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巨大な泉の湖畔。
まるで時が止まったかのよう。
ボロボロの軍服を着た青年が言った。
「そうだよ。この空間自体には時がない」
凪は穴が開くほど見つめた。
「ずーっと気になっていたんだけど、あなた、私の考えが分かるの?」
「そうだよ」
あっさり認める青年に、凪は引いてしまった。
「じゃあ、私の気持ちは丸聞こえなの?」
「だから、そうだよ」
顔を真っ赤にする凪に、青年は笑ってしまった。
「笑うなんてサイテー! もう知らない!」
青年は大笑いしているのに、顔は青白いままだった。
「すまない。君のその反応がどうしても、見たかったんだ」
「なんでよ」
青年は暗黒の空を見上げた。
青白い顔が月に照らされて、さらに血色をなくしていくようだった。
「…その答えを知った時、君は思い出さなくていいことまで、思い出してしまうから」
視線が凪をとらえる。
逃げ場などない、まっすぐな視線が。
凪は頭を膝に埋めた。
「そんなに嫌なやつだったのね、私」
「それは、君が⸻。いや、やめておこう」
凪の視界がにじんだ。
「ねえ、教えて! いったい何があったの? なぜ悠の決断を待たなくてはいけないの? 今教えて!」
青年は首を横に振った。
「君が、月城凪、でいるためだ」
「え?」
青年がすっと手を出して、あのネックレスを出現させた。
自分の首に当て、凪の手のひらにそっとのせる。
凪も首に当てた。
ぽろぽろ涙を流しながら。
「つめたい」
「俺は、君に、月城凪として、幸せになってほしいんだ。それには悠真君が、決断しないといけない。それは君が⸻」
「もしも全てを思い出したら、私でなくなるのね」
「いや、君のままだよ」
青年は優しく微笑んだ。
「忘れないでくれ。俺にとって君は、今も昔もずっと変わらない、純白の乙女だ」
泉が揺れた。
青年は立ち上がって背を向けた。
「朝がきた」
凪は背中に手を伸ばしてみる。
青年は軽々後退して避けてみせた。
「また来るね」
青年も笑顔を見せた。




