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借金の保証人になった優しい田舎のおじさんのダンジョン配信  作者: 月瀬 リュカ


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38/38

第38話 五年間閉じていた扉

朝、健司が鶏小屋を覗くと、黄色い頭が五つになっていた。

「増えてるな」

昨日の夕方までは四羽。夜の間に、五羽目が孵ったらしい。親鶏の羽の下から、小さなヒヨコたちが顔を出している。まだ動きは頼りないが、一羽が外へ出ると、それにつられるようにもう一羽も出てきた。

「元気そうだな」

残っている卵は一個。殻には小さな亀裂が入っていた。

「最後も始まってるか」

健司は触らずに離れた。すぐ横では、ゴンが伏せている。十八歳の秋田犬は、昨日から鶏小屋の前にいる時間が少し増えた。

「見張ってるの?」

ゴンは答えない。

「昔から鶏いるから慣れてるもんな」

そのゴンの背中には、モチが乗っていた。

「お前も朝からいるのか」

「ピィ」

「ヒヨコに近づくなよ」

「ピィ」

「本当に分かってる?」

モチは首を傾げた。健司が手を出す。

「おいで」

すぐに腕へ飛んでくる。

「これはもう完璧だな」

ブルーベリーを一粒。モチが食べる。

「回れはやらなくていい」

モチが飛んだ。健司の頭の周囲を一周して戻ってくる。

「だから言ってない」

「ピィ!」

「報酬出ないぞ」

モチがブルーベリーの入った容器を見る。

「見ても出ない」

もう一度飛ぼうとしたので、健司は腕を少し下げた。

「芸は一日何回までって決めるか」

縁側から母親が言った。

「三回くらい?」

「多くない?」

「じゃあ二回」

「母さんが決めるの?」

「健司より厳しいでしょ」

「そうかな」

健司は笑いながら、モチをゴンの背中へ戻した。そのまま家の畑へ向かう。Dランクの実地確認まで、あと二日。昨日、しずくからそう聞いた。だからといって、何か特別な訓練をする予定はない。むしろ普段と違うことをしても仕方ない。畑を見て。家の仕事をして。必要ならダンジョンへ潜る。その延長で試験を受ける。

「昔もそんな感じだったしな」

トマトの支柱を一本直す。雨のあとで少し傾いていた。

《修繕Ⅰ》を覚えてから、こういう小さな違和感に気づきやすくなった気がする。

ネジが緩んでいる。木が歪んでいる。どこへ力がかかっている。それが以前より分かりやすい。

「これは便利だな」

スキルで勝手に直るわけではない。結局、手を動かすのは健司だ。ただ、失敗が減る。それで十分だった。畑の端では、《土魔法Ⅰ》で作った浅い溝も残っている。昨日の夜に少し雨が降ったが、水はちゃんと流れていた。

「こっちも使える」

強力な魔法ではない。それでも生活の中では十分役に立つ。誰からもらった技能なのか。それだけは今も分からなかった。


◇


朝食を食べていると、スマートフォンが震えた。長谷川からだった。

《旧種子保管庫の安全確認が完了しました》

健司の箸が止まる。

「今日開けるって」

母親が聞いた。

「何を?」

「五年間閉まってた種の部屋」

「ああ」

「覚えてた?」

「前に言ってたでしょ」

「そう」

「ずっと開けてなかったの?」

「開ける日に崩れたから」

「運悪かったね」

「そうだな」

今思えば、ちょうど開封予定日に管理通路が崩落した。あれから復旧に数日。ようやく当初の予定へ戻れる。

「種、持って帰ってくるの?」

「持って帰らないよ」

「畑あるのに?」

「研究用だから」

以前も同じ会話をしたような気がした。

「母さん、前もそれ聞かなかった?」

「そう?」

「たぶん」

「じゃあ答え知ってるね」

「俺が?」

「うん」

母親は平然としている。

「まあいいか」

健司は味噌汁を飲んだ。スマートフォンにもう一件通知が入る。今度は配信サービス。

《収益確定のお知らせ》

「お」

数日前。ヒヨコが最初に孵った日の配信。あの日は同時視聴者が二万人を超えた。投げ銭も多かった。広告収入と合わせて、確定額を見る。

「結構入ってるな」

「いくら?」

「この前のヒヨコの日だけで、八万ちょっと」

「ヒヨコで?」

「俺もそう思う」

「五羽しかいないのに?」

「その日は一羽だったよ」

「もっとすごいね」

「数じゃないと思うけどな」

ほかの配信分。農作物の売上。先日のダンジョン探索収入。農園の作業報酬。全部を合わせると、生活費や農業経費を抜いても、また十万円返済できる余裕があった。健司は少し考えた。

「今日も返すか」

「三百万?」

「残り二百八十万」

「減ったね」

「二十万だけだけどな」

「前より少ないでしょ」

「そりゃそうだ」

スマートフォンを操作する。

《借入残高 2,800,000円》

返済額。

《100,000円》

内容を確認して実行する。

《繰り上げ返済を受け付けました》

《借入残高 2,700,000円》

「二百七十万」

母親が言った。

「あと二十七回?」

「十万ずつならな」

「大変だね」

「そこは毎回言うんだな」

「借金だからね」

健司はスマートフォンを置いた。前回。一回目の返済で《土魔法Ⅰ》。二回目で《修繕Ⅰ》。三回目。今回は何か起きるのか。少し待つ。

「……何もないな」

母親が尋ねる。

「スキル?」

「うん」

「あとで増えるんじゃない?」

「前もすぐ分かったわけじゃなかったしな」

「なら気にしなくていいね」

「そうだな」

今日の目的は種子保管庫。そちらを優先することにした。母親からおにぎりを二つ受け取る。

「今日は?」

「鮭と塩」

「二種類だ」

「昨日も二種類だったでしょ」

「そうだった」

「すぐ忘れるねえ」

「母さんに言われたくないよ」

二人で笑った。


◇


ギルドへ着くと、しずくがすぐ健司の肩を見る。

「モチは?」

「今日は家」

「なんでですか?」

「五年閉まってた部屋入るから」

「ああ……それは正解ですね」

「俺より先にモチ確認するのやめてくれない?」

「森おじさんは来るって分かってるので」

「そういう問題?」

しずくが端末を見る。

「それより森おじさん」

「何?」

「また返済しました?」

「した」

「十万円?」

「うん」

「残り二百七十万」

「なんで俺より早く確認してるんだ」

「契約窓口ですから」

「そうだった」

「今日、何か増えました?」

「今のところ何も」

「そうですか」

しずくは少し残念そうだった。

「残念そうだな」

「だって二回続けて増えたじゃないですか」

「ガチャじゃないぞ」

「コメント欄に影響されてきたかもしれません」

「受付がそれでいいの?」

「よくないですね」

健司は新しいドローンを起動する。もう購入価格を口に出す回数は減った。それでも壊したくない気持ちは変わらない。

「今日は保管庫映せる?」

「研究機密に当たる資料だけ避ければ大丈夫です」

「種は?」

「基本的に大丈夫です」

「じゃあ始めるか」

タイトルを入力する。

【ダンジョン農園】五年間閉じていた種子保管庫をようやく開けます

配信を始めた。

《ついに》

《覚えてた》

《崩落で延期されたやつ》

「俺も覚えてたよ」

《種ガチャ》

「ガチャじゃない」

《今日は何が出る》

「だから種だって」

《伝説の野菜》

「そんなもの入ってないだろ」

《モチは?》

「家」

《ゴン》

「家」

《ヒヨコ》

「五羽」

《増えてる!》

「夜に一羽生まれた」

《六個目は?》

「まだ卵」

《今日家配信にしよう》

「種の部屋開けに来たんだよ!」

開始数分で、すでに話題がヒヨコへ持っていかれている。

「今日はダンジョンな」

《はい》

《一応見る》

「一応って何だ」


◇


まず農園へ向かった。復旧した管理通路。新しい魔力水主管。交換された照明設備。崩落した場所には補強材が入り、以前より頑丈そうに見える。

「大丈夫?」

長谷川が頷く。

「昨夜から連続運転していますが、異常なしです」

「水漏れも?」

「ありません」

「排水?」

「正常です」

「じゃあ良かった」

《二百九十八万円》

「値段言うな」

《森おじさん買った通路》

「俺のじゃないって」

《なのに借金だけある》

「そこも言わない」

コメントが笑いで流れる。農園の三十六株も確認する。崩落中に大きな被害はなかった。葉、茎、培地、全部問題なしを順に確認した。

「これなら続けられるな」

長谷川も嬉しそうだった。

「ようやく元に戻りました」

「じゃあ種の部屋行こう」

「はい」

農園の奥。以前まで封鎖されていた区画へ進む。金属製の扉。横には古い操作盤。

《旧種子保管庫》

表示灯は緑。健司が立ち止まる。

「やっとだな」

《開けろ》

《五年物》

《腐ってない?》

「それを今から見るんだよ」

長谷川たちはマスクと保護眼鏡を用意していた。

「必要?」

「念のためです。カビ、胞子、魔力粉塵の可能性があります」

「分かった」

健司も装着する。ドローンは入口より少し後ろ。

「開けます」

長谷川が操作する。金属音。重い扉がゆっくり横へ動く。中から冷たい空気が流れてきた。非常灯だけが残っている。

「思ったより生きてるな」

「独立魔石電源が一部機能していたようです」

研究員が先に空気を測定した。酸素濃度も魔力濃度も正常で、危険なカビも検出されなかった。

「入れます」

健司たちが中へ入る。十畳ほどの部屋、左右に金属棚、密閉缶、瓶、箱。奥には古い低温保存設備。

《本当に種部屋》

《宝庫》

《全部植えよう》

「植えないって」

《なんで》

「全部一回で使って駄目になったら終わりだろ」

《農家だった》

「ずっと農家だよ」

健司が一番手前の容器を見る。

《紅晶実 試験系統B》

「紅晶実ある」

長谷川もラベルを読む。

「現在栽培中とは別系統ですね」

「今の三十六株は?」

「外部研究施設で保存されていた六年前の種子です。こちらはこの施設に残されていた系統です」

「じゃあ後で比べられる?」

「保存状態が良ければ」

「今は使わない方がいいな」

「はい」

《即封印》

「今の三十六株終わってないからな」

次。

《月白芋 休眠種芋》

「芋」

《食える?》

「これ食える?」

長谷川が笑う。

「食用です」

「いいな」

《反応が違う》

《食べ物優先》

「作物なんだから大事だろ」

「低照度環境向けに試験されていたようです」

「地下向き?」

「可能性は高いですね」

「じゃあ候補に残す」

次の棚。

《魔蜜南瓜 第二世代》

「カボチャ」

《きた》

《名前うまそう》

「これも食える?」

「もちろんです」

「甘い?」

「記録上は、成熟果の内部に糖分を多く含む液体ができるそうです」

「煮物?」

長谷川が少し止まった。

「……できると思います」

《プリン》

《スープ》

《パイ》

《煮物》

「煮物だろ」

《森家》

「カボチャは煮るだろ」

《プリン》

「俺は羊羹の方がいい」

《カボチャ羊羹》

健司が止まった。

「それはちょっと気になるな」

《食いついた》

「羊羹だからな」

魔蜜南瓜の保存缶は三つ。一缶二十四粒。

「全部で七十二?」

「表記上は」

「最初何粒くらい使う?」

「発芽試験なら数粒から」

「五粒くらい?」

「その程度でいいと思います」

《5/72》

《慎重》

「全部播く意味ないだろ」

《100あったら100播きたい》

「農家は播かないよ」

《なんで》

「来年の分なくなるだろ」

健司は次の棚へ。

《青灯豆》

「豆」

《食える?》

「食用?」

「食用です」

《先に聞かれた》

「だんだん分かってきたな」

《霜葉菜》

「葉物?」

「はい」

《蜜鈴草》

「これは?」

「薬草です」

「食えない?」

「生食はやめた方がいいですね」

「じゃあ後回し」

《判断基準》

「使い道分からんもの増やしてもしょうがないだろ」

保管庫の確認だけで午前中いっぱいかかった。全部の容器を開けたわけではない。外から状態を確認。記録。分類。そして、今後試す候補だけ決める。健司が選んだのは、

《魔蜜南瓜》

まず五粒。

「理由は?」

長谷川が確認する。

「食える」

《それ》

「あと種の数多いし」

《後付け》

「大事だよ」

保存数に余裕がある。失敗しても全部失わない。これなら試しやすい。

「水どうする?」

「紅晶実と同じ比較をしますか?」

「最初は普通の水でいいんじゃない?」

「魔力水なし?」

「必要かどうか分からないのに入れる必要ある?」

長谷川が少し考える。

「合理的です」

「安いし」

《本音》

「安くて育てば一番だろ」

来週以降、五粒だけ発芽試験を始めることになった。すぐ今日播かない。保存状態の詳細検査をしてから。

「それでいい」

《待つなあ》

「五年待った種だぞ。数日くらい平気だろ」

《また種に言ってる》


◇


昼。旧種子保管庫の外で休憩。

「今日は鮭と塩」

《豪華+普通》

「どっちからいく?」

《鮭》

「俺も鮭」

一口。

「うまい」

《食レポ終》

「鮭だからな」

《皮》

「入ってる」

《当たり》

「この前も聞かれたな」

二つ目。塩。

「こっちもいい」

《N》

「まだN扱いなの?」

《安定のN》

「俺の中ではRくらいあるぞ」

《森おじさん評価》

「汗かいたときは塩が一番うまいんだよ」

配信コメントに、一件違う話題が混じる。

《Dランク試験明後日?》

「そう」

《緊張してる?》

「してない」

《ほんとに?》

「普通に潜るだけって聞いたから」

《強い魔物出たら》

「帰る」

《試験でも?》

「危ないなら帰る」

《落ちない?》

「それで落とされるならDいらない」

コメントが少し止まる。

《森おじさんだ》

《これでいい》

《たぶん評価されるやつ》

「知らんよ」

健司はおにぎりを食べ終える。

「昔Dだったしな」

《戻りたい?》

「戻れたら便利」

《感動なし》

「農園の奥、申請減るらしいから」

《結局農園》

「報酬も上がるって」

《今思い出した》

「借金あるから大事だぞ」


◇


午後。保管庫の作業を終え、ギルドへ戻った。しずくが受付から手を振る。

「どうでした?」

「種いっぱいあった」

「モチ用は?」

「ない」

「ブルーベリー系ないんですか?」

「そこ探してないよ」

「次探してください」

「研究施設だぞ」

健司が笑う。

「それより今日も鑑定する?」

しずくが聞いた。

「何も変わってないと思うけど」

「返済したんですよね」

「一応やるか」

簡易鑑定機。探索者証を読み込ませる。結果。

《剣術Ⅰ》

《身体強化Ⅰ》

《気配察知Ⅰ》

《火炎魔法Ⅰ》

《土魔法Ⅰ》

《修繕Ⅰ》

そして、その下。

《地形把握Ⅰ》

健司が黙った。しずくも黙った。

「……増えた」

「増えましたね」

「また?」

「三回連続です」

「地形把握」

健司は画面を見る。

「何するスキル?」

「地形や周囲の構造を把握しやすくなる技能ですね。地下探索ではかなり便利ですよ」

「方向分かる?」

「ランク次第ですが、Ⅰでも地面の傾斜や空間の広がり、違和感を認識しやすくなるはずです」

「Dランク試験前に便利そうだな」

「そこじゃなくて!」

「何?」

「また《肩代わり》ですよ!」

「ああ」

「なんでそんな落ち着いてるんですか」

「三回目だから」

「慣れないでください」

しずくは画面を指差す。

「十万円返すたびです」

「今のところな」

「《土魔法Ⅰ》《修繕Ⅰ》《地形把握Ⅰ》」

「うん」

「全部、ダンジョン設備とか工事に関係ありそうな技能じゃないですか?」

健司は三つを見た。

「そう言われればそうだな」

「心当たりありません?」

「ない」

「本当に?」

「工事したの俺じゃないぞ」

「それはそうですけど……」

しずくは腕を組む。

「今回の借金、農園の復旧費ですよね」

「そう」

「そこから来てるんでしょうか」

「かもしれないな」

「調べます?」

健司がしずくを見る。

「何を?」

「例えば、工事に関係した人とか……」

「何社あるの?」

「今回だけでも複数ですね」

「昔の工事まで含めたら?」

「もっとです」

「それ全部?」

「……無理ですね」

「だろ」

健司は鑑定画面を閉じた。

「今のところ誰か困ってるって連絡もないし」

「前と同じなら、誰かの技能は下がってますよ」

「そうなんだよな」

そこだけは少し気になる。

「でも誰か分からない」

「はい」

「じゃあどうしようもないよ」

健司は肩をすくめた。

「借金返さないわけにもいかないし」

「……それはそうですね」

「返すよ」

「またスキル増えても?」

「借金だからな」

「森おじさんらしいというか……」

「それに二百七十万残ってる」

「言われると現実的ですね」

「現実だよ」

健司は《地形把握Ⅰ》の効果だけ確認して帰ることにした。


◇


同じころ。黒崎剛造は、別のダンジョンで新規工事予定地を歩いていた。

「ここから壁を抜けばいい」

部下が図面を見る。

「社長、こちら側は岩盤が少し薄いという事前調査が――」

「問題ない」

黒崎は壁へ手を当てる。以前なら、触れただけである程度分かった。岩の厚み、奥の空間、地面の傾斜、水の流れ。それがAランク探索者としての経験だけではなく、《地形把握Ⅲ》によって補助されていた。

「この先に空間がある」

「測定器では少し右へずれています」

「機械より俺の方が正確だ」

黒崎は断言した。

「社長、念のため再測定を――」

「時間の無駄だ」

費用を抑えるなら調査を減らす。その一方で、発注側には調査費を請求する。黒崎ダンジョン開発では昔から珍しくないやり方だった。

「ここでいい」

壁に印をつける。社員が少し迷いながらも従う。試掘。小さな穴を開ける。十センチ、二十センチ、その瞬間。奥から水が噴き出した。

「うわっ!」

作業員が慌てて下がる。

「止めろ!」

黒崎が怒鳴る。すぐに穴を塞ぐ。大きな事故にはならなかった。だが、図面を見る社員の顔が硬い。

「社長。やはり右側でした。ここは地下水脈です」

「……」

黒崎は壁を見る。そんなはずはない。自分なら分かった。昨日までなら。

「測定器持ってこい」

もう一度調べる。結果は明確だった。黒崎が指定した位置。地下水。社員が最初に示した右側。空洞。

「機械の精度が上がったな」

黒崎はそう言った。自分が間違ったとは言わない。

「社長、念のため今日の工事は――」

「続けろ」

「ですが」

「位置変えればいいだけだろ」

黒崎は苛立ちながら鑑定端末を取り出した。嫌な予感がする。読み込み。

《身体強化Ⅲ》

《魔力操作Ⅲ》

《採掘Ⅱ》

《土魔法Ⅲ》

《修繕Ⅱ》

そして。

《地形把握Ⅱ》

黒崎の呼吸が止まった。

「……またか」

昨日まで《地形把握Ⅲ》だったものが、今日はⅡへ落ちている。《土魔法》《修繕》に続いて三回目だ。どれも黒崎が会社を大きくするために使ってきた技能だった。

「誰だ」

黒崎が低く呟く。

「社長?」

「何でもない」

端末を強く握る。偶然ではない。もうそう思えなかった。誰かが自分に何かをしている。

「調べろ」

「何をですか?」

「最近、うちと揉めた奴だ」

社員が戸惑う。

「取引先ですか?」

「全部だ。競合もだ」

「ですが、かなりの数が――」

「やれ」

「はい」

黒崎は、自分の技能が失われている理由を探し始めた。ただし。五年前に手抜きした農業区画の工事。そこで発生した崩落。その復旧のために、ある農家が三百万円を借りたこと。さらに、その農家が今朝十万円を返済したこと。黒崎は、そのどれ一つとして自分の技能低下と結びつけてはいなかった。


◇


夕方。健司が家へ帰ると、鶏小屋の前に母親がしゃがんでいた。

「どうした?」

「六羽目」

「出た?」

「さっき」

健司も覗く。親鶏の周囲。小さなヒヨコが六羽。

「全部出たんだ」

「出たね」

「よかったな」

六個の有精卵、六羽、全部孵った。少し遅れて出てきた最後の一羽は、まだ産毛が十分乾いていない。母親が嬉しそうに見ている。ゴンは少し離れて伏せていた。モチは柵の上。

「モチ」

「ピィ」

「今日はちゃんと離れてるな」

「ピィ」

「偉い」

健司がブルーベリーを一粒出す。モチが飛びかける。

「おいで」

呼ばれてから腕へ来た。

「よし」

一粒。今度は勝手に回らない。

「おお。覚えた?」

モチはブルーベリーを食べている。

「何を覚えたの?」

母親が聞く。

「勝手に芸してもブルーベリー出ないって」

「賢いね」

「そこを褒める?」

健司は笑った。

「そうだ、母さん」

「何?」

「またスキル増えた」

「何?」

「《地形把握Ⅰ》」

「何ができるの?」

「地面とか道とか分かりやすくなるみたい」

「畑で使える?」

健司は少し考えた。

「水の流れ見るのには使えるかも」

「じゃあ便利だね」

「それで終わり?」

「他に何かある?」

「誰から来たか分からない」

「前も言ってたね」

「気にならない?」

「健司が分からないなら、私にも分からないよ」

「まあ、そうだな」

母親は六羽のヒヨコを見た。

「それより、これ名前つける?」

「六羽全部?」

「つけないの?」

「鶏だぞ」

「モチにはつけたじゃない」

「モチは一羽だから」

「じゃあ一号、二号」

「それはもっと嫌だ」

母親が笑った。健司も笑う。借金は二百七十万円。三回返済して、三つの技能が増えた。二日後ではなく、もう明後日でもない。Dランクの実地確認は、明日。そして鶏小屋には、新しく六羽のヒヨコが増えた。健司はそれらを順番に眺めてから立ち上がった。

「明日、試験か」

「頑張ってね」

「普通に行って帰ってくるだけだよ」

「それが一番いいね」

「そうだな」

健司も同じ意見だった。


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― 新着の感想 ―
面白かったです でも除外になったので打ち切りかな? 淡々とした主人公が好みなので残念 気になったのは金銭価値が微妙に違うところくらいかな 農家でも今じゃ軽トラで100万超えですからねぇ 3倍くらいで…
このペースで能力が減ると完済時にはかなりの能力がなくなりそう でも、借金との因果関係で主人公だけ能力を持っていけるのであれば、おそらく同様の被害者がいるのに得をするのは主人公だけになるから不公平に見え…
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