イケボとの再会
翌日、イリアはカインの顔を思い出しながら、買い出しのため一人街を歩いていた。
(カイン、大丈夫かなぁ)
久しぶりのふっくらベッドと疲労から熟睡できたイリアであったがカインは明らかに寝不足のようだった。
目が充血して目の下にはうっすらと隈が出来ていた。
(うーん、やっぱり私の寝相が原因かしらね…)
それ以外思い当たる節がない。
いくらダブルベッドだとしても狭かったのかもしれない。
そう思うとカインには申し訳ない気持ちになってしまう。
大丈夫だと言うカインではあったが仮眠して欲しいとお願いして、イリアはカインをベッドに押しやった。
しぶしぶと言った様子で寝るカインを休ませて、今イリアは一人で出立のための買い出しをすることにしたのだ。
(えっと…傷薬は買ったし、次は…携帯食を買わなくちゃ)
このラフデンの街を出て、街道を行って山を越えればランディック王国領に入ることになる。
一週間程度の携帯食を買っていけば十分だろう。
そう思ってイリアは旅人御用達だという街のショップへ足を向けようとした時だった。
背後に流れる川の岸辺から子供たちの囃し立てる声と動物の鳴き声が聞こえ足を止めた。
「キャイーンキャイーン」
「このよぼよぼ犬を倒した奴が一番だぜ!」
「よーし、負けねぇ!!」
何やら不穏な様子にイリアは岸辺の方に慌てて駆けて行くと、そこには老犬に石を投げる子供の姿があった。
老犬はキャンキャンと鳴きながらなんとか避けようとしているが、力が出ないのかふらふらで何度かその石を受けてしまっている。
(何てことするの!?)
イリアは声なき声を上げながら急いで子供と老犬の元に駆け寄りながら叫んだ。
「こら!やめなさい!!」
イリアがそう叫ぶと、すでにぐったりとした老犬を子供たちが逆さ吊りにして持ち上げていた。
そしてイリアの形相を見て小さく息を吸い込み青ざめた。
「何やってるの、君たち!!」
「やべ!逃げるぞ!」
鬼のような形相に、子供達も自分がやばいことをして怒られるだろうことを察したようで、その老犬を川に投げ捨てた後に脱兎のごとく逃げて行った。
「ちょ!ちょっと待ちなさい!」
ドボンと犬が投げ込まれる音がする。
少年達を追うか、犬を助けるか、一瞬イリアは悩んだ。が、まずは失われるかもしれない命を助けることが先決だ。
イリアは少年を逃がすことになったことにぎりりと歯ぎしりして、犬を助けようと川へ向かう。
老犬は何度か犬かきをし、顔を上げて息をしようともがいていたが、間もなくして力なく沈んでいく。
(急がなくちゃ!)
そう思った時だった。
イリアの横を誰かが通り過ぎたかと思うと、ざばざばと川に入る人物がいた。
深くなった川に飛び込みその人物も沈んでいく。
そして数秒経った時点で、水から勢いよく人が浮き上がり、こちらへと向かってきた。
川の流れは緩やかではあるが、確実に下流へと流されていくので、イリアもそれを見失わないように平行に駆けた。
立ち泳ぎをしながら水をかき分けて泳ぐ人物は、やがて岸へと辿りついてきた。
「手を!」
「すまない…」
イリアが手を差し伸べるとその人物は言葉少なに応じて手を伸ばしてくれたので、それを思い切り引っ張り、岸へと引き上げた。
同時に脇に抱えられていた老犬も無事岸へと上がった。
(このワンコ…あ、大丈夫だわ。息をしている)
ぐったりとした犬はかなり痩せていて、あばら骨が浮き上がっていた。目を閉じて浅い呼吸を繰り返しているが生きてはいるようだ。
だがこのまま放置するわけにはいかない。
「生きているか?」
ぜいぜいと息を切らせながら川に飛び込んだ人物がイリアの元にやってくる。
「ちょっと待っててください。まずはこのワンコを温めます!」
イリアは老犬にそっと触れ、それを温風で包んだ。
少しだけ風を回せてなるべくその毛を乾かすようにすれば、すぐにその柔らかいミルクティー色の毛が乾き、ふわふわと揺れた。
固く閉じられていた目は、ゆっくりと開き、そしてこの場を確認するように体を起こした。
「ふう…もう大丈夫そうね」
安堵の息を漏らした後、イリアは心配そうに事の次第を見ていた人物にようやく視線を移した。
「助けてくださってありがとうございます」
「いや、こんな状況だ。見てられなかった」
「あれ?あなたは…」
髪も服も水に濡れてペタリとなってはいるが見覚えがある顔だった。
それは昨日イリアが人ごみから押し出されたときに助けてくれたイケメンボイスの人だった。
「あ…昨日助けてくれた人ですね」
「あ?あぁ、君だったか」
「ちょっと待ってください!今、乾かします!」
イリアは再び温風を生み出し、イケメンボイスの人物を包み込んだ。ほわりと風が揺れると瞬時に服と髪を乾かしていった。
「すごいな…まさか魔法を使えるのか?」
「はい、少しですけど」
「助かったよ。ありがとう。これはそなたの犬かい?」
「いいえ、違います。ただ、子供に虐められているのを見てられなくて声を掛けたんです。…でも子供には逃げられちゃいました。ったくワンコをこんな目に合わせるなんて!!ちゃんと捕まえてぼこぼこにしてやる…じゃなかった、えっと説教すればよかったです!」
「ははは。可愛らしいお嬢さんの割にはなかなか過激だね」
目尻が少し吊り上がったアーモンド形の瞳を細めて笑った。
イリアは改めてその人物を見た。背はイリアより高い。
スラっとして美青年と言っても差し支えないだろう。
だがイリアは見てしまったのだ。生成り色のシャツが水に濡れたことで露わになったボディーラインを。
(女性だった!)
まぁ、男性でも女性でも整った顔である事実は変わらない。
声もイケメンだが顔もイケメンとは、羨ましい。
前世に居たら絶対人気声優or歌い手とかになりそうである。
「我の顔に何か?」
「あ!すみません!じろじろと見てしまって!ヅカの男役みたいでカッコいいなぁって思って」
「ヅカ?」
「あああ、えっと、役者さんみたいで素敵だということです」
「はは。そんなことはないが、可愛いお嬢さんからそう言ってもらえるのは嬉しいことだな。さて…この犬はどこから来たのか…」
「野良犬かしら?」
「いや、首輪をしている。飼い犬なのは間違いないだろう」
そういうとイケメンボイスの女性は犬の脇にしゃがみその頭を撫でた。
犬は小さく甘えたように鳴き、目を細めて気持ちよさそうにしている。
イリアもその隣にしゃがみこんだ。
「君、どこから来たの?飼い主さんが心配しているかもね。立てる?」
だが犬は聞いても反応を示さない。
どこか怪我をしているのだろうか。
そう思ってイリアは犬の頭を撫でながら意識を集中させ、気を探った。
いくつか気の凝りを見つけたので少しだけイリアは気を送り込んだ。
すると犬はゆっくりと立ち上がり、ぶるぶると大きく体を動かした。
「良かった。立てるのね。石がぶつかって打ち身になってたのね」
「君は治癒魔法も使えるのか?」
「いいえ。気功と言う治癒方法を少し使えるだけなので痛みが和らいだかな程度です」
本当ならディボの魔道具があれば完璧に治癒できたかもしれないが残念ながら手元にはない。
「でも早く獣医さんに見てもらって治癒させたほうがいいのですが…」
「そうか。我にはヒーラーの知り合いがいるがここにはおらぬしな」
(このまま放置しておけないし、飼い主探しする必要があるわね)
「よし!ワンコちゃん、行こう!」
イリアはそう思って勢いよく立ち上がった。
突然立ち上がったイリアに釣られるように隣にいた女性も立ち上がり、疑問の言葉を投げかけた。
「行こうとは?」
「もちろん飼い主探しです!それにお腹が空いているかもしれないのでどこかで肉とか…パンとか?食べさせてあげようかと思って」
「なるほど。ならば我も共に行こう。このまま見送るのも気になる」
「ありがとうございます!私はイリアと言います。えっと…」
「カテリナだ」
「じゃあカテリナさん、ワンコちゃん、行きましょう!」
こうしてイリアはイケメンボイスの女性――カテリナと飼い主探しを始めるのだった。




