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第6話 テセウスのアプリ

二回、スパムと言われた。


普通の人間なら、ここで折れる。


だが、私は折れなかった。


なぜなら、私は前向きな男だからである。

後退という文字は金銭感覚と一緒に東北の農村に疎開してもらった。ここは戦場である。


二回断られたということは、二回挑んだということである。


挑んでいない人間より、二歩、前にいる。


つまり私は、前進している。


スパムと言われながら、前進している。


私はAI Agentを開いた。


私は聞いた。


「どうすれば、スパムじゃなくなりますか」


送信。


AI Agentは即座に答えた。


「独自性を高めましょう」


また出た。


正論である。


毎回、同じことを言う。


だが今日の私は、前回の私とは違う。


前回の私は、説明文を直しただけだった。


スクリーンショットを直しただけだった。


それで独自性を出したつもりになっていた。


甘かった。


表面をなでていただけだった。


本当の独自性とは、もっと、深い。


機能で出すものである。


体験で出すものである。


私は理解した。


説明文ではない。


アプリそのものを、唯一無二にするのだ。


私はうなずいた。


完全に、目が覚めた男の顔である。


私はとりあえず、小さな修正版を再提出した。


そして、審査に出した。


審査待ち。


また、あの言葉である。


私は画面を見た。


審査待ち。


私はこの時間を知っている。


何もできない時間である。


Appleが見るまで、私にできることは、何もない。


待つしかない。


審査を、待つしかない。


私は、待った。


だが、ここで、私は気づいてしまった。


審査を待つ間、私は、暇である。


恐ろしいほど、暇である。


会社なら、次のタスクがある。


朝会がある。


定例がある。


暇を埋めてくれる、誰かがいる。


だが、ここには、誰もいない。


私は一人である。


一人で、審査を、待っている。


そして、暇な開発者は、いじる。


これは、自然法則である。


私はコードを開いた。


待っている間に、独自性を、仕込んでおこうと思ったのだ。


次にリジェクトされても、すぐ出せるように。


準備である。


段取りである。


私はできる男なので、段取りをする。


まず、私は考えた。


ただ「今日は長袖です」と出すだけでは、弱い。


なぜ長袖なのか。


ひとこと、ほしい。


私は、提案の下に、ひとことコメントを出すことにした。


「朝晩は冷えます。羽織れるものを一枚。」


文章を、いくつか、用意しておく。


天気に合わせて、出し分けるだけである。


賢いことは、していない。


だが、賢く、見える。


これは、独自性である。


ただの天気アプリには、ない、気づかいである。


私は唸った。


我ながら、気が利く。


これでもう、ただの天気アプリではない。


ひとこと添える、優しい天気アプリである。


格が、違う。


私は勝った気がした。


そう思っていた。


だが、すぐに、足りなくなった。


ひとこと出すなら、今日の服も、残したい。


私は、今日の服を、写真で記録する機能をつけた。


カメラで撮って、端末に、保存するだけである。


外には、出さない。


私の中だけの、記録である。


残せるなら、見返したくなる。


私は、カレンダーをつけた。


何日に、何を着たか、ひと目でわかる。


きれいである。


カレンダーが、埋まっていく。


埋まると、うれしい。


うれしいと、続けたくなる。


私は、連続記録をつけた。


毎日つけると、日数が、伸びる。


伸びると、バッジがもらえる。


「3日連続」


「7日連続」


私は、ゲーミフィケーション、という言葉を覚えた。


横文字である。


強い横文字である。


私は、それを実装した。


実装できる男である。


サーバーは、いらない。


全部、端末の中で、完結する。


私は、神だった。


端末の中の、神である。


私は、調子に乗っていた。


完全に、乗っていた。


写真があるなら、手持ちの服も、登録したくなる。


私は、クローゼット機能をつけた。


持っている服を、全部、登録する。


登録すると、組み合わせが、作れる。


私は、着回し提案をつけた。


天気ではなく、手持ちの服から、選ぶ。


さらに、気分も、残したくなった。


今日の気分。


今日の体調。


私は、日記をつけた。


朝、起きて、気分を選ぶ。


服を、記録する。


ひとことが、出る。


バッジが、たまる。


私は、震えた。


天才かもしれない。


私は、ついに、出来上がったアプリを、起動した。


完成形である。


唯一無二の、独自性の塊である。


私は、画面を見た。


カレンダーが、出た。


先月の私の服が、ずらりと、並んでいた。


連続記録のバッジが、光っていた。


今日の気分を選ぶ画面が、出ていた。


私は、画面を、下にスクロールした。


クローゼットに登録した、私の服が、並んでいた。


私は、ふと、思った。


天気は。


天気は、どこだ。


私は、探した。


タブを、見た。


ホーム。


カレンダー。


クローゼット。


日記。


設定。


天気は、無かった。


どこにも、無かった。


私は、固まった。


天気アプリのはずだった。


朝、服装に迷う人を、救うはずだった。


ジョニーを、半袖から、救うはずだった。


そのために、天気を、表示するはずだった。


なのに、天気が、消えていた。


いつの間にか、消えていた。


独自性を足しているうちに、本体が、押し出されていた。


私は、自分のアプリを、開いたまま、動けなくなった。


これは、何のアプリだ。


クローゼット管理アプリか。


着替え日記か。


ライフログか。


バッジ集めか。


全部であり、何でもない。


これはもう、アプリではない。

コングロマリットである。

天気アプリ界の総合商社である。

何を売っているのかは、よくわからない。

だが、事業領域だけは広い。


私は、アプリ名を見た。

Weather Advice。

ウェザーアドバイス。

天気の助言である。

だが、画面には天気がなかった。

あるのは、カレンダー、クローゼット、日記、バッジ、気分、体調である。

天気は、どこにもない。


Weather Advice。


名乗ってはいけない名前だった。


これは、私が木村拓哉と名乗るようなものである。


いや、今なら目黒蓮と名乗るようなものかもしれない。


山﨑賢人でもいい。


橋本環奈かもしれない。


もう性別すら合っていない。


海外なら、トム・クルーズである。


あるいはティモシー・シャラメである。


いや、ドウェイン・ジョンソンでもいい。


どれにせよ、名乗った瞬間に、世界から「違います」と言われる。


名前が強すぎる。


中身が追いついていない。


私は、答えがほしい。


このアプリは、何なのか。


だが、誰も、答えてくれない。


私は一人である。


スパム対策会議も、一人だった。


そして今、自分が作ったものが何なのか、一人で、わからないでいる。


天気を、写真の記録に替えた。


服装提案を、クローゼット管理に替えた。


シンプルさを、バッジ集めに替えた。


一枚ずつ、機能を、入れ替えた。


そして、全部、入れ替わった。


問おう。


このアプリは、まだ、天気アプリか。


答えは、出ていた。


違う。


別の、アプリである。


私は、天気アプリに、独自性が、ほしかっただけだった。


気づけば、天気の無い、別のアプリが、ここにあった。


私は、椅子に、もたれた。


たしかに、独自性は、出た。


これと似たアプリは、世界に、一つもない。


なぜなら、意味がわからないからである。


意味がわからないものは、誰も、真似しない。


つまり、唯一無二。


つまり、独自性。


私は、勝ったのかもしれない。


似ているから、スパムだった。


もう、何にも、似ていない。


完全に、勝ったのかもしれない。


私は、Appleのことを、思った。


これを審査に出したら、Appleは、何と言うだろう。


スパムとは、言わないだろう。


似たものが、無いのだから。


代わりに、こう言うだろう。


「このアプリは、何ですか」


正論である。


私も、それが、知りたい。


私は、AI Agentを開いた。


すがる思いで、聞いた。


「これは、何のアプリですか」


送信。


AI Agentは、堂々と、答えた。


「機能が豊富な、ライフスタイルアプリです」


ライフスタイル。


逃げの言葉である。


何のアプリか説明できない時に、人が使う言葉である。


会社でも、聞いたことがある。


事業内容が、よくわからない会社が、だいたい、それを名乗る。


私は、天を仰いだ。


私は、ライフスタイルアプリを、作りたかったわけではない。


天気で、服装を、提案したかっただけである。


それだけだったはずである。


私は、画面の隅に、まだ「審査待ち」の文字が残っているのを、見つけた。


そういえば、私はさっき、小さな修正版を、提出していた。


待っている間に、本体は、別のアプリに、なっていた。


つまり、Appleが今、審査しているのは、もう、存在しないアプリである。


私は、審査を、待っていた。


待ちながら、審査されるアプリを、自分で、消していた。


仮に、今審査中の小さな修正版が通ったとする。


Appleは言うだろう。


「よし。これは天気で服装を提案するアプリだ」


そして、世界に出る。


そのあとで、私はアップデートを出す。


カレンダー。


クローゼット。


日記。


バッジ。


気分。


体調。


天気は、どこかへ消えている。


審査担当者は、何を思うのだろう。


昨日まで、おとなしい天気アプリだった。


それが、アップデートで急に、服と気分と生活記録を管理する謎の総合商社になっている。


怖い。


かなり怖い。


アプリにも、成長期がある。


だが、これは成長ではない。


変異である。


ポケモンで言えば、テッポウオがオクタンになるようなものである。


魚が、タコになる。


進化はしている。


公式にも、そうなっている。


だが、全く納得出来ない。


私のアプリも、それだった。


天気アプリが、気づけばクローゼットと日記とバッジの生き物になっていた。


中身が完全に入れ替わったアプリは同じアプリなのだろうか。


哲学である。


昔、そんな話を聞いたことがある。


船の部品を、一つずつ入れ替えていった時、

最後に全部の部品が入れ替わった船は、

まだ同じ船なのか。


テセウスの船、というらしい。


私は、画面を見た。


ホーム。


カレンダー。


クローゼット。


日記。


バッジ。


気分。


体調。


天気は、ない。


私は、静かにうなずいた。


これは、テセウスの船ではない。


テセウスのアプリである。


そして、たぶん、テセウスも使わない。

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