黒鎧の九尾
――暗い…冷たい世界だ。
――だが…炎の熱を感じる。…助けを乞う、悲鳴が聞こえる。
――…見える。あの日の光景が…。
――この腕に抱えた……ボロ雑巾のようになったカオリが…。
――このまま、沈んでいくところだった…忘れるところだった…。
――エクセルサスの繁栄など…生存競争など…最初からどうでもよかった…。
――あの日に刻まれた怒りと憎しみ。
――これは報復だ。私の……私の世界を奪った人間…人間の世界を…
奪う…全てを、全てを…全てをだ!!
「調査って言っても、このバカでかい研究所をこの人数でって…バカでしょ?」
長い廊下を歩く中で、エリーはそう愚痴をこぼす。研究所内は他の施設と同様に物が散乱しており、荒れ放題だった。
「中央管理室に向かいます。この研究所で電力を集中させている個所を探し出す。そんなに労力はかからないはずです。」
不機嫌なエリーにセブンスがそう補足する。
「少しは頭を使え。」
「あぁ?」
アランの小言に食い掛るエリー。そんな小競り合いをはさみながら、大通りへと出る。
「…きれい。」
窓から日の光が差し込む。シャンバラはドーナツ状の研究所であり、その中心部は円形の庭園で、ここは従事する研究員の憩いの場でもあった。あれから誰の手入れも入っていなかったため、荒れてはいたものの、久しぶりの緑の光景にルナの心は少し癒された。
「これだけ広い庭園がある研究所は珍しいな。かなりの金をかけていたようだ。」
アランが庭園を眺めながらそう口にする。
「ここは実質的にはスペンサー管轄の研究所ですからね。他の研究所に比べ、莫大な資金が流れていることは不思議ではありません。」
セブンスが彼に返答する。そうして、研究所内を進んでいるとエレベーターの前に到着する。
「数年前に、ここには一度訪れたことがありますので、中央管理室の場所は把握しています。確か、最下層に位置していたはずです。」
彼がそう言ってエレベーターを呼ぼうとした時、アンバーから無線が入る。声からして相当焦っているようだった。
『セブンス、緊急事態!!…!?ジェイド、伏せて!!』
その直後、何かが直撃したような爆音が聞こえ、彼女からの無線が途絶えてしまう。
「どうした!?アンバー…アンバー!?」
彼の焦りがその場の全員に伝わる。
「ちょ…ど、どうしたのよ?」
「…アンバーとジェイドの無線が途絶えた。」
「…それって…。」
その時、研究所内に轟音が何度も響き渡り、そして、それが段々と近づいてきており、大きな振動が彼らに伝わる。
「何かが近づいて…!」
「展開しろ!!戦闘隊形だ!!」
アランがそう叫んだ瞬間、壁が破壊され、黒い鎧のような外殻を纏った九尾の怪物が、怪しく紅く光る眼を彼らに向けた。
「ブ、ブラック・ナイン…!?なぜ、ここに!?」
アランが銃口を構える前に、それは九つの尾から紅色のエネルギー弾を放ち、辺りを破壊しつつ彼らを分断する。
「ぐあ!!」
「きゃあああ!!?」
爆風によって彼らはそれぞれ別の方向に吹き飛ばされた。
「ぐ…!こんなことが…なぜ、ここで生体兵器が……。いや…都合がよすぎる。まさか…!」
セブンスの考えがある一つの答えを導いた時、死角から九尾の尾が強襲し、彼の体を乱暴に吹き飛ばす。
「いつの…間に…!?ぐ…ああああ!!!」
あまりの力に彼の体は壁を、床を突き抜けて別の階層まで放り出される。
「セブンス!?クソがあああ!!!」
アランが九尾に向って発砲する。しかし、強靭な外殻に弾は全て弾き返され、まるで効いていない。それは九つの尾で、一瞬にして彼の立つ床を破壊する。
「なに!?」
瓦礫とともに下層に落ちゆく彼に、それは念入りと言わんばかりにエネルギー弾を複数お見舞いする。爆音が響き、下層はボロボロに破壊され、彼の姿は見えなくなった。
それを見下ろした九尾は残りを始末しようとエリーとルナに振り返る。
(こいつ…あの時の化け物!…なんで、こんなタイミングに!?)
エリーはあの時の光景を思い出す。一瞬にして彼女らを壊滅状態まで追い詰めたそれは、あの時と同様に圧倒的な雰囲気を醸し出していたが、よく見てみると、体の至る部分が損傷しており、かなり体力も損耗しているようだった。
(よく見ればこいつ…よく分からないけど、ボロボロじゃない。強力な一撃でも入れれば、片が付きそうね。…ルナ、頼んだわよ!)
(分かりました!)
ルナの電撃による一撃にかけたエリーは自ら囮役を買って出る。彼女が高速移動で九尾に距離を詰めるも、思惑通りにはいかず、それは予め決めていたかのように一目散にルナに狙いを定めてもう突進をしてくる。
「な!?」
「…え?」
九尾の凶爪がまさにルナを引き裂こうとした時、エリーがそれを阻止しようと高速移動で彼女の前に移動し、身を挺して彼女をかばう。
「があああああああ!!!」
エリーとともにルナも奥の部屋まで吹き飛ばされ、壁に激突する。その衝撃で、エリーの義手は千切れてどこかへと飛んで行った。
「エ、エリーさん!?」
ルナはふらふらと起き上がり彼女を抱える。切り裂かれた傷自体は浅かったものの、周りの肉は引きちぎられ、一部、骨が露出していた。傷の再生は始まっていたが、すぐに体制を戻すのは難しそうだった。
「ルナ…逃げて…。」
「エリーさん、しっかり!!」
ルナがエリーを抱きかかえようとした時、彼女の方へ鋭い触手が伸びてくる。
「はっ!?」
彼女はそれを躱し、エリーの下から離れる。触手は彼女の体を掠めたが、装備の一部がエリーの下へと投げだされた。ルナは触手が伸びてきた方へと身を構える。彼女の視線の先にある崩れた壁の影からは、先ほどの九尾ではなくギルバードが現れた。
「ギ、ギルバード…!?まさか、さっきのあれは!」
「ここまで……して…やられるとは思わなかった。だが…これで…これで本当に終わりだ。」
ルナは素早く、電撃を彼に放つ。しかし、力を集約していなかったため威力が低く、それはシールドで防がれる。その際に触手が彼女に向って伸び、その肩を貫き壁へと貼り付けにする。
「がっ!!」
「楽に…死なせてやる…動くな。」
息も絶え絶えながら、彼はもう一つの触手を伸ばす。
「させない!!」
彼女はもう一度、電撃を彼に放ち、その触手を打ち落とす。
「小癪な…!」
「!?」
触手を再度伸ばそうとした彼に、エリーが突撃する。その意表をついた行動に、ルナを捕縛していた触手は離れ、二人はそのまま研究所の外へと飛び出す。そして、そのまま、地上の庭園へと自由落下が始まる。
「なるほど…あの小娘をかばって、私と心中することを選んだのか。だが…私はこの程度では死なん。例えこの状態でもな。」
「……。」
「フン、黙りこくって…当てが外れたか?愚か…」
「誰があんたなんかと心中するかっての。」
エリーは彼を思い切り蹴り上げて離れ、研究所内へと戻っていく。
「!?…何のつもりだ!?」
「上を見てみなさい。」
彼女は空を指さす。その方向を見上げる彼に、眩い光が迫ってくる。
「あれは…!ま…まさか…!!!」
エクスシスはある区画へと足早に向かっていた。それは先ほど着たエリーからの緊急要請のためであり、その場所は衛星グングニールに備えられた兵器であるサテライトキャノン、“必中の神槍:グングニール”の起動装置が設置されている高セキュリティの制御室だった。
「…ブラック・ナインはギルバード自身だったか。……鬼亡村の伝説の九尾の姿を模倣した、人を救うはずの九尾。それを、人を滅ぼす怪物に変えてまで。……奴は鬼亡村に…そして、カオリという少女の復讐に囚われ続けている。…まるで、呪いだな。」
彼は起動コードを入力する機械の前へと立ち、エクセルサスコードを入力し、グングニールを撃ち込む座標を指定する。それは彼の理念でもあり、この星に住まう全種族に関して、絶対的な存在であるこの地球を指したもの。
種を超えた中立の地(Neutral Earth Over Species)。
彼はそれを縮めて”N. E. O. S”とした。




