表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/54

なぜ“お上りさん”なのに、『ゲーテ編』なのか?/ご覧頂くとより浸れるポイント

いつも『深淵のワルキューレ/ゲーテ編』をご覧いただきありがとうございます。


ご覧になっている方の中には、


「なぜ“お上りさん”なのに、『ゲーテ編』なのか?」


と、少し不思議に思われている方もいらっしゃるかもしれません。


この理由は、『青年の記憶編』で描かれています。


ただし、皆さんが気になっているであろう、彼の「家柄」については、『青年の記憶編』では明かされませんので、安心してご覧ください。


『青年の記憶編』では、青年が「お上りさん」とどのように接していくのかが描かれています。逆に言えば、同年代の青年が彼をどう見ていたのか、は『青年の記憶編』にしか描かれていません。


『青年の記憶編』を見ること自体がネタバレになるのでは、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。


ですが、『青年の記憶編』を最後までご覧頂いても、「お上りさん」がどうなったのかは描かれていません。


あくまで、青年があの寡黙なお上りさんと、どのように接していくのかが描かれています。


ご覧頂くポイントとしては、「態度の違い」だと思います。


学校での彼の態度と、青年に見せる態度は、明らかに異なっています。そして、それにはしっかり理由があります。


その理由を考察するのも、作品を楽しんで頂けるポイントの一つかもしれません。


どうか今後とも、『深淵のワルキューレ』をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ