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【コミカライズ原作】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~  作者: イトカワジンカイ
第5章 国外追放編

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イケメンボイスの人

王都を出て一週間あまり。


イリアたちは、ランディック王国との国境に近いラフデンという街に辿り着いた。


街は活気に満ちていた。

中心部には大きな川が流れ、その川沿いの石畳の道を人々が忙しなく行き交っていた。


「謎の流行病! そこで聖女アリシアが現れ、聖水によって人々を癒した! 彼女こそ、救国の聖女!」


橋のたもとには人だかりができており、イリアはその中に紛れるようにして目の前の寸劇を見ていた。


背の小さいずんぐりむっくりの男が揚々としてセリフを言い、それに合わせてプラチナブロンドの髪の女性が進み出て祈るようなポーズをする。


その脇にそっと立ったのは金を帯びた薄緑の髪の男性だ。


「聖女アリシアは見た目だけではなく、心根も優しい女性だ。多くの人に救いの手を差し伸べる! そして救国の聖女、アリシアと我が国の王太子エリオット殿下は直ぐに恋に落ちた!」


浪曲師の男がそう言うと、二人は見つめ合い抱き合った。


「あぁ……アリシア。そなたは美しい! どうかその心を私にくれないか?」


エリオット役と思われる役者がそう言えば、アリシア役の女優が切なそうに一瞬目を伏せたのち、クルリと男性に背を向け顔覆った。


「殿下をお慕いしております。ですが貴方様にはすでに婚約者がいます。どう足掻いても貴方とは結ばれることはできません」


「私が愛しているのはそなただけだ。かの婚約者は政略結婚だ。だがこの気持ちを隠すことはできない。いっそ、二人で逃げようか」


「エリオット様」

「アリシア」


そうして二人は口づけをする(正確には演技なのでフリをしているだけなのだが)。


「愛し合う聖女と王子。だがそんな真実の愛で結ばれた二人の仲を裂こうと現れたるは悪役令嬢イリア! 婚約者の座を奪われたと逆恨みしたイリアはアリシアに非常な仕打ちをする。その所業はまさに悪役令嬢!」


浪曲師がそう言うと現れたのはイリアとおぼしき女性だ。

金の髪を振り乱し、半狂乱で叫ぶようにしてアリシアを足蹴にする。


「アリシアめ!! このままいけば私は贅沢な暮らしができるはずなのに! お前など死んでしまえ!!」


倒れこむアリシア役。

それを何度も蹴るイリア役。

そしてイリア役が中央で叫ぶ。


「お前を殺してやる!!」


そうしてアリシア役に切りかかろうとするのをエリオット役が止める。


「アリシアを傷つける者は何人たりとも許さない!」

「ぎゃあああ」


「悪役令嬢イリアはエリオット王子によって返り討ちにされ、真実の愛で結ばれた二人はこうして末永く暮らすことになったのだ!」


最後はエリオット役とアリシア役が熱い抱擁を交わしたところで寸劇は終わった。

周囲の観客は大いに盛り上がり、大きな拍手が起こった。

役者たちの前には大量のコインが投げられる。


それをイリアの隣で見ていたカインが悔しそうな声で唸るように言った。


「くそ……イリアのこと、好き勝手に言いやがって!」

「本当よね! 信じられないわ! よくもまぁあんなに脚色したものだわ!」


イリアは憤慨した。

それを聞いたカインも深く頷いた。


「だよな! 確かにエリオットは心変わりしたけど、イリアはあんなことしてないのによ!」

「私、あんなに髪を振り乱したりしてないわ!」

「え?」


「そりゃ確かに女子力に欠ける部分もあるけど……あと目の下に隈ができたりもするけど……あんな魔女みたいな恰好はしない!」


「怒るところそこか?」

「ん? それ以外に何か怒る要素あるかしら?」


イリアとしてはあんな幽鬼のような容貌で描かれるなど不本意以外の何物でもない。


だがカインは何やら別のことに対して怒っているようだ。

イリアはそれが何か理解できず首を傾げてカインに尋ねた。


「いや……殺そうとしたところとか、悪役令嬢だとか」

「あぁ。まぁフィクションだし、別に気にしてないけど」


現在、悪役令嬢イリアを倒し、エリオットとアリシアが真実の愛で結ばれるというこの話は各地で大人気だった。


今回は寸劇だったが、劇場で長編として演じられることもあるし、小説としても売り出されて今ブームになっているタイトルだ。


「これで経済が回るんだからいいんじゃないかしら?」

「本当お前って……まぁ、気にしてないならいいけどよ」

「それより行きましょ。宿屋を見つけないと日が暮れちゃうわ」


イリアはそう言って群衆から抜け出そうと人をかき分けて行くと、後ろから誰かに押されてしまい大通りにつんのめるようにして人混みから出てしまった。


「わっ!」

「おや……大丈夫かい?」


柔らかい衝撃と共に頭上から凛としたアルトボイスが降ってきた。

耳に心地よく艶のある声は女性とも男性とも言えない音域で、ずっと聴いていたいと思わせる魅力があった。


(わ……超イケボ)


声の主を見上げると、端正な顔が自分を覗くように見ていた。


一瞬驚いたようにオレンジの目が見開かれたかと思ったが、すぐにそれは無くなり、猫を思わせる少し吊り目のチャーミングなものに変わった。


「一人で立てるかい?」

「す、すみません!」


その時イリアは、自分がその人物に抱きしめられていることに気づき、慌てて離れた。


一歩下がってみるとその人物は華奢な男性のようにも見えるが、すらりとした体躯の女性にも見える。


ウェーブのかかった薄紫の前髪はサイドだけ長く、後ろはショートカットになっているのも性別不明に見える原因かもしれない。


「今日は人が多い。そなたのような華奢なお嬢さんは気をつけて歩かないとまたぶつかって怪我をしてしまうかもしれぬ。気をつけるといい」


「はい。助けてくださってありがとうございました」

「ではな」


颯爽と去っていく後ろ姿をイリアは見送る。


(男性? 女性? 私より背が高かったし男性かしら?)

格好も黒のパンツに黒のロングブーツを履いていたから多分男性だろう。


「イリア!」

「あ、カイン」


はぐれたと思ったカインが群衆から抜け出して傍に駆け寄ってきた。


道端での寸劇を見に観衆が集まっていたことを差し引いても、街は人でごった返している。先程助けてくれた男性も言っていたがかなりの人出である。


「随分と賑やかな街ね。ザクレよりも人が多いくらいね」

「それなんだけどさ、さっき聞いたんだけどなんか明日教皇がこの町に来るんだと。流行病で人が不安だろうってことで慰問が目的らしい」


「あー、それで周辺の街の人やら巡礼の人やらがこの街に来てるのね」

「あぁ、だから早く宿を確保した方がいいな」


イリアたちはそう言いながら宿探しを始めたのだが、どの宿も満室であった。


街にはかなりの宿屋があるのですぐに部屋を取れると高を括っていたイリア達だったが、予想外にも全て断られてしまった。


夕方前から宿探しを探していたのだが一向に宿が確保できず、気づけば日も暮れてしまっている。

正直、歩き回りすぎてへとへとだ。


「うーん、教皇効果舐めてたわ」

「だな。あー、ここはどうか?」


カインが示した宿屋はこれまで探していた宿屋よりも若干値が張りそうだった。


まだ旅が続くことを考えると節約は必要だが街の真ん中で野宿というわけにも行かない。


これまでは低価格~中ランクの宿屋を見てきたがこの価格帯の宿屋は覗いていない。案外少し高い宿屋の方が空きがあるかもしれない。


そう思ったイリアはカインの提案を受け入れ、宿屋のドアをくぐった。


「いらっしゃいませ」

「すみません。今日部屋空いてますか?」

「ええ、大丈夫ですよ。一泊でよろしいですか?」

「はい」

「承知しました。では、ご案内します」


フロントの眼鏡をかけた男性が礼儀正しく受け答えした後、ロビーにいたベル係の女性スタッフに目配せした。


パリッとしたメイド風の制服を着た年嵩の女性が小さく頷くとイリア達の荷物を受け取って部屋へと歩き始めた。


ベル係は道すがらイリア達に気さくに話しかけてくれた。


「道中お疲れになりましたでしょう? どちらからいらっしゃったの?」

「王都からです」

「まぁ! そんな遠くから。やはり教皇様を見に?」

「あ、いいえ。ランディック王国へ行く途中なんです」

「そうだったんですね。ご夫婦で隣国まで行かれるなんてハネムーンかしら?」

「ふ、夫婦!? いやいや俺達は」


ベル係の女性の言葉にイリアもカインも驚きの声を上げた。

カインが慌てて訂正しようとするがベル係は聞いていないようで話を続けている。


「ふふふ……。お二人とも赤くなって初々しいですこと。私はランディックの出身なんですが新婚旅行にぴったりな場所もあるんですよ。あ、ぴったりと言えばフタミウラの夫婦樹に行けば夫婦円満が末永く続く様になりますよ」


「え、いや俺たちは違くて!」


「あぁ、でも夫婦樹の先は死の森も近いので行かないように気を付けてくださいね。死の森に入ると呪いで死んでしまうって言われてますので。……さぁ、ここですよ。どうぞ」


一方的に話していたベル係の女性は部屋のドアの前でピタリ止まり、ドアを開け荷物を部屋へと運んだ。


「こちらがお二人のお部屋です」

「お二人の……部屋?」

「ええ、見晴らしのいいお部屋ですよ」


確かにイリアが泊ってきた安宿と比較しても広い部屋で一人で使うには贅沢である。

ベッドもダブルベッドでこれならば旅の疲れも癒えそうだ。


「では私はこちらで失礼しますね」

「え?もう一部屋は?」


立ち去ろうとするベル係に慌ててカインが尋ねた。

だが女性は不思議そうな表情を浮かべて言う。


「?本日はこちらの部屋しか空室はないですよ。ご夫婦で別の部屋になさるのですか?ご夫婦で過ごすには狭いかもしれませんが……」


「え?いや、困る! 物置でもいいからもう一部屋頼む!」


「えぇ……でも、お客様に物置でお泊りいただくわけには……。申し訳ありませんが、この部屋で我慢してくださいませ。あ、もしかして……」


なるほどと女性は何かを察したようで、うんうんと頷いた。


「喧嘩するほど仲が良いと言いますし……より仲を深める機会だと思ってくださいませ! では、ご夫婦水入らず、ごゆっくりとお過ごしください!」

「ちょ……! え? え? ええ??」

「ふふふ、素敵な夜を」


硬直するカインを残したままスタッフは仕事は終わったとばかりににこやかに、そして意味深に笑ってパタリとドアを閉めて出て行ってしまった。

静寂が部屋を支配する。


(んーと? 部屋は一室しかない。ということはカインと同室になるってこと?)


イリアも戸惑いを隠せないでいるが、それ以上にカインが動揺しているようだった。


「困る!! 俺、物置でもなんでもいいから部屋無いか聞いてくる!」

「カイン、それは無理だと思うわ。カインは一緒の部屋だと嫌?」


イリアとしては着替えの問題はあるがそ備え付けのシャワールームで着替えれば問題ないだろう。


それとも自分では気づいていないが、イリアが寝相が悪いとか寝言が激しいとかいう他の理由があるのだろうか?


それはそれで恥ずかしいが、部屋が空いていない以上は同室は仕方ないだろう。


「嫌っていうか……お、お前は嫌じゃないのか?」

「え? 私? 別に嫌じゃないわよ。ベッドもダブルベッドだから二人で寝れなくないでしょ?」

「な……ね、寝る!?」

「あ、カインにとっては窮屈よね。なら私がそこのソファーで寝てもいいわよ」

「は、えっと、そういう問題じゃなくて! 男と二人だって分かってるのか?」

「ん? だってカインとでしょ?」

「なにかあったら……その……な」


赤ら顔でカインは歯切れ悪く何かもごもごと言っているがイリアには聞こえない。


(もしや、カインは私が女だからソファーで寝させられないとか思っているのかしら!)


優しいカインのことだ。きっとイリアに気を使っているのだ。

それならば全然問題ないのに。


「もう! ベッドのサイズが気になるならほら!」

「うぉ!」


イリアはカインの袖を掴んだままベッドにダイブした。

ぼすんぼすんと二つの音がして、イリアとカインの体が柔らかいベッドシーツに沈む。


「ふふふ、ほら二人でも十分寝れるわよ」


仰向けに倒れたカインの顔を上から覗き込むと目を丸くして驚いたまま固まっている。

その表情を見て、イリアは思わず笑ってしまった。


まるで十二年前に初めて会った時のようだった。

あの時はカインと戦って彼を穴に落としたのだ。その時の表情と同じだ。


「ふふふ……カインったら何その顔! 昔、穴に落とされた時みたい」

「お、お前なあ! 突然何するんだよ! それにそれは忘れろ!」


カインにとっては屈辱の記憶なのだろう。

顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。

イリアはカインの横に並んで寝転んだ。


「でも懐かしいなぁ」

「あーあの時はびっくりしたな。魔法ぶっ放すのもだけど、王都から一人で来たって言うんだからな」

「そうだったわね」


あの時は一人でディボのところまで行ったが、今はカインがいる。


一人だったら寂しい国境までの旅だったかもらしれないが、カインの存在は心強いし、一緒の旅はとても楽しい。


「カインありがとうね」


イリアがそう呟くとカインがこちらを向いた。

そのダークグリーンの瞳をぼんやり見ながらイリアは思っていたことをぽつりと話した。


「どうしたんだよ急に」

「ちゃんとお礼言いたいなって。今回、また昔みたいに一人で旅をしなくちゃならないと思ってたからカインが来てくれて嬉しい。やっぱり一人は心細いから。それに馬車で側にいてくれるって言ってくれて嬉しかった」


弱音を吐くのは苦手だ。

しかしカインには素直に今感じていることを話したかった。

カインはイリアの言葉を聞いくと、抱き寄せて髪を撫でた。


「お前が望むならずっと側にいるからな」

「ふふ、昔もそう言ってくれたわ」

「昔?」


「ほら子供の頃熱出したことあったでしょ。あの時一人で寝るのが心細くて一緒に寝てって強請ったじゃない?」

「そんなことあったか?」

「うん、あったの。こうやって二人で横になって、頭を撫でてくれたわね」


あの時のカインの温もりは忘れられない。


今回も抱きしめてくるカインの腕の温もりが心地よくて、徐々に瞼が重くなってきた。


これまで安宿だったのでこんなふかふかなベッドが久しぶりだったのもあるし、一日中歩き回っていた疲れが出たのかもしれない。


(お風呂入って……洋服着替えなきゃ……)


そうは思っても睡魔がイリアを襲う。

だけどこれだけは言っておこうとイリアは眠気に抗いながらカインに尋ねる。


「ねぇカイン。私ができることない? あったら遠慮なく言ってね」

「そうだな……」


思案するカインの言葉を聞こうとしたイリアだったが、とうとう睡魔には勝てず、最後までその言葉を聞くことなくイリアは眠りに落ちていった。


「イリア、嫁に来てほしい……って寝たのかよ!」


意を決したカインの直球プロポーズは、残念ながらイリアの耳には入らなかったようだ。

寝息を立てるイリアを見て苦笑したカインはゆっくりとイリアを抱きしめていた腕を解いて寝かせた。


予定通りカインはソファで寝ようと体を起こそうとした時だった。

ゴロリと寝返りを打ったイリアがしっかりとカインを抱きかかえた。


「えっ? お、おい!! 放せって!」

「すーすーすー」


カインは足掻くが、熟睡モードのイリアは一向に腕を解かない。


「無意識かよ……。はぁ……今日は寝れねーな」


カインはガシガシと自分の頭を掻いた後、諦めてイリアと寝ることにした。


とはいうものの好きな女と同じベッドというのはかなりの我慢を強いられる。理性をフル動員しながら、カインの夜は更けていった。


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