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原始人より前やん(3)

それからの毎日、日の出から日没まで、ニチネとラプティスはクネリ探しに奔走した。イプシストスの森を隈なく散策して巣を見つけ、文献でも調べ、クネリを追う日々。たまにピスが冷やかしでやってきてはちゃっかり一緒に風呂に入っていた。段々と日が伸び、夜になってもしばらくテルモが顔を出しているようになった頃、ラプティスの部屋の中に積んだ、クネリの毛の山を前にして、土埃でボロボロになったニチネは涙ぐんだ。

「やったやん……!」

 二人は手を合わせる。

「これだけあれば十分だよ。本当にありがとう」

「良い服作るんやで」

「うん」


                  *


「ニチネー、もう昼だよ」

 木のてっぺんで、ニチネはテルモの眩しさとじわじわとした暑さの中で目覚めた。姿を消すことも忘れて、大の字になっている。

「(あぁ……、充実した眠りやった……。やっぱりこれやな……)」

いつの間にかピスがニチネの顔を覗き込み、ニヤニヤしている。

「半笑いじゃーん。気持ち悪うー」

「なんやって?!」

ムッとして睨み付けながら勢いよく起き上がると、ピスはまだニヤけながら、

「あ、起きたー。そんなに良い夢だったんだ?」

「ちゃうわ」

「変なこと考えてたんじゃないのー?」

「何言うてんねんっ」

すかさずピスの両頬を片手で掴む。ピスはしゃべりづらそうだが構わずゆっくりと、

「い(ひ)たい。暑い(ひ)しニチネも水浴び()こうって誘い(ひ)に来たのに」

 手を離し、服に触れるとじわりと汗をかいていた。

「……行くか」

立ち上がり、二人でふわふわと降り。ピスは頬を擦り、

「もー、ひどー」

「あたしは変なこと考えてたんやないからな?」

「分かったって」

「ピスやあるまいし」

「そんな否定するなんて逆に怪しー」

 いつもの広場へ降りると、木陰でニンフたちが休んでいた。

「ニチネ、久しぶりじゃない」

 ダグリは楽しそうに笑いながら、

「森中走り回ってたんですって?」

「物好きねぇ」

「私も覗きに行ったわよ」

「え、嘘やろ?……あ!姿消してたんや」

クスクスとニンフたちは笑う。

「姿消さなくてもええんやで?ラプティスはニンフのことよぉ知っとるし」

「うふふ、こっそり見るから楽しいんじゃない」

「なんか一生懸命だったわね」

「そうねぇ」

「ラプティス?って人間の顔覚えられないわぁ。そういえば私、人間ってなんか区別つかないのよね」

「似てるのよねー」

「そうそう」

 話が盛り上がり始める中、ニチネは腰に手を当てて、こっそり溜息をつく。

「(なんやそれ~。あれか?ニンフってそういう生き物なん?人間に興味を持つほうが珍しいん?……はっ、ピスがニンフとして進化しとる?!)」

 ちらりと視線を移すと、ピスは石の上にだらしなく仰向けで寝そべり葉っぱで扇いでいた。

「暑ぅー、もう行こー」

 ニチネは思わずアホな者を見る目で見てしまう。

「(……そんな大層なもんちゃうか)」

「そうね、水浴び行きましょう」

「みんなー行くわよ」

 ニンフたちは次々とふわふわ移動し始める。

「やっぱりもう夏ね。私朝から行ってもよかったわよ」

「もうそういう時期ねぇ」

 話す気力も削がれるほどの日差しだが、楽しそうにぺちゃくちゃとしゃべるニンフたち。ピスと一緒に後ろからついていくニチネはぽそりと、

「梅雨は過ぎたんやろなー」

「ツユ?なあに、それ?」

いつの間にか小首を傾げて顔を覗き込んでいたメリに、ニチネの心臓が大きく跳ねる。顔を赤らめて、

「ア、アノ……、ナンデモナイデス……」

「そうなの?ニチネは物知りね」

「イエ……」

「もしかして、緊張してる?」

 うるんとした瞳で見つめられる。その瞳に吸い込まれるようだ。心臓がバクバク動く音だけが聞こえてくる。

「……なんてね」と、メリは微笑むと、

「行きましょ」

 フラフラとしていたニチネより先に飛んで行った。

 力なくへたりこむニチネに追いついた、だるそうなピスは不思議そうに、

「ニチネー?もう着くよー」

 上から呼んでいるが、ニチネには全く届かず、顔を真っ赤にしてまだうるさい心臓を抑えていた。

「(久々でもパンチありすぎやろ……!)」


                  *


「これはね、ピスが見たらしいんだけど、人間の踊りなのよ。こんなかんじで手を動かして……」

広場に集まるニンフたちにも新しい流行が訪れようとしていた。隣村の伝統の踊りをニンフたちが真似て遊んでいる。お手本となるニンフを囲んで、周りのニンフたちも動いているが、振り付けがちょっと不思議な動きをしている。

「難しいわぁ」

「でも覚えたら楽しいわね」

ニチネは端で変な動きをしながら、

「(ピスやるやん。みんなが人間に興味持っとるで)」

 一人のニンフが笑いながらやってきた。

「あははは、私、面白いもの見ちゃった」

「どうしたのよ」

「ニチネに伝言よ。最初のクネリがいるところで待ってるって」

「最初のクネリがおるところ?」

「私が通らなかったら一生ああしてたのかしら」

「そんなん知っとるの……ちょお行ってくるわ」と、ニチネは立ち上がった。

「行ってらっしゃい」


                  *


森の開けた場所に出ると、ラプティスがしゃがんで待っていた。

「ラプティス、どうしたん?」

ラプティスは一人納得したようで、

「やっぱりあれ、ニンフだったんだ。いやー、考えてみたらニチネがどこにいるのかさっぱり分からないから、誰か来ないかなって思って叫び続けてたんだ。さっき笑い声だけが聞こえたからさ。上手くいって良かった」

「あ、そっか。いつもあたしから会いに行ってたもんな。いつもの広場の場所教えとったら良かったな」

「ニンフの中に僕がお邪魔しちゃ悪いよ」

「そんなことないって。ええやん」

 ラプティスは土埃を払いながら立ち上がり、落ち着いた声で、

「適切な距離ってあるんだよ」

 急に突き放された様な気がし、人間とニンフの隔たりのようなものを感じてニチネは寂しくなった。

「そういうもんなん……?」

ラプティスはポケットを探り、ぱっと表情が明るくなった。

「今日ニチネを呼んだのは、早くこれを見せたかったからなんだけど……」

ラプティスの手の平に、白いワンピースが二着あった。

「着てみてよ」

 ニチネが恐る恐る近寄ると、ワンピースには、白い中でも光が当たるとキラキラと輝く光沢があった。触れてみると、何とも言えない柔らかい触り心地だ。

「これ……!」

「クネリの毛で作った夏用のネグリジェだよ」

「そうやんな!クネリや!どうしてこれ……」

「二人には頑張ってもらったし、そのお礼も兼ねてね。本当にありがとう」

「そんな……、ええのに」

「さ、上からでいいから着てみて」

 頭からかぶってみると丈感も丁度良く、羽を出す穴も開いている。

「ぴったりや。こんなん作れんのすごいわ。ラプティスは天才やな」

安堵してラプティスは座り込む。

「着れて良かったー」

「ありがとな。まあ、ピスは何もしてへんけどな」

「はは、そんなことないって」

「それにしてもふやふやで柔らかいわ。ジェラート〇ケやん」

「ん?どういうこと?」

 ニチネは嬉しさのあまり、クルクルと回りながら何度も触り心地を確かめていた。


                 *


陽も落ちた頃、木のてっぺんでピスは歓喜していた。

「クネリじゃーん!嬉しー」

「いつものワンピースは誰も来ない木のうろにでも隠しとこーや。今日はこれ着て寝よう」

「はあ~、良い感触ぅ。柔らかいー。早く着よ!」

手早く脱ぎ、すっぽりとかぶったピスは、葉っぱの上で大の字に寝っ転がってバタバタと手足を動かしながら、

「~~~!さいっこー!」

ニチネも緊張しながら着替えると、

「……肌触りええなあ!もうこのまま寝れそうやん」

「早く横来なよ」

ピスの横に寝転び夜空を見上げると体がふわふわと浮きそうな気がしてくる。

「おやすみ」

その日のニチネはクネリに埋もれて幸せな夢を見ていた。


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