第二十二話
読んで頂きありがとうごさいます。
ある程度の休憩を取り終えて、体の調子を確認していた斗真は、自身の感覚が素振りを始める前と変わっている事に気がついた。
(ん?なんかあんまり鎧を邪魔に感じなくなってきたな。素振りのおかげか?いや流石に早すぎるだろ。……まぁ、いいや。別に困る事では無いしな。これから始める模擬戦を考えると都合が良すぎるぐらいだな。よしっ、一丁気合い入れるか!一年振りの立ち合い稽古なんだ。しかも相手は本職の騎士だ。全力でやらないとまともな稽古にすらならないだろうからな)
一通りの確認を終えた斗真は、瞳に静かな闘志を宿しながらマイクに視線を向けた。
その視線を受けたマイクは、先程まで自身が決めかねていた斗真に対する指導法を、模擬戦を通じて決めようと考えていた。
マイクはこれから行う模擬戦で、斗真が余りにも弱かった場合は、例え今の斗真が持つ救世主の型を崩す事になっても、騎士としての型を叩き込もうと考えていた。そしてもし、斗真の腕が予想以上に良かった場合は、無理に騎士の型を教える事無く、ひたすら自身との模擬戦を繰り返して、より実践的に戦えるように戦闘経験を積ませようと考えていた。
言葉もなく、自然と一定の距離をとった斗真とマイクは、お互いに武器を構えると視線を絡ませて、互いの動きを探り始めた。
(マイクさんは右手に剣、左手に盾か。盾を持った人と立ち合うのは初めてだな。っていうか盾デカいな)
斗真の見たとおり、マイクは右手にブロードソードを持ち、左手には所謂カイトシールドと呼ばれる盾を持っていた。
マイクは、斗真に対して半身になり少し腰を落として、左手の盾を突き出すような体勢をとっており、斗真から見るとマイクの肩から膝までは盾に隠れてしまっていた。
(さてどうするか。あの盾の大きさから考えても、しっかり盾で受け止めて、その隙に剣で刺すって所だろうな。回り込むか?いや盾を軸に回転されるだけか)
もしも斗真に絶対的な速さがあれば、マイクの対応出来ない速さで周囲を旋回する事で、背中から斬り掛かる事も出来たであろうが、只でさえ剣と鎧の重さのせいで動きが鈍っている状態で、斗真が自身の勝機を速さに見出す事は出来なかった。
(真正面から釣り出すしかないか。わざと盾に打ち込んで、マイクさんの突きを誘発させて、素早く盾側に回り込んで背中に打ち込む。マイクさんの突きの鋭さ次第だけど、来ると分かっているなら十分対処出来る筈だ)
斗真は方針を固めると一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから一気に駆け出した。
剣と鎧の重さで幾分か速度は落ちてしまっているが、それでも今の斗真に出せる最速の疾走をもって間合いを詰めると、マイクの盾に上段から剣を両手で一気に振り下ろした。
「ハアッ!」
斗真が剣から伝わってくる筈の衝撃と、その後に来るであろうマイクの突きに対応する為に全神経を集中させていると。
(なっ!?クソッ!)
斗真の渾身の一刀は、マイクの盾に受け止められるのではなく、受け流されてしまったのだ。
「……フッ!」
体勢を崩してしまった斗真に、マイクの突きが放たれた。
その瞬間を、斗真の瞳は映し出す事が出来なかったのだが。
(足を止めるなッ!駆け抜けろッ!)
しかし斗真は、マイクから放たれる突きではなく、濃密なまでの殺気を感じ取り、本能的に足を止めて自身の目でマイクの姿を確認したくなる衝動を必死で抑え付けると、受け流された体勢のまま転がる様にしてマイクの間合いから逃げ延びた。
(うっ!?あぶねっ!)
斗真は、背後の風切り音を耳にしながらも、何とか距離を取り体勢を立て直すと、足を止める事無く旋回する様に走りながら、マイクの姿を確認した。
(あのデカい盾で、あんなに素早く受け流せるのか!クソッ!もう体勢を整えてるし、これどうする!?どうすれば良いっ!?)
斗真はマイクが体勢を整えながらも、追撃をしてこない事を確認すると、ようやく足を止めた。
マイクは先程と同様の姿勢で、斗真に向き直っていた。
(振り出しに戻っただけか。クソッどう攻める。受け流されるならたとえ誘いのつもりでも、盾に打ち込むのはヤバいか?……そうだ!盾の直前で一気に右側に回り込もう!俺の体勢も崩れるだろうけど、マイクさんに一撃入れる事は出来る筈だ!よしっ、まずはとにかく一撃入れるんだ!行くぞっ!)
斗真は熱くなったままの頭で次の策を練ると、又しても一気にマイクに向かって走り出した。
変わらぬ体勢で盾を構えるマイクとの距離が後二歩という所で、斗真は地に着いた足を踏ん張り、マイクの盾側に回り込もうとした、次の瞬間。
「フンッ!」
マイクがその二歩分の距離を一気に縮めて、盾を使い斗真に突進してきたのだ。
「ぐあッ!」
斗真は激突の瞬間、反射的にマイクの盾と自身との間に剣を滑り込ませる事に成功したが、盾による面の衝撃を受け止めるには、斗真が選んだ細身の曲剣では、どうにもならなかった。
金属同士がぶつかり合う甲高くも鈍さの籠もった音を響かせながら、斗真は五メートル以上も吹っ飛ばされていた。
(うっ、ぐ、クソッ!)
斗真は心の中で悪態を吐きながらも、何とか体を起こす事が出来ていた。
顔を上げた斗真の視線の先には、変わらぬ体勢で盾を構えたままのマイクが、自身を見下ろしている姿が写っていた。
(バカだ俺はっ!自分に都合の良い事ばかり考えていたっ!)
斗真は初め、マイクの構えから盾で受け止めてから斬り掛かるものだと推測した。そしてそれが外れると今度は、マイクは盾で受け止めてから斬り掛かるか、受け流してから斬り掛かるかの二択であって、自身からは攻めてこないのだと思い込んでいた。
斗真は、マイクが後の先を得意とする騎士であり、先の先を取る様な戦い方をしない騎士であると勝手に思い込んでいた。何故なら、その方が自身にとって都合が良いからであった。
斗真は、特別先手を取るのが上手い訳ではないが、マイクがその場から動かない所を見た時に、彼に攻め込むならば後の先を得意としてくれていた方が、斗真にとっては攻め易いと思えたからであった。
斗真は勝利を望む余り無意識の内に、マイクの動きが自身にとって都合の良いものである事を前提に思考を進めてしまっていた。
その結果しっぺ返しを食らったのだ。
(ハァハァ、もう考えるのは止めだ!勝てねぇ!まずはそれを認めるんだ!その上でっ!この立ち合いから俺の糧になるものを得るんだっ!)
斗真は、自身にとって都合の良い戦法を考えるのを止めて、負けが確定した訓練に、それでも自身の糧になるものを求めて挑む覚悟を決めた。
結局はそこなのだ。斗真は勝ちたかったのだ。これが訓練で、相手が本職の騎士で、自身はレベル0で、剣も鎧も今日初めて着けた物であっても、それでも勝ちたかったのだ。その欲が、どれ程冷静に思考を巡らせ様としていても、自身の勝利に都合の良い考えを捨て去るどころか、最終的には肯定してしまっていたのだ。
斗真はゆっくりと立ち上がり、一度強く目を閉じて深呼吸すると、ゆっくりと瞼を開きマイクを見据えた。
相変わらず隙と思えるものは見当たらなかったが、斗真はもう、無理に打開策を捻り出そうとするのはやめた。
最後に小さく息を吐き自分自身に頷くと、掛け値無しに真正面からマイクに向かって剣を打ち込んだ。
「ハァッ!」
「…………フゥッ!」
マイクは斗真の一刀を盾で受け止めると、すかさず突きを放った。
斗真は体捌きのみで何とか盾側に躱すも、体勢を大きく崩してしまい、マイクの追撃の振り下ろしに対して、何とか剣を合わせるだけに留まり、その威力を殺す事が出来ずにまたもや吹き飛ばされてしまった。
「っっ!まだまだっ!オラァッ!」
「……フッ!」
しかし斗真は直ぐ様立ち上がると、マイクに向かって斬り掛かっていった。
斗真の渾身の振り下ろしによる一刀は、激しい衝撃音とは裏腹に、マイクの体勢を僅かも崩す事は出来ずに、またもや十全の突きを放たれてしまう。
斗真は躱しきる事が出来ないと判断し、何とかマイクの突きの軌道上に自身の剣を置き受け流そうとするも、十分な体勢をとれておらず、襲い掛かる衝撃に耐えきれずに、剣を手放してしまった。
「グゥッ!……グハァッ」
マイクは、その隙を見逃さずに盾で斗真に体当たりをした。
三度吹き飛ばされる事となった斗真であったが、またもや直ぐ様立ち上がると、手放してしまった剣に視線を向けた。
マイクが自身の側に転がる剣を斗真の下へ蹴って渡すと、それを拾った斗真は、また直ぐ様マイクへと駆け出した。
斗真とマイクの訓練は、端的に言えば、斗真が斬り掛かりマイクに吹き飛ばされるという事に尽きた。
しかし斗真は何度も吹き飛ばされ、汗と土埃で泥だらけになりながらも、その頭と心は爽快感に満たされていた。
マイクは、斗真の動きが徐々に変わっていくのを感じていた。斬り裂く様な動きが、叩き斬る様な動きへと変化しているのだ。盾から感じる衝撃が徐々に重く、鋭くなっていくのをほんの極僅かな手の痺れから実感していた。
斗真は一年振りの立ち合い稽古に、体が以前の様に戻っていくのを感じていた。
それは斗真が以前から立ち合いにおいては、斬り裂く為の動きよりも、叩き斬る為の動きをしていた事が原因だった。
斗真は素振りにおいては、徹底して真剣を扱う為の動きを体に染み込ませていたが、こと立ち合いにおいては、只の一度も木刀以外を使用した事が無く、それに加えて祖父にも何時かの熊警官にもボコボコにされていた為に、木刀で斬り裂く為の動作を行うよりも、自然と叩き斬る為の動作を行う事で、相手により強い衝撃を与えて、少しでも格上の相手に対して、優位に立ち回ろうとしていたのである。
しかし、この一年間は立ち合う相手もおらず、道場で一人、素振りのみをしていた為に、斗真の動きは斬り裂く為の動きとして固定されていたのだ。
それがマイクとの立ち合いの中で、斗真本来の動きが戻ってきている様であった。
「ハァァァッ!」
「……フンッ!」
結局二人の立ち合いは、斗真の足腰が立たなくなるまで続いていた。
(ぐぅ、クソッ!情けないっ!何か掴めそうなのに!)
斗真は、荒い息を吐き出し続けながら、仰向けに転がったまま、立ち上がる事が出来ない自身を心の中で罵った。
そんな斗真の下にマイクは近づくと、疲れを感じさせない声色で休憩を告げた。
「少し休憩にしよう。随分汗も掻いた様だし水分補給も忘れずにするように」
「はぁはぁ、はい。ありがとうございます」
斗真は仰向けのまま、視線だけをマイクに向けて礼を述べた。暫くは荒く息を吐いていた斗真であったが、何とか気合いを入れると、のっそりとではあったが立ち上がる事が出来る様になっていた。
斗真はそのまま亀の様な速度で移動すると、用意されていた水を受け取り地面に座り込むと、一気に水を飲み干した。
そんな斗真に、幾度かお代わりの水を与えた所で、マイクは今後の方針について話した。
「斗真君、明日からの訓練なんだが先程までの立ち合いを鑑みて、始めに素振りで体を温めた後は、訓練の終了時間まで私と模擬戦をやり続けるという内容に決めたから。勿論、間に休憩を挟みながら行うつもりだから、今日の様に立てなくなる迄という事にはならない筈だ。どうかな?」
「はっはい。俺もそれで構わないです。よろしくお願いします」
「そうか。では暫く休憩したら、模擬戦の続きをやろうか」
「はい。お願いします」
斗真は残りの休憩時間を堪能すべく、地面に大の字に寝転がると瞼を閉じた。
先程までの模擬戦を思い出しながら、どうすればマイクとまともに立ち合えるのかを考えていたのだ。
(斬り落としも、斬り上げも、斬り払いも、突きも、柄頭での殴打も、全部完璧に防がれたもんなぁ。柄頭の殴打なんて、威力度外視で、不意を突く為だけにやったのに、盾で殴り返されただけだもんな。はぁ、こんなに手も足も出ないもんなんだな。へこむわぁ~)
斗真が余りの先の見えなさに、うんうんと唸っていると、それに気付いたマイクが斗真に話しかけてきた。
「何か悩み事かな?良ければ相談にのるよ」
(テメェに手も足も出ない事に悩んでたんだよっ!煽ってんのかテメェっ!表出ろや!どうせ手も足も出ねぇけどなっ!でもわざわざありがとうございますっ!一応相談させて貰いますっ!)
「まぁ、余りにも手も足も出なかったんで、俺大丈夫なのかなぁって」
斗真の相談内容に、マイクは一瞬理解出来ずに首を傾げると、ようやく斗真の真意に思い至った様で少し早口で話し始めた。
「斗真君、君が私に手も足も出ないのは当たり前だよ。レベルが違いすぎるんだから!」
(やっぱ完全に煽ってきてんなぁっ!傷口に塩どころじゃねぇぞオラァッ!何なのこいつぅ、マジムカつくんですけどっ!面と向かってレベルが違うとか初めて言われたんですけどっ!こんなこと言う奴現実に存在したんですねっ!ハァーッ!もぅ、ハァーッ!)
斗真は顔が引き吊らない様に、全神経を表情筋に集めて、なんとかマイクに言葉を返そうとした。
「レベルが違うって流石に……レベル……レベル?レベルってもしかしてステータスのレベルの事ですか?」
「ん?うん。そうだよ。確か君達はまだレベル0なんだろ?いくら救世主様とはいえ、レベル0の状態で負けてしまう程、迷宮騎士団は弱くないさ」
どうやらマイクが斗真に告げたレベルとは、この世界のステータスにおける、そのままの意味でのレベルであったようだ。
是非また読んでみて下さい。




