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第四十話 (上野信二)

性的な表現があります。苦手な方には申し訳ないです。

 

 僕は異世界で暗黒騎士になった。


 僕は、もし今手元にスマホがあれば、直ぐ様ネットにそう書き込んだだろう。当然写真や動画も山ほど撮った上で、釣り認定してきたバカ共を煽りに煽ってやるのだ。


 僕はそんな風に現実逃避しながら、馬車の中を見回した。不機嫌そうな川上君に、外を眺め続ける地井君、そして異世界で現実を妄想する僕。うん、間違い無くハズレグループだな。


 僕はそんな益体もない事を考えながら、お城までの長すぎる馬車移動を過ごしていた。


 僕は異世界に召喚されても、なるべく目立たないように振る舞っていた。理由は単純だ。今の僕はネット小説の主人公の様に強くないからだ。


 そう、僕はアニメ、ゲーム、マンガ、ラノベ、ネット小説何でも御座れのエリートオタクなのだ。


 当然僕は教室で異変を感じた瞬間、これが異世界召喚だと見抜いていたし、天宮さんが王様と話している間に、こっそりとステータスを見て自分のジョブやスキルなんかを把握していたのだ。


 そしてその後、皆のジョブの発表とジョブスキルの実演をしてその能力を確認し終えた後、一度冷静になってからじっくりと考えた結果『僕のジョブは、僕とは相性が悪い』という事が分かった。


 理由はこれまた単純で、僕は運動がそれ程得意ではないのだ。運動音痴という程では無いけれど、低めの身長と重めの体重のせいで、瞬発力も持久力も皆無なのだ。

 そんな僕がよりにもよって騎士なんて、頭に暗黒が付いて様と付いて無かろうと、動かなければならない事には変わらないのだろう。そして動かなければならない限り、僕は完全に無力だ。


 今となっては、召喚直後に感じていた万能感や無敵感などは完全に霧散していて、諦めの胸中にあった僕は、その後も目立たないように過ごしたが、最低限のアピールだけはしておいて、無能追放ルートを潰す事には、どうやら成功した様だった。


 そんな回想をしていると、ようやくお城に着いたようで、僕達は揃って馬車から降りた。その際川上君が聞こえよがしに異世界をディスっていたけど、僕は巻き込まれないように注意しておいた。


 どうやら川上君は、賢者というジョブを手に入れたせいで、現在進行形で黒歴史の制作に入ったようだ。


 確かに練兵場で見た川上君のスキルは凄かったし、多分今の僕達の中で一番強いのは、川上君で間違い無いのだろう。

 其れに引き替え地井君は、僕達の中で唯一ジョブスキルを発動させる事が出来なかったのに、それを気にした素振りを見せずに、今もお城の内装をキョロキョロと見回している。はっきり言って不気味だ。

 そういえば地井君には、日本に居た時から良くない噂が流れていたっけ。どちらにせよ、余り親しくしない方がいいだろう。


 その後僕達は、王様からざっくりと一連の説明を受けて、それぞれの部屋も与えて貰った。


 僕は専属となったメイドに目をやると、彼女はニッコリと微笑んでくれた。天使だ。

 日本では、女子と目が合う事すら無かったというのに。


 僕は、ここからメイドさんと楽しく会話できるだけのスキルを持ち合わせていない為、苦し紛れに、汗を流したいとだけ伝えた。

 すると彼女は、畏まりましたと頭を下げると、隣接した小部屋へと向かった。

 僕は部屋の内装を見ずに決めた為、メイドさんの後を追って小部屋に何があるのかを確かめた。


 僕は、小部屋に入って真っ先に視界に飛び込んできた物を認識すると、直ぐ様この部屋が何の為の部屋かを理解した。

 僕の考えを肯定するように、メイドさんが魔法で浴槽に水を溜めると、何らかのアイテムを使い湯を沸かしていた。


 その光景に僕は内心で安堵した。もしメイドさんが薪を割り、それに火をつけ、必死に空気を送り込み始めたら、とてもじゃないけど申し訳なさすぎて、風呂に入るどころじゃ無くなっていただろうからね。


 僕が手軽に用意された風呂に入ろうとすると、メイドさんがお手伝いします、と言ってきた。正直期待していました。

 僕は固まり悩む振りをして、ある程度の時間を稼ぐと、お願いしますと礼儀正しく告げた。


 僕は決めていたのだ。自分のジョブとジョブスキルの効果を確認し終えた時に、この国、この世界から与えられる全ての恩恵を享受しようと。


 もし僕に、日本で愛読していた数々のバイブルの主人公の様な、圧倒的な力が与えられていたのなら、僕は直ぐ様好き勝手に行動しただろう。


 勝手に異世界召喚なんてしやがった王様をぶっ飛ばして、襲い来る騎士達を薙ぎ倒して、この国のお姫様を攫って、目に付く美幼女から美女までを徹底的に攫って、その全員を僕のモノにして、好き放題楽しみながら100日後を迎えて、満を持して現れた魔王をワンパンして日本に帰る。


 だけどこれは日本でも異世界でも、只の妄想でしかなかった訳だけど。というか少なくとも僕に限らず、他のクラスメイトにも僕の妄想の様な事は出来ない筈だ。


 確かに僕に比べると、強力なジョブスキルを持っている人もいたけど、所詮はレベル0なのだ。

 この世界のレベル上限が幾つなのかは知らないけど、それが99だろうが100だろうが255だろうが1000だろうが、0が雑魚である事には変わりないのだから。


 だから僕はこの世界の人々を怒らせるような振る舞いは避けて、与えて貰える恩恵はむしゃぶり尽くすと決めたのだ。

 勿論レベルが上がってツエー出来そうなら、それも吝かではないけれど。


 僕が基本方針について確認していると、メイドさんが僕の服を手早く脱がし、お湯で軽く洗い流すと、手を泡だらけにして、僕の体を擦り始めた。天国だ。


 僕は入浴以外の補助も受けて、異世界生活に心から万歳していると、夕食の時間となり食堂へ向かった。


 食堂に入ると既に座っていた男子から、妙な気配を感じた。いや僕には分かる。皆天国を知ったのだな。

 只この場には女子もいる為、露骨な話題は避けるべきだし、そもそも僕には猥談出来るような友達はいない。


 僕が微妙に居心地の悪い空気に、一か八かのネットネタを放り込もうかと覚悟を決めようとしていた時、ようやく最後の大村君が食堂に現れた。大村君は悪びれた様子もなく、それどころか露骨に天国を匂わす発言をして、大空君達を慌てさせていた。


 僕は大村君の下品な振る舞いに、僅かに眉をしかめた。

 そうじゃない、そうじゃないんだよなぁ。

 女子のいる前での猥談は、もっとコソコソと行うべきなんだ。コソコソしつつも、漏れ出てしまうキモさを女子に察知され、ブチギレされるまでが男達の猥談のあるべき姿の筈なのだ。


 しかし僕は、その様な考えをおくびにも出さずに、気配を殺しながら夕食を終えた。

 癖になるのかな?気配を殺すの。


 部屋に戻った僕に、メイドさんが照れたような表情を浮かべながら耳元で囁いた。


 就寝まで如何されますか?


 僕は、如何様にもされます。と答えになったのか、ならなかったのか良く分からない言葉を発しながら、メイドさんに身を任せた。


 翌日の朝は、これ以上無い程スッキリとした目覚めを迎えた。一瞬、僕死んだのかな?と勘違いしてしまう程のスッキリ加減だった。

 僕は朝の支度を済ませると、馬車に乗り練兵場へと向かった。


 そして始まった朝の訓練は、僕の想像を上回る程地味だった。


 いきなり練兵場の中を一周走らされたと思ったら、これまたいきなり指導員を付けられ、ジョブスキルとアクティブスキルの発動訓練を始めたのだけど、僕のスキルはどちらも強力ながらも地味なようで。


 奪命剣は、僕が持った武器なら剣に限らず効果を発揮するみたいで、武器に黒い靄のようなものが纏わりついて、その武器で相手を攻撃すると、相手に与えるダメージのみが防具を貫通して、肉体に直接ダメージを与えるというスキルだった。


 試しに鎧を着た騎士の指導員の腹部に奪命剣で攻撃したところ、鎧には僕の拙い剣術による僅かな傷しか付かなかったのに、騎士の肉体にはまるで鎧を着てない状態で、直接攻撃を受けたようなダメージと、それを証明するかの様な濃い痣が出来ていた。

 だけど、僕の一連の行動を周りの人から見たら、只黒い剣を振り回していただけ、としか映らないだろう事は想像に難くなかった。


 そして闇魔法で、現在レベル0の状態の僕が使えるのは、マインドボールのみの様で、僕はボロい鎧を着た案山子に何度もスキルをぶつけたのだが、マインドボールは、相手の精神にダメージを与える魔法の様で、案山子に何度もぶつかっては、その見た目には何の効果も及ぼさないまま、ねっとりと吸い込まれていくだけだった。


 僕の朝のスキル訓練は、この様な地味なスキルの検証で終わった。


 僕はようやく昼休みになり、ゆっくりと昼食を食べようと思っていると、何やら他のクラスメイト達はスキル訓練の後で興奮しているのか、やたらと攻撃的になっていた。


 特に驚いたのが、学校では運動音痴のガリ勉として名を馳せていた川上君が、これまた脳筋として名を馳せていた大村君にケンカを売ったのだ。より正確には煽られてキレただけとも言うのだろうけど。

 ここが学校なら、川上君はベコベコにされていたのだろうけど、この世界における川上君は、現在クラスメイトの中では圧倒的な力を持っているから、最初は煽っていた大村君も次第に表情を青くして、最後には俯いてしまったのだ。


 僕は勝ち誇った顔をしながら昼食を食べる川上君を横目に見ながら、これからの日々を誰について行くのかについて考えていた。


 僕のジョブでは、一人で好き勝手に振る舞う事は出来ないだろうから、ダンジョンに限らず誰かと一緒に行動して貰った方が色々と安全に過ごせるだろう。

 では、誰について行くのがいいのかというと、少なくとも女子のグループには入れないだろうから除外するとして、そうなると選択肢は二つしかないんだよな。


 一つは大空君のグループに入れて貰う事だろう。彼のグループならこの世界に限らず、日本に戻った後でもリア充として過ごす事が出来る筈だ。

 ただし欠点もある。一つは大村君の存在だね。彼はいつだって傍若無人な振る舞いをしているから、学校でも土屋君なんかがよくパシリの様に扱われているのを目にしたもんな。

 もう一つは大空君のグループに入るなら、僕もリア充らしい振る舞いを身に着けないと、ガッツリ浮いてしまうという事だろう。流石に彼ら陽キャの中に僕みたいな陰キャがそのまま交ざると、悪目立ちするのは確定しているからね。


 そうなると僕に残された選択肢は、川上君について行くという事だけだ。

 ただ、先程の昼食の時もそうなんだけど、今の川上君は、賢者の力に泥酔してるような状態だから、この世界にいる間は良くても、日本に戻った後が怖いんだよな。絶対大村君とは揉めそうだし、しかも現時点で川上君は一人で行動してるから、そもそも川上君自体がグループを組みたがらないのかもしれない。


 確かに川上君の力なら、それなりにツエー出来そうな感じはするけど、どう考えても壁役はいると思うんだけどな。あっ、でもそうなると川上君と組んだら必然的に僕が壁になるのか、マジか……他人と口喧嘩すらした事が無い僕が、モンスター相手に壁にならなきゃいけないのか……いやっ、僕のジョブが暗黒騎士である限り、誰と組んでも壁役は確定か、う~ん。


 僕はクラスメイト達の騒動には関わらないようにしながら、自分の身の振り方について考えていた。


 僕は周囲の動きに合わせて昼食を終え、馬車に戻り時間を潰すと、ようやく午後の訓練の時間になった。

 僕が目の前に並べられた幾つもの武器に目を輝かせていると、地井君が騎士団長に刀は無いのかと聞いていた。

 僕は顔に出さない様にしながらも騎士団長の答えを待っていると、この世界には刀が無いという事が分かった。まさかの聖剣扱いである。これには流石に驚いたし落胆もした。折角の異世界なんだから、刀を持って無双したかった。


 僕の落胆に追い討ちをかけるように、僕の装備はロングソードと盾になってしまった。


 初めに僕は短剣の二刀流でいこうと思ったんだけど、モンスターと戦う事を考えた時に、短剣ってかなり短く感じたから、並べられてある武器の中から、なるべく大きくて、扱いやすい武器を選んでいると、ゲームの序盤で見かけるようなロングソードを見つけて、試しにそれを振っていたら騎士団長がやってきて、僕と田村さんは共に騎士なのだから、と言って盾を渡してきたのだ。


 正直僕はロングソード一本でも重さ的にギリギリだったから、最初は勇気を出して騎士団長の提案に断りを入れたんだけど、騎士団長はそこから僕に顔を近づけると、騎士が盾を持つ意味や意義について熱く語り出して、その内容は僕の心に全く届かなかったけど、その押しの強さには負けてしまい、僕は盾を持つ事を了承させられてしまった。


 しかもその後、僕達には革の鎧が配られて、それぞれが試しに着終わると、そのまま武器を持ってのランニングが始まったのだ。只でさえ運動不足の僕が、鎧だの剣だの、挙げ句の果てには押し付けられた盾までも装備して走らされるなんて、騎士団長の悪意を感じずには居られなかった。

 いくら僕が鎧の重さを感じないとはいっても、動き難さはそのまま感じているのだ。でも同じ装備の田村さんが先頭集団の中で走っていたから、僕だけが文句を言うわけにもいかなかった。


 それに悪い事ばかりでもなかった。僕はこの機会に川上君に近付く為に、朝と同様に最後尾を川上君と一緒に走ったのだ。それも今回は僕の方から川上君に一緒に走ると言った上でだ。

 これで川上君に僕の意志が伝わった筈だ。


 僕はあの後馬車で考えた結果、川上君について行く事に決めたのだ。やっぱり今更、既に出来上がっているグループに入るよりかは、これから出来上がっていくグループに早めに入っていた方が、未だマシなんじゃないかと思ったんだ。

 まあ新しく出来るもなにも、十中八九僕と川上君だけのグループになるだろうけどね。もしかしたら地井君が入るかもしれないけど、可能性はかなり低そうだから。

 何せ彼からはエリートボッチ臭がするからね。


 僕達はランニングを終えると、朝の訓練と同様に練兵場の各地へと指導員に連れられていった。


 僕はまず、盾を腕に付けた状態でロングソードを両手に持ち素振りをさせられた。両手で剣を持つなら盾を外したかったけど、それをするとこの素振りをする意味が無くなる事くらいは分かるので、何も言わずに黙々と素振りを続けた。

 指導員は、時々僕のフォームにアドバイスを送るぐらいで、朝の訓練に続いてまたもや地味な訓練になっていた。


 僕は黙って素振りを続けていると、体中から汗が噴き出してきて息が上がり始めた段階で、指導員から最初の休憩を言い渡された。

 僕がその場にへたり込むと、指導員が水を用意してくれて、其れを僕が一気飲みする度にお代わりを注いでくれた。


 僕が座り込んだまま視線だけを練兵場に走らせていると、もう既に地井君が指導員と模擬戦をしていた。

 僕はその光景に、思わず前のめりになって見入っていた。


 地井君は、素人の僕の目から見ても指導員にボコボコにされているようにしか見えなかったけど、彼は何度も立ち上がると、臆する事無く指導員に斬り掛かっていた。

 其処にはジョブスキルを発動させる事が出来なかった無能は存在せずに、只只、二人の戦士が激しく斬り合っている様しか見る事が出来なかった。


 僕は地井君の様子に釘づけになりながら、僕も訓練を続けていれば、あんな風になれるのかなと、自然と胸の中が熱くなるのを感じていた。

 そんな僕の様子に気付いたのか、指導員が休憩の終わりを告げてきたので、僕は少しだけ気合いを入れて自分の訓練に戻った。


 ただ僕の訓練が地味である事には、変わりがなかったけどね。


 その日の僕は、両手での剣の素振りを何度かやっては、休憩を繰り返して、その後に盾の構え方を習い、最後に指導員と模擬戦を行った。でもそれは、地井君がしていた様なものではなくて、盾を構えただけの指導員に剣を振り下ろすのと、盾を構えた僕に指導員がゆっくりと剣を振り下ろしてくるのを、盾で受け止めるだけの子供騙しのようなものだったけど。


 だけど僕は腐る事無く訓練に打ち込んだ。だって今日初めて武器を持った僕が、地井君のような模擬戦をさせられたら、秒で死んでしまうのは確定的に明らかだったからね。ケガをしない為にも、今の内からしっかりと学ばないと、100日後を迎える前に、僕だけゲームオーバーに成りかねないからね。

 そんな僕のひたむきな態度は、指導員からの高評価にも繋がっていたから、この選択に間違いは無いようだった。


 僕は疲れた体を癒す為にも城へ戻ると、いの一番にメイドさんにお風呂を頼んだ。

 僕は夕食までの時間をお風呂とベッドで過ごし、体力を使い果たしつつも、心の充足を得る事が出来ていた。


 僕は昨日と同様に夕食を食べに行くと、食堂では興味深い話をしていた。どうやら御剣さんと地井君だけがレベル5に到達していた様だ。

 僕のレベルは3で、これは二人を除いた他のクラスメイト達と同じだった。この事に僕は驚いていた。それは僕と地井君の間で、レベルが2しか変わらないからだ。


 僕が午後の訓練で見た地井君の強さを思い出すと、どう考えても今の僕では、百回戦って一回も勝てないのは確定だった。それも僕の持つジョブスキルやアクティブスキルを使ったとしてもだ。当たる気がしないからね。奪命剣もマインドボールも、躱されてぶん殴られる姿しか思い描けないもん。


 だけどそんな僕と地井君の間に、レベルにして2しか差がないのだとすると、このレベルにどこまで意味が有るのか疑わしく感じてくる。レベルを上げるよりも技術を磨いた方が強くなれるのか、もしくはもっとレベルが上がり始めると、その差が顕著に現れるようになるのか、今の僕には分からなかった。


 僕が少しの間思考の海を漂っていると、大村君と川上君が食堂にやってきた。

 大村君は、もうおなじみになりそうな下品なトークをしては、大空君に怒られるやり取りを繰り返していて、川上君は訓練の疲れからか、終始黙ったまま食事をとっていた。


 僕が驚いたのは、川上君の疲れた様子を見てか、大村君が何度も川上君を弄るような言動を繰り返していた事だ。

 その大村君の素なのか、昼間の事を無かった事にしようとしているのか分からない言動に、僕が大村君達では無く、川上君について行く事に決めたのは間違いじゃ無かった事を確信した。


 大村君の言動がそのどちらであっても、短慮である事に変わりが無いからだ。


 川上君が無視しているから良いものの、もしこの場で昼のような事になったら、大村君はどうするつもりなんだろうか。あの時の真っ青になって震えながら謝罪していた自分の姿を、もう忘れてしまったのだろうか。それとも午後の訓練で、川上君に対する有効な手でも開発したのだろうか。


 僕は明日の訓練で、大村君の動きを見張る事に決めた。


 夕食を終えた僕は、寝るまでの間メイドさんとの会話とそれ以外を楽しみ、気が付けば眠っていた。


 メイドさんは、話し上手かつ聞き上手で、ネット上以外では基本寡黙な僕を、会話やそれ以外においても上手くリードしてくれるから、自然と自分の考えや感想なんかを、心地良くペラペラと話してしまった。


 僕は朝になり昨日と同様の準備を整えると、練兵場へと向かった。


 僕達の朝の訓練は、昨日と同様にランニングから始まったのだけど、僕も川上君も昨日よりも速いペースで走りきる事が出来て、思わず二人して顔を見合わせて驚いた。

 僕は初めてレベルアップの効果を体感した。僕も川上君も最後尾である事には変わらなかったけど。


 それから僕は、ジョブスキルと闇魔法の訓練に移ったのだけど、そこでもレベルアップの効果を体感する事になった。


 僕は昨日選んだロングソードを使い、奪命剣を発動させた。すると昨日よりも速く、多くの闇が剣に纏わりついて、更にレベルアップで身体能力も上がったのか、昨日よりも剣を速く振る事が出来た為、鎧を着た案山子の鎧は壊せなかったけど、中の木製の部分は壊す事ができたのだ。

 其れを見た指導員が盾を構えて、僕に打ち込んでくるように言ったので、僕は構えられた盾に向かって奪命剣を叩き込むと、その威力に指導員は、思わず苦悶の声を漏らしていた。


 僕の奪命剣の前では鎧や盾は意味を成さず、与えたダメージをそのまま相手の生身に与えてしまうのだ。このダメージを受けない為には、僕の奪命剣を躱すか、盾や鎧ではなく武器で受け止めるしか無いのだ。


 更に僕のマインドボールは、昨日よりも僅かに大きくなっていて、的の案山子にぶつかるスピードも僅かではあるが速くなっていた。まあ当たったところでねっとりと消えていくだけなんだけどね。


 只僕は、朝の訓練ではっきりとレベルアップの効果を体感した事によって、これからの日々の訓練やその先にあるダンジョン攻略に、恐怖だけではなく期待を持てるようになった。


 確か前回の魔王討伐を成功させた人のレベルが61らしいから、僕達もそこまではレベル上げするのだろう。

 だとすると、その頃の僕はどこまで強くなっているんだろうか。

 レベル3でここまで違いを体感出来たんだ。それが61ともなれば、一体どれだけの力を手に出来るのか。

 僕はその事を考えるだけで、目の前の不安や恐怖を忘れる事が出来ていた。


 僕はある種の高揚感に包まれながら、朝の訓練を終えて昼食に向かうと、またしてもその席で大村君や土屋君達が地井君に絡んでいた。更に驚いた事に、今まで男子の争いには不介入を貫いていた御剣さんが、地井君を庇うように二人を叱ったのだ。


 僕は一連の成り行きを気配を殺しながら見つめていた。驚いた事に、御剣さんの突然の介入に他の女子達は、それ程驚いた様子を見せていないのだ。

 僕は直感的に、地井君がいつの間にか女子達と仲良くなっている事に気づいた。


 僕は地井君に対する羨ましさと、更に混沌を増し始めた僕達の関係性に焦りを抱いた。


 それから午後の訓練が始まったのだけど、僕は昼間の光景に未だ引きずられていて、気を抜くと自然と御剣さんや地井君に視線を向けてしまっていた。

 そこではまた地井君が指導員と模擬戦を繰り広げていたんだけど、昨日より明らかに厳しくなっていたにも関わらず、地井君は昨日よりも長い時間指導員と戦っていて、明らかに僕達以上にレベルアップの効果が顕れているようだった。


 気付くと僕だけじゃなくて、他のクラスメイト達も地井君の模擬戦を見つめていた。最後は地井君の体力が尽きたのか、地井君が尻餅を付いてしまったところで、一旦休憩に入るようだった。

 その時大村君が、地井君をバカにする様な事を言っていたけど、僕はその事に心底驚いていた。


 僕が地井君の模擬戦を見た限りでは、今の地井君に勝てるのって魔法特化の川上君ぐらいで、物理寄りの他のクラスメイトでは、誰一人勝てないんじゃないかと思っていたからだ。

 だけど大村君は違う考えなのか、何も考えていないのか、わざわざ地井君にケンカを売るような事を言ったのだ。

 地井君が気にせずに流したから良かったけど、もしあの時地井君が怒って大村君のケンカを買っていたらどうなっていたか、少なくとも僕は、大村君が地井君に勝てるとは全く思えなかった。


 確かに地井君はジョブスキルを使えないけど、あの模擬戦での強さを考えると、それがどれだけの欠点になるのか分からなかった。余り見下すような態度をとっていると、ダンジョン攻略を始めたあたりで、地井君にザマァされるかもしれない。


 僕は大村君だけでなく、やたらと地井君に絡む土屋君もいる大空君のグループとは、出来るだけ距離を置こうと心に誓った。


 だけど僕のそんな考えは、余り意味が無かったのかもしれない。


 その日の訓練を終えて夕食の時間となり、食堂へ向かった僕を待ち受けていたのは、王様を前にした地井君に対する糾弾会の様なものであった。


 この二日間のように、大村君や土屋君達がやっているのなら、僕はただ気配を殺していれば良かったのだけど、今日に限って僕が籍を置くグループのリーダーである、川上君までもが参加してしまったのだ。


 更に最悪な事に、その糾弾会を止めたのが昼間に続いて御剣さんだったのだ。しかも御剣さんは、地井君に勝てるのは自分だけで、それ以外の者は勝てないのだから、地井君は役立たずではないと言ったのだ。

 当然大村君や大空君が反論しようとしたけど、真正面から叩き潰されていて、川上君ですら、良いとこ引き分けなんて評価を受けていた。

 御剣さんは皆の前で、今男子の中で最もプライドが高くなっているであろう三人を纏めて潰したのだ。


 僕は自然と流れ続ける冷や汗を止める事が出来なかった。


 今少なくとも、大空君のグループ全員と川上君は、地井君から恨まれただろうし、皆の前で、しかも王様の目の前で、実力不足を指摘された大空君と大村君と川上君は、御剣さんを恨んだだろう。そして他の女子達は、間違い無く御剣さんにつくだろう。


 僕は今この瞬間、クラスメイト達の立ち位置がはっきりと分断された事を察した。


 更に驚いた事に、夕食後に食堂の前で女子達が地井君を待っていたのだ。そのまま四人で話をする様で、近くにいた僕達には誰一人声を掛ける事は無かった。

 僕はその光景に、これからの派閥の形と身の振り方を幻視した。どうやら女子達は、地井君を入れての四人になり、大空君達は変わらず三人組で、僕達だけが二人組になるようだった。


 大空君達は、何故か地井君を目の敵にしているようだから、新たな女子達のグループと敵対する事になるだろうし、大村君は川上君とも因縁がある以上、此方にも敵対してくるだろう。

 そうすると僕達としては、女子のグループと手を組んで、大空君のグループを迎え撃ちたいんだけど、おそらく今日の一件で地井君は、川上君にも恨みを抱いただろうから、共闘は難しいかもしれない。


 だけど僕だけは違う筈だ。


 僕はこれまで只の一度も地井君と敵対していないし、その様な素振りすら見せなかったのだ。というかまともに話してすらいないのだ。だから僕に関しては、地井君から恨まれる事も無いだろうし、女子達とも一切関わりが無かったから、僕に対するイメージは、ニュートラルと考えていいだろう。


 つまり、僕がこれから取るべき行動は、川上君のグループを抜けて地井君に付く事によって、僕自身も女子達のグループに入れてもらうのだ。

 そうすれば、僕は男女五人のグループのメンバーになれるし、大空君達も今までと変わる事の無い三人組のままだし、川上君は一人になっちゃうけど、彼は多分一人の方が良さそうな人っぽいし、僕の移動は全てが丸く収まる筈だ。


 これなら川上君と二人で組み続けるよりも安全性が増すだろうし、僕としても高嶺の花だった女子達に近づける可能性が生まれる訳だし、いくら地井君がジョブスキルを使えないとしても最大派閥に身を置く以上、大空君達も川上君も手を出す事は出来ないだろうし、地井君が数に任せて四人に復讐しようとしても、おそらく女子達が、特に正義感の強い御剣さんが地井君を止めるだろうからそんな事は起きないだろう。


 つまり僕の移動は、一件落着の一手になる筈だ。


 僕は解決の一手を得た事で先程までの不安は解消され、後は明日実際に行動に移す為の覚悟を決める為に、メイドさんに甘えて夜を過ごした。


 僕の策は、まさに一挙両得の策になる筈だった。次の日を迎えるまでは。


 次の日僕は、余りの緊張に少しお腹の調子を崩しながらも、事態の解決を優先して練兵場へと向かった。

 しかしその日は何故か地井君の姿が見えずに、騎士団長からも特に説明が無かった為に、女子達との橋渡しをお願いしようと思っていた僕の策は、最初の一手から躓いてしまった。


 結局丸一日地井君が現れなかった為に、僕の策はお預けとなってしまった。まあ明日やればいいかと考えながら城に戻って夕食の時間を迎えると、そこで王様からとんでもない事を聞かされた。


 王様曰わく、地井君は力を付ける為に一人で城を出て、武者修行の旅に出て行ったそうなのだ。

 王様の話を聞いた僕は思わず、嘘だっ!と叫びそうになった。何故なら僕は知っているからだ。これは親の顔より見た展開なのだ。


 地井君はこの国によって追放されたのだ。


 間違い無くジョブスキルが使えなかったせいだろう。だけど何故今なんだ。よりにもよって地井君が、僕達に強い恨みを残しそうなタイミングじゃないか。

 しかも彼は僕達の中で唯一、昨日の段階でレベル10に到達していた筈だ。

 もしかしたら地井君は、ジョブスキルが使えない代わりに、レベルが上がり易くなっているのかもしれない。


 そうなるとこれからの展開にも想像は付く。

 間違い無くレベルを爆上げした地井君による、僕達に対するザマァが行われるのだろう。地井君を庇っていた御剣さんがいる女子達はおそらく大丈夫だ。精々ハーレム要員の性奴隷にされるだけだろう。


 問題は僕だ。


 大空君のグループは間違い無くザマァの標的になっているだろうし、川上君もその対象だろう。では僕はどうなんだろう。


 地井君が僕を川上君の一派として見ていた場合、僕もザマァの対象になるだろうけど、もし地井君がグループではなく、僕個人を見ていた場合、僕に対する恨みは傍観者を気取って助けを出さなかった事ぐらいだろうから、精々が軽くボコる程度か、大空君達や川上君を陥れる為に利用するぐらいだろうか。……普通に嫌だな。


 僕はこれからの日々を、魔王やダンジョンのモンスターだけではなく、地井君にも気をつけて生活しなければならなくなってしまった事を、心の底から嘆きながらも僅かな安寧を求めて、メイドさんに抱き付いた。


「僕はただ、ちょっとチートでハーレムな日々を送れれば良かっただけなんだ。なのに何故こんな事に。こうなってしまえば、出来る限り悔いを残さない様に、可能な限りメイドさんに甘えよう。救世主は他に7人もいるんだから、僕が無理に頑張る必要は無いだろうしね」



読んで頂きありがとうごさいます。

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