ともいえる教会の中で、女ながらに異例の速さで昇進し教皇まで上り詰めた人物だ。
そんな高貴な人物が一介の魔術研究者の元に何の用だろう。
「実は彼女のために治癒魔法を強化するための魔道具を作って欲しい」
カテリナが後ろに控えていた少女を一瞥すると、彼女は一歩踏み出してウィルに向けて笑みをよこした。
その笑みは一瞬見惚れるほど美しいものだったが、なぜかウィルには底知れぬ何かを感じさせる恐れにも似た感覚を抱かせた。
「でも…ボクよりも優れている魔術研究者は多いです。それに教会にも優秀な人材が揃っているはずですが」
「謙遜を。そなたに頼みたい理由は二つ。一つはもちろんその頭脳だ。そなたの研究論文を見たがあの着眼点はかなり鋭い。二つ目はこの開発は早急に作ってほしい。そうだな…二か月以内にだ。そなたの能力であれば可能だろう?」
「二か月だって?む、無理です。申し訳ありませんがお断りさせてください」
「…そうか。ではこういう条件はいかがかな?貴殿には莫大な借金があるようだ。それを全額肩代わりしよう」
その話は魅力的な提案だった。
ウィルの実験はかなり金がかかる。
魔道具には魔石が必要になり、それはかなり高額な代物だ。
ならばなんとか魔石自体を生成できないかと苦心している間に研究費にかなりの額を費やしてしまった。
最初は融資してくれていたギルドからも融資の打ち切りを宣告され、高利貸しから借金をしてしまっている。
その取り立てもあって最近では研究もままならない日々が続いていたのだ。
だが冷静に考えてみると教皇自らが動く事態。
何らかの大きな事項がその裏にあるのではないかとは分かっていた。
それでも魅力的な条件の誘惑には勝てず、一瞬の逡巡の後、ウィルはそれを承諾することにした。
「分かりました。やってみます」
それからは一心不乱に研究を進めた。
論文を読み、魔石生成の魔法陣をいくつも書いた。
失敗に次ぐ失敗。
だが色々試したが、あと一歩のところで上手くいかなかった。
(もう少しでできそうだけど、生成の際のエネルギーが足りないのか?)
油の削減のために机にのみ灯したランプの明かりが揺らめくと、ぐちゃぐちゃに潰された魔法陣が書かれた紙に映されたウィルの影も揺らめかせた。
(もう少しで約束の期日が来る…どうすれば)
頭を抱えて机に顔を伏していたウィルの耳元で小さな物音がした。
そちらを振り向いてみればドブネズミがネズミ捕りに入って小さく鳴いている。
「生体エネルギーを凝縮すれば…」
ウィルは机の上に魔法陣を描くと、ネズミを中心に添えて魔力を流してみた。
それは小さな光であった。
だが眩いほどのそれであったが、ウィルが一瞬目を瞬かせたのち机を見た。
そこには小さな石ができていた。
「できた!できた!!」
ウィルはそれを「生命の魔石」と呼ぶことにした。
たが実用には程遠い代物であった。
あまりにも純度が低く魔道具に使用する魔石として使ってもすぐに壊れてしまう代物だったのだ。
ウィルは苛立った。
理論は完璧なのに、どうして上手くいかないのか。
ネズミのあとはウサギ、猪、馬、牛、羊…
色々なエネルギーになりそうなものをウィルは片っ端から試したが成功しないまま期日になってしまった。
やってきたカテリナにウィルはそのことを説明すると、カテリナは神妙な顔で聞いていた。
「生命エネルギーがもう少しだとは思うのです」
今思えば、その時ウィルは狂っていたのだ。
研究への執念と金に対する欲望。
だからこそ生き物を媒介にして魔石を作るなどという実験を繰り返してしまった。
そんなウィルに一言カテリナは言った。
「ならば人であれば良いのではないか?」
カテリナの言葉にウィルは衝撃を受ける。
「いや…でもさすがにそれは…」
「罪人を使えば問題ないであろう?ゆくゆくは処刑される人間だ」
「でも…」
「実験には動物実験はつきもの。それがマウスから人間に変わっただけ。それだけだ」
ウィルはその言葉を聞いて逆に落ち着きを取り戻した。
「この魔道具が成功すれば多くの人間を救うことができる素晴らしい発明だ。多くの人間を救うための聖なる行いなのだ」
カテリナのそのひと押しでウィルは催眠術にでもかかったように素直にそれを受け入れた。
そして人体実験を行う。
一人、二人と殺し…ようやく魔法具に使う治癒魔法の魔石生成には成功した。
透明な石はすべての悪霊を祓うと言われる水晶と同じくらい透き通り、同時に神々しい光を放っていた。
「人の命で作られた生命の魔石…」
実験は成功し、そして思い描いていた魔石を生み出すことができた。
だが同時にそれを見た時ウィルは夢から覚めたように初めて正気を取り戻した。
そしてもう一つ。透明な石と共に光る乳白色の石を見て、ウィルはその場に崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。
取り返しのつかないものを生み出してしまった事実に気づいたからであった。
※ ※ ※
ウィルは自分の両手を見つめながら、イリアに向かって話を続けた。
「確かに生命の魔石はできたんだ。でも同時に人を殺すことの出来る死の魔石も生成されてしまうんだ」
「同時に二つの魔石を生み出す…蒸留の原理ね」
ウィルはイリアの言葉にこくりと頷いた。
「それでカテリナにはその魔石を渡したのか?」
黙って聞いていたカインの言葉にウィルは小さく首を振り否定した。
「いや…カテリナには渡さなかった。ボクが作ったレベルではまだ生命の魔石の効力が弱すぎたんだ。だからもっと純度の高い魔石を作る必要があったんだけど…」
「もっと多くの人間の命が必要ってわけだな」
カインの言葉にウィルは今度は肯定した。
「この研究が恐ろしいのは人間を媒介に使うだけが問題じゃない。生命の魔石と同時にできる死の魔石についてもだ。これは服用すると毒に変わる代物で、口にすれば即死も免れないものだ。それに魔法陣で作られる死の魔石と生命の魔石の割合も問題だった。その比率は死の魔石8に対し、生命の魔石は2。生命の魔石を作れば作るほど、死の魔石も多く作られてしまう」
イリアがドニエ男爵のところでみた魔法陣で生み出されたあの石はやはり死の魔石なのだろう。
そしてブランシェが口にした毒が死の魔石の粉末だったのだ。
「正気に戻ったボクはこんな恐ろしい研究結果を世に出すことはできないとカテリナに言った。だけどカテリナはむしろ笑いながらそれは利用する価値があるとカテリナは言っていた。これ以上悪用されるわけにはいかない。そう思ってボクは研究結果を持ってここまで逃げた」
そう言ってウィルは口を閉ざした。
後悔の念と自責の念がウィルの表情から伝わってくる。
カインはウィルを責めたい気持ちがあるのか、その表情に怒気を滲ませていた。
イリアとて、先ほどの話を聞いてウィルに対して同情の余地はなかった。
口を開けば非難の言葉しか出ない。
だけどもう一つだけイリアには聞きたいことがあったのだ。
「その死の魔石でできた毒を飲んだ場合、解毒剤は、もしかして生命の魔石で作られたものじゃない?」
「どうしてそれを?うん、そう」
イリアの中で色々と情報が整理されてきた。
「なるほどね…色々読めてきたわ。話してくれてありがとう」
「で、こいつどうする?俺がここで殺したい気分だよ。胸糞わりぃ」
カインの憤慨も分かる。
だが、イリアの行動ももう少しカードを増やしてからでないと動けない。
「私の推測だと、カテリナとアリシアはグルね。今回の伝染病騒動は彼女たちが仕組んでいるに間違いないわ。ただ今それを糾弾しても私達が捕まるのがオチ」
「イリアには考えがあるのか?」
「うーん、どうするかはまだ悩み中だけど…分かるのは人体を使わないで死の魔石の解毒剤を作ることだけど…」
そこでイリアはウィルを見た。
ウィルはびくりと体を震わせながらこちらを向く。
何を言われるのかという恐怖があるのだろう。
「ウィルは生命エネルギー以外から作る方法を研究してたんじゃない?」
「それは…でもボクの力じゃ無理だ…」
「本当はね私もウィルに対して怒ってる。外道だって思ってるし、今すぐにも警察に突き出したいくらい」
「だよね。ボクなんて生きてちゃいけないんだ」
「でも死ぬのはまだ早いわ。今ガイザールでは死の魔石による死病が発生してる。解毒剤が必要なの。もし贖罪の気持ちがあるなら力を貸して」
イリアに罵られるくらいの覚悟をしていたウィルはイリアの言葉に一瞬呆気に囚われたようだ。
そして固く目を閉じると、承諾の言葉を口にしてくれた。
「…ボクの力が役に立つなら」
「よし、いつまでもここには居れないし、サクッとこの森からでましょ。これからのことは追って考えることにするわ」
「つーか、俺としてはまだ理解が追いついてねーんだけど…まぁイリアがやることにはとことん付き合うさ」
カインも思うところがあるようだが、とりあえずはイリアの考えを尊重してくれるようだ。
こうしてイリア達は森を抜ける算段を始めるのだった。
いきなりのシリアス展開で申し訳ありません。
これにて5章完結です。
次話からイリアのザマァに向けて物語が動き始めます。
引き続きよろしくお願いします!




