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君を守りたい

「あと伝えるべきなのは、サミュエル王太子の処遇についてか」

「スファルト王国の国旗を使用する許可を出した件、ですか」

「それと、ニセ金使用の件ね。

サミュエル王太子はこの二つの責任を取って、国政会議への参加を自粛している」

「自粛」

「うん」

「あのう……他のペナルティは?」

「ない」

「ないって……」


そっけないエドワードの答えに、ラヴィリアは戸惑う。責任を取る、ということが、この国ではそんなに些細なことで通用するのか。


「……それだけですか? 会議の参加を自粛する、会議に出ないだけ?」

「それだけ」

「あんなに、ひどい戦いを助長させた本人なのに」

「そう」

「……そんなの、おかしいです。

あの人が、その時の感情に任せて国旗の利用を許可したせいで、あんなにたくさんの人が死んだのに!」


ラヴィリアが立ち上がってエドワードに険しい目を向けた。エドワードのせいではないとわかっている。わかっていても、納得できなかった。


ラヴィリアはナプルの町で、火事に巻き込まれた人の遺体を見た。無惨な遺体をたくさん見た。戦いに駆り出された見習い兵士たちが、地面に倒れて動かなくなっている姿も、遠目でたくさん見てきた。


オーサ公爵に肩入れしたサミュエル王太子には、多くの責任があるはずなのに、彼への処罰は国政に参加する権利を一時的に失っただけ。

王位継承権一位を持つサミュエル王太子が、このまま自粛し続けるはずは無い。何かしら周囲が理由をつけて、返り咲きさせるはずだ。

そんなの、責任を取ったとは言えない。


怒り狂う感情を持て余したラヴィリアの肩を叩いて、エドワードはラヴィリアをソファに座らせた。隣に自分も座る。



平然としたフリをしているが内心、「美人怒らすと、顔が怖ぇ」とおののいていた。ラヴィリアの怒りが自分に向けられないようにしようと心に誓う。


誓ったそばから怒られる案件がいくつかあることを思い出して、そっと記憶に蓋をした。オーサ領に来てからハニートラップが何度もあったとか、その場の流れでカリンのおっぱい見たとか、ないない。なんにもない。



「ラヴィ、落ち着いて」

「でも、エディ!」

「さすがに事態が事態だ。みんなラヴィみたいに怒ってるんだよ」

「でも、サミュエル王太子の処分が、国政参加の自粛だけなんて」

「みんなそう思ってる。みんなこんなのおかしいと思っている。だからカルロスが動き出した。

今王宮には、サミュエル王太子の王位継承権放棄要請が殺到している」

「王位継承権、放棄」


ラヴィリアはエドワードを見上げた。

エドワードは静かに頷いた。


「王都にいた頃、カルロスがずっと反サミュエル派の貴族と繋ぎをつけてた。その貴族同士も繋げて、ある程度の組織にしてたんだ」

「……」

「彼らがサミュエル王太子へ、王位継承権放棄の要請を出している。中には王都の自宅を引き払い、自領へ帰る貴族も現れた」

「え?」

「今の国政は信用できないから、参加したところで旨味がない、と判断したんだ。

結局、王族と王族の親戚である公爵、さらにその分家が多い侯爵だけが得するようにできている。身内を庇いあい、罪を償うこともせずに、のうのうと生活している彼らを見て、見限ったんだな。オーサ公爵を極刑にしなかった事も関係してるだろう。

それにより、中位下位貴族が離反を始めた」

「それは、国の一大事なのでは……」

「まだ上位貴族が健在だから、なんとかなると思ってたと思う。だけど、ついさっき連絡が入ってね」

「ついさっき、ですか」

「まあ、俺は事前に聞いてたことなんだけど。

マフマクン伯爵とランドレイク伯爵が、俺を王位継承権一位に推すと表明した」

「……え?」

「俺が次の国王になるのが望ましい、と表明した。地方における二大貴族が、俺の味方だと世間に公表したんだ。

今頃、王都は大騒ぎじゃないの?」



いたずらっ子のようにニンマリ笑うエドワードを、ラヴィリアは初めて見るような気がした。

いつも自信なさげで切羽詰まっていて、ちょっとやさぐれていて、色んなことを諦めていた人だったのに。どこか覚悟を決めたような、受け入れたような、そんな表情をしていた。



何があったんだろう。



ラヴィリアと離れていた一ヶ月ちょっとの間。何が彼を変えたんだろう。


あまりにもマジマジとエドワードを見過ぎていたのだろう。エドワードは少し心配そうにラヴィリアを見返した。


「不安かな、ラヴィ?

君に危害が加わることはない、ようにするつもりだけど」

「そうじゃなくて、その。

エディが今までのエディじゃないみたいで」

「ん?」

「エディは、マフマクン伯爵やランドレイク伯爵の、王位継承争いに乗り込むという思惑に、乗るおつもりですか」

「うん、そのつもり」

「……以前は、ただ放っておいて欲しい、というお考えだったかと。余計な仕事押し付けてくるな、俺に構うな、といった風情で」

「そうだね。そう思ってたよね。

……でもそれだとね、君を守れないんだ」



エドワードは自分の手を見た。

弱い手だ。まだ弱い。このままでは大切な人がいつ奪われてもおかしくない。


サミュエルよりも、強い力を。強大な力には、さらに強大そうに見える力で対抗する。


はったりでも、エドワードが強いと見せかけるのだ。強そうなエドワードを演出する。おかげさまで、なにかになりきる事には、抵抗はないのだ。

だが一人ではできない。周囲の助力と演技も必要である。そのために、周りを巻き込んで動き出した。大事なものを守るために立ち上がったのだ。

エドワードは拳に力を込めた。



「君と離れて過ごしてみて、君のことが大切だと気づいて、でも今までの俺には君を守る力がないことを実感した」

「……」

「サミュエルが、権力を使って本気で君を求めてきたら、俺では君を守りきれない。俺には国に対抗できるだけの力はなかった」

「……はい。それは、そんな気がしてました」

「だろ。

権力者は、何かしら理由をつけて人を奪うことができる。卑怯な手だとは思うけど、できてしまうんだ。

だって、実際に今までの俺は、国から俺自身を搾取されていた。国のために力を貸せとか、国のために死んでこいとかさ。俺の仕事なんてそんなのばっかりだった。

だけど、国のためにラヴィを寄越せって言われたら。そんなの絶対納得いかないから。

だから、そんな権力滅ぼしちゃおうかと思って」

「………………滅ぼす」

「サミュエルに君を渡すなんて、絶対しない。ありえない。

俺はラヴィを誰にも、渡すつもりはないんで。

国の力が俺からラヴィを奪うつもりなら、俺は国を滅ぼすよ」



ラヴィリアは目を見張った。

自分の拳を見ながら、淡々と語るエドワードを見た。正直、驚愕していた。


エドワード本人は、客観的な事実を概念として語っただけなのだろうが、ラヴィリアにとってはそうではない。

権力を使われたらとか、国の力に対抗するにはとか、そういうことを差っ引いて、エドワードが伝えたいこととは、何か。



……これは、自分に対する愛の告白だ。

国を滅ぼしてでもラヴィリアを守ると宣言した、エドワードの愛だ。



すでに好きだと言ってもらえたし、自分からも伝えていて、相思相愛なんだという自覚はほんのりと持っていたが。


エドワードという人は、あれからラヴィリアのそばにいても何もしない。今も隣でただ座ってるだけだし。


国を滅ぼす覚悟で愛されている。なんて、ここでストンと隣に座っている人から、全然感じなかったのに。


どこでそんな覚悟をしたの。

そこまで愛してくれていたの…………



何も声を発しないラヴィリアを訝しくに思ったのか、エドワードがラヴィリアに目を向けた。そのままぎょっとして仰け反った。

耳まで真っ赤に染まったラヴィリアがいた。


「……ラヴィ、なんで、そんなに真っ赤……?」

「……なんで、じゃないです。今の自分の言葉思い返してください……」

「え? は? ええっ?

もしかして、ラヴィ怒ってんの?

俺いつの間に、ラヴィの逆鱗に触れるようなこと言ったの?」

「怒ってません!」

「どういうこと? 俺としては、かなり真面目に話したつもりだけど」

「そうですよ。本気だって伝わりましたから。だからこんな顔なんです!」

「だから、なんでそんなに赤い」

「だってエディが急に赤裸々に!そんなこと言うから……」

「そんなこと?」

「国を滅ぼすくらい愛してるって。

エディが、そう言ったからじゃないですか!!!」



エドワードはラヴィリアの言葉を反芻した。



国を滅ぼすくらい愛してる。

俺は、国を滅ぼすくらい、ラヴィのことを愛してる……?

……って、言ったのか?

俺が、今そんなこと言ったあ???


意味としてはそんなに間違ってない。ラヴィリアを思うこの気持ちは、おそらく――アイシテイル――だと思うので、間違ってはいない。

ないけど。


そんなつもりで言ったわけではなく……。


国に好き勝手されても君を守るよ、という覚悟を伝えたつもりだった。絶対に守ると。


でもどうやら、ラヴィリアには違う形で届いていた。

誤解を解こうとしても、さほど誤解でもなく、本心としてはその通りなわけで。しかしあからさまに伝えるつもりではなかった内容で伝わっていた。

愛してるとか単語は一言も発してないんどだけど、いや、これはなんというか、もうなんて言っていいか……………


俺、とんでもなく、小っ恥ずかしいじゃんか!



小っ恥ずかしいのはエドワードだけではなく。すごーく愛している、と伝えられたと思っているラヴィリアも相当恥ずかしいらしい。

真っ赤な頬を両手で押さえて沈黙している。そのラヴィリアがとにかくめちゃくちゃ可愛くて。


エドワードの手が抱きしめたくてわしゃわしゃ動くのが、最近見かけない悪魔の動きにそっくりで、どうしていいかわからなくなったエドワードは、赤い顔のままソファの横の床に三角座りをした。


一度落ち着け、俺。余計なことすんな、俺。何をやっても失敗するパターンだぞ、俺。

抱きしめるなら、もっとゆっくり落ち着いて。優しく抱きしめてからの、大人な顎クイで…………



エドワードが覚悟を決めたタイミングで、貴賓室のドアが開いた。

ひょっこり入り込んで来たのは、もっさりとした金髪の頭。


「エディ、帰ったー!……って、何やってんだ、お前。顔赤いぞ」

「マ、マシュ……」

「うお、姫さんも、顔真っ赤。

……そーかそーか。

ついにここにきて、あれでナニでそーなったんだな」

「あれもナニもなんもねえよ!」

「エディ、いいか。

…………その辺はとことん徹底的にどこまでもより詳細に。

詳しく」

「言うか!!!」


マシューの後ろからひょいと顔を覗かせたのは、エドワードの母ソーラだ。


ソーラは真っ赤な顔の息子と真っ赤な顔を押さえたままのラヴィリアを見て、「まあまあまあああ」と言いながらラヴィリアにぎゅっと抱きついた。こてんとチョコレート色の頭をラヴィリアに預けてきた。


「ラヴィちゃん…………可愛く真っ赤になっちゃって。

なんでそんなに赤くなっちゃったかな? 赤くなっちゃった理由、そこんとこ、詳しく」

「お義母さま……?」



血は繋がってなくても、マシューとソーラは似た者親子だった。



ちょっと食い違ったけど、まあまあまあ。

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