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虚飾の舞踏会  作者: 猫柳
第二章  勇者の言い訳
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仮初の平穏2

重い扉を押し開けて部屋に入ると、柔らかな笑みを浮かべた彼女は「レナ」と私の名前を呼んだ。


太陽の光でキラキラと輝く白金の髪と、透けるように白い肌。私はまだ、彼女以上に美しい女性を見たことが無い。


「アディ!もう仕事は終わったの?」

「えぇ。ようやく一区切り。貴方の顔を見るのも本当に久しぶりね。さ、今日はたくさん喋りましょう。私、レナとお話がしたかったのよ。変な話ね、毎日同じ建物に居るのに、ほとんど話す機会も無いなんて」


そう言って、アディは私のために優雅な動作で椅子を引いてくれた。彼女にそんなことをさせてしまうのは恐れ多い、と思うものの、彼女は私を甘やかすことを楽しんでいるようだった。本人曰く、妹ができたようで楽しいのだと。

机に向かい合わせで座り、既に用意されていた


「アディも大変だね。毎日毎日仕事ばっかりで。……ねぇ、私にも手伝えることって無いの?」


毎日仕事に忙殺されるアディと、毎日暇を持て余している私。もし私が彼女の力になれたら、私は暇じゃなくなり、アディは楽になる。まさに一石二鳥なのに。

しかし、アディはいつだって、私のこの提案にやんわりと首を振る。


「これは私の問題。だから、レナは気にすることは無いのよ。これでも、私は今国王なんだもの。忙しいのはしょうがないわ」

「でも……私、暇なんだよ。外は物騒だからって出かけさせてくれないし、書庫も立ち入り禁止だし、皆忙しくてかまってくれないし。というか、私だけ何もすることが無いんだもん。仲間はずれみたいで寂しいよ」


私は唇を尖らせ、抗議した。もう十六にもなるのに、我ながら子供っぽいと思う。でも、何もできないのはひどく歯がゆくて、辛かった。


元の世界みたいに、何かを学ぶことを強要される事は無い。けれどこの広いようで狭い城の中に半ば閉じ込められるように過ごしたこの二年半は、けして充実したものだとは言えなかった。


まるで、鳥篭の中に囚われたような気分で。


「レナ、革命軍の旗頭であった貴方が暇だ、と言うことは、すなわち平和を表すのよ。貴方はこの世界で、私達の為にたくさんたくさん戦ってくれた。だから、この平穏はその恩恵。貴方は暇でなくちゃ。貴方が忙しいっていうのは、また戦が始まることを意味するのよ。ねぇレナ、貴方は貧弱で何の力も持たない私の代わりに、この国を取り戻してくれたわね。だから、今度は私の番。貴方に任せてしまった分、今度は私ががんばらなきゃ」


だから貴方が手伝う必要なんて無いのよ、と彼女は幼い子供を説得するようにゆっくりと言い含めた。


「そう、なのかな……?」

「そう。私にも活躍どころを譲って頂戴。ね?だから、貴方は好きにしていていいの。そうだレナ、何かしたいことは無い?できる限り協力するわよ」


私は黙って、メインディッシュの肉料理をナイフで切り分けて口に運んだ。香りの良い香木で燻してある肉は柔らかく、香ばしい香りが鼻腔いっぱいに広がる。私の好きな味だ。

ふと、私は思った。私がしたいこと。それは、この世界で当たり前のことを知りたい、そんなことかもしれない。例えばこれが何の肉なのか、とか。どんな調理法をしているのか、とか。


そんなことを考えていると、知りたいことがたくさん出てくる。そう、私はこの世界のことをまだ、ほとんど知らない。


「アディ、私勉強がしたいな」


アディは一瞬、虚を突かれたような顔をした。それから、小さく噴出す。


「びっくりした。貴方からそんな言葉が出てくるなんて!私と会った頃なんて、散々勉強が嫌いだー嫌いだーって言ってたのに。どんな心境の変化なの?」

「う、別に、勉強が好きになったわけじゃないんだけど……。私ね、この世界に来てから、最初の三ヶ月間はお師匠と一緒に森の奥の奥で暮らしてたし、その後はずーっと革命軍にいたでしょ?私、この世界のことほとんど知らないんだよなぁって。この世界って、精霊とか、狼人間とか、ドラゴンとかが居るって、前うっすら聞いた記憶があるんだよね。元の世界に帰る方法が見つかったらすぐにでも帰るんだけど、見つけるには長い時間がかかるってアラステアさんが言ってたし、私もこの世界になじむ努力がしたいの。本当は外に出て、いろんなものを見て回りたいんだけど……危険なら、そこまでわがままは言わないから。書庫の本とか、勝手に見せてもらったりできると、うれしいかなーって」


簡単な読み書きは、この世界に来てから三ヶ月の間――お師匠の家に居る時に、この世界の言葉を学ぶのと同時に習得させられた。その頃はまだ勉強なんて嫌いで嫌いで、何でこんなことを学ばされるんだ、魔法でぱぱっと何とかしてよ!って思ってたわけだけど、今は読み書きを習っていてよかったと思う。そうでなければ、私は自分の力で知識を得ることもできなかっただろうから。


それに、気になっていたのだ。何故書庫に入ることを禁止されるのか。他に注意を促されたことには納得できる理由がついていたけれど、これだけは、納得ができていなくて。


アディはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて決心したように口を開いた。


「分かった。いろんなことが知りたいのなら、家庭教師を探してきてあげるわ。それでどう?」

「うえ!?いや、そうじゃなくてね!?自分で好き勝手に読み漁ってみたいと言うか、先生に押し付けられるのはちょっと嫌だと言うか……」

「うーん、それじゃあ、駄目。この国の書庫はあまり趣味が良いとは言えないもの。……そうね、どうしても本が読みたいのならアラステアの家から取り寄せてあげる。アラステアの実家、バッセル家はエルザイ王国の知識庫。保有している本の数も桁違いに多いのよ」

「う、ん……じゃあ、そうしてもらおう、かな……」


無理やり笑みを取り繕った私に、アディは目を輝かせ、「レナの好きそうな本をたくさん取り寄せてあげるわ」と息巻いていた。




   ◇◆◇◆◇



(やっぱ、腑に落ちない……ということで)


その日の夜。私はこっそりベッドから抜け出すと、静かに自分の部屋から滑り出て、静まり返った廊下を、書庫のある部屋に向かって進み始めた。

基本的に、アディは私のお姉さん的存在で保護者でもあるから、私は彼女の言葉には逆らわないようにしていた。でも、今日の会話で、私の好奇心に火がついてしまったのだ。


(私を遠ざけたくなるような趣味の悪い本って何!?魔王様の趣味に合わせて、効率的な人の殺し方とか?口を割らない捕虜への拷問方法とか?キャーそれは怖い!でも気になるー!)


ここ最近、本当に刺激的なことが何も無い。たとえそれが少々えげつないものであろうと、もしくはもっと違った趣向のものであろうと、とにかく面白ければ何でもよかった。アディが隠したがるもの、それを暴くという名分の下、私はちょっとした冒険に出たのだ。


いつもはある程度人通りのある通路も、真夜中ではさすがに誰も居ない。たまに巡回の兵士とすれ違うこともあったが、お師匠から学んだ魔術を応用して気配をできるだけ消していたため、ばれることは無かった。

これでもかつては勇者と呼ばれた魔術も剣術もオールマイティな女子高生である。これぐらいはお手の物だ。……といっても、剣のほうは付け焼刃の上にここ最近訓練の手を抜きがちだから自慢できるほどでもないのだけれど。


そんなこんなで、私は大した問題も無く、書庫にたどり着いた。重い扉をゆっくりと開き、書庫に滑り込む。すると独特の動物臭さとインクの匂いが鼻を突いた。

お師匠の家にあった書庫が少し懐かしい。そんなことを思いながら、私は自然と釣りあがる口元を押さえ込み、手近な本棚に歩み寄り、本棚に目を通す。本棚には、やけに硬い素材を束ねて木で製本したものと、紙を束ねて製本したものが一緒くたになって放り込まれていた。この硬くて書きにくそうな素材は、いわゆる羊皮紙と言う奴なのだろうか。


(うーん、羊皮紙の本があるってことは、この世界はまだ紙ができてから長い時間が経ってない、ってことかな。文明の推移を感じるー)


一度手にとって軽くめくってみてから、本棚に戻して背表紙のタイトルだけを追う。一段分目を通してから、私は小首をかしげた。


(……普通の、歴史書っぽいような本しかないんですけど?)


あまり難しい単語は読めないものの、『エルザイ王国年代記』や『貿易国家リストール王国の繁栄』、『ロータ王国の成立と繁栄の背景』などと言った、明らかに歴史書ですよーというオーラを放つ本ばかりが並んでいて、少なくともいかがわしいものを連想させそうなタイトルの本は一冊も無い。私はざっと五つほどの棚の背表紙に目を通したが、アディが言うような『趣味の良いとは言えない』本はまったく見当たらなかった。


拍子抜けした私は、がっくりとうなだれながら手ぶらで書庫を出た。なんだか急に全てが馬鹿らしくなって、さっさと部屋に戻り、ベッドに潜り込む。

ゆっくりとやってくる眠りの波に意識を委ねながら、夢現の間で、私はふと、思った。



何も無いのなら、何故アディは、書庫から私を遠ざけようとしたのだろうか、と。

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