拾った青年
イリア達はラフデンの街を出ると……喧嘩を始めた。
「せっかくだから夫婦樹見て行こうよ!」
「はぁ~なんでだよ!」
「だって夫婦樹ってあのメタセコイヤだよ! 生きた化石だよ!」
夫婦樹を見に行きたいイリアVSそこをスルーしたいカインとの間で言い争いが勃発しているのだ。
言い争いというよりはじゃれ合いに近いかもしれないが、二股の辻で街道であるの右を進もうとするカインに対し、夫婦樹を見るために左の道を行こうとして、お互い引っ張り合いになっている。
(メタセコイヤ……まさかこの世界にもあるなんて!!)
薊の世界にもメタセコイヤは存在していた。
新生代第三紀層に繁殖していた植物で、化石でしか発見されていないので一度絶滅したと思われていた。
しかし、中国で自生しているのが発見されたときに「生きた化石」と呼ばれるようになったのだ。
この世界で自生しているのを聞いたことがなかったイリアとしてはやはりぜひ一度は見ておきたい。
「夫婦が見るものだろ!? 俺達は……その……そういう関係じゃないし……」
「夫婦じゃなきゃ見ちゃダメなんていう決まりはないでしょ! ねーねー行こうよー! カインの好きなオムライス作ってあげるから! なんならカツサンドも作ってあげるから!」
「カツサンドはお前が食べたいだけだろ!! ……ったく仕方ねーな」
「やったぁ!!!」
最終的にカインはそう言って折れ、イリアは心を躍らせながら、軽い足取りで左の小道を進んだ。
小道は街道とは違い地面は雑草で覆われているが、踏み固められてしまっているのかペタリと地面に葉をつけている。
だが、場所によっては黄色い小さな花が咲き、風に吹かれてさらりと揺れていた。
「あ……風が……」
イリアは花を揺らす風に若干の湿り気があるのを感じた。
空を見上げると、両脇に聳え立つ杉の木の間から青空が見える。
一見、雲一つない晴天のようにも感じられるが、イリアは雨が降ると確信し、先を急ぐことにした。
少し小走りで進むイリアの少し後ろをカインが悠然と歩いていた。
カインは夫婦樹に本当に興味が無いようで、面倒そうに時折あくびを噛み殺している様子だった。
「カイン! あれ夫婦樹じゃない?」
しばらく山の道を歩いていくと、二つの大木が#連理__れんり__#の#賢木__さかき__#のように寄り添いながら一本の大木に見える。
普通メタセコイヤは杉の木のように真っ直ぐに成長するため、このように曲がったり絡むように成長するのは非常に珍しい。
「わ、わ!! なんで? どうしてこんなふうに絡まってるの!? うわーなんか滾る!」
イリアは興奮のあまり駆け足で夫婦樹に向かおうとしたが、突然何かに足を取られて思い切り転んだ。
「うわ!?」
ずざざと砂が擦れる音をを立てながらイリアは顔から地面にダイブしてしまう。
幸い傷はひどくはないが顎あたりがひりひりと痛む。
「イリア!? 大丈夫か?」
「痛ーい! なんかに引っ掛かったみたい……って!?」
振り返るとイリアが足を引っかけた正体が分かり、思わず息を呑んだ。
そして弾けるようにそれに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「どうした……? 人? なんでこんなところに倒れてるんだよ!」
「分からないけど! しっかりしてください!」
「う……」
それは男だった。
うつ伏せに倒れている男をイリアは慌てて抱き起こすと、男は僅かに顔を顰めてうめいたが、目を開くことはなかった。
アプリコット色の癖のある髪が、蒼白になった頬に影を落としている。
顔にはたくさんの擦り傷があり、血が滲んでいるものもあった。
そして、イリアが触れた部分に滑りとした感触があり、恐る恐るイリアは掌を見た。
「血が!」
「盗賊か? 誰かに襲われたのか?」
「分からないけど! 手当てしないと」
そう言えばラフデンの街で傷薬を調達しておいたのを思い出した。
「カイン!薬!」
「ああ!」
カインも慌てて荷物から薬と包帯を取り出した。
その時、イリアの頬にポツリと水滴がついた。
「雨だ」
「このタイミングで降らなくても!」
「とにかくこのままにはしておけないな」
雨はポツリという雨粒から徐々にその量を増やしていく。
カインは周囲を見渡し、何かを見つけると、イリアから青年を引き剥がすようにして背負い、走り出した。
「イリア、あそこに小屋がある! 行くぞ!」
「うん!」
青年をおぶって走るカインの後をイリアも慌てて続こうとしたのだが、男の傍らにはショルダーバッグと、そこから落ちたと見られるいくつかの紙が散乱していた。
イリアは素早くそれを集めると急いでカインの後を追った。
小屋に辿り着いた時には、外は本降りになっており、イリアもカインも若干濡れてしまっている。
「ふぅーなんとか着いたな」
「もう少し小屋に着くのが遅かったらずぶ濡れだったわね」
イリアはいつものように意識を集中させ、風魔法を使った。
カインと自分にその温風を纏わせると、あっという間に濡れた髪は乾き、体も温まる。
「これは……刀傷か? ……うん、そんなに深い傷じゃないから、傷薬塗れば大丈夫だろうな」
カインはそう言いながら、手早く包帯を巻いた。
小屋は猟師小屋のようで中には簡易的な木製ベッドと、毛布があったのでイリアはそれを青年に掛けた。
室内を見回してみれば薪ストーブもあり、少しだけ燃えかけた薪もある。
それに向かってイリアがパチリと指を鳴らすと、それに応えるかのように赤く揺らめく炎が薪を燃やし始めた。
「うん、これならすぐに部屋もあったかくなりそうね」
「だな」
「この人が起きた時にお腹が空いているかもしれないし、スープでも作っておこうかしらね」
「そうしておくか。俺たちも昼飯食ってねーしな。えーっと、干し肉を買っておいたよな。あれ使うか」
カインはそう言うと荷物の中からいくつかの食材を取り出し、スープを作り始めた
イリアはカインと交代する形で、青年の近くに座り看病することにした。
※ ※ ※
暖炉の火のおかげで、小屋の中もだいぶ暖かくなってきた。
青年の顔色もほんのり赤みが差してきたのだが、まだ眠ったままである。
少し息が荒くなってきたので青年の額に手をやると熱い。
「熱が出てきちゃったみたいね。えっと……失礼しますね」
意識のない男に一応断り、タオルでその汗を拭う。
形の良い額から前髪がはらりと流れ落ちる。
青年が掛けていた眼鏡を外し、改めて顔を見ればあちらこちらに擦り傷が見られた。
襲われた時に逃げようとしてついたものか。
服装から察するに、深い桔梗色の布地に白いラインが入ったガウンは魔法ギルドの人間が着るものだと記憶している。
ということは、彼も魔法を使えるのかもしれない。
「ほら、スープできたぞ」
いつの間にかカインがスープを持ってきてくれた。
裏技を使ってふっくらと温めたパンと一緒にベッド脇の小さなテーブルに置く。
「それにしても……傷は浅いけど結構バッサリいってたしな。盗賊にしては荷物に手をつけられてないのは不自然だな」
「確かにそうね」
カインの指摘にイリアも首を傾げた。
イリアの視界には拾ってきた青年の鞄がある。
麻布でできた肩掛けの鞄と、その周りに散らばったいくつかの紙。
他にも荷物を持っていたのかもしれないがこの鞄が無造作に投げ出されていたことに違和感があった。
「あ、荷物といえば投げっぱなしだった!」
小屋に駆け込み青年の介抱で頭がいっぱいだったため、彼の鞄をその辺の床に放置してしまっていたのだ。
少し重みのある生成りの鞄を左肩にかけ、右手で乱雑に置いた紙を拾う。
「わっ!!」
左に偏った重心でバランスを崩してしまい、尻餅をついてしまった。
イリアが拾った紙がひらひらと舞って、再び床に散らばった。
(うう……鈍臭すぎる……)
自分のドジさが悲しい。
イリアは気を取り直して紙を一枚一枚拾い上げるが、見ようとしているわけではないが内容が目に入ってくる。
(これ……魔法の研究かしら。やっぱり魔法ギルドの人なのね)
詳細を見るつもりはないのだがざっと目についた限りでは治癒力の魔法やそれを引き出す魔道具の研究といったところだ。
イリアは治癒魔法は使えないが治癒魔法が使えたら色々便利であると常々感じていた。
(もしかして治癒魔法について聞けるかも。あ! もしや土魔法の使い手だったらレアな鉱物の産地とか知ってる?!)
久しぶりに有意義な魔道具談義ができるかもしれない。
あわよくば地質談義も出来るかもとイリアのテンションは上がる。
だが、その紙の一つにイリアの視線が止まった。
不思議な魔法陣。
それにイリアは妙な既視感があった。
(この魔法陣……見覚えが……ある?)
ただどこで見たのか記憶が定かではない。
文書の紙を片手にイリアはしばらくそれを見つめていた。
顎に手を添えてイリアが記憶を辿っているとカインの大きな声にはっと意識が現実に戻される。
「イリア、目を覚ましたぜ!」
「本当?!」
イリアがベッドの横から青年の顔を見る。
まだその瞳は虚ろで、イリアたちの存在は目に入っていないようだ。
「大丈夫ですか?」
イリアが声をかけると、青年は初めてイリアの存在に気付いたのか、僅かに顔を動かして目線を合わせた。
そして掠れた声で返事をしてくれた。
「ここは……?」
「夫婦樹の近くの小屋です。怪我をして倒れてたのを見つけて」
「キミ達が助けてくれたのか」
「はい」
イリアが答えると青年は顔を再び天井に向け、目を閉じてぽつりと呟いた。
「ボクは死ねなかったんだね」
どういう意味なのか。
青年の意外な言葉にイリアは聞き返そうとした。
だが、青年は再び眠りについてしまい、イリアたちはそれ以上の話を聞くことはできなかった。
5章も中盤です!
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