第八十一話(閑話)
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いつもの時間に始まった夕食会は、これまでに無い程重苦しい雰囲気に包まれていた。斗真が追放された翌日の夕食会の方が、もうちょっと活気があったくらいだ。あの件については喜んでいた者達も居たからだが。それなのに今は誰の顔にも笑顔はなく、それどころかテーブルに並べられた美食の数々に、苦々しい顔をしている者達の方が殆どだ。
勿論主催者であるアレキサンダー王は、それぞれ教導役の騎士達から、救世主達のダンジョン探索における一連の顛末を聞き及んで居たので、各々の浮かべる地獄の様な表情にも、一定の理解を示していた。
しかし、中には理解が及んでいない者もいた。唯一と言っても良い。大空勇人その人だ。
有り余った時間の全てを異文化交流に注ぎ込んだ勇人は、時間も経った事だし大地達も落ち着いた頃だろうと、意気揚々と食堂に来たところ、アレキサンダー王以外に誰もなく、更にそこそこの時間を二人きりで過ごさねば成らず、中々に気をすり減らす結果となっていた。
そんな中、ようやくかと思える程の時間が経って、続々と食堂へとやってきた救世主達の顔色が、押し並べて悪い事に気付いた勇人は、それまでの息苦しいサシトークの反動もあり、いつもなら察する事が出来た筈の雰囲気に気づかぬまま、不用意に彼等の泣き所に触れてしまう。
「おいおいどうしたんだよ、皆してそんな暗い顔してさぁ。初探索も無事終えた事だし、景気付けにも楽しくいこうぜ!」
勇人の言葉に他意は無かった。悪意や悪気なんて毛頭無かった。大地や樹のリバースをイジる意図なんて以ての外だ。毛程も無かったのだ。どちらかといえば、んな事忘れてウェーイしようぜっ!と言った陽キャらしい振る舞いだったのだが。
しかし残念な事に、あの後も一人部屋で吐き続けていた者達には、勇人の振る舞いは全く違う印象を与える結果となる。
「…………お前は随分楽しそうだな。あんな気色の悪い経験しておいてよお。良くそんなはしゃいでられんな。頭おかしいんじゃねぇのか」
食堂までの道中で顔を合わせた他の面々は、各々の顔色を認識した途端、少なくとも自分以外もあの光景に忌避感や嫌悪感、もしくは罪悪感といった物を抱えたのだと理解していた。勿論例外もいたが。
「気色悪いって大地、ゴブリンを倒しただけだろ?それを頭おかしいって大袈裟だよ」
「確かに大空君の言うとおりですね。あの様な下等生物を殺したぐらいで一々凹む様では、これから先が思いやられますね」
「テメェはどうせ、騎士の後ろでこそこそと魔法を撃っただけの卑怯者だろうから分かんねえだろうよっ!」
「ハッ!賢者たる僕が後方から魔法を放って何が卑怯者ですか。腰抜け内弁慶の臆病者がっ」
「テメェ!マジでぶっ殺すぞコラァッ!」
「それで部屋に引き篭もって泣きながらゲロを吐くんですか?コメディも顔負けの間抜けっぷりですね」
己の情けなさを自覚しているからこそ、より攻撃的になる大地と、探索初日を満足に過ごせず台無しにされたと不満も露わな賢治の口論に、俄かに熱気を帯び始めた食堂で、しかしその輪には入らずに、静かに席に着く女性陣に気付いたアレキサンダー王が声を掛ける。
「聖女様はダンジョン探索後に、身体の不調などは無かったのかのう」
「ええ。私やメーちゃ、御剣乙女は何というか、慣れていますから」
「えっ?え、今天宮さん慣れてるって言った?に、日本でゴブリンを殺すのに慣れてるってどう言う事?居たの?ゴブリン?日本に」
聖子は特別大きな声で返答したわけでも無かったのだが、その驚きの内容に、その場を支配していた幼稚な罵詈雑言の喧騒を貫いて、食堂中に響き渡った様だ。
そんな中、恐る恐るといった調子で聖子に言葉を掛けたのは勇人である。
それを皮切りに食堂内の視線を一身に受ける事となった聖子は、突如として擦り付けられた在日ゴブリン殺戮疑惑について釈明する。
「違いますよ。私とメーちゃんは道場の鍛錬の一環で、狩猟期間中に捕獲される害獣の駆除を手伝って居たんです」
聖子の話によると、彼女達は乙女の祖父から精神修養の名の下に、中学生の頃から狩猟期間に入ると、祖父の知り合いのハンターに頼んで、山で捕獲した猪や鹿などにトドメを刺す訓練を積んでいたのだ。当然の様に解体もである。
それ故に、生き物をその手に掛ける事に対する、気持ちの折り合いの付け方を学んでおり、更にその際ハンターの人達から、害獣の害獣たる所以を聞いていたせいか、ゴブリンの事も人型の害獣の様に捉える事で、それ程精神に負荷を掛ける事無く討伐する事が出来ていたのだ。
「な、成る程。御剣さんのご実家は中々凄い所だね」
「まぁな。私達も初めはまともに食事を取れなかったものだが、まぁ毎年やっていれば慣れもするさ。何だかんだ猪も鹿も美味しかったしね」
「あぁ、食べたんだ。猪も鹿も。……凄いね」
あっけらかんとした乙女の言い草に、流石の勇人も顔が引き攣る。と言うより事前に聞いていた優美以外の救世主達の顔は、どれをとっても甲乙付け難い程に引き攣っていた。
「……いや、おかしいだろ!猪にしろ鹿にしろゴブリンとは見た目が全然ちげえだろっ!」
一人我に返った大地が放った一言が更なる議論を呼ぶ。
「見た目って。さっきから大地は何を言ってるんだ。ゴブリンなんて二足で動いてるだけで、本質的には猪や鹿と変わらないだろ」
「変わるだろっ!四足と二足じゃ全然ちげえだろっ!あんなの殆ど人だろうがっ!」
「いや人って。仮にそうだとしてもさ、お前だって日本で散々ケンカしてたじゃないか。その時は気にせず人の顔ぶん殴っといて、今更何言ってんだよ」
「ケンカで人殴るのと、人型の生き物殴り殺すのとじゃあ全然ちげえだろっ!イカレてんのかっ!」
「なら貴方はハルマゲドンが終わるまで、部屋で泣きながら過ごすと良いですよ。勿論好きなだけゲロも吐けば良いでしょう」
「うるせえっ!テメェは黙ってろっ!」
「落ち着けよ大地。それに人の顔だって殴れば死ぬ事はあるんだぞ。それを散々やっておいて今更……」
「今そういう話をしてんじゃねぇんだよっ!何で分からねえんだよ!」
夕食を前に、救世主達の喧々囂々の議論を見つめるアレキサンダー王は、ダンジョン探索において初のモンスター討伐に動揺を示さなかったらしい天宮聖子、御剣乙女、大空勇人、川上賢治の四人を見据えると、以前宰相と元帥に話した『本来の救世主はその四人であり、他の者達は巻き込まれただけの一般人』という説の確証を得たと内心で独りごつ。
(やはり儂の考察は正しかったか。ゴブリン如きを殺した程度で動揺するなど、子供でも有り得ぬ事じゃ。となれば、その様な醜態を見せた四人は、やはり本来は救世主足り得ぬのであろうな。偶然召喚巻き込まれ力を与えられただけの者達に、救世主たる素養は無いか。いやしかし、彼等の持ちうる力もまた、やはり規格外である以上は、何とか戦力として期待したいものじゃが、はてさてどうしたものか)
結局その日は何一つ解決する事は無かった。
互いに罵り合うばかりで分かり合う事は無く、食事にしてもゴブリンショックが抜けきらない者達は、野菜や果物、スープといった物しかのどを通らず、満足いくものとは到底言えなかった。
しかし、一人で行き場のない思いを抱え込んで居た者は、自分以外も同様の葛藤を抱えている事や、ある程度気持ちを吐き出せた事で、少しは落ち着いた顔色となり、それぞれの部屋へと帰っていった。
その様子を見送るアレキサンダー王にしても、彼等に気の利いた助言を送る事は出来なかった。
アレスティアに生きる殆どの人々にとって、彼等が抱える葛藤は、どこまで行っても奇妙で意味不明なものでしか無いからだ。
それはアレキサンダー王に直接報告した騎士達の様子からも見て取れる事であった。彼等も国王に報告しながらもその理由については、一様に原因不明と首を傾げていたからだ。それも今後の不安を大いに滲ませながら。
しかしアレキサンダー王に不安は無かった。
それは本物の救世主四人と、それを導く真なる聖女が変わらず健在であるからだ。彼女等こそが救世の光であり、我らが守護者であるのだと心から信じていた。
とは言え、トラウマに苦しむ他の救世主達にも手を差し伸べるべく、アレキサンダー王は自らの政務の合間に思考を巡らせては、解決策を編み出さんとしていた。
売れる恩は売れる時に売れるだけ売る。
彼は彼の仕事を全うしようとしていた。
そんな事とは露知らず、自室へと戻った女性陣は、落ち着きを取り戻した優美と、三人揃ってベッドに座りながら雑談を交えつつ、明日以降の予定について話をしていた。優美を真ん中に、その両脇を聖子と乙女で挟み込んでいるのは、未だ優美の精神が不安定なままだという証左であろう。
「それにしても驚いたよねぇ。まさか大村君までねぇ」
聖子は言葉を濁しながらも率直な感想を漏らす。その様子に彼女の意図を汲みながらも、思わず苦笑を浮かべつつ乙女は同意する。
「まぁ、普段とのギャップはあったな」
「ねぇ~。それに土屋君と上野君もだよね」
食堂での他の面々の様子を、聖子は目聡く確認していた。其処には優美に対する、一人じゃないよという意図が言外に込められていた。
「その、こう言うと皆に悪いんだけど、ダメだったのが私だけじゃなかったのは、正直安心しちゃったかな」
泥を被る様な聖子の振る舞いのお陰か、優美も率直な心根を吐露する。幾分か気が楽になった様な顔付きをしているのは、聖子や乙女の見間違いでは無さそうだ。
「だがそうか。あの大村でも、ああなるのか……」
優美に対する心配が僅かに減ったせいだろうか。乙女はそう小さく独りごちると、物憂げな表情を浮かべながら、室内に何処と無く視線を彷徨わせる。
「メーちゃんどうかしたの?何か心配事?」
秒で乙女の異変を察知した聖子は問い掛ける。
しかし、いつもなら直ぐ様返ってくる筈の返事が遅い。その上未だ物憂げな表情は変わらず、視線も何処かを彷徨ったままで、焦点が合っているとは言い難い。ともすれば、今度はメーちゃんが体調不良か?とそんな思考が聖子の頭を過ぎる。その瞬間、反射的に乙女の手を強く握る。それでやっと乙女が物思いから浮上した。
「っ!な、何だ聖子いきなり。ビックリするじゃないかっ」
「何だはコッチの台詞だよお!メーちゃん急に黙っちゃうんだもん。声を掛けても無視するしぃ~」
「そ、そうか。それは済まない。気が付かなかったよ」
「まぁ良いけどぉ。それで?私の声が聞こえなくなる程、一体何を考え込んでいたのかなぁ?」
野次馬根性丸出しといった聖子の問い掛けとは裏腹に、その目には心底乙女を案じる心が映っていた。
その事に気付いた乙女は、随分と気を使われたものだと思いながら、少しばかり温かくなった心中に、今なお湧き上がる不安を語る。
「まぁ、何と言うかな……。あの大村でさえ初の実戦でああなった訳だろ?なら一人武者修行に行った斗真は、今頃どうしているのかなってね」
軽い口調で語りながらも、浮かべる苦々しい表情から、余り良い想像は出来ていない様子である。
「「………………」」
聖子も優美も上手く言葉を紡げなかった。
特に優美は、今日の経験をもし一人きりでしていたらと思うと、途端に胸が苦しくなる。
聖子としても、実は斗真は城から無理矢理追い出されたのでは?と考えて居た為、もしかしたら三人の中で最も悲惨な状態を想像していたのかも知れない。
「斗真も一人、泣いては居ないだろうか」
静まり返った部屋にあって、乙女の発した小さな呟きは大きく響き渡る。考え込んでいた二人の耳にも勿論届く。そして自然と耳にした情景を思い浮かべてみる。今日優美の姿を見たばかりのせいか、かなりリアルに想像出来てしまう。それ故に。
「ブッ!……フフッ、フフフッ」
「お、おいっ聖子!何で其処で笑うんだ!」
「だっ、だって、あの斗真君が、膝を抱えて泣いてるなんて、プッククッ、あ、有り得ないよっ」
「そ、そんな事っ。……あの大村でも相当参ってたんだぞっ!だったら斗真だって!」
会えない時間が何を育んだのか知らないが、どうやら乙女の中で斗真に対する印象が、『常に無表情で他人事の様に振る舞う何を考えているのか分からない男子』と言うものから『未だ未熟で何かと手の掛かりそうな弟弟子』というものへと大きく変わってしまっている様だ。
勿論これは乙女の中だけの変化であり、他の二人には全く共感されないものであった。
「確かに斗真君も、もしかしたら色々と抱え込んじゃうかも知れないけどさぁ。でも何て言うのかな?斗真君なら、結局は目的の為にあっさりと乗り越えちゃいそうなんだよね。強くなる為とか、ジョブスキルの為とか言って。だってそうじゃないと、一人で異世界のお城から飛び出したりしないでしょ」
「確かにそうかも。それに練兵場でも、騎士の人相手に何度も立ち向かって居たもんね」
「それは確かに……。いやだがっ、そういう斗真だからこそ意外と……」
どうやら優美としても、自身のように泣き崩れる斗真の姿は想像出来なかったようだ。
それと同時に、斗真の練兵場での姿や、その後に皆で交わした約束などを思い出し、自然と今の自分が向き合うべき事や、遣るべき事などに思考が向く。
聖子と乙女が互いの斗真論を交わす中、優美は一人深く内心と向き合う。視界が闇に閉ざされ、二人の姦しい声が徐々に遠く薄れていく。脳裏を過ぎるのは決して愉快なものだけでは無いが、それでもしっかりと見つめる。その先に光明がある事を信じて。
彼女達の夜が更けていく。それぞれが胸に不安と希望を抱きながら。明日が今日よりも、より良い日である事を願いながら。
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