狙われたイリア
その後、青年が目を覚ましたのは次の日の夕方だった。
青年は自らをウィル・ブライトンと名乗った。
イリアと同い年の十七歳で、予想通り魔術師ギルドの人間だった。
ウィルの熱は大分下がっていたが、まだ気だるそうに上半身をベッドに起こしている。
手に持ったカイン特製のスープをぼんやりと見つめながら、ぽつりぽつりと少しずつ自分の身の上を話し始めてくれた。
「お礼、言ってなかったね。助けてくれてありがとう」
「いえいえ。私達は王都から来たの。ウィルは? やっぱり教皇様を見に?」
「ボクはトリアスから来たんだ。……むしろ教皇とは会いたくない」
「そうなの。あ、ウィルは旅の途中よね? どこに向かっているの?」
「決めているわけじゃないけど……」
教皇を見にラフデンに来たわけでもない、目的もない放浪の旅のようだ。
ただ放浪の旅という割には持ち物は少ない。
取るものもとりあえず家を出てきたとように見える。
「なぁ、お前盗賊に遭ったわけじゃないよな? どうしてあんなところで倒れてたんだ?」
カインの問いにはウィルは答えなかった。
それを見てカインもイリアと同じような印象を持ったのか続けて問いかけた。
「逃げているのか? ……それとも追われているのか?」
カインの問いにウィルの顔が強張った。
無言ということは肯定なのだろう。
「もし、お前が盗人や人殺しなら俺達はお前を警察に引き渡さなくちゃならない。分かるな?」
「……盗みはしていない」
「じゃあ人殺しはしたのか?」
ウィルは一度息を呑み、そして絞り出すように告げた。
「ボクは罪を犯してしまった。それとは気づかずにあんな恐ろしいものを生み出してしまったなんて」
「生み出した?」
「あぁ、そのせいでボクは多くの人を殺してしまった。だからボクは生きてはいけない。死ぬべきだって分かってる! ……でもどうしても怖くて死ねなくて、あいつらに襲われた時も必死に逃げてしまった」
最初は苦しそうに顔を顰めて、だが後半は頭を抱え自分を責めるかのようにウィルは叫んだ。
「襲われた? あいつらって誰だ?」
「言えない。ボクの話を聞いたらキミ達も殺されるかもしれない。命の恩人を巻き込みたくない」
そのままウィルは口を閉ざしてしまう。
ウィルの言葉は要領を得ないところもあるが、これほどまでの罪悪感を持ち悲痛な思いを口にする人間をすぐに警察に突き出すのは気がとがめた。
それに、自分たちも国外追放の身だ。
詳細を聞きたい思いもあるが、お互い話せないこともある。
カインとイリアは顔を見合わせて苦笑した。
「警察に突き出すのはもう少し傷が癒えてからだな。深い傷じゃねーが痛みはするだろ?」
「そうね。まだ熱もあるし。もうちょっとあなたの具合が良くなってからどうするか考えるわ」
イリア達の提案はウィルにとって意外なものだったようで、半分呆れた表情を見せつつ笑った。
「キミ達はお人好しだな」
「ふふ……。この間同じようなことを言われたわ。でも、私は全然お人好しじゃないわよ。だって巷では”悪役令嬢”って言われているからね」
「え?」
「事情を言えないのはお互い様ってこと。じゃあ、もう寝て」
何か言いたげなウィルをベッドに横たえる。
「本当にごめん」
謝罪するウィルにイリアは微笑みで返答すると、疲れていたのかウィルはすぐに眠りに落ちていった。
眠るウィルの顔を見ながら、イリアはウィルの話を考えていた。
昨日見てしまった書類には人体について……特に治癒魔法についての研究が書かれていた。
にもかかわらず彼は人を殺す何かを作ってしまった。
そして見覚えのある謎の魔法陣。
ウィルは逃げていると言っていたが、誰から逃げているのだろうか?
そしてその人物はどうしてウィルの命を狙うのだろうか?
疑問がぐるぐると頭の中で渦巻く。
(うーん……謎だけど、ウィルは悪い人っぽくないしなぁ……なにか事情があるんだろうけど……)
目を閉じて思考をまとめようとしていたイリアだったが、次第にその意識は闇に飲まれていった。
「イリア、起きろ! 何か変だ!」
「ん? なに?」
カインの声でイリアは自分が寝ていたことに気づく。
窓から差し込んでいた夕日はすっかり姿を消し、夜の帳が下りていた。
カインの切羽詰まった声とは対照的に、イリアは半目になりながら体を起こした。
その時、突然の轟音と共に室内が煙に包まれた。
何が起こったか分からなかった。
ただ目の前にカインの体があって、自分が包み込まれている。
いや、庇われていたのだ。
「カイン!? 大丈夫?」
「あぁ……」
カインが覆ってくれている腕の隙間から、存在していたはずの木製のドアが木っ端みじんに吹き飛んでいるのが見えた。
「何が起こったの!?」
「わかんねー。だけど……この殺気。俺達を殺そうとしているのは確かだな」
カインがゆっくりと体を離し、イリアを庇うように前に立つ。
イリアもドアの方を見据え、すぐにでも魔法で応戦できるように魔道具を握りしめた。
爆風によって舞い上げられた塵がゆっくりと消え、小屋から離れたところに佇む一人の人物が見えた。
「おや、裏切り者を追ってきたと思ったら……これはこれはお嬢さん。こんなところで会えるとは」
そこには、悠然とほほ笑むカテリナの姿があった。
手には大ぶりの青龍刀を握っており、刃が月光に照らされて鈍く反射していた。
「カテリナさん?……どういうこと?」
状況が掴めないイリアの背後で、ベッドから転げ落ちたウィルがぽつりと呟いた。
「教皇……カテリナ」
「え?」
カテリナが教皇?
どうしてカテリナが、しかも教皇が、自分たちを襲ってきたのだろうか?
「ちょうどいい。裏切り者と悪役令嬢、共にここで死んでもらおうか」
カテリナはそう言うと持っていた青龍刀を構え、そして一気にそれを振り下ろした。
「緋竜演武」
カテリナの掛け声と共に炎が渦巻き、一直線にイリア達に襲い掛かってきた。
「アイウォル!(鉄壁)」
なんとか炎を鉄の壁で防ぐが、小屋を形成していた柱や床は既に焼き尽くされ、黒炭化している。
所々に燃え残った木材がぱちぱちとはぜながら小さな火を揺らめかせていた。
「ほう、防いだか。さすがは悪役令嬢と言ったところか?……殺せ」
気づけばカテリナを守るようにして鎧を纏った兵士が剣を構えている。
その数、小隊規模のようだ。
一人の兵がカテリナの言葉を受け、先陣を切って襲い掛かってきた。
その攻撃をカインが素早く剣で弾いた。
何度か剣を打ち合いながらカインは叫ぶ。
「とにかく逃げるぞ!」
「分かったわ! 援護するからウィルさんをお願い!」
「頼んだぞ!」
カインと入れ替わるようにイリアは兵士に相対し、旋風を繰り出す。
「バースト(旋風)」
風圧によって前衛にいた兵が吹き飛ばされる。
次鋒の体制が整う前にイリア達は走り出した。
ウィルは傷のせいで走ることができないのでカインが彼を拾い上げて走り去った。
小柄なウィルであったが彼をおぶったままでは流石のカインも十分にスピードを上げられない。
後方から追ってくる兵士たちに対し、イリアは走りながら呪文を詠唱する。
距離は開いている。
(ならば)
イリアは駆けていた右足にぐっと力を込め、体を反転させた。
兵士たちとの間には十分な距離。
そして幸いなことに彼らは集団になって追いかけて来ている。
「レナス!(鉄槍)」
イリアは手を空に突き上げ、そう叫ぶと共に腕を勢いよく振り下ろした。
その言葉に反応するように空中に鉄槍が現れ、兵士たちの頭上から降り注ぐ。
叫び声を上げて倒れる兵士たちを見据え、イリアは更に風魔法を繰り出した。
「バースト(旋風)」
風は竜巻となって倒れた兵士たちを巻き込み吹き飛ばしていった。
「とりあえず……なんとかなったかしら」
流石に何度も魔法を繰り出したので心身が疲労してきた。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「サンキュ、イリア。でも追手が来るかもしれない、急ぐぞ!」
「ええ」
イリアはカインに答えると夜道を駆けだした。
全速力で走る。
息が上がり心臓の鼓動が耳に響く。
息をするたびに肺が上下するのが分かる。
それにただ走るだけではない。
後ろからやって来る追手を撒かなければならないのだ。
だが簡単にはそうさせてくれないらしい。
「もう! どこまでついてくるのよ!! しつこい!!」
そう言ってイリアは本日何度目かの風魔法を繰り出した。
正直何度敵を吹き飛ばしたか分からない。
ちぎっては投げちぎっては投げという状態なのだが、それでも次々に兵が湧いてくる。
カテリナはどれだけの兵を連れてきたのか。
イリアは息を切らせながら、前方を走るカインに全力疾走でついて行った。
突然、カインが立ち止まったため、イリアはカインにぶつかりそうになって足に急ブレーキを掛けた。
「どうしたの? ……!」
突然立ち止まったカインに対し、怪訝な声で問いかけたイリアだったが、行く手を阻むように十数人の兵士が立ち塞がっていることに気づいた。
別働部隊がいたようだ。
後ろを見れば先ほど追ってきていた兵士たちがこちらに刃を向けて構えている。
(挟まれた!)
カインはウィルを連れているため、正面突破できるほどの攻撃はできない。
後ろには追ってきた兵士たちがぞろぞろと駆けつけてきて、とうとうイリア達挟み撃ちの状態となる。
どこから攻撃が仕掛けられるか分からない。
カインとイリアは背を合わせながら鎧を纏った兵士を睨んだ。
(どうしよう……どうやったら突破できる?)
少しの睨み合い。緊張した空気が場を支配する。
その静寂を刃が空を切る音が破った。
そして一閃が走ったかと思うと、目の前の兵士が呻き声をあげながら大地に崩れ落ちた。
「追いつけたっす!」
「ミレーヌ!? どうして?」
意外な人物の登場にイリアは目を丸くする。
だがそんなイリアに構わずにミレーヌは先を急かした。
「話はあとっす! 行くっすよ!」
ミレーヌの言葉に弾かれたようにイリアは駆け出した。
目の前を行くミレーヌが次々と兵士たちを薙ぎ倒しながら進んでいく。
包囲網を突破したものの、待ち伏せしていた敵の兵士が襲ってくる。
それをミレーヌが切り伏せる。
やがて敵はいなくなり、イリアたちも緩やかな足取りになった。
「ここまで来たら大丈夫か……」
「敵も撒けたかしら」
イリアはほっと胸を撫で下ろした。
闇雲に逃げてきたが、ここはどこだろうか。
街道から離れているのは間違いないだろう。
「夫婦樹からだいぶ離れちまったな。この先は聞いてた死の森だろうな」
周囲を見回していたイリアに、ウィルを木に寄りかからせながらカインが言った。
「なら街道に行くしかないっすね。こっちの方向に向かえば街道に戻れるっす」
「街道か……追手が来る可能性もあるちゃあるけど、人目が多い方があいつらも襲ってこねーかな」
「カインの意見に賛成だわ。ウィルをゆっくり休ませてあげたいし、なるべく早く街に着きたいわね」
「そうだな」
皆の意見がまとまり、歩き出そうとした時だった。
カインとミレーヌが足を止め、剣を構えた。
二人が睨んだ先に、ゆっくりと人影が現れる。
「どこにいくんだい?」
「カテリナ……」
目の前には青龍刀の形をした魔道具を持つカテリナが悠然とした笑みを浮かべて一歩一歩と歩みを進めてきた。
「皆やられてしまったか。結構な精鋭を連れてきたんだが。やはり我がそなたを殺すしかないようだ」
「そうはさせないっすよ」
イリアも魔法を繰り出す準備をする。
だが、その肩をカインがぐいと引き、イリアを後ろに下がらせた。
「イリア、ウィルを頼む」
「でも!」
「お前も魔力を使ってしんどいだろ? ここは俺たちに任せろ」
確かにここまで逃げるのにかなり体力と気力を消耗している。
動けないウィルを守る必要もあることを考え、イリアは小さく頷くと一歩下がりウィルを庇うように立った。
「ふ……我とやり合おうとするか。ならばお相手しよう。真空烈残!」
カテリナがそう言い、攻撃を繰り出した。
それを合図とばかりにカインとミレーヌが地面を蹴る。
カテリナの魔法攻撃は遠距離を得意とするため近接戦は苦手のようだ。
それを察したカインとミレーヌは互いに連携攻撃を仕掛けていく。
剣戟は激しく、二人は攻撃を畳み掛けた。
カインの攻撃をカテリナが右に避ければ左からミレーヌが攻撃し、下からミレーヌが剣を突き上げれば、カインは上から攻撃を下した。
カテリナは辛うじて避けているが、徐々に押されて後退を余儀なくされている。
カインが足払いを仕掛ける。
よろけたカテリナの胴をミレーヌが薙ごうとした。
(これならいける!)
イリアたちはその勝利を確信した。その時だった。
「斬撃波!」
「うわあああ!」
轟音か起こったかと思うとカテリナの剣から炎が吹き出し、カインたちは爆風と共に吹き飛ばされた。
メキっという木の軋む音がしてイリアがそちらを見ると、傷だらけになって木に叩きつけられて倒れるカインとミレーヌの姿があった。
「笑止! 我の攻撃が遠距離のものだけだと思ったか」
感情の読み取れない目をしながらカテリナがイリアへと近づく。
その表情は冷たく、ラフデンの街で共に犬の飼い主探しをしていた人物とは同じには思えないほどだった。
「さて……イリア・トリステン、ウィル・ブライトン。そなたたちにはここで死んでもらう」
絶対零度の声音にイリアの背筋に寒気が走った。
そしてカテリナは剣を構えた。
(あの……火龍の攻撃?!)
次にあの炎龍を繰り出されたらイリアの防御魔法も耐えられないだろう。
ちらりと横を見れば、カインとミレーヌもなんとか体を動かし、再び臨戦体制を取ろうとしている。
それを認めたイリアは切羽詰まった声で叫んだ。
「カイン、ミレーヌ! 逃げるわ!走 って!」
「逃がすか! これで仕舞だ! 緋竜演武!」
カテリナが炎龍を繰り出す瞬間、イリアは静電気をスパークさせ閃光を生み出した。
眩い光が周囲を包む。
そしてカテリナが怯んだ隙にイリアたちは死の森へと逃げ込んだのだった。




