34話〜残し残されるもの〜《既視》
真樹夫が紗代子の肩に手を回そうとした時、
「ぐふぁは、ちょっやめてよぉ」
笑い出す真樹夫。
紗代子が脇腹をくすぐってきたのだった。
「まったく〜、からかい屋の紗代子ぉ」
「ふふふ、マイナスイオンたぁ〜ぷりでしょ?」
真樹夫の肩に頭を乗せたまま戯ける紗代子。
「あ、ここにプラスイオンが!?こっちにも」
そう言って真樹夫は車内のあちこちを手で摘むようにするのだった。
「え!?何それ?プラス……」
それに紗代子は呆気に取られ頭を浮かせた。
「ヤバい……紗代子がからかうからプラスイオンが増えて俺の脳はぁ!?」
「なになに?何が始まるの」
期待にキラキラ光る紗代子の目。
「うわぁβ波がぁ、俺を支配するぅ。不愉快だぁ」
鷲のような爪を作り声を枯らすように呻いてみせた。
「は!?何それ?」
真顔で受け流す紗代子に今度は、
「きゃはは、ゴメン、ゴメンなさい」
と、紗代子が脇腹をくすぐられる羽目になるのだった。
そんなバカをやり合ったあと車外へと出る2人。
「うわぁこんな山奥に池が!?」
感嘆する真樹夫に、
「綺麗でしょ?」
「紗代子が?」
「行けよ。山と水のコラボレーション」
紗代子はンを強く発し、そこに恥じらいを乗せた。
「そうだね。こんな景色を君と……君に教えられて」
そっと肩を抱く真樹夫に、小さく体を寄せる紗代子だった。
太陽が空の西へと寄り始めたころ。
緑の葉が飛び立つ鳥に落とされた。
水面に広がる緑の波紋。
「葉っぱ……俺は助けを——」
微かな真樹夫の呟き。
「どうしたの?」
紗代子の言葉が聞こえないのか波紋に心を奪われたまま……
(川に流れる葉っぱ……)
誰も触らなければ——
(池に落ちる男の——)
荒くなる真樹夫の呼吸。
「はあはあはあ」
「どうしたのマッキー!?」
背中を摩る紗代子の柔らかな手。
「男の……死体」
両手で頭を抱える真樹夫。
紗代子は真樹夫を倒した助手席に寝かせた。
そして心霊現象でもあるまいと訝るのだった。
「ありがとう、落ち着いたよ」
真樹夫は笑顔を無理に作ってみせた。
「ホントに?無理していない」
細める紗代子の目が真樹夫の心を儚くくすぐった。
紗代子を抱き寄せ口づけをする真樹夫。
口を離し開けた目に、最後の日の光が水面に眩しく反射した。
そのまま黙り、オレンジに染まりゆく水面を眺める2人。
無言の時に動きを奪われても、2人の心は満たされ通い合うのだった。
山道脇の木々をヘッドライトが代わる代わる照らした。
締め切った窓に風はなくとも2人の間に言葉は聞こえなかった。
遠田に頼まれた池の景色。
それに既視感にも似た恐怖を覚え、真樹夫の頭を今も埋め尽くした。
そんな真樹夫を理由も知らずに心配する紗代子にも、かける言葉が見つからなかった。
山荘に到着する車。
ただ別れの時だけはお互い明るく振る舞うのだった。
また明日、何をためらうことなく出逢うためにと——
車を降り運転席に回る真樹夫。
そして、顔を紗代子に近づけると車は走り去った。
別れのキス!?
こんな山奥で男女がこんな時間まで……
——何を
右手で左の肘をキツく掴む瑠美がフロントに立っていた。




