第15話 『夜会と恋バナ』
夕食後、兄上と別れた私たち五人は、そのまま朱莉の部屋に集まっていた。
エレメンタル・アカデミーの寮は一人一部屋割り当てられている。部屋は全体の生徒数が少ないという事もあってか、一人部屋にしては広い造りになっている。
だから、私たち五人が集まっても窮屈に感じないぐらいの広さはあるのよね。
「さーて、今日はどんな話をするっすかねー」
正面に座っている望海がぐっと両腕を上げて伸びをしながら、今日の話題を考えている。
私たちは定期的に夜、誰かの部屋に集まって話をするようにしている。
一人だと寂しかったりするから、集まるだけで意味があるのよね。
まだ私たちの関係が始まってから三週間しか経ってないので、回数的にはまだまだね。でも、楽しい時間である事に変わりはないわ。
「はい! 話し合いたい事があるよ!」
元気良く手を挙げたのは、この部屋の主である朱莉。
ちなみに部屋は、ローテーションで回しているので、たまたま今日が朱莉だったというだけで深い意味はない。
「え、何々!」
桃花が目を輝かせて、ローテーブルから少し体を乗り出しながら尋ねる。何かを感じ取ったのか、期待しているのが分かる。
私も朱莉が持ってきた話題というのは興味があるわ。望海も薫流も朱莉に注目している。
ローテーブルに置いてあったコップに口を付けながら、朱莉が話すのを待つ。
「そ・れ・はー――葵ちゃんの好きな人についてっ!」
「ぶふぅぅっ!」
爆弾投下、とは言わないまでも、まさかの話題に思いっきり吹き出してしまった。
結果、私の前にいた望海の顔にジュースがかかってしまう。
彼女は少し頬を膨らませて、私を見ていた。
「もう……何してるっすか、葵ぃー」
「ご、ごめん……」
これは私が悪い。原因はどうであれね。
朱莉がタオルを取ってきて、望海に渡している。服にはかかっていなかったのが不幸中の幸い、という所かな。
「それで、誰なんすか? この前も結局、聞きそびれたっすからねー」
濡れた顔と前髪をタオルで丁寧に拭いた望海が、にやっとした顔で私に問いかけてきた。
気が付けば視線は朱莉ではなく、私に集中している。
皆、聞きたがっているという事だろう。隠す必要ないけれど、こう見つめられた中だと、恥ずかしい。
その場に沈黙が流れる………………
「……兄さんだよね?」
そこで口を開いたのは私ではなく、薫流だった。
自信がなさそうな声とは裏腹に、その目は確信を持っているようだった。
バレてしまっているなら、本当に隠す意味はない。私は大きく息を吐き出した。
「そうよ。私が好きなのは兄上よ」
私が認めると、静かなどよめきが彼女たちの中で広がった。
この様子だと気が付いていたのは、薫流だけなのね。
「確かに葵は、お兄様の事を良く気にしているとは思っていたけどね。本気なんだ?」
私はこくりと頷いた。そっか、という感じで桃花が納得した表情を見せる。
「そうなんすねー。うちもお兄さんの事は好きっすけど、恋愛感情というよりは尊敬って感じっす。お兄さんはカッコいいっすもんね、惚れてしまうのも分かるっすよ」
うんうん、と望海も頷いていた。
「そうなんだー。でも、お兄ちゃんなら葵ちゃんの理想にぴったりだよね」
「まあ、そうね。私の思い描いている理想の男性像にぴったりと当てはまるのが、兄上ね」
「やっぱり、そうなんだ」
朱莉って意外と私の事を分かっているのよね。産まれてからの付き合いだもの、当然か。
「葵、一つ聞いていいかな?」
「大丈夫よ、薫流」
聞きたい事は大体見当がついている。
「私たちが初めて会った日。葵は正門に近くいたようだけど、あれは私たちを待ち伏せていたの?」
「待ち伏せていたというのは正しい気もするし、正しくない気もする」
やはりこの事を聞いてきた。薫流の中で私がいまだに怪しまれている原因はそれだからだ。
あのタイミングで私が兄上たちの前に現れたのは、何か作為を感じるものね。
実際、待ち伏せていたのだけれど、正直に言う訳にはいかないわ。
だから、本当の事に少しの嘘を混ぜ込む。全てを嘘で塗り固めるよりもよっぽど相手を騙しやすい。
薫流を騙したい訳ではないけれど、今はまだという感じ。
「どういう意味?」
薫流は冷静に尋ねているつもりだろうけれど、体からは危ない気配が放たれている。私の返答次第では何をしてくるか分からないね。
私も真剣に答えているせいか、私たちの間には張り詰めた空気が流れる。
他の三人は突然訪れたこの状況に、どうすればいいか戸惑っているようだ。
「その……一目惚れなのよ。薫流、あの日の前々日に、兄上はエレメンタル・アカデミーに来ているわね?」
「そうだね。あの日は兄さんに事象系練気の適性があるか、確認するためにここに来たね。もしかして、その時に?」
私は静かに首を縦に振った。これは嘘ではない。
兄上がここに転入してくるかを確認するために、常に正門には張り付いていたから。
そして、兄上がここに適性試験を受けに来た事を確認して、兄上と出逢った日を待ったという訳ね。
「そうよ。あの日、たまたま兄上を見たの。カッコ良くて、一目惚れしてしまったわ。転入生だという事は分かったので、正門に張り付いて入れば、現れると思って待っていたの。だから、確証があって待ち伏せていた、とは言えないわね」
「なるほど、そういう事だったのね。疑ってごめんなさい」
薫流が纏っていた危ない気配が消えて、私に対して頭を下げる。
どうやら信じてくれたみたいね。元々、今日までに信頼は少しずつ勝ち取っていたと思うの。
それで、今のやり取りで確信してくれたって所かな。私が敵じゃないってね。
「気にしないでいいわ。誰でも待ち伏せしていたかのように現れると、警戒してしまうものよ」
「そうね、ごめんなさい。でも、必要な事だったから」
「うん、分かっているつもりだよ」
「そう……」
薫流が優しく微笑んでくれた。これで薫流とは本当の意味で友達になれたかな。
「…………葵ちゃん、薫流、二人は仲直りしたって事でいいの?」
おそるおそる、朱莉が口を出してきた。
「朱莉、そもそもケンカしていた訳ではないわよ」
「そうなの?」
私がそう言うと、朱莉が薫流の方を向いた。彼女も首を縦に振って応じた。
「なーんだ。もう、びっくりさせないでよー。急に険悪な雰囲気になったからどうしようかと思っちゃったよ。ね、望海、桃花」
「ほんとっすね。いきなり温度が下がって、びっくりしたっすよ」
「あはは、本当に心臓に悪いからやめて欲しいな。私は皆で楽しくやっていきたいもの」
「悪かったわ。これからは気を付ける」
「そもそも私のせいだから、ごめんなさい」
改めて迷惑をかけた三人に謝罪をする。謝りさえすれば、三人はにこっと笑って許してくれた。
本当に良い仲間だと思う。
「じゃ、話の続きを再開するっすよー。葵がお兄さんをどれくらい好きなのか教えて欲しいっす?」
「あ、その話は続けるのね」
「当ったり前っすよー。微妙な空気にしてくれた分、返してもらわないと割に合わないっすから」
望海だけではなく、朱莉と桃花も大きく頷いている。彼女の言い分は一理あると思うわ。
他の人に自分の想い人への気持ちを吐露するのは、かなり恥ずかしい事だと思う。でも、それは聞いている人たちもなのよ? まあ、覚悟してもらうわ。
「分かったわ。……私は兄上が大好き。その笑顔が、声が、仕草が。兄上の一挙手一投足が堪らなく愛おしく思うの」
兄上の事を想いながら、私は言葉を紡いでいく。
「兄上の事を考えると、胸が張り裂けそうになるの。どきどき、どきどき、って私の心が嬉しい悲鳴を上げるの。それがまた心地良くて、いつまでも浸っていたくなる。その時、改めて気付くの。――ああ、兄上が好きなんだって」
胸に手を当てながら、想いの丈をぶつける。
口から出る言葉が自分の耳に届き、また私を高揚させていく。
心が叫びたがっているのが分かる。だから、私は我慢できなくなってくる。
だって、世界を越えてまで私は兄上と結ばれたいと願っているのだから。
迸る想いは、心から飛び出して、体を巡り、口に辿り着き――
「好き!」
強く。
「好きっ!!」
強く強く。
「好きぃっ!!!」
強く強く強く。
「すきぃぃぃぃっ!!!!」
――強く強く、本当に強く、心の底からありったけの声量を以て、愛の言葉を高らかに謳い上げる。
気が付けば、立ち上がり両腕で自分の体を強く抱きしめていた。
声が、心が、体が兄上を求めて叫びを上げているのだと思う。
「はあはあ……はあ……はあ……。あ……」
全てを言い切った達成感が今の私を支配している。
そこで気が付いた。自分がとんでもない事を口走っていた事に。座っている皆も顔を真っ赤にしている。
――やってしまった。
そんな思いが頭を過ぎる。でも、それ以上に自分の気持ちを思いっきり叫ぶ事ができたという爽快感が私を包み込んでいる。
ああ……私はあの人が好きなのだ。本当にそう思う。
でも、一つだけ言っておかないといけない事がある。
「皆、私は兄上が大好き――ううん、愛しているわ。この短い期間で? って思うかもしれないけれど、これが私の正直な気持ち。でもね、もし皆が兄上の事を好きになったら、勝負よ。全力で戦ってちょうだい。私はそれだけ本気って事。変に気後れしないでね」
私はこれで勝ったなんて思わない。
正直、今この想いを兄上に伝えたところで、受け入れてもらえるとは思わないもの。
だからこそ、皆は私にとっては恋敵になり得る存在。それだけは忘れないで欲しいわ。
世界に絶対はない、可能性は一つではないのだから。
――次の日、一部の女子生徒たちが見て分かるぐらいに、もじもじと顔を赤らめている姿が見られたのだけれど、何だったのかしらね。




