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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第九話

 



 メイシィに吹っ飛ばされた『白マント』がぶつかった建物は、どうやら商店の裏にある倉庫らしかった。

 幸いにも中に住民はおらず、怪我人等の心配はせずに済んだが……。


「…………肝心のアイツも居ない!」


 中に転がっているはずの『白マント』すらも見当たらず、人間が隠れられそうな場所もなさそうだ。

 壁との激突で木っ端微塵になった可能性を無視すれば、既に逃げ出したと考えられるが。


 ――アレを食らってそんなにすぐに動けるか?

 常人なら、当たり所が悪ければ死んでもおかしくない一撃。

 それでなくとも這いつくばるのがやっとだろう。

 壁に空いた穴から出てきてもいないし、一体どうやって姿を消したのか……。


「テッド、どうしようか?」


 メイシィが訊いてくる。

 俺を信頼しきった真っ直ぐな眼だ。

 ……俺の背中を叩いてくれるのはいつもこの眼な気がするな。


 迷っている暇は無い。


「遠くへは行けないはずだ。周囲を二人で探しつつ、研究所での経緯を話してくれないか?」


「了解!」


 俺達は倉庫の扉から外に出て、メイシィの話を聞きながら『白マント』の捜索を開始した。




 ☆



 研究所での出来事を要約すると、つまりこういう事らしい。


 午前中、メイシィが勇者候補達の訓練の指導を終えて研究所に来る。

 博士と共に仕事をしていると、兵士が来てマルファス死亡の報を受ける。

 それを信じられなかったメイシィは議長と話をするために議場に向かおうとするが、一人で外に出ないでくれと兵士に止められる。


 メイシィが外で一人になるのも、博士が一人になるのも危なかったから、この兵士はいい働きをしてくれた。


「マル兄が死んじゃったなんて……兵士さん達の勘違い、だよね?」


「……いや、本当だ。俺は直接現場を見た。凄まじい戦いの痕跡と……マルファスの死体もだ」


「……………………そんなっ」


 ……そうして、仕事も手につかなくなったメイシィと博士がやきもきしながら過ごした数時間後『白マント』が現れる。


 アイツは研究所の入口から堂々と「ごめんください」と呼んだらしい。

 再び兵士が来たと思ったメイシィは、特に警戒もせずに出た。声から男性だと判断できたそうだ。

 扉を開けると目の前にはフードを目深に被った人物が立っていた。

 予想が外れたメイシィが「あなた誰?」と問うも『白マント』は答えず、代わりに指をメイシィの目に向けて突き出してきた。目潰しだ。

 咄嗟に腕で顔をガードするが、何も来ない。

 前を見ても『白マント』は居らず、ハッとして振り返って見ればすでに研究所への侵入を許していた。

 メイシィはすぐに中に戻り、緊急アラームを発動してから博士の元へ走った。


「そこから、博士の部屋の仕掛けとメイシィで捕らえようとして、アイツが窓を破って逃走した所に俺が来たと。『白マント』は何か盗みに来たのか?」


「わからない。でも、少なくとも何かを探しているような様子には見えなかったよ。入口で私を抜いた後もそこら中に置いてあるアイテムなんて目もくれずに博士の所に行ってたし……今思い出してみると私達の攻撃を避けるばっかりで反撃してこなかった」


 そう言って怪訝な顔をするメイシィの体を見てみるとどこにも傷や汚れは見当たらない。

『白マント』の身のこなしはかなり手練のようだった。

 いくらメイシィが強かろうが、それを撃退するまでやりあって無傷というのは確かに変な話だった。


「目的不明か……。被害が無いのは結構な事だが、これじゃあ探す手がかりが無いな」


 現在、俺たちは『白マント』が消えた倉庫周辺の捜索を終えようとしていた。

 近くの住民に注意を促しつつ隠れられそうな路地や物陰を徹底的に探し回ったが、苦労虚しく見つかることはなかった。

 これはもう『白マント』が規格外に頑丈な男で、メイシィの蹴りを食らって壁にぶち当たってもピンピンしていて俺たちの目を盗んで逃げ出したと考えるべきなのかもしれない。


 そう思って捜索の範囲を広げようとメイシィに提案しようとした時、道を歩く女性を見つけた。

 買い物終わりらしく、食材を持っているのでもう家に帰る所かもしれないが、一応声をかけておいた方がいいな。


「奥さん。この辺りに不審な男が潜んでいるかもしれませんから、気をつけて早めに帰宅してください」


「ああ、あなた『不屈の勇者』様ですよね? 聞いてださいな。さっき向こうの店で買い物してる時屋根に人がいるのを見たんですよ!」


「……! それが自分達が探している男かもしれません。詳しく教えてもらえますか?」


 思わぬ情報に身を乗り出す。


「ええ、遠くだったのでよくは見えなかったんですが白い服だったと思います。店主さんや他のお客さんにも言ったんですけど、少し目を離した間に居なくなっていたせいで見間違いだと言われました。でも確かに見たんです」


 俺とメイシィは顔を合わせる。

 白い服なら『白マント』の可能性が高い。

 まさか屋根を伝って逃げていたとは。

 どうりで見つからないわけだ。


「貴重な情報感謝します。男は必ず捉えますので」


 女性から店の場所を訊いた俺とメイシィはその付近の屋根上を徹底的に調べた。


 が、特に何も見つからないまま日が沈んだ。


「見つからない、ね」


「仕方ない。一度研究所に戻ろう。そろそろパトロール交代の時間になる」


 足元に気をつけながら降りる。

 ふと、屋根の上を見ると、メイシィが降りてきていない。

 なにをしているのだろうか。


「どうした、行くぞ?」


「私、もう少し探して帰る!」


 そう言ったメイシィの顔は少し曇っていて、ああこれは『白マント』を取り逃した責任を感じているなとすぐにわかった。


「とにかく一旦降りてこい」


「でも」


「いいから」


「……うん」


 渋々降りてきたメイシィ。

 さて、どうやって言い聞かせるか。

 少し迷った後、俺は口を開いた。


「あー、その、なんだ。必死に探すのはいいけど『白マント』の奴を取り逃したのを自分のせいだと思ってるならそれは、お門違いだぞ」


「……でも、私が蹴っ飛ばしちゃったせいで」


「あれは、不可抗力だろう。それに」


「それに?」


「俺はスカッとしたぞ」


 例の場面を思い出す。

 ヒョイヒョイと攻撃を避ける『白マント』の頭部をメイシィの蹴りが捉えたあの場面。

 自然と口角が上がる。


「スカッとって……。もう、なに笑ってるのよ!」


「すまんすまん」


 呆れたように表情を緩めるメイシィ。

 少しは毒気が抜けたようだ。

 よし、いい感じだな。


「とにかく、責任うんぬん言うなら勇者なのに目の前で逃げられた俺の責任だ。そうじゃなくても今日はもう遅い。明日今度は人の多い時間に来て目撃情報集めようと思ってる。また手伝ってくれるか?」


 諭すようにそう言うとメイシィは一度屋根を見てから少し考えて、答えた。


「……わかったよ。また明日、探すの手伝う」


「よし、帰るぞ」


 納得してくれてよかった。

 できるだけ急いで帰ろう。

 研究所で博士とロキンさんが待ちくたびれているかもしれない。

 緊急だったとはいえ、何も言わずに数時間離れていたからな。




 ☆



 その後、研究所へと戻りロキンさんと合流し、再び襲撃された場合に備えて研究所に派遣した駐屯兵を残して議場へと戻った。

 怪しい人物が研究所に現れ、追跡したが見失ったと報告すると議長はいつになく暗い表情になりしばらく沈黙した後に「考える事がある」と言って議場を後にしてしまった。

 バイトの件に続き、期待を裏切ってしまった。

 この失態は必ず取り返す。


 それから休息をとり、出番が回れば都を巡回を夜通し繰り返し。


 そして、朝が来た。



 ☆



『不屈の勇者』の能力を簡単に説明すれば”身体に異常をきたした部分が直前の状態に戻る”となる。

 なのでもちろん腕を食いちぎられれば腕を生やせるが、元の長さ以上に伸ばすことはできない。

 自由に体を生成できるわけではないのだ。


『病魔』の病に関しても、感染した部分を感染前に戻しているだけで、抗体ができているわけではないため、何度『病魔』に噛まれようが克服することはできない。


 では『病魔』ではなく睡魔ならどうだろうか。

 起きていようと必死に抗っても勝手にまぶたが降りてきてしまう。

 意識は明滅し、記憶は曖昧。

 これを異常とせずなんとするか。

 しかし俺の能力に眠気覚ましは含まれていないらしく、睡魔が去ることはないのだ。


 つまり何が言いたいかというと。


「…………眠い」


 半分は休憩だったとはいえこの状況でぐっすり眠れるはずもなく、一夜明けた昼前の今、眠気のピークが俺を襲っていた。


 そろそろメイシィを迎えに行って屋根を伝って逃げたと思われる『白マント』を見た人がいないか聞き込みをすると言うとロキンさんは


「では、俺は別で巡回するとしよう。三人で聞き回っては敵に気取られるやもしれぬし、巡回する勇者が少なすぎてもいかんしな。『白マント』を直接見たお主とメイシィで聞き込みするがいい」


 との事だ。

 そのため、一人でメイシィを迎えに行っている。

 昨日はあのまま研究所に泊まっているはずだ。


 到着し、見張りの兵に会釈。


 コンコンココンコン。


 あらかじめ決めていたリズムで扉を叩くと中の兵が入れてくれるようになっている。

 そうやって中に入り、博士の部屋へ。


「変わりはありませんか博士」


「テッドか。あれから変なのはきとらんよ」


 そう言う博士は作業台に向かってなにかをいじっており、こちらをチラリとも見らずに返事をしている。

 こんな状況でも博士は相変わらずだった。


「また数時間ほどメイシィをお借りしていきますね。どこにいますか?」


「それが今朝勇者候補達の様子を見に行ったっきりなかなか帰ってこんのじゃよ。いつもならとっくに戻っとる時間なんじゃが」


「んなっ!?」


 一気に心臓の鼓動が早くなる。

 先に聞き込みに行ったのか?

 いや、それなら博士に言伝を頼むはずだ。

 そもそも納得いっていないなら昨日の時点で頑として動かなかっただろう。メイシィはそういう娘だ。

 なら、勇者候補との訓練場でなにかあったか、考えたくはないが最悪『白マント』に遭遇したか……。


 とにかく、ここで大人しく待ってはいられない。


「博士、俺は探しに行きます! もしメイシィが先に帰ったら入れ違いなるのでここから動かないように言ってください」


「む、それはいいが――」


 博士の返事を聞き終わる前に部屋を飛び出す。

 転がるアイテム達を踏まないように、それでも速度を上げて入口まで来て扉に手をかけようとして――。


 コンコンココンコン。


 入口に控えていた兵士と目を合わせる。

 このリズムを知るのは研究所を守る駐屯兵達と俺とロキンさんと博士とメイシィ。後は俺が一応教えておいた議長だけだ。


「メイシィ!?」


 期待と願望がこもった叫びを上げ、扉を勢いよく開けると、昼前の明るい日差しが目に刺さった。


 目を細めてやっと見えた来訪者は三人。

 その真ん中に立つ――見慣れた半裸の男が怪訝な顔をした。


「なーんでてめぇがここにいやがんだよ、ボンクラ勇者ぁ」


 アレストラの不機嫌な声は、うるさいほどの自分の心臓の音で少し聴き取りにくかった。








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