第1話 世のアプリ開発者よ、震えて眠れ!!!
私はSIerのエンジニアである。
SIer。
それは、要件定義書とExcelとTeams会議と謎の承認フローに囲まれながら、今日もどこかの業務システムを前に進める職業である。
画面一覧を作り、機能一覧を作り、テスト項目表を埋め、レビュー指摘を直し、リリース前には「本当に大丈夫ですか」という、誰も大丈夫だと思っていない会議をする。
私はその世界で生きている。
そして最近、業務でAI Agentを使い始めた。
これが、すごい。
想像していたより、だいぶすごい。
地味に上司の存在意義が半分透けるぐらい凄い。
地味に同僚が何人か霊圧が消えるぐらい凄い。
仕様を投げるとコードを書く。
エラーを貼ると修正案を出す。
文章を整える。
テスト観点も出す。
たまに妙なことを言うが、そこは人間も同じである。
むしろ、部長は常にハレーションを起こしているので、人間の方がヒドいかもしれない。
人間は疲れる。
人間は拗ねる。
人間は急に休む。
人間はSlackで「ちょっと相談いいですか?」と言ってくる。
人間は「これやる意味あるのですか?」と言ってくる。
AI Agentは言ってこない。
最高である。
私は思った。
これはもう、開発チームではないか。
いや、開発チームどころではない。
私がプロダクトオーナーであり、PMであり、設計者であり、実装者であり、テスターであり、ついでに社長である。
社長。
いい響きである。
実際には自宅の机で冷めたコーヒーを飲んでいるだけだが、気分としては完全に港区の高層ビル最上階にいる。
窓の外には夜景。
机の上にはMacBook。
頭の中には上場。
現実には、昨日のマグカップ。
だが、細かいことはどうでもいい。
私は今、時代の変わり目にいる。
AI Agentがある。
個人でもアプリが作れる。
スマホの中に自分の作ったものが入る。
それを誰かが使う。
もしかしたら、毎日使う。
もしかしたら、誰かの生活を少し変える。
私は急に、これまでの自分がもったいなく思えてきた。
今まで何をしていたのだろう。
会社の業務システムばかり作っていた。
誰が使っているのかもよくわからない管理画面を作っていた。
ボタン名を「登録」にするか「保存」にするかで会議をしていた。
もちろん、それはそれで大事な仕事である。
だが、私の才能は本当にそこだけに使われるべきなのか。
私はもっと、直接人に届くものを作れるのではないか。
スマホアプリ。
これである。
スマホアプリなら、会社の稟議もいらない。
見積もりもいらない。
承認フローもいらない。
「一旦持ち帰ります」もいらない。
「関係各所に確認します」もいらない。
「技術的には可能です」もいらない。
思いついたら、作ればいい。
作ったら、出せばいい。
なんという自由。
私は自由を手に入れた。
かなり手に入れた。
少なくとも、気分としては完全に手に入れていた。
問題は、何を作るかである。
私はメモ帳を開いた。
メモ帳。
個人開発者にとっての荒野であり、王国であり、金鉱である。
ここに書いた瞬間、アイデアは少しだけ現実になる。
私は考えた。
まず思いついたのは、天気から服装と持ち物を教えてくれるアプリだった。
天気アプリはある。
それは知っている。
だが、天気を見ても、結局わからないことがある。
最高気温18度。
降水確率40%。
湿度62%。
北西の風。
だから何だ。
私は上着を着ればいいのか。
傘を持てばいいのか。
洗濯物を干していいのか。
夜に震えるのか。
自転車で行っていいのか。
それとも今日は人類が外出を諦めるべき日なのか。
不要不急の外出は控えてくださいなのか。
ステイホームなのか。
天気アプリは情報をくれる。
しかし、私が欲しいのは判断である。
「今日は薄手の上着」
「折りたたみ傘」
「洗濯は夕方まで」
「夜は寒い。調子に乗るな」
こういうやつである。
これは便利だ。
非常に便利だ。
天気という情報を、生活の行動に変換する。
これはただの天気アプリではない。
朝の判断を減らすアプリである。
判断を減らす。
いい言葉だ。
人間は朝から判断などしたくない。
眠い。
寒い。
時間がない。
靴下も片方ない。
なのに天気予報は数字で話しかけてくる。
最高気温18度です。
降水確率40%です。
湿度62%です。
だから何だ。
こちらはまだ脳が起動していないのだ。
朝から数字で攻めてこないでほしい。
むしろ、四六時中嫌だ。
そこを、私のアプリが翻訳する。
「今日はこれで行け」
完璧である。
私はメモ帳に書いた。
「天気で服装提案」
いい。
かなりいい。
もう少し名前を柔らかくすれば、女性にも刺さる気がする。
朝の支度。
お天気支度。
服装ナビ。
今日なに着る。
これは、日常に入れる。
毎朝使う。
朝使うということは、習慣になる。
習慣になるということは、アプリとして強い。
私は少し背筋を伸ばした。
これは、いける。
しかも、下手すると海外でも誰かが使うかもしれない。
海外。
その瞬間、私の頭の中で、急に外国の通販番組が始まった。
「ヘイ、ジョニー! このアプリは今日の天気から服装がわかるんだよ!」
「ハハハ、何を言ってるんだマイク。天気から服装がわかる? そんなことできるわけないだろ!」
「ところが見てくれ、ジョニー。最高気温18度、降水確率40%。そしてアプリはこう言っている。薄手の上着、折りたたみ傘!」
「マサカ!」
「しかも朝に見るだけでいいんだ!」
「オーマイガー! これでもう、半袖で震えることもないってわけかい?」
「その通りだ、ジョニー! でもキミ、冬も半袖半ズボンだよ」
「それは言わない約束だよ、マイク!」
「とにかく、このアプリがあれば毎朝の服装に迷わない!」
「信じられないよマイク! こんな便利なものを、いったい誰が作ったんだ?」
「日本の個人開発者さ!」
「ジャパン!? ニンジャ! スシ! ハラキリ!」
「そう、ジャパンだ!」
「ワオ! それはまるで、ポケットの中に小さなサムライがいるみたいだ!」
「そういうことだ、ジョニー!」
私はメモ帳を見ながら、深くうなずいた。
海外の人にも、これは刺さる。
なぜなら、海外の人も服を着るからである。
これは大きい。
かなり大きい。
日本だけではない。
世界である。
ワールドワイドである。
グローバルである。
多様性である。
ダイバーシティである。
言葉にすると、だいぶ大きい。
もちろん英語化は必要だろう。
だが、そこはAI Agentがいる。
「今日は薄手の上着」も、英語にできるはずだ。
たぶん。
英語にした瞬間、海外対応である。
これは強い。
かなり強い。
私はもう一度メモ帳を見た。
天気で服装提案。
いい。
やはり、いい。
それだけではない。
考え始めると、他のアイデアも軽く浮かんできた。
超シンプルToDo。
メモアプリ。
家計簿アプリ。
習慣化アプリ。
QRコードリーダー。
画像圧縮アプリ。
音声メモアプリ。
タイマーアプリ。
どれも、もうありそうである。
というか、あるだろう。
だが、あるから何だというのか。
世の中にラーメン屋は無数にあるが、新しいラーメン屋は今日も生まれている。
カフェもある。
美容室もある。
歯医者もある。
それでも新しい店はできる。
アプリも同じではないか。
既存アプリがあるということは、需要があるということだ。
需要があるということは、市場があるということだ。
市場があるということは、私にもチャンスがあるということだ。
完璧な三段論法である。
私は自分の論理力に少し感動した。
やはりSIerで鍛えられている。
ただの思いつきではない。
要件に落とせる。
画面にできる。
機能に分解できる。
ユーザーの行動に結びつけられる。
私は、ただの会社員エンジニアではなかったのかもしれない。
まだ市場に出ていないだけの、プロダクトメーカーだったのかもしれない。
私は胸が高鳴るのを感じた。
これは楽しい。
会社の仕事とは違う。
誰かに言われたものを作るのではない。
自分で考えたものを、自分で作る。
そして、誰かに使ってもらう。
これが本来の開発なのではないか。
私はメモ帳の一番上に、こう書いた。
「最初に作るアプリ候補」
その文字を見た瞬間、何かが始まった気がした。
AI Agentがある。
SIerとしての経験もある。
そして何より、私にはアイデアがある。
私は椅子にもたれ、冷めたコーヒーを飲んだ。
うまくはない。
しかし、今の私には勝利の味がした。
アプリ開発。
思っていたより、かなり面白そうだ。
私はメモ帳を閉じる前に、もう一度だけアイデアの一覧を見た。
どれも悪くない。
いや、かなりいい。
もしかすると私は、ずっと気づいていなかっただけなのかもしれない。
自分には、こういう才能があったのかもしれない。
このアイデアなら。
売れるかもしれない。
世のアプリ開発者よ、震えて眠れ!!!!!!




