仲良し兄妹
その次の日の夕方。
悠己が夕食の買い出しから帰ってくると、瑞奈がリビングのテーブルの上にスケッチブックを広げて、何やら熱心にお絵かきをしていた。
普段ならパタパタと近づいてきて邪魔をしてくるのだが、今日はこちらには目もくれず集中している。
悠己は買い物袋の中身を片付け終わったあと、ソファに腰掛けて小休止を入れると、何気なく背後から瑞奈の手元を覗き込む。
画用紙には女の子らしいキャラの輪郭ができあがっていた。
いつもはさらさらと適当な落書きなのだが、今日はきちんと下書きをしていて、珍しく気合が入っているようだ。
それにこのスケッチブックは部活で使う、と言ってだいぶ前に買ったはいいがほぼ使っていなかった物のはずだ。
「どうしたの? それ」
「さよは小説書いたりしてるんだって。それの絵を描いてあげてるの」
意外な答えが返ってきた。
そんなことまでするようになったなんて、もうすっかり仲良くなった様子だ。
やはり前回プールに連れて行って、二人で一緒に遊ばせたのが大きかったか。
「ずいぶん仲良くなったんだね?」
「まあね、もうみなっちさよっちの仲ですよ。でもさよはすぐさよるからなぁ」
「さよる? 何それ?」
「すごいすごいってすぐ褒めてくる。全然たいしたことないのに」
またも意外な発言。
ついこの前は褒められて調子に乗っていたと思ったが、今は少し様子が違うようだ。
「たいしたことないって? 瑞奈が?」
「そう。われポンコツ姫ぞ」
「何を吹き込まれた」
瑞奈はどういうわけか胸を張って開き直っている。
ポンコツさ加減を隠そうと、必死になっていたのではなかったか。
「ドジっ子ですよ。ゆうきくんも萌えるでしょ」
「君ちょっとドジが過ぎるんだよね」
「激萌えじゃないですか」
激萌えらしい。小夜との間でなにかあったのか。
だけどこれまでのように変に見栄を張ってしまうよりは、ずっといいのかもしれない。
「とにかくよかったね、友達できて」
「ふっ、まだ完全に気を許したわけじゃあない勘違いするなよ。まああれですよ、一緒に敵を倒したら悪いやつもいいやつになって仲間になるみたいな」
「瑞奈が改心したってこと?」
「ちがうむこうが!」
これまでの流れを見ていると、どう見てもこっちが悪者キャラだと思うのだが。
おそらく照れ隠しなのだろうが、前回しっかり瑞奈のほうからも歩み寄る姿勢を見せていたのは、悠己も近くで見ていて知っている。
「瑞奈も、ちゃんと頑張ってたよね。プールのとき、自分から話しかけてたもんね」
「ん~……? それは、まぁね~んふふ~……」
褒められて嬉しいのか余裕ぶりたいのかどっちなのか。
よくわからないリアクションで顔をにまにまとさせたあと、瑞奈は急に何か思い出したかのように表情を曇らせる。
「でも、さよはお兄ちゃんが嫌いだって。うざいむかつくって、そればっかり」
「瑞奈だって慶太のことは好きじゃないんでしょ?」
「それは、そうだけど……でも」
「仲がいいほうがいいんだ?」
「……うん」
瑞奈も小夜と慶太郎の不仲がひっかかっているようだ。
口ではあれこれ言いながらも、しっかり小夜のことを考えているらしい。
「俺もそう思うよ」
「やっぱりそうだよね! 兄妹は仲良しじゃないと! ゆうきくんと瑞奈はこんなに仲良しなのにね~」
「暑いからあんまりくっつかないで」
瑞奈がしなだれかかってきたのでそう突っ返すと、「なんでぃ!」と肩をひっぱたかれる。
瑞奈はテーブルを前に座り直して、またも絵に集中し始めた。
二人の詳しい事情までは知る由もないが、今回の瑞奈と小夜がそうだったように、やはり何らかのきっかけ……イベントがあれば何か変わるかもしれない。
頭を巡らせていると、ふと唯李に誘われた花火のことを思い出す。
(せっかくの花火大会だし、どうせなら二人も誘って……そしたら凛央も呼んで、前と同じメンツがいいかな?)
張り切ってスケッチブックの上にペンを走らせる瑞奈を眺めながら、悠己はそんなことを思った。
約一名ハブられている模様