第三十九話 (土屋樹)
性的な表現があります。苦手な方には申し訳ないです。
俺は昔から地井斗真が嫌いだった。
俺は幼い頃からヒーローに憧れていた。
戦隊物は絶対に赤一択だったし、ライダー物も主人公一択だった事から、その思いは幼くして筋金入りと言っても良いものだった。
だけど俺は、人生で一度もヒーローには成れなかった。
いつだって俺の前には、リーダーとなるべき同級生がいたからだ。
幼稚園の時は体が一番大きなガキ大将がいて、俺はそいつの取り巻きの一人でしかなかった。
小学校の低学年の時は、変わらずガキ大将の取り巻きをしていたが、ある事件を機にそのガキ大将が失脚したから、その後は別のクラスの人気者に取り入る事で、なんとか学年の中心的グループに入る事が出来ていた。
そしてそれは中学校でも高校でも変わらずに、いつだって俺の前にはリーダーとなるべき同級生が現れ続けた。
そんな俺が地井の事を知ったのは、小学四年生の時だった。
初めて同じクラスになった時、俺は未だガキ大将の取り巻きをやっていたんだけど、その時もそのガキ大将が、新しくクラスメイトになった奴らをシメルと言って、俺達を連れてクラスメイト達を威嚇して回っていた時に、座っていた場所の関係で最後に地井の所に向かった時の事だ。
それまでの新しいクラスメイト達は、大柄なガキ大将の大声の威嚇に竦み上がっていたのに、地井は他のクラスメイトと同様にガキ大将に威嚇されても顔色一つ変えずに、よろしく。と言ったのみだった。
その反応に驚く俺達を後目に、地井はもう俺達には興味を失ったかのように、視線すら向ける事が無かった。
俺は地井の態度に、人生で初めて虫酸が走る程の嫌悪を抱いた。
俺は幼稚園の頃からガキ大将が怖くて仕方がなくて、嫌々ながらも取り巻きに甘んじるしか無かったというのに、地井はまるで怖がる様子も見せずに、それどころか眼中に無いとでも言いたげな態度でガキ大将に接したのだ。
その姿はまるで、ガキ大将を怖がっている俺を馬鹿にしたような態度だと思った。
地井の態度に不満を持ったのは、俺だけじゃ無かった様で、ガキ大将も馬鹿にされたと思ったのか、座ったままの地井の胸倉を左手で掴むと、そのまま地井の顔に右の拳を打ち付けたのだ。
俺は、ぶっ飛ばされる地井の姿を見たのだが、それは俺の想像だったようで、実際には地井が振り下ろされたガキ大将の拳を受け止めると、そのまま強く握り締めていたのだ。
予想外の光景に驚く取り巻きの俺達を後目に、ガキ大将は痛い痛いと涙声で叫び、幾度も地井に謝罪していたのだ。地井は謝罪を受け入れると手を離し、何事も無かったかの様な態度で席に座ったのだ。
俺はその光景に無性に腹が立った。俺のこれまでの我慢の取り巻き生活を、何でも無い様な態度で壊されたからだ。
これがクラスの命運を掛けた壮大なタイマンとかなら、俺も仕方がないと諦める事が出来たかも知れないのに、地井はまるで埃を払うような気軽さで、ガキ大将を追っ払ったのだ。
その程度のガキ大将を怖れて、取り巻きにしかなれなかった俺を嘲笑うかの様に。
結局ガキ大将は、そのまま教室から飛び出していき、その光景を見ていた他のクラスメイト達からは、以前のように恐れられる事はなく、ガキ大将に従っていた俺達も、どこか白い目で見られるようになってしまった。
俺はその日から、これまでの地井のクラスメイト達から情報を集め始めた。そして手に入れた幾つかの情報は、俺の地井に対する苛立ちを増幅させた。
地井は既に両親を失っており、何年か前に転校してきたらしく、今は唯一残っていた肉親でもある祖父に育てられている様で、祖父の家では武術を学んでいるのだそうだ。
この情報を手に入れた俺は、地井に強く嫉妬した。
地井の置かれている環境は、まるで俺が読んでいるマンガの主人公のようだと思ったからだ。
俺はその日急いで家に帰ると、部屋にある全てのマンガの一巻を片っ端から読んでいき、地井の様な家庭環境にある主人公が居ないか探した。
幸か不幸か俺の部屋にあったマンガの中に、該当する主人公は存在していなかった。
しかし、一度地井に感じた主人公の様だという思いは、消えるどころかより増していた。
そんな時、俺に僅かな違和感がよぎった。
そうだ、もし噂の通り地井がマンガの主人公の様な男なら、その周りにはもっと人が集まっていてもおかしくない筈だ。それなのに、地井の事を聞いて回った時も、特別親しいという奴が一人も居なかったのだ。新しいクラスでも誰かと話している所を見た事が無かった。
俺はこの不自然な状況を解き明かそうと、必死で頭を捻った。
そして遂に答え、否、地井の真実に辿り着いたのだ。
地井は特殊な家庭環境にあり、他の生徒には無い影を背負っていて、度胸があり、喧嘩が強く、ムカつくが顔もそこそこ良い感じだ。いや、目付きが悪いから下の中ぐらいだろうか。身長はまぁ高い方だろう。それなのに彼女はおろか、女友達どころか男友達すら居ないのだ。考えられる原因など、一つしか無いだろう。
地井は途轍もなく性格が悪いのだ。
俺の地井に対して抱いた全ての感情に、完璧な説明がついた瞬間だった。
俺は自然と見抜いていたのだろう。地井の底に隠された性格の悪さに。だからこそ地井の振る舞いに憧れる事無く、苛立ちを感じていたのだ。あの様な性格の悪い奴が、例え一瞬であったとしてもヒーローの様に振る舞ったのだ。幼い頃からヒーローに憧れつつも、日陰に居るしかなかった俺が、許せる筈が無かったのだ。
俺は次の日の放課後、この辿り着いた真実をより確実なものとする為に、地井の家へと足を運んだ。
そしてそこで、更なる真実へと辿り着く事になった。
地井の家には、道場というか倉庫と呼ぶべきものが隣接していた。そこからは断続的に叫ぶような声が聞こえてきて、真実を求めてやってきた俺の体を強くその場に縛り付けた。
俺が地井の家の前で動けなくなっていると、近所のおばさん達が俺の様子を察したのか、その場から離れた所に引っ張っていくと、世間話を始めた。
どうやら俺は地井の学校の友達で、放課後に遊びに来たところ、あのような場に出くわしたせいで驚いていた、という風に誤解されていたようだ。
俺はおばさん達の誤解を利用して、先程の声についてや、地井の家の事などを聞き出す事に成功した。
おばさん達の話によると、どうやら地井は、祖父から武術の名の下に虐待を受けているらしく、ここ最近は毎日の様にあの倉庫から今日のような声や、何かを強く叩くような音が聞こえてくるらしいのだ。
おばさん達も警察や、児童相談所に何度も通報したそうだが、どれも大した意味を成さなかったそうだ。
俺はおばさん達から一通り話を聞き終えると、こっそりと地井の家に戻り、誰にも見られないように敷地内に入って、恐る恐る倉庫の扉を僅かに開いて中を覗き見た。
そこには木刀を構えた地井が、おそらく祖父と思われる鬼のような顔をした老人に、何度も立ち向かってはその度に、手にした木刀で殴り飛ばされる光景が広がっていた。
俺は思わず息をのんでその姿を見つめていた。
ガキ大将をあんなに簡単に追い払った地井が、まるで相手にならずに何度も殴り飛ばされていたのだ。しかし地井は、何度殴り飛ばされても直ぐ様起き上がると、歯を食いしばって鬼に立ち向かっていったのだ。
俺は暫くその光景を見ていたが、我に返ると慌ててその場を離れた。
家に帰った俺は、気付けば目に焼き付いて離れない地井の姿に、これまでにない程の苛立ちを覚えた。
あの鬼の様な顔をしたお爺さんに、何度も立ち向かう地井の姿は、俺が最初に感じたマンガの主人公そのままの姿だったからだ。
それは有り得ない事だった。救い様が無い程性格が悪い地井が、ガキ大将に従うしかなかった無力な俺を嘲笑った地井が、真面目に武術の稽古を行う筈が無いのだ。となると、あれは武術の稽古ではなかったのだ。そうだ。近所のおばさん達も言っていたではないか。
あれは武術の名を借りた、只の虐待であると。
しかしそうなると、何故地井が唯一の肉親でもある祖父に虐待を受けなければならないのかという疑問が残った。幾ら地井の性格が壊滅的に悪いからといって、あそこまでの虐待はしないだろう。
とすると地井には、祖父からあれ程の虐待を受けるだけの理由がある筈なのだ。
俺は又しても目の前に現れた謎を解き明かす為に、必死で頭を回転させた。
そうして又一つ、俺は地井の真実へと辿り着いた。
地井は、自分で自分の両親を殺したのだ。
そうだ。これなら全ての辻褄が合う筈だ。
両親を亡くし唯一生き残った孫を、わざわざ引き取った祖父が虐待する理由などこれぐらいしか存在しないだろう。
地井が、俺達には無い暗い陰を背負っているのも当然だ。自分の親を殺しているのだ。俺達とは違う雰囲気を纏っていて当然だった。
そして地井に、友達が一人も居ないのもそのせいだろう。誰だって両親を殺す様な奴と、仲良くなりたい訳が無いに決まっているのだ。
おそらく俺が辿り着いた真実を知らなくても、自然と防衛本能的なものが働いて、地井との距離を縮めない様にしていたのだろう。
だけどこれからは違う。地井の隠された真実に、唯一辿り着いたこの俺が皆にこの事を教えて、皆が地井から身を守る様に仕向けなければならないからだ。
次の日から俺は、俺だけが知り得た真実を惜しげもなく学校中に教えて回った。只、万が一にも俺の事が地井にバレて、真実ごと闇に葬られない様に、真実の出所が俺に繋がらないように、慎重に立ち回る事にした。
俺は、こうしてる間にも真実を知らない奴が、地井をヒーローの様に扱うのではないかと、焦る心を必死に抑えて裏方に徹し続けた。
時間はかかってしまったが、俺は何とかこの困難な使命をやり遂げる事が出来た。
地井の周囲には人が集まるどころか、話しかける者さえ一人も居ない状況になっていた。
俺は、学校の皆を地井の魔の手から救った達成感を感じながらも、同時に不満を抱えていた。
一つは誰も俺のこの功績を讃えてくれないという事だ。
確かに俺は自分が真実の発信源だとバレない様に立ち回ったが、これがマンガとかなら、何だかんだ誰かが見ていて、こっそりと俺を賞賛してくれたり、それが女子の場合は、憧れられたり付き合ったりする筈なのに、いつまで経ってもその様な事が起きる気配すらなかったのだ。
更にもう一つ不満に思うのは、地井が自分が置かれている状況に、何も思っていなさそうなところだ。
普通は悪役ならもっと悔しそうな表情をしたり、真実の発生源を探し回ったりするものだろうに、地井の奴は顔色一つ変える事無く、いつも通り登校してきているのだ。
俺がそんな不満を抱えつつ小学校生活を送っていたある日、遂に地井の真実が白日の下に晒される日がやってきた。
それは、小学校六年生の時だった。
その日は地井が、俺達の同情を買おうとしたのか、これ見よがしに顔に痣を作って来た日から数日後の事だった。
遂に地井の家の事がテレビで報道されたのだ。
その日から学校に何度もテレビカメラを持った大人達が出入りし始めて、俺達もクラスメイトという事で、何度も色んな大人達から地井の事について質問された。
学校からは、テレビや大人に関わるなと、再三に渡って注意されたが、ようやく真実が明るみになるとあっては、俺も日和見している訳にもいかず、学校の噂話として、地井に関する真実を話した。
しかしテレビで報じられるのは、地井の祖父の凶暴性や虐待の有無ばかりで、地井自身が犯した罪に対する報道は一つもされなかった。
余りの不自然な事態に、俺は自ら色々と調べてみると、一つの情報に行き着いた。
どうやら地井は、少年法に守られて居るようだった。
俺は自ら辿り着いた報道の真実に愕然とした。これでは裁かれるべき者が、裁かれる事無くこの世にのさばってしまうではないかと。
しかも地井の家の虐待報道すら、数ヶ月後にはテレビで取り扱われなくなり、いつの間にか何事も無かったかの様に、以前の日常が取り戻されていたのだ。
俺は、失意のまま小学校を卒業した。
しかし俺は諦めなかった。
俺は、余りに深い闇に染まる地井に対抗すべく、中学生になり一転、人気者の取り巻きから、自らが人気者へとなるべく、中学デビューを果たそうとしたのだ。
俺は髪の毛を赤く染めて、其れまでに間近で見続けた人気者達の振る舞いを己の物として、中学校に入学したのだ。
俺の中学校は、その生徒の九割九分が小学校と同じであったが、春休みに学校の誰とも会わない事で、スムーズなイメチェンを図り、そこから一気に人気者へと駆け上がろうとしたのだ。
しかし又しても俺の前に苦難が立ち塞がった。
其れは先輩からの呼び出しであった。
俺は、入学してから幾つかの学校行事を終わらせたある日の昼休みに、複数の同級生と共に多目的室に呼び出されたのだ。
そこにはいつかのガキ大将もいて、俺の垢抜けた姿に驚きを表していた。
俺達は連れ立って多目的室に入ると、そこには男女の先輩が総勢十五人程いた。
彼らの言い分は単純な物だった。呼び出した俺達を一人一人名前を呼んで確認すると、中学は小学校とは違うからと、余り調子に乗ってると痛い目に遭うぞ、等と要するに新入生の俺達を威嚇して、頭を抑えつける為に呼び出したのだ。
ガキ大将が当然の様に不満を露わにすると、それまで教室の奥に座わっていた一人の男子が立ち上がり、そのままガキ大将の方へ歩いてきた。
その男の身長は物凄く高くて、呼び出された新入生の中で一番体格の良いガキ大将ですら、並ぶと小さく見えてしまう程だった。流石のガキ大将もその男の大きさにビビったのか、渋々先輩達に従う旨を伝えた物の、既に近付いていた先輩は、気分を害していたのか、ガキ大将の腹を殴ると、蹲るガキ大将をそのまま蹴り続けたのだ。そしてそのまま俺達に視線だけで、お前達はどうするのかと問いかけてきた。
俺の中学デビューは、終わりを告げた。
俺はせめてこの場に呼ばれる事が無かった、運だけはやたら良いらしい悪役の名をその先輩に告げた。
そいつはマジでヤバいから、もしかしたらこの手のお話が効かないかも知れないと教えた。更にそいつは、ちょっと前にテレビでも話題になっていた、虐待報道の家の奴だという事も合わせて伝えたのだ。
俺としては、悪役同士で潰し合ってくれれば良いと考えての事だったのだが、その場の同級生からは、非難するような目で見られて、非常に不愉快な気分を味あわされた。
そもそもお前達も俺を止めなかった時点で同罪の癖に、今更何を善人面しようとしているのか、悪役同士を潰し合わせ様という、俺の作戦も見抜けない間抜けがイキるなよ、と俺は思ったが賢明にも口には出さなかった。
俺の話を聞いた先輩は、ガキ大将から足をどけると、いつの間にかガキ大将を囲んで一緒になって蹴りを入れたり、ガキ大将から脱がした上履きをガキ大将の口に突っ込んでいた小柄な先輩に、俺が話した生徒、つまりは地井を呼んでくるようにと命じた。
その先輩は同級生同士だろうに、敬語で返事をすると急いで地井を呼びに出て行った。
俺はその先輩の後ろ姿が、未来の自分の姿のように見えて悲しくなった。
俺は闇に飲まれて消えてしまった、人気者の自分の幻影を記憶に焼き付けようとしていると、教室を飛び出して行った先輩に連れられて地井がやってきた。
相変わらずのムカつくスカした無表情で教室内を見回した地井は、一番大柄な先輩に視線を向けると一言、何の用ですか?と尋ねた。
その様子を見た先輩は、獰猛な笑みを浮かべて、無言のまま地井に近付くと、ガキ大将の時と同様に拳を打ち付けた。
俺はその時、かつての小学校の教室を思い出していた。
地井は、先輩の不意打ちを難無く受け止めると、先輩が何かを言う前に先輩の腹を殴り返した。それはまるで、先程の先輩とガキ大将の立場を逆転させたような状況だった。違いが有るとすれば、腹を殴られた先輩はその場に蹲り、おそらくは、昼食に食べたであろうパンの残骸を吐き出したのだ。其れも一度では治まらず、何度も何度も嘔吐いては、その場に昼食を吐き続けた。
地井は先輩から興味を失ったように視線を外すと、他の先輩に視線を向けた。そして一番近くにいた先輩の方に歩いていくと今一度、何の用ですか?と尋ねた。
その先輩は女子の手前もあってか、強気な態度を崩さずに地井に向かって何事かを叫んでいたが、それは一言も上手く言葉になっておらず、その内容は俺達にも理解できなかった。
先輩は、自分の醜態に恥ずかしくなったのか、誤魔化すようにしてそのまま地井に殴りかかった。そして直後に床に蹲って、ゲロを吐く事になっていた。
地井はまたもや先輩から視線を外すと、別の先輩に近付き先程と同じ問いを投げかけた。するとその先輩は、あろう事か俺を指さしたのだ。
俺の姿を確認した地井は、ゆっくり俺に近くと先輩達にしたのと同じ問い掛けをしてきた。
俺の頭は事態の変化について行く事が出来ずに、俺は諦めたように地井に謝罪した。
地井は、頭を下げる俺の姿に一瞬戸惑う様な素振りを見せた後、俺に一言、帰って良いか?と聞いてきたので俺は勿論、と即答した。
地井は、一つ頷くとそのまま教室を出て行った。それを呼び止められる者は一人も居なかった。
地井の降りかかった火の粉を払い退けただけ、といった主人公然とした振る舞いに、俺は目の前が真っ赤に染まるのを感じた。
結局その後は、なし崩し的に解散となり、先輩達の俺達に対する呼び出しも無かった事の様になっていた。
その後の俺達は、先輩達からの呼び出しを地井の存在をチラつかせる事で逃れ続けた。
結局先輩達が卒業するまで、俺達は地井の存在を盾に逃げ続ける事に成功した。
それは余りにも理不尽で屈辱的な出来事だった。
だけどその間も俺は、地井の真実を広める事を止めなかった。その結果真実は、全校生徒に広まったといっても過言ではない程で、地井に近付く様な奴も三年間現れる事がなかった。
しかし地井は、変わらず学校に通い続けていた。
俺にとってそれは、先輩の呼び出しからは逃げ続けなければならず、結局は人気者の同級生の取り巻きにしかなれなかった俺を、心の底から嘲笑う様な振る舞いに思えた。
こうして俺の中学生活は、ただの腰巾着のまま終わりを告げた。
だが俺は、未だ諦めていなかった。
俺は高校受験に望みを託した。今までの成績では合格が厳しい高校を受験したのだ。周りには親に無理矢理受けさせられた、と必要かも分からない言い訳をして、その実一人の時間のほぼ全てを勉強に充てて挑んだのだ。
その結果、俺は見事志望校に合格した。しかもその高校には同じ中学の奴が少ない様で、俺が新たな高校デビューを飾るのに丁度良かった。俺は赤い髪をそのままに、ピアスを開けて高校初日に挑んだ。
そしてそこには、地井斗真も入学していた。
俺は愕然とした。俺でさえ一日の殆どの時間を勉強に充ててようやく合格できたというのに、地井の様な奴が当たり前の様な顔をして合格しているなんて、これじゃあまるで必死に努力した俺がバカみたいじゃないか。
俺が一人余りの理不尽に震えていると、同じクラスの生徒達が次々と教室へと入ってきた。そしてそこには、俺が人生で初めて見る本物の主人公とヒロインがいた。
俺は地井の事などほっといて、その生徒達の様子を窺った。
彼らの名は大空勇人、天宮聖子、御剣乙女というらしく、彼らもまた初対面のようで簡単な自己紹介や挨拶を交わしていた。
俺はチャンスだと思い、勢いに任せてそのグループに話し掛けて、自己紹介に参加した。
彼らは皆良い人達で、強引に入っていった俺に少し驚いていたものの、普通に挨拶を交わしてくれて、俺の事も会話の中に入れてくれたのだ。
俺は高校デビューの成功を確信していた。大村大地が現れるまでは。
少し遅れて教室に入ってきた大村大地は、ガキ大将をそのままパワーアップさせたような奴で、身体も声も態度も大きく、殆どのクラスメイトが思わず目を逸らす程だった。俺も本当は関わり合いになりたくなかった。
だけど大村は勇人君と幼なじみの様で、常に一緒に行動していた為、この主人公グループに居続けるには大村とも関わるしかなかった。
こうして俺の高校デビューは幕を開けた。
それからの日々は、それなりに楽しい毎日だった。
俺はいつものように、地井の事を俺が発信源だとバレない様に皆に伝えて孤立させ、地井の毒牙にかかる生徒を生み出さない様に動いた。
そして新しいグループでは、女子の天宮さんや御剣さん達との関係性は、それ程進展しなかったけど、勇人君や大村に連れられて、クラスの女子と遊びに行ったり、他校の女子と合コンしたりと、完全に物語の主要メンバーへと成り上がっていた。彼女こそ未だ出来てはいないけど、それも時間の問題だろうと焦る事無く自然と思う様になっていた。
女子達と遊びに出かけまくった最高の夏休みを終えて、次の休みは誰と何をするかで盛り上がっていた時、俺達は異世界に召喚されたのだ。
俺は訳が分からないまま、周りに流されるように行動していた。
しかも異世界ですら俺は主人公ではなかったようで、俺に与えられたジョブは、将校斥候とかいう聞き覚えの無いもので、ジョブスキルも戦闘用というよりは、索敵特化の正直地味極まりないものであった。
どう考えても、ただのサポート役にしか成れなさそうだった。
クラスでは只のガリ勉だった川上が、賢者なんて大当たりを引いていたし、根暗なクソオタクでしかなかった上野でさえ、暗黒騎士なんていう当たりを引いていたのにだ。
だけどそんな失意に暮れる俺を慰めるように、天罰を食らった奴がいた。地井だ。
アイツだけがジョブスキルという特別な力を使えないようで、川上の推測によると、地井は俺達とは更に別の世界の救世主として召喚される筈だったのが、俺達の召喚に巻き込まれたせいで、この世界では無能になったという事だそうだ。
俺は心の底から神に感謝した。ようやく俺の努力が報われたのだ。大体今までがおかしかったのだ。
地井の様な極悪非道な人間が、これまで不幸を背負った主人公の様に振る舞えていた事自体が間違いなのだ。
挙げ句の果てには、努力を重ねてきた俺と同じ高校に入学出来るなんて、今なお後ろ暗い事に手を出しているに違いないのだから。
そんな地井にようやく天罰が下ったのだ。
俺は無能であると知らされても尚、表情一つ変えない地井に、どうやって身の程を弁えさせるかを考えた。
勿論俺は、それ以外の事もちゃんと考えていた。馬車でメイドに聞いた話の事とかも含めて、自分の異世界生活を満喫する為に。
その日から始まった異世界生活は、俺の身も心も満たしてくれた。
俺は最初に馬車に乗せられた時点では、日本へと帰りたくなっていた。
普通に考えて移動に馬車を使っている様な国に、俺が日本で暮らしていたような快適な生活を提供出来るとは思えなかったからだ。
しかし馬車の中で聞いたこの世界独特の制度には、興味を強く惹かれた。奴隷制度なんて日本に居た時に聞けば、顔をしかめて発言した奴の正気を疑うだろう。しかしこの世界においては合法なのだ。
更にこの世界に日本人はここの九人以外に居ないし、いたとしても俺達は100日後には、この世界を去るのだから何の問題もなかった。
さらに城に着いてから出された食事の味も、十分美味しいと思えるものだったし、日本の自室よりも格段に広いこの城の一室を貰った時は、内心で小躍りしていた。
そして一番俺が癒されたのは風呂だ。より正確には、メイドと入る風呂だ。
彼女は俺の専属らしく、俺の要望には出来うる限り応えるのが仕事なのだそうだ。
そして俺が風呂に入る時、彼女は手伝うと言ってきた。
俺は緊張を隠し一言、任せる、とだけ伝えた。
すると彼女は自身の手を泡だらけにすると、浴槽に入る事無く固まったままの俺の体をその手で洗い始めたのだ。その背徳感と快感に俺は思わず彼女の体に手を伸ばしてしまった。
しかし彼女は俺の手を払う事無く、手を動かし続けていた。
俺は確信を抱き勝負に出た。そして勝った。
俺はその日一人前の男となり、更にその日以降、部屋にメイドと二人きりの間は、常に男になり続けた。
俺は一人前の男となり、自然と自信を纏うようになったのだが、結局地井に身の程を弁えさせる事は出来なかった。あいつは無能の分際で、剣を振り回しては目立とうとし、無能を指摘されても知らん顔をし、挙げ句の果てには身の程知らずにも、御剣さんと親しくなろうとして居たのだ。
俺は地井を何度も諌めたのだ。にも関わらず、あいつは自由気ままに振る舞い続け、最後には勝手に旅に出て行きやがった。
これから毎日、アイツと顔を合わせなくても良いと考えれば気も楽にはなったが、最後まで旅に出るなんていう主人公然とした、自由な振る舞いをし続けた地井を、俺は許す事が出来ないだろう。
俺は地井がこの城に戻ってきた時に、自らの手で制裁を加える為に明日からの訓練に、更に磨きをかける事にした。
「もしかしたらこの世界でなら、俺もヒーローになれるのかもしれない!それが無理だとしても、日本では出来ない事をやってやろう!地井をボコって、奴隷を侍らせて、せめて主人公みたいな生活だけは送ってみせるぞ!」
読んで頂きありがとうごさいます。




