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第24話 『彩矢と真矢』

「兄さん、黒い練気とは?」

「あ、悪い、気にしないでくれ」


 兄上はそうやって誤魔化した。薫流(くゆる)たちを巻き込みたくないからでしょう。

 兄上の視線は禍々しさを放つ黒い練気に注がれているけれど、少し悩むような顔をしている。

 おそらく、介入するべきかどうか考えているのだろう。


 今は校内戦の試合中であり、彩矢と真矢の戦いは終わっていない。

 そして、あの黒い練気について、兄上の言葉に反応した薫流や桃花、望海も含めた生徒たちは不審に思っていないし、監督している先生も特に何とも思っていない様子だ。

 これが吹雪先生であれば……と思ってしまう。しかし、彼女はこの場にはいない。

 

「彩矢? どうしたの、それ……」

「マヤ、ワタシノホウガツヨイッテコト、オシエテアゲル」


 杖に黒い風が渦巻く。そして、先程真矢が見せたように、杖を持つ手を後ろに引いて一気に前に突き出した。

 荒れ狂う暴風が射出され、一直線に真矢に向かっていく。


「な、にこれ、はや――きゃああああああああッ!」


 真矢はその一撃をもろに受けて、反対側の壁に叩きつけられた。

 遠目にぐったりとしている真矢の姿が見える。

 彩矢はにやりと口角を吊り上げると、そのまま真矢の下へ一瞬で移動した。やはり黒い練気を纏っているからだろう、身体能力が上がっている。

 そして、動かない真矢に向かって杖を振り上げる。杖からは風が渦巻き、ドリルのようなものが形成される。

 

 彼女からは明らかな殺気が放たれ、黒風のドリルは今にも真矢を貫こうとしている。

 それを見てか、監督している先生が制止の声を上げる。流石に状況を理解したのだろう。でも、声だけで止まる訳がない。


「お前たちは何もするなよ!」

「あにう――きゃっ」


 兄上が風を纏って観覧席から飛び出した。私たちに手出しさせないのは、棄権になる可能性があるからだろう。

 何となく分かる。彩矢を倒せばあの黒い練気は消える。あの力は一時的に与えられた力だと感じるから。

 だから、お願いします、兄上。彩矢を救ってください。


「お兄さん、止めに行ったって事っすよね?」

「そうだね。私が聞いた時、黒い練気について誤魔化していたから、こうなる事は分かっていたのだと思う」

「でも、あの黒い練気が溢れた瞬間、彩矢が急激に強くなった気がするよね。そう言えば、葵もあれを見て反応していたけど、何か知ってる?」

「ごめん、嫌な気配を感じて反応してしまっただけなの」


 兄上が隠した事を私が話す訳にはいかないので嘘を()く。


 私たちが話している間にも状況は動く。

 彩矢の黒風のドリルが、真矢を貫こうとゆっくり迫る。しかし、真矢は気絶しているのか反応がない。

 ドリルが真矢に触れる(すんで)の所でその動きが止まった。


「……間に合いましたね、兄上」


 彩矢の腕を掴んだ兄上は、彼女を闘技場の中央へと思いっ切り投げた。抵抗する事も出来ずに、彩矢が空を舞う。

 突然の闖入(ちんにゅう)者に先生や生徒たちも騒然となる。しかし、先生もそこで止める事はせずに静観の姿勢。おそらく彩矢が危険だという事と兄上が助けに入ったという事を理解したのだろう。


 兄上は、空中で風を纏ってふわりと地面に降り立った彩矢に突っ込んでいく。

 彩矢はすぐに兄上を敵と認識して、黒い突風を放つ。それに対して兄上は腕を振るって風の刃を放つ。

 風の刃は黒い突風を切り裂き、彩矢の右肩から左脇腹にかけて食い込んだ。


「ギャアアアアッ!」


 彩矢の甲高い声が闘技場に響く。

 やはり兄上は強い。黒い練気で強化されているとはいえ、元々の地力が違うという事ね。

 でも、彩矢もこれで終わりはしない。


「アアアアアアアアッ!」


 何かに突き動かされるように彩矢の体から黒い練気がどくどくと溢れ出し、黒風となって杖へと集まっていく。

 そして、形成されるのは先程とは比べ物にならない程の巨大な黒風のドリル。


 それを真っ直ぐ兄上へと構え、地面を抉れる程の強さで蹴って突っ込んでいく。そして、渦巻く黒風は鋭利な刃で斬りつけたかのように地面を削りながら進んでいく。

 しかし、兄上は目の前に迫る脅威に動じる事なく、腕を大きく引いた。引いた腕からは風が渦巻き――ドリルに向かって放たれた。

 拳とドリルが触れた瞬間――ドリルが一瞬にして砕け散り、練気の粒子が舞った。

 それと同時に彩矢もびくん、と体を震わせて倒れた。


 ――そこで初めて、私たちは彩矢と真矢の所へ動き始めた。



***



 闘技場にある医務室。そこに彩矢と真矢を運んだ。

 少し間隔を空けて並ぶ二つのベッドの上で二人は静かに眠っていた。双子だからか、彼女たちは同じタイミングで胸を上下させている。


 今、ここに兄上はいない。なぜなら、先程のような事がまた起こるかもしれないと言って、警戒の意味も込めて朱莉の試合を見に行ったからだ。

 もちろん、女の子が寝ている所に見知らぬ男性がいるのも問題ではある。その辺りも考慮したのだと思っているわ。


 もうすでに始まっているであろう朱莉と岸君の戦い。

 岸君は私に告白してくれた人の中で、最も誠実な人だった。

 実力もあるのは、ここまでの試合を見ているので知っている。ただ、朱莉との相性は最悪でしょうね。

 彼の事象系練気は私と同じで“氷”なのだから。


「「ん……………ふわ、ここは?」」


 二人同時に目を覚まし、同じ事を口走る。双子だからと言って、ここまで合うものだろうか?

 それは違うと思う。やはり些細な事ですれ違ってしまっているだけで、お互いの事が好きなのでしょう。だからこそ、深い所では気持ちが通い合い、このように言葉が合致する。決して双子だからという訳ではないのでしょうね。

 ただ……些細なすれ違いと言えども、馬鹿にする事はできない。小さな溝は放っておくと、やがて大きな裂け目となる。

 二人の状態はまさにそれよね。


「二人とも目覚めたっすか?」

「……望海? それに葵、薫流、桃花まで、皆どうした、の……?」


 体を起こしても彩矢は寝ぼけているようだ。真矢に至っては、体を起こしたものの目は閉じられたままだ。


「彩矢、何も覚えていないの?」

「何があったっけ? そう言えば、私は真矢と戦って…………途中で真矢に対する怒りが込み上げてきて……あ、そうだ。私、真矢を――まやっ!」

「は、はひ!」


 急に彩矢が覚醒し大声を出した事で、隣の真矢がびっくりした声を上げた。


「真矢、大丈夫?」

「彩矢こそ、大丈夫なの?」


 二人とも医務室に運ばれた事を理解して、互いに様子を確認する。真矢は気絶していたから彩矢が、自分を殺そうとしていた事は知らないでしょうね。

 それは不幸中の幸いかもしれない。でも、彩矢の方はおそらく記憶がある。

 今も大丈夫、と返しつつも真矢からは視線を外しているわね。


「彩矢」

「葵?」

「私もさ、ある人に嫉妬した事があるの。その人は無邪気で弱い人だったから、いつも私が守ってあげないといけないと思っていた」


 私は勝手に話し始める。少しでも彩矢が真矢に対して素直になれるように。

 この世界で真矢と初めて会った日から、彩矢には話そう話そうと思っていたけれど、中々機会がなかった。その事が今になって悔やまれる。

 そして、私の話の意図に気付いた彩矢は、真剣な顔で耳を傾けている。私の側にいる皆も口を挟まずに聞いてくれている。――ここに朱莉がいなくて本当に良かったわ。


「でも、その人はそれだけではダメだって思っていたの。私の思いとは裏腹にね。だから、力を求めて努力を始めた。そこからがすごかった。めきめきと実力を上げていって、気が付けば私に迫る程の成長を見せていたの。私は恐怖したわ。その人が私より強くなってしまえば、私の存在意義が消えてしまうように思えたから」


 きっと彩矢も真矢の事を大切に思っていたと思う。真矢が姉だと言っていたから、きっと彩矢は姉らしく振舞っていたに違いない。

 そして、真矢の事を自分が守らなければいけない対象として認識してしまったのだろう。

 それ自体は悪い事ではないと思う。守るものがある事は時として絶大な力を発揮する。

 問題はそれが守らなければならない、という強迫観念になってしまう事。


「そう、だね……私は真矢をずっと守らないといけないって思い続けていた」

「彩矢……」


 私の話を受けて、彩矢が自分の心のうちを吐き出し始めたので、私は口を閉じた。真矢は彩矢をじっと見つめていた。


「でも、一年前ぐらいからかな……真矢が私に守られるのを良しとしなくなった。言葉として聞いた事はなかったけど、突然強くなろうとしたのを覚えている。最初は可愛いものだと思っていた。その時の真矢はお世辞にも優秀とは言い難かったから、きっとすぐに私を頼ってくるだろうと思っていた。でも、半年経った頃に気付いた。真矢がどんどん近付いてきているって。その事実は私の存在が否定されているように思えた。だから、私も真矢に追い抜かれないように必死に努力した。結果だけを言うと、その努力は実らなかった。真矢はどんどん私に近付いてきてからね」


 ある種の諦観を伴った彩矢の告白に、私はただただ頷きながら聞いている。そして、彩矢を見ていたはずの真矢は下を向いていた。

 でも、膝の上に置かれた手は強く握りしめられているのが分かる。きっと彩矢がそんな思いでいたとは知らなかったのだろう。

 ただ、話を聞く限り彩矢の努力が実ってなかった訳ではないでしょうね。それは伸び代の問題だと思うわ。


「後は葵も知っての通り、ここに入学した私は、真矢に追い付かれないように必死だった。でも、真矢はにこにこと私に近付いてくる。まるで、私の焦りを見透かしているようにね。だから、分かってしまったんだ。――真矢はもう私の事を必要としていないんだ、って」

「それは違うっ!」


 医務室に響く大きな声。今まで静かだった真矢がたまらず叫んだ。その目には一筋の涙。


「真矢?」

「違うよ、彩矢! ずっと守られているのが嫌だったのは本当だよ。でも、それは彩矢の事を否定するとかそういう意味じゃない! 私は彩矢の隣にいたかったの。私たちは双子だから、お互いに支え合っていかないといけないって気が付いた――だから、必死に頑張って追い付こうしたんだよ! 私はただ彩矢に認めて欲しかっただけなのにぃ……あや、わがってぐれないから……どうずればいいかわがらなくて、わだぢがんばるじがああああ、でもぎゃんばれば、ぎゃんばるほど、あやがわだぢのこどきらいになるからああああ」


 淡々とした口調ではなく、捲し立てるように話していた真矢の目から徐々に大粒の涙がこぼれ始めた。

 そして、ついに泣き始めた真矢。両手で擦っても擦って真矢の涙は止まらない。

 この状況で私たちに掛けられる言葉はなかった。


「……真矢、ごめん!」


 彩矢が自分のベッドから出て、真矢の体を抱きしめる。

 真矢は泣きながら彩矢の胸の中に顔を埋めた。


「本当にごめんね。私が勘違いしたのが悪かったんだね。ほんと許される事じゃないよね」

「わだぢも……あやにちがづけでちょうじにのってだどおもう」


 彩矢の目にも涙がきらりと光る。


「……皆、二人きりにしてあげようか」


 無言で三人が頷き、私たちは足音を殺し静かに医務室を出ていった。

 背中からは彩矢と真矢がお互いの溝を埋めようとしている声が聞こえた。


「……良かったね、二人ともさ」

「……そうっすね。うちもちょっとうるっときてしまったっす」


 医務室から出てすぐに桃花と望海が小声で話す。

 私たちは彼女たちの邪魔にならないように、その場から移動する。


「結局、黒い練気について聞く事は後回しになったね」

「仕方ないわ。彩矢と真矢には二人で話し合う時間が必要よ」


 そう、とことん話し合う時間が必要なのよね。

 でも、薫流の言う通り聞くタイミングを逸したわ。彩矢の黒い練気は明らかに負の感情に反応していたわね。

 本当にどこで手に入れたのかしら……可能性があるとすれば、彼女が一日いなくなった日だけど……


「葵、うちらは控室に行っておいた方がいいかもしれないっすね。朱莉と岸の戦いがいつ終わるか分からないっすから」


 黒い練気の事は気になるけれど、兄上もいる。だから、そこまで深刻に考える必要はないと思う。

 もし、兄上であれば全力で校内戦をやれって言うはずだから。


「そうね……彩矢と真矢の事は一旦忘れて、私たちは私たちの戦いをしましょう」

「楽しみにしているっすよ!」

「ええ、私も」


 望海が出してきた拳に自分の拳を合わせて別れた。


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