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第8話 『清水と紫電』

 エレメンタル・アカデミーの敷地内にある食堂……というよりカフェテリアと言った方がいいかしら? ただ、カフェとしての営業は日が沈むまで。

 西洋風の校舎と同様に西洋風の建物――レンガ造りね。内装は茶色で統一されていて、落ち着いた雰囲気。

 そして、私たちがいるのはそのおしゃれなカフェテリアの外にあるテラス席。

 外には優しい風が吹いていて、放課後に(くつろ)ぐには最適なのよね。


「遅かったな、三人とも。朱莉と桃花の話は薫流から聞いているよ。やる気になっているなら何よりだよ」


 兄上はすでに一つのテラス席に座っていて、近付いてきた私たちに手を振っている。

 薫流(くゆる)がわざわざ走る距離でもないのに、真っ先に駆けていって兄上の横で頭を下げている。

 兄上は遅れたぐらいで怒らないと思うけれどね。ああ、遅刻はダメよ? 止む得ない場合のみね。


「すみません、兄さん。少しごたつきまして」

「そうなのか。三人ともとりあえず座ったらどうだ?」


 そう言われたので、私たちは椅子に座る。


「お待たせしました、兄上」「お兄さん! お待たせっすー」


 座った所で私たちも軽く一言入れておく。これぐらいで十分だと私は思うわ。

 兄上が手を振って応じてくれる。


「まあ、何かあれば、俺も相談に乗れるぞ? ん、まあ、女の子特有の問題は無理だろうけどさ。お前たちよりは経験豊富だから、力になれると思うよ」


 そう言いながら、朗らかに笑う兄上。

 やはり素敵です。恋は盲目と言うけれど、本当にそう思う。

 兄上の仕草一つ一つが私の心へ、体へ、と響く。それはもう鮮やかに、強く、熱く、胸を打つ。

 特にあの優しげな笑みは私の全てを包み込んでくれるかのよう。


「大丈夫っすよ、お兄さん。葵が解決してくれたっすからねー」

「そうなのか、葵?」


 兄上が私を見つめてくる。どくどく、と心臓が高鳴る。でも、ここは何とか耐える。


 ふう……望海が言っているのは、たぶん翔の事だろう。

 解決したと言える程の事をした覚えはないのだけれど、ここは兄上への好感度アップに活用させてもらおう。


「大した事をした訳ではないですが、望海にしつこく付きまとう男子生徒を諭しただけです。結局、彼が納得してくれたので、事なきを得ました」

「なるほどな。お前たちは可愛いからな」

「可愛い……」


 兄上は深い意味で言っているつもりはないと思うけれど、それでも嬉しく思ってしまう。

 恋をしてしまうと、本当に些細な事で幸せな気分になれる。

 私がそんな気分でいると、薫流と望海が兄上をじとーっと見つめる。


「うう、そんな目で見るなよ、二人とも……」


 兄上が嫌そうというか、心苦しそうな顔をしている。

 そう言えば、兄上はじとーっと見られるのがあまり好きではなかった気がする。

 理由は分からないけれど、兄上が嫌がる事はしたくないので私は自重する。


「まあ、ともかくだ。さっきも言った通り、もし、何かあれば遠慮なく俺を頼れよ。薫流もそうだけど、葵も望海、朱莉も桃花も俺の大切な妹分だからな」


 笑顔でそう言われて、私たちは一様に顔を赤くした。

 私程の自覚はないにせよ、四人ともすでに兄上に惹かれている。

 カッコいいというのもそうだけれど、何より今のように私たちの事を考えてくれる優しさ。

 どこまでの事が兄上にできるかは別としても、こうした気遣いは嬉しい。

 

 同級生では感じられない安心感をこの人からは感じられる。

 さらに私たちは全員、同い年の中では抜けている存在。

 それは謙遜ではなく、純然たる事実。

 そのような私たちをこの人は当たり前のように、受け止めてくれるのだから、惹かれない訳がない。


 だから、私は兄上に恋をして、恋人になりたいと思っている。

 でも、この人に依存しているだけではダメだ。

 私自身が強くならないと。


 そのためには――


「あにう――」「そうだ。薫流、望海……ん? 葵、何か用か?」

「い、いえ! 私の方は後でいいので、どうぞお先に」

「じゃあ、先に俺の用事を終わらせるとするか。二人の事象系練気を見せて欲しいんだ」

「うちらのっすか?」


 言われてみれば、兄上と出逢った日から二週間、共に鍛練はしていたけれど、事象系練気は使っていなかったわね。

 私は皆を冷やす時に使った事もあったので、使っていないとは言えない。それでも、鍛練時には使っていないけれど。


 それは兄上と体力作りがメインの鍛練をしていたからというのが大きい。

 でも、それだけではなく、まだ兄上は事象系練気を覚醒させていない。

 覚醒するのは校内戦だから、もう少し先の話。

 だから、私たちは遠慮して使わなかったというのはある。

 ちなみに、私と朱莉については前々から知っていて、桃花については初めて会った時に身をもって体験している。


 そういう訳で、兄上が薫流と望海の事象系練気を知らないのも仕方ない。

 妹である薫流の事象系練気を知らないのはおかしいとは思うけれど、私たちは兄上と薫流が離れて暮らしていたという事を聞いているからね。

 だから、私もそういう事で納得しておく。望海も不思議に思っていないようだしね。


「二人の力を知らないのもそうだけど、俺って事象系練気がまだ目覚めてないだろ? その参考にできればいいと思ってさ」

「なるほどっす。うちは全然大丈夫っすよ」

「はい、私も問題ありません。兄さんの力になれるなら、ぜひ」

「二人ともありがとう」


 事象系練気は強化系や放出系よりもイメージが大きく関係すると思う。

 一人に一つの事象系練気だからこそね。私の場合は“氷”だから、そこからイメージを膨らませて事象を起こす。


 兄上もそれが分かっているから、少しでも情報を得ようとしている。

 私が手伝ってもいいのだけれど、それは兄上のためにはならない。

 感謝はされるかもしれない。でも、兄上にとって事象系練気に目覚める事は本当に大切な事。

 ちらっと、兄上の右手首と首元を見る。右手首には朱莉の鮮やかな赤髪のようなブレスレットがあり、首には緑に輝く雫型のペンダントがある。


 内心、複雑な思いを抱きつつも兄上への想いを強くする。

 だから、私は兄上の事象系練気に関しては何もしない事に決めた。


「じゃあ、うちからやるっすねー。お兄さん、手の平を上にして広げておいて欲しいっす」


 そうしている間にも望海が、自身の事象系練気を使おうとしていた。

 兄上は言われた通りに、手のひらを上にして広げた。

 その上に望海が人差し指を伸ばす。すると、ぽたん、と兄上の手の平に綺麗な雫がこぼれ落ちた。


「冷たいな。“水”って事でいいのか?」

「そうっすよー。水芸とかもできるっす!」


 兄上の言葉に正解とばかり、望海が笑顔を見せ立ち上がる。

 両手を水平に広げ、十本の指先から清らかな水を撒き始め、舞い始めた。

 楽しそうに舞っている望海だけれど、普段のイメージとは違った美しさも垣間見える。

 一度見た事があるとはいえ、望海はやはりすごいと思う。

 ある程度満足したのだろう、望海が動きをやめた。周りは水浸しではあるけれど、練気だからすぐに消えると思う。


「次は私ですね」


 薫流の雰囲気が変化し、周りの空気が引き締められる。

 彼女が片手を前へ伸ばし、低く気合を発した。

 その瞬間、手の平の上で紫色の何かが(はし)った。


「――“雷”か」

「はい、その通りです。普通のものとは違いますが」


 そう言いながら、もう一度命力(マナ)を練って練気を手の平に送るのが分かった。

 今度は大きな音と共に目にはっきりと見える程の大きさで紫の雷光が煌めいた。

 そこで兄上が頷くと薫流が手の平を閉じた。


 紫の雷――紫電。事象系練気は一人一つではあるけれど、オンリーワンという訳でもない。同じ事象を持つ人もいる。

 私と私に告白してきた岸君は同じく事象系練気“氷”を持っているわね。


 体内を流れる生命エネルギー命力。

 それは一つとして同じものはなく、そこから練り上げられる練気もまた同じ。

 だから、個性が出る。薫流の場合はそれが顕著に現れた、という事ね。


「お兄さん、参考になったっすか?」

「ああ、参考になったよ。二人ともありがとうな」


 兄上の腕が伸びて、二人の頭を軽く撫でる。

 気持ちよさそうに目を細める二人。――羨ましい。

 ああ、もう! ぶんぶん、ぶんぶんと首を振る。二人は兄上に有益な情報を提供した訳だし、私は何もしていないのだから、ご褒美がなくて当然じゃない。

 全く本当に盲目って困ったものよね……


「葵、大丈夫?」

「へ?」


 薫流に声を掛けられて、周りを見渡すと三人が私を見ている事に気が付く。

 つまり、今さっきの事を見られている訳で――


「は、恥ずかしい!」


 顔を隠してしまう。


「葵にもそういう所があるんだな」

「兄上?」

「いや、葵とこの二週間過ごして、ほんと大人だなって思ってさ。朱莉、望海、桃花は言うまでもなく子供っぽくて、薫流も少しそういう所があったけどさ、葵って全く隙がないからさ。ちょっと心配だったんだけど、何だか大丈夫そうだなって」


 兄上、そのように思っていたのですね。

 隙がないとは思わないけれど、随分と大人びた対応はしていたかもしれないわね。

 それが兄上からすれば、心配の対象になってたなんて。

 やはり、まだ私は兄上にとっては後輩でしかないのですね。


「むう、お兄さん、さっきのはどういう意味っすか?」

「そういう所だよ。可愛らしいって事、さ」


 頬を膨らませて望海が抗議すると、こつん、と彼女の額を小突く兄上。

 こうやって、じゃれ合う姿は微笑ましい。しかし、このままではいけない。


 よし、覚悟を決めた。


「兄上」

「ああ、そう言えば、俺に何か言いたい事があるんだったよな」

「はい……」


 大きく息を吐き、しっかりと兄上を見据える。

 私の雰囲気が変わった事で、兄上の顔も真剣味を帯びる。

 別の意味で心臓がばくばく鳴っている。

 そう言えば、兄上に面と向かってこういう事を言うのは初めてかもしれない。

 でも、私は貴方の横に立ちたい。だから――





「――兄上、私と本気(・・)で戦ってください」


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