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どこかの世界線  作者: マメ


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3/10

3線〜打ち消す波を〜


晴れ渡る空の青の果て、その下に海は広がっていた。


そんな青を薄めていくうす雲もなく、透き通った風があの果てから流れてきた。


そんな青を眺めながら、真樹夫は肩にかけたバッグを直した。


そして白い陽射しの中、波止場で足を投げ出す初老の男を見つけ迷わず近寄る真樹夫。


海の潮に焼けた男の肌は褐色の潤いを帯びていた。



「こんにちは」


「あ、、、あぁ……」


面倒くさそうに真樹夫を見上げる男の目は、眩しさのせいか半開きだった。


「海を見ているんですか?いいですね?」


旅の開放感が真樹夫を人懐っこくする。


「良かねぇさ、別に綺麗でもねぇしな」


対照的に話すのが嫌なのか、会話を終わらせにくるその男。


(うーん、綺麗だと……)


「アンちゃんはあそこに来たのか?」


「はい、あの旅館に」


「オヤジさんは渡し舟ですか?」


「ああ?ああ、あっこの島までな」


「じゃあ、あとでお願いします」


空からの白虹のせいばかりではない真樹夫の爽やかな笑顔が眩しかった。




あちこちにセロテープの跡が残る結霜ガラスの引き戸を、ガラガラと力一杯に引く真樹夫。


建て付けのせいで途中で引っかかってしまうようだった。


「すみません、今開けますね。コツが要りますので」


中居さんらしき女性が内側から戸を開けてくれた。


「ありがとうございます。予約してある山崎といいます」


「ようこそお越しくださいました」


真樹夫は部屋に荷物を置くと、食事の時間を確認して再び波止場へと向かうのだった。




(ああ、なんで草や木の葉っぱが……)


日頃、目にしてもなんとも思わないものに目が止まるのも旅の醍醐味といえようか。


乾いた板敷きの波止場に舟を継なぐ先ほどの男が真樹夫に視線を注ぐ。


「島へ行ってきたんですか?」


「ああ、若い女を1人送ったところだ」


「へぇ、女性が1人であの島に……」


「別に珍しいことじゃないが、何もない島なのにな」


やはり素っ気ない言葉とともに今縛ったばかりの縄を解いた。


「じゃあお願いします」


「ああ」


「なんか気持ちいいもんですね?」


「そうか、今日は波がないから心地いいのかもな?」


少し打ち解けてきたのか男は声に柔らかさを織り交ぜてきた。


そして、島に到着した舟から降りる真樹夫に、


「アンちゃんはイケる口か?」


手で飲む素振りをする男。


「え、まあ少しくらいなら」


「そうか、じゃああとでな」


そう言うと舟を出そうとする男に慌てて、


「あ、迎えにはいつ?」


「今の時期は15時半が最後だな」


「分かりました。その頃またお願いします」



舟を見送り、探索を開始する真樹夫は少年の頃の秘密基地を思い浮かべ、1人笑顔で草の小道を歩くのだった。


(ああ、あの蔦なんてターザンごっこにもってこいだな?)


そんなことを考えながら小道を上まで登り切った真樹夫。


——あれは


崖に立つ人影。


まさか——


理由はない、ただ直感が告げるままに走り出すのだった。




引き戸の中居が色彩豊かな食事を運んできた。


真樹夫の向かいの席には、島で見つけた女が座っていた。


そこへ、


「よぉ、来たぜ」


と、昼間とは別人の笑顔がやって来た。


「あ、オヤジさん……」


「あ、やっさん!また勝手に入ってきて」


咎めるというよりかは挨拶のような中居の言葉。


「このアンちゃんと飲みに来たんだ、俺にも何か見繕ってくれ」


真樹夫のテーブルに着くやっさん。


「女将さん、やっさんがまた何か出せって言うんですけど?」


「仕方のない人ね、いいわ中には私から頼んでおくから」


「いいんですか、また……」


不貞腐れ気味な顔を作りやっさんを見据える中居。


「ああ、先週に今までの分はもらったから平気よ」


笑顔で片目を瞑る女将。



「おおい菫、コップをくれや」


酒瓶を真樹夫に見せながら中居に叫ぶやっさん。


「ああ、なんか旨そうな酒ですね?」


「分かるかアンちゃん。いいのが入ったから一緒にと思ってな」


本当に昼間とは別人なのか、今はひょっとこの面でも被っているのかと言うほど愛嬌に溢れていた。


「はい、コップと肴ね」


つけ離すような物言いの菫。


「なんだお前、座り込んで仕事しろよ」


「いいのよ今日はこのお客さんたちだけなんだからさ」


「和子に言うぞ?」


「女将さんも……後で来るわよどうせね」


と、コップを差し出し酒を催促する菫だった。



「ようこそいらっしゃいました」


一応の体裁を繕いコップ片手に座り込む女将。


「じゃ、改めて乾杯!」


「で、お客さんたちはお知り合いだったのですか?」


「いえ、瑠美さんとは島で偶然……」


濁すように真樹夫、そしてコップを傾けた。


「私……実は」


酒が厚い氷を溶かしたのか、自ら話し出す瑠美だった。



「自殺をしようとして島に行きました」


「ええ!?とてもそんな風には……」


チェックインの時の瑠美の雰囲気からは想像もつかなかったと菫。


「もし話して気が楽になるなら遠慮なく言ってね」


言葉の端に根掘り葉掘り聞きたい訳ではない女将の優しさが滲み出ていた。


「でも、つまらないことに……」


俯きがちになる瑠美に、


「何言ってんのよ、せっかく旅に来たのだから何も気にしないで」


姉御肌を見せる菫に、


「オメェはただの冷やかしじゃねえのか?」


やはり昼間とは別人のように場を和ますやっさんだった。



「私、高校からの親友に騙されまして……お金を持ち逃げされたのですが」


「ええ!?幾らくらい?」


間髪入れず菫が無遠慮に言う。


「金額よりもその後に言われた言葉が……」


「そう、辛いことは無理に言わなくていいのよ」


やっさんにコップを押し付けながら女将の柔らかい声。


「いえ、せっかくなので聞いていただけたら……返すようにと言ったのですがそしたら、アンタみたいな真面目だけが取り柄みたいなヤツと一緒にいてやったんだ!コレくらい安いもんだろ?と言われまして」


「はあ!?なんて酷いっ、連れてきなそんなヤツ。私がぶっ飛ばしてやっからさっ」


椅子に片膝ついて腰を浮かす菫に、


「こら、お客さんの前ですよ」


やんわりと、しかし逆らえない空気の女将に大人しくなる菫。


「その子、男の人に騙されて注ぎ込んで何処かへ行ってしまったので……」


「それで腹いせになのね?」


「はい、でもやはり信じていた人にそんな事を言われたのが、思いの外響いたようでして」


「ま、そんだけ自分で分かってるならもう無茶はしねぇだろよ」


やっさんの苦い顔は酒のせいなのか。


「はい、今は真樹夫さんがついていてくれると言ってくれましたし」


「アンちゃん、見かけに依らずにやるな」


やっさんの言葉に笑う声が、深い夜の寒さを和ませていくのだった。




           ◆◆◆



「ああ〜、ヤバっ寝過ごしたか?」


電車のシートから飛び上がる真樹夫は周りを見回し、流れる次の停車駅のアナウンスに安堵するのだった。


駅に降り立つ真樹夫は、


「さーて、どっちだ?それにしても長閑なとこだなぁ?」


先ほどの焦りから一転、穏やかな一人旅ムードに浸るのだった。


スマホのナビに従い歩いてきた真樹夫の目には、


「ここって……」



「こんにちは、綺麗な海ですね?」


「ああ?別に綺麗じゃねぇさ」


やはり壁を感じさせる褐色の男の言葉が返ってくるのだった。



荷物を置き、再び波止場の桟橋へと向かう真樹夫の目には、やはり舟をくくりつける男の姿が映った。


「島へ行くのか?今女を1人送ったばかりなのにな」


下を向いたまま面倒そうにそう言う男。


渋々だが縄を解き真樹夫を乗せ島へと漕ぎ出すのだった。


「帰りは15時半頃ですよね?」


さっきの記憶を確かめるために、先回りに尋ねる真樹夫。


「あ?ああ、旅館で聞いてきたのか?」


真樹夫を知らない男からしたら当然の問いだった。


そして島に辿り着いたのだが、


「今日は珍しいな潮が引いてやがるな」


(あれ?ここは見たところと……)


真樹夫が躊躇うのも当たり前だった。男は島の低めの船着場へと舟を寄せたのである。



それでも舟を降り、


「じゃあ、あとでお願いします」


と、島の奥へと入って行くのだった。


辺りには木と草だけだった。


太陽の位置さえ覚えてなどいる訳もなかった。


(とにかく上へ崖を目指そう)


そう思い歩き出すのだが、やはり自然の誘惑に少年時代が呼び覚まされるのだった。


(あの蔦、やっぱターザンごっこを思い出すなぁ?)


とか、


(あの穴は……足から入らないと這い出るのは大変かもな?)


などと、溢れる自然に仕事から解放される魅力に浸るのだった。


そうこうしているうちに丘の上どころか、海辺へと崖の下へと降りてきてしまう真樹夫だった。


(こっちじゃないのか?あの崖に行くには)


そう思い崖を見上げる真樹夫の目に、虹に煌めく白い光が覆い被さってくるのだった。


不意に手をかざし遮光した真樹夫の目に、衝撃的な映像が飛び込んで来るのだった。


「あっ!?」


砂を蹴って走り出す真樹夫。


躊躇うどころか、海に入って行くことにも気づかずに走り続けた。


バシャバシャと脛の辺りで飛沫をあげ、岩を避けながら走る真樹夫の目には——



「瑠美っ、瑠美!」


岩に打ち付けられ白く冷めてゆく見ず知らずの女の体を抱きしめ、そう叫ぶのだった。


(俺がもっと——ちゃんと駆けつけて……)




救えなかった命——


現実を突きつけるような海の水は——



——冷たく真樹夫の心までをも凍りつかせていくのだった。





潮の音……


後悔という岩を打ち砕き飛沫を上げる波は——




真樹夫の心には打ち寄せないだろう。




            完



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