40th 第一解答と第二指令
次の日。方鐘たちは放課後、暁の病室に集まっていた。
「まったく。片銀に治療を施してもらい、やっと退院できると思えば検査再入院とは…」
ぼやきながら黒川が主人不在のベッドに腰を下ろす。
「しょうがないですよ。あっちからしてみれば一日退院させたらいきなり治って帰ってきた、みたいな状況ですし」
「そーそ。パニック起こすなってのが無理な話だよなぁ」
応えたのは夕焼けに光る窓に寄り添う方鐘と、ガラスに映る片銀。
この場には、なぜか若干生気のない顔で備え付けのイスに座る月島と、その隣で月島の腕に抱き付いてなんとなくツヤツヤしてる水越。そして方鐘とは反対側の窓にもたれかかる高垣。一度家に戻ったのか私服の中村と巫女服の遠見が引き戸の門番のように戸の左右に立っている。
その五人は、いずれも緊張した面持ちだった。
「それで?中村、君の見つけたカメラの詳細は?」
「ああ。識の見立てだとレンズと記録装置がついてるだけの箱だそうだ。いずれ回収される予定だったのを先に回収したんだろうな」
と、足元の鞄から手のひらサイズのプラスチックの箱を取り出す。
「これが?」
月島の問いに遠見が頷く。
「中味は?あったんだろ?」
片銀が尋ねる。
「いや、なぜか空だった。抜き出した形跡もないらしい。録画されてはいたらしいんだけどな…」
「ふむ、そのルートは手打ちか…」
黒川が思考を打ち切ろうとしたとき、方鐘が口を開いた。
「なるほど、複数犯だな…」
「はい?どうしてわかるのよ?」
納得いかないといった風情で水越が言う。方鐘は思考に沈んだまま答えた。
「カメラの設置には人手が必要です。で、映像にはいつも同じ背格好の男がいます。けど…」
「けれど?」
「絶対届きませんよね。指の太さを考えると、カメラの設置場所に」
ポンと中村が納得したように手を打った。
「確かに押し込めないな。俺も『強制集合』で取り出したし」
「やっぱり。そうなると、もっと指の細い人…つまり女性がいる、ということです」
と、考えを纏め上げたのか方鐘は一気に話しだした。
「まず、事件自体は単発で見ればただの殺人事件なんですよね。連続してるだけで」
「では、犯行は数名がそれぞれ行っていると?」
「半分正解です副会長。多分、僕からはそうでしょうね。共犯者を得てから可能になった。そんな手段でしょう」
息を継いで、
「一人の能力は多分、『ずらす』能力。先程僕に送られてきたテープの中味を見せましたけど、僕の事件では僕と被害者だけが『ずらされて』いて僕が殺害した後、戻されたんでしょう。真犯人はあくまで『目撃者』を大量に必要としていたから、自分は『半分しか』ずらしていなかった。人込みを避けながら被害者を追いかけなければならず、なおかつ僕や千春さんを見ていなければならなかったからです。足音の奇妙さはそれが原因なんでしょうね。そして、『共犯者』の能力で殺させた後で多数に目撃させて僕を犯人として印象づける。…こんなところでしょう」
全員、声が出なかった。
『共犯者』という、たった一つの仮定それだけでここまで理論的に詰められるその方鐘の思考力に。
極限まで研ぎ澄まされた思考。それを完全に制御する理性。
これが彼に『大罪』をも抱え込ませ、自己を極度に薄めつつも保たせる原因にして、彼を彼たらしめるもの。
「…脱帽、だな。確かにそれならあの事件、説明がつく」
黒川が嘆息と称賛を同時に述べた。
「手口はほとんど同一だろうなぁ。相手の認識から『ずらし』て鋭利な刃物で大・切・断ってところか。相手どころか全ての認識から逃げてたら最悪だな。目撃者ゼロだわそら」
呑気に片銀が窓ガラスを震わせる。
「しっかし、そんな能力聞いた事もないぜ?家のデータベースに抜けがある訳はないし…」
月島がぼやく。
雪月花にはそれぞれ役割がある。区内の管理、技術の開発、外部の折衝、がそれだ。
そして、いつも空にある『月』…つまり月島の管轄は区内の管理。つまり月島の家のデータベースには個人情報の全てが集っている。もちろん、閲覧にはかなりの制限はあるが。
しかし、その謎にも方鐘はあっさり答えを出した。
「十中八九『大罪』だろうね。スピンオフの変化なんてそうそうないだろうし」
だが、高垣がそれに反対する。
「ちょっと待ってよ。『大罪』じゃなくても強いショックがきっかけでスピンオフが変わることはあるわ。どうして大罪と断定できるの?」
「じゃあ逆に聞くけど、会長に大罪を感染させたのは誰だ?」
「あ…!」
高垣が虚を突かれた顔をする。
「前に高垣さんは大罪がこの事件に関わってるかもしれない、って言ってたけど、多分正解だね。片銀、『大罪』の中にその系統の能力を使える人は?」
「いんや、わかんね」
「わかった。ならここは手づまりね」
発展がないとなるや方鐘はあっさり思考を打ち切る。
「…個人的に犯人に借りができたな。…少し出てくる」
黒川が外出しようとする。それを押し止めたのは、逆側から引き戸を開けた暁だった。
「大助君。どこに行くの?」
すかさず鏡合わせの双子が言葉を重ねる。
「単独行動は厳禁ですよ副会長。相手方に大罪がいるとわかった以上、固まっているのが得策です」
「そーだな。能力が詳しくわかってた俺ですら五人がかりで押さえこんだってのに。最低限、『老賢者』が覚醒してからにするんだな」
三人に言われて、渋々黒川は元の位置に腰掛けた。
その少し横に暁が座り、事情を聞いたので一通りを話す。
「な、なるほ、ど…?」
若干おかしいのはしょうがない。何しろ暁は現場も何も知らないのだから。
「しっかし、問題はその使用者だよなぁ…ヒントかなんかねぇの?」
片銀の声が窓ガラスを震わせる。
「明確には無理、だろ。識の『酔っ払いの預言』に引っ掛かるのを待つか…?」
「順君。あと六日しかないんですよ?」
中村の発言に遠見がかぶせるように言う。
なるほど、と呟きながら中村は引きさがった。
「それじゃあ方鐘、また俺たちに指示をくれよ。お前が動けないなら俺たちが動く。そういう役割分担だよな?」
月島が方鐘に向かって言う。方鐘は深く考え込み始めた。
「オイ、しばらく方鐘はほっておいたほうがいいぜ。沈黙モードだ」
片銀が半分呆れた声で告げる。確かに、方鐘が言葉を発する気配はない。
「では、一度解散するとしよう。各自方鐘にアドレスは転送しているな?」
「バラけるなよ?まだバレちゃいねぇと思うが、『大罪』がこの都市にいることはあちらさんも分かってるはずだ。十分気をつけろ。最低限二人一組で」
「確かに、その方がいざという時に対処がしやすいな。では、なるべく二人一組で行動するように。解散!」
黒川の号令で思い思いにメンバーは病室を離れる。残ったのは、方鐘とその抑止力の高垣、そしてこの病室の主人である暁と黒川だった。
「…意外ね。いつものアンタならテキトーに動け、とか言うと思ったのに」
「あのなぁライバル。いくら俺でも他人を見殺しにはしないぜ?『噴怒』イコール短絡じゃねぇっての」
窓ガラスの中で片銀が不満そうにうめく。
「まぁ、俺は俺でやる事もあるからな。手早く済ますとしようぜ」
そう言って、窓の境を渡ろうとして窓から窓に移動できないのをムダにコミカルに証明する。
「…チクショウ。まぁいいや。暁。アンタに聞きたい事がある。何、心配はいらねぇ。アフターケアの一環だ」
アフターケア、という単語で用件を理解したらしく、黒川は緊張を解く。暁は逆に姿勢を正す。
「無理矢理治療してから丸一日。あれから発作はあるか?」
「今のところはないです」
「黒川、発作は周期的か?そうならサイクル上発作は起きているか?」
「周期で見るなら昨日が発作の筈。まだ予断は許されないな」
「ふむ。おい方鐘、身体貸せ」
あいよ、とろくにこちらを見ないまま方鐘は返す。直後、片銀は暁の前に立っていた。方鐘は位置が窓の中へ移っただけで、ポーズは全く同じ。
「徹底してるなオイ。ポーズくらい崩せよ」
「いや、ごめん。動けない」
「…マジ?」
「本気。全く動けない」
「…方鐘には『鏡』につながりが無いからな。鏡に適応できる片銀とは違うのだろう」
黒川が冷静な見解を述べる。片銀が納得したように頷いた。
「まぁ、いいか。別に。しばらくそのままな。俺の気持ちを味わえっての」
「なるほど。片銀は普段からこんなポーズで…」
「こらそこのライバル。俺は動けるんだよ。勘違いすんな」
高垣の呟きに片銀が律義に返す。高垣ははいはい、と手をひらひらと振ってスルーした。
「…気に入らねぇなオイ。ここで闘るか?」
「すんな!」
バチン、とチャンネルを切り替える音が響いて、方鐘に入れ替わる。どうやら無理矢理入れ替わるとあのチャンネルの切り替わる音がするらしい。
「中断するわ。話が進まない。片銀、要点は?」
さっきまで方鐘がいた位置の窓に片銀が不機嫌そうに映っていた。
「身体の異常。記憶の欠損の有無。その他自覚できる変化はあるのか。以上三項目」
だそうですが、と方鐘が暁を促す。
「二つ目については昨日いろいろありましたが、なんとか。他は特に…」
「ほほう?詳しく聞いてみたいところだが…睨むな黒川。聞かねーよ。プライバシー程度お前と違ってわきまえてるかんな?んじゃ暁、スピンオフ起動してみ」
「?…はい」
暁が目を閉じる。直後、方鐘の足が消えた。派手にすっ転ぶ。
「あ、あら?」
その状況に疑問を示すのは原因たる暁。解説は片銀だが。
「やっぱな。しばらくスピンオフは禁止。オマエは変質というより、変質しかけている、が正しいんだな。『大罪』が消えたから『太母』が活性化してるし、ついでに記憶の欠損の影響も出てるんだろ」
「あのさ、僕についてツッコミは無し?」
未だに片足が喪失している方鐘が冷たいリノリウムからうめく。
高垣がさしのべた手を若干ためらいつつ取り、肩を借りて立ち上がったところで暁がスピンオフを解除した。
「ごめん高垣さん、助かった」
「いいわよ別に」
高垣の素っ気無い対応を方鐘は少しだけ残念に思う。
「ま、天罰だぁな。勝手に入れ替わるからだ」
片銀が茶化すが、すかさず手近にあった花瓶を方鐘が構えたのですぐ黙る。
「よし、決まった」
花瓶を下ろした方鐘が携帯電話を取り出す。
捜査二日目の始まりだった。