第八十二話(閑話)
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一夜明けて、様々な感情を抱えながら夜を明かした救世主達は、その全員が王都のダンジョンではなく、練兵場へと集まっていた。
これは今朝、朝食の時間にそれぞれの専属メイド達が、アレキサンダー王からの伝言を伝えた為である。
曰く、希望者は体調が良くなるまでダンジョン探索を中止し、新たなパーティーメンバーである騎士達との、親睦も含めた訓練を練兵場で行うという選択肢もあるという内容であった。
それを受けた各救世主達が、それぞれ話し合った結果、練兵場にて一堂に会する結果となっていた。
勿論不服を唱えた者もいたのだが、主に勇者とか賢者とか。しかし騎士達からしても、二人の救世主達をほっといて一人の救世主だけとダンジョン探索に行くというのは、今後の事を考えた時に得策とは思えず、その結果言葉を尽くして説得し、共に練兵場での訓練へと漕ぎ着けたのである。
救世主達は、その内心に様々な思いを抱きながらも、マラソンやスキルの習熟などを精力的にこなしつつ、パーティーメンバーとなった騎士達との交流も深めた。
ダンジョンに入らずとも、意外と充実した一日を送る中、昼食の時間となった救世主達は、練兵場の外に用意された見慣れたテーブルに配膳されている食事を前に、各々が抱えている問題の軽重が表面化する。
いつもより肉類が少なめの昼食を楽しみながら、各々が会話を楽しんだり一人物思いに耽る中、大空勇人が一つの提案をぶち上げだ。
「なぁ、もしまだ時間が掛かるようなら、今だけ俺と川上君と天宮さんと御剣さんの四人でパーティー組んで、ダンジョン探索に行かないか?」
和やかな昼食が一転、救世主全員に緊張が走る。
自然と会話が止み、誰もが口を開けず無表情へと変わる中、真っ先に声を上げる者が居た。
「それは建設的かつ最良な意見ですね。僕は全面的に支持しますよ」
信二の顔が強張る。しかし視線さえ向ける事は出来ない。賢治がその様な発言をするのは、己の不甲斐なさが起因となっているからだ。
「飽くまでも今だけ、だけどね。それに俺達だけでも先にレベルアップしておけば、皆が復帰した時に断然フォローし易くなるだろうしさ。天宮さんと御剣さんはどうかな?」
これが勇人の建て前か本音かは定かでは無いが、聞く限り確かに有効かと思える提案ではあった。置いて行かれる者達の心を無視すればだが。
その事に即座に思い至った優美は、信二と同様に視線を二人に向けられず、俯いたまままるで地獄の沙汰を待つ様な心持ちとなる。
水を向けられた聖子と乙女は、特に視線を交わす事も無く端的に返答する。
「私は不参加で。今はメーちゃんやユミちゃんとの連携を深めたいから」
「私も興味は無いな。今の時間も騎士の方達と交流したり、有意義に使えているしな」
取り付く島も無さそうな二人の返答に、しかし勇人も賢治も食い下がる。
「確かにそれは俺達も同じだけどさ。それでもレベルアップを優先した方が良くないか?時間は有限だし、出来るだけ効率良く進めた方が良いと思うんだけど」
「その通りですね。大体これからも同じ様な事が起こる度に、今回の様に足止めされるのでは、レベルアップも儘なりませんよ。今回の出来事を機に、パーティーの再編をするべきです。今動ける者達で新たなパーティーを組みダンジョン探索を進め、残りは時間が掛かる者達同士でパーティーを組めば良いでしょう。そうすれば四人一組が二つでバランスも良いですしね」
「いや、俺は流石にそこまでは言ってないけど……」
だが強く否定もしない。其処にこそ勇人の本音が見え隠れしている様に、周囲に映ってしまう。
それでも賢治の言い分に、他の者達も一定の理解を示してしまうのは、自己責任の風潮が強い日本人ならではなのかも知れない。
「悪いが、私は聖子や優美以外とパーティーを組むつもりは無いんだ。だから新しくパーティーを作りたいなら、他の者達と話し合って好きに決めると良い。お前達がどんなパーティーを作ろうと、私達には関係ないからな」
理解はするが納得はしない。と言うか関わらない。そんな立場を明確に発言したのは乙女である。そしてそれを受けて、聖子も深く頷き肯定を示す。
乙女のはっきりとした言動にトラウマでもあるのか、勇人は直ぐ様黙り込んだのだが、賢治は未だ説得を続けようと言葉を尽くす。
「いえ、それでは解決にならないんですよ。僕達は今すぐに動けるメンバーでパーティーを組み、直ぐ様探索を始めたいのですから。それには御剣さんも天宮さんも必要なんです」
「それなら君と勇人で組むと良い。確か川上君は元々上野君との二人組だっただろう?なら勇人との二人組でも問題はない筈だ。決まりだな」
「た、確かにその通りですが、其処に御剣さんと天宮さんが入って下されば、更に戦力は増しますし、結果として探索速度の大幅な上昇が見込めます。それは最速でのレベルアップにも繋がり、結果としてハルマゲドンでの生存率も上げられるのです。更に僕達が先行する事で、後続となる彼等に有益な情報を齎す事も出来るでしょう。それは結果的に探索における危険度を大きく下げる事に繋がりますし、それによって彼等が新たなトラウマを抱える可能性すら下げられる筈です。つまり僕達がパーティーを組むという事は、誰にとっても不利益のない最善の策なのです」
賢治は言葉を尽くす。思いつく限りの利点を述べ、彼女達の責任感に訴えかける。
周囲は驚く。彼が此処まで熱心に言葉を尽くす所など見た事が無かったからだ。
その熱気に圧される様に、救世主達の視線が聖子と乙女へと向かっていく。
様々な思いや思惑が多分に含まれた視線を受けた二人は、互いに苦笑を浮かべながらも、視線のみのやり取りで結論を導き出す。
「まあ確かに、川上君の言う事にも一理位は有るのかも知れないが、それでも私達は断るよ。何度も言うようだが、私がパーティーを組むのは聖子と優美だけだよ。ただ、君達二人がパーティーを組んで、ダンジョン探索に向かう事についても反対する気は無いから、その辺りの事は君達で話し合って決めたら良いんじゃないかな」
「私もメーちゃんと同じ意見だからゴメンね」
「ほ、ホントにいいの?」
賢治が何かを言う前に、優美が二人に問い掛ける。その目には、二人の返答が嬉しいような、申し訳無いような複雑な感情が宿っていた。
「ああ勿論だよ。それよりも優美はもう食べ終わったのか?」
「う、うん。もう食べ終わったよ」
「そうか、聖子はどうだ?」
「私ももうお腹いっぱいだよ」
「じゃあ私達は先に馬車に戻ろうか」
乙女はそう言うと、男子達の反応も確かめないままに、さっさと二人を連れて馬車に戻ろうと動き出す。
「それじゃあ私達は先に失礼するよ。新しいパーティーの事は皆で話し合ってくれ。私達は特に反対したりしないから」
「ちょ、ちょっとまだ僕の話は……」
「あぁ、分かったよ御剣さん。それじゃあまた後で」
「あぁ、また午後の訓練でな。川上君も」
未だ何かを言い募ろうとした賢治の言葉に被せる様に、強引に割り込んだ勇人が乙女とのやり取りを終わらせる。横から凄まじい視線を飛ばしてくる賢治に気付きながらも、勇人は笑顔を浮かべたまま、馬車へと向かう女性陣を見送った。
「ふぅ。仕方ないだろ?あのまま何を言ったって、御剣さんは意見を変えないだろうし、その上今以上に壁が出来たらどうするんだよ」
またしても賢治の機先を制する形で、勇人は感じたままの見解を述べる。それこそが賢治の神経を逆撫でするとは思わぬままに。
「それは君の説得力が足りないからでしょう。僕なら後少し言葉を尽くせば、彼女達にも多くの利点を理解させる事が出来た筈なのに。よりにもよって君の好感度稼ぎの為に邪魔するなんて、信じられない愚行ですよっ。本当に有り得ない!」
「いやぁ、流石に無理だと思うよ。別に川上君がどうとかじゃなくてさ。多分彼女達は効率良くとか利点がどうとかは興味が無いんだろうね。まぁ勉強一筋だった君には分からない事なのかも知れないけど」
当然勇人に煽ったつもりはない。フォローしたとさえ思っていた。しかし確実に煽られたと感じた者が居る。当然両者の溝は深まる。そこに更なる火種が投げ込まれる。
「ところでお二人さんはよお。結局新しくパーティー組んでダンジョンに行くのかよ?」
努めて冷静に、と自身に言い聞かせている様な、様々な感情を押し殺した平坦な口調で大地が問う。
「あ、あぁ~どうする?」
「………………」
先程までの雄弁さは何処へやら。勇人も賢治も途端に口ごもり、はっきりとした答えを返せないで居た。
肯定すれば男子二人でのダンジョン探索行き、否定すれば先程までのやり取りは何だったのか、という視線に晒される事が明白な為、どちらも安易に方針を示せなかった。
その根底には、未だ女子達とのダンジョン探索を諦め切れていない、という事も大きく関係していた。
「チッ、なんだよそりゃあ。んじゃあ午後の訓練はどうすんだ?」
「それは勿論参加するよ。流石に午後からダンジョンに行っても、大して探索に時間が取れないだろうから」
「そうか。そんだけ聞ければ十分だ」
もう用はない、と言わんばかりの振る舞いで大地は席を立つと、そのまま一人馬車に向けて歩き出す。
思わず勇人は立ち上がると、直ぐ様その背を追う。更にその背を樹が慌てて追っていく。
「おい。なんだよ大地、怒ってるのか?」
「いんや別に」
「いや怒ってんだろその感じは。あれは飽くまでも一時的な話だからな。川上君が途中で変えちゃったから誤解してるかも知れないけどさ。俺が提案したのは一時的な話だから」
「んな事言われなくても分かってるよっ。俺達がさっさと吹っ切れば良いだけって事もなあっ!そうだろ樹っ!」
「えっ!?……う、うん。俺もそう思うよ。俺もさっさと克服しないとって」
「何だそうなのか。まあでも、あんまり無理して急がなくても大丈夫だからな。心の問題は時間が掛かるって言うからさ。俺はちゃんと待ってるから」
「「………………」」
じゃあさっきの話は何だったのか、という疑問を二人は何とか抑え込んだ。それは己の情けなさを自覚しながらも、男として残された最後のプライドだったのかも知れないし、聞いたら最後今の勇人から、一体どんな返答が返ってくるのか想像もできず、不気味だったからかも知れない。
ただ勇人としては、掛け値なしの本心で大地達に自身の気持ちを伝えていた。
先程の提案にしても、探索出来る者はさっさと先行してレベルを上げた方が、後々全体としていい結果になると思っての提案であったのだ。勿論僅かも下心が無かったとは言わないが。
どちらにせよ、勇人としては飽くまでも応急処置としての提案であり、大地達が復帰するまでの暇潰し程度の認識であったのだが。
一方大地達からすると、自身の不甲斐なさを自覚しつつも、勇人の提案はまさに、自分達を切り捨てる為のものとしか思えなかったのだ。
それは抱えたトラウマへの認識の差が大きかった。
勇人は、大地達のトラウマを大袈裟であると考えていた。何故なら自分は特に何も感じなかったから。大地達も、初体験に少し過敏になっているだけだろうと。口では時間が掛かると言いながらも、長くても二日三日もあれば、自然と乗り越えていくだろうと。最後には笑い話へと変わって、爆笑で吹き飛ばす程度の事だろうと。
対して大地達は、トラウマの克服に全く先が見えていなかった。そもそも日本の高校生が抱えるには、余りに特殊すぎる問題であるし、その上この世界にはカウンセラーも居ない為、はっきり言って克服どころか完全に途方に暮れていたのだ。
しかし此処に来て、彼等もそうは言っていられなくなった。
勇人の提案に端を発した一連のやり取りは、彼等に危機感を強く植え付けた。置いて行かれる、切り捨てられる、といった大凡悲惨な末路しか思い浮かばない立場に、自身が追いやられるかも知れないとなれば、心が震える様なトラウマとも、早急に蹴りを付けなくてはならないのだと。
そんな彼等の後ろ姿を視界に収めながら、賢治は一言信二に告げる。
「僕は別に、君に謝る様な事はありませんから」
本当に謝る事が無い奴は、わざわざそんな事は言わない。
信二の内心にそんな言葉が降りてくるが、勿論口に出したりはしない。碌な事にならないからだ。それに信二自身も負い目を感じているからだ。
ゴブリンを殺したぐらいでウジウジするな、と信二自身が一番に思っているからこそ、現状が歯痒くて仕方なかった。だからこそ掛け値無しの謝罪の言葉が自然と零れ落ちる。
「う、うん。僕の方こそごめんね」
「い、いえ。まぁ、初探索でしたから、不慣れな部分が目立っても仕方無いでしょう」
「うん。ありがとう」
「いえ。……どういたしまして」
和解と言うべきか、はたまた現状維持と捉えるべきか、どちらにせよ賢治達もその場から立ち上がると、馬車へと連れ立って戻っていく。
救世主達の間に燻る火種がどの様な燃え方をするのか、もしくは火花が散る程度で鎮火されるのかは定かではなかった。
ただ、午後の訓練は彼等の覚悟を表すかの様に激しさを増したものとなった。
そして翌日。救世主達の姿はダンジョンにあった。
勿論昨日一日でトラウマを乗り越えた訳ではなく、ただ一つの現状を認識したのだ。盤石ではないと。きっかけ一つで自身の立場を失う事もあるのだと。
期せずして、勇人と賢治の提案は、彼等から甘えの一つを強引に奪い去った。日本人同士だとか救世主同士だとかいう理由に縋り、他者に一方的に甘えるのは危険だと。
彼等はダンジョンを進む。
未だトラウマを抱えたまま。
何一つ解決を見ないまま。
それでも彼等は戦う。それを続ける事で、いつか自然と乗り越えられる事を願って。克服できると信じて。
彼等が戦い続ける中で、抱えたトラウマを克服できるのか、はたまた乗り越えられるのか、もしくは殺す事自体に慣れてしまうのか。それは彼等自身にも分からなかった。
一つだけ言える事があるとするならば、もし彼等が抱えたトラウマを克服する事無く、モンスターを殺戮する事自体に慣れてしまった場合、間違い無く彼等の価値観は大きな歪みを伴った変貌を遂げるだろう。
ただ、それが人として正しいのか否か、もしくは日本人として正しいのか否か、はたまた救世主として正しいのか否かは、誰にも分からない事であった。
こうして彼等のダンジョン探索は、多くの火種を燻らせたまま本格的に始まる事となった。
是非ともまた、お越しください。




