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ゾンビ勇者  作者: 石破健
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第十一話

 


 ――数年前――



 目を閉じていると様々な思考がよぎってしまい、かえって寝付けなかった。


 故郷を離れ、この施設に来た日のこと。

 他の勇者候補の子ども達と初めて顔合わせした時のこと。

 故郷が病魔に滅ぼされたと聞かされ泣いた日のこと。

 時には辛かった訓練や、先生の授業のこと。

 最近で言えば、どデカい芋を掘った後に森で大熊と戦って怒られた日もあった。

 ……まだ、ペナルティの奉仕活動の期間が残ってたんだったな。いらんことを思い出してしまった。


「…………ちょっと散歩してこよう」


 閉じていた目蓋を開くと暗闇の室内に、風を通すために開けてある窓から月明かりが差し込んでおり、男子部屋で眠る年少者から年長者まで揃った勇者候補達の寝顔を照らしている。今夜は視界に困ることはなさそうだ。

 寝床から這い出ると、先程から聴こえていたいびきがさらにうるさく感じた。

 騒音の元は先程思い出した熊事件で俺とメイシィを助けてくれたマルファスだ。

 欠点の少ない彼だが、神様はバランスを取るためにマルファスにいびきを与えたのだろうと思う。そうでもしないと同期のアレストラが不憫だから。


 なんて考えながら廊下に出る。

 部屋を出て左に行けばトイレと突き当たり。迷わずに右へ行く。

 皆もう寝ているだろうけど、一応女子や先生に見つからないように注意して廊下の角から様子を伺って――。


「「あいたっ」」


 曲がり角の先を覗こうと頭を出すと、同じく反対側から出てきた頭とぶつかった。

 額を擦りながら相手を見る。

 目を凝らすと、同じく頭を抑えてこちらを凝視しているのはメイシィだった。


「なんだ、メイシィか……」


「なんだとはなによぅ。イタタ……。こんな夜中になにしてるの、明日は『授与式』なんだから早く寝ないとダメでしょう?」


「そっくりそのまま言い返すよ!」


 お姉さん口調で指を立てて言うメイシィにツッコミを入れる。

 そう、明日は俺とメイシィの『授与式』。

『光』の元で祈りを捧げ、勇者としての能力を授かる……勇者候補としては最大級の行事だ。

 その為に寝なければいけないのにそれゆえに寝付けないのだ。

 しかしながらこんな所でゆっくり談笑するわけにはいかない。

 手を貸してメイシィを立ち上がらせる。


「なにしてるか知らないけど、散歩ならさっさと行ってさっさと戻るぞ」


「え、あーうん。そうだね。先生に見つかる前に出ようか」


 別に散歩するつもりはなかったのか、微妙な顔をしながらも結局ついて来るらしい。

 おおかたメイシィも俺と同じで寝付けなかったのだろう。

 俺たちは玄関の方へ足を向けた。

 その瞬間――。


「どこに行くつもりですか」


「ひぃっ!?」


 背後から唐突にかけられた抑揚のない声に肩が跳ねる。

 振り返るとそこには寝間着姿の先生がいた。


「せ、先生……」


「とっくに消灯時間は過ぎていますが」


「トイレ! 私たちトイレに行ってるところでばったり会ったんです!」


「ふむ、おかしいですね。トイレは男子部屋からも女子部屋からも反対方向です」


 メイシィが咄嗟に苦し紛れの嘘をつくが、さすがに下手すぎる。

 こうなっては無駄な抵抗はやめて早々に観念したほうがいいだろう。


「本当はなかなか寝付けなくて散歩に出ようとしたらたまたま出くわしたんです。ごめんなさい」


 正直に話してメイシィの頭を掴んで頭を下げる。

 先生は基本的に優しい。ちゃんと謝れば拳骨が落ちることはないのだ。

 夜道の散歩はおあずけとしておこう。


「そんな事だろうと思いましたよ。いいです、顔を上げなさい」


 想定通りの許してもらえる流れに顔を上げると、先生は白くて長いあごひげを撫でながら俺たち二人を眺めていた。これは先生が考え事をしている時の仕草だ。

 すわペナルティ追加かと苦い顔をしてメイシィと顔を見合わせていると少しして先生が口を開いた。


「二人とも、明日のことが気になって眠れないのでしょうね。ついてきなさい、見せたい物があります」


 そう言うとさっさと元来た方へ歩き出してしまう先生。

 俺とメイシィはもう一度顔を見合わせてから、彼の後を追った。


 案内されたのは先生の自室だった。

 決して広くない宿舎の一室なだけあって、書斎と自室を分けずに一つで兼ね備えたこの部屋には本当に必要な物しか置いてないようで、先生個人の物はほとんど無いに等しいように見えた。

 先生は俺たちを椅子に座るように促すと自分は本棚に向かった。


「えー、確かこの辺りに……ああこれだ」


 何事かつぶやきながら大判の本を何冊も取り出すとそれを抱えて戻って来る。

 どうやら、寝ない代わりに課題を出されるとかではなさそうだ。

 先生は目の前の机に本を並べると俺たちを見ながら手のひらでそれらを示した。どうぞ見てくださいということだろう。

 少し迷って、とりあえず一番手元にあった一冊を開いてみる。

 するとそこには見慣れない青年の肖像画が描かれていた。

 誰だこの人? 疑問に思いつつもページをめくる。

 次のページも、その次のページにも俺の知らない誰かの肖像画だった。


「先生、これは……?」


「なんだと思いますか」


 先生は俺の質問に微笑みながら質問で返してくる。

 ますますわからなくなり、メイシィが開いている本を覗いてみると、そちらにも見知らぬ少年少女が描かれているようだ。

 ただ、こちらは俺の開いた物とは違って一ページに何人も描かれていたり背景が描かれていたりするので肖像画というよりはスケッチと言った方が近そうだ。

 どうやらこの本たちはスケッチブックのようだった。

 他の本にも様々な絵が描かれているが共通しているのはどの絵にも必ず人が描かれていること。

 そして、どの絵からも描いた人の愛情のような温かみが感じられて、見ていてほっこりするというところだ。


「あれ? この人って……」


 いつの間にかスケッチブック鑑賞に夢中になっているとメイシィが一枚の絵を見せてくる。

 見ると、それは俺が一番最初に見た肖像画だった。

 改めて見ると凛々しい眉毛にキリリとした眼差しが特徴的ななかなかの男前だ。


「知ってる人か?」


「なんだか、ロキンさんに似てない?」


「おお、正解です。昔のロキン君ですよ」


「ええっ!?」


 まさかの先生の肯定を受け、二人で肖像画をまじまじと見つめる。

 確かに、面影がある……かも。

 だけど――――。


「なんでロキンさんの絵が?」


「これらの絵は、これまでの勇者達がまだこの施設にいた頃に私が描いた物です。君たちが知っている勇者で言えば、これとこれがロキン君グーフ君の世代で、こっちがサリーネさん達の世代ですね。もちろんアレストラ達や君たちの分もありますが、そちらはまだ未完成なので見せられません」


 スケッチブックを手に取って広げながら説明してくれる先生。

 その声音は珍しくも少しだけ嬉しそうな雰囲気を持っていた。

 広げられた絵を改めて見てみると、確かに見知った勇者達の面影をところどころ見つけることができて新鮮な気持ちになった。


「どう思いますか?」


 先生が再び質問してくる。

 どう、とはなにがだろう。絵の感想をということなら間違いなく上手いと答えるけど。


「なんだか、皆初々しいなって思っちゃいました」


 笑顔で答えるメイシィに先生が優しい笑顔で頷いた。

 そういう質問だったようだ。


「どんなに優秀な勇者も、君たちと同じようにここで生活して、学んで、そうして勇者になっていったんですよ」


「先生も?」


「ええ、もちろん」


 そう言いながら先生は一冊のスケッチブックを開いて俺たちに見せた。

 そこに描かれている絵は他の絵とは少し絵柄が違っていて、さらに紙も擦り切れて痛んでいた。

 かなり昔に描かれたであろうその絵はマントを羽織って硬い表情をした小柄な少年で……。


「今でこそ勇者たちを取りまとめる議長や勇者候補を育てる先生をしていますが、私も最初は君たちと同じようにここで暮らす勇者候補の子どもの一人だったんですよ。これは、当時の議長……私の先生が描いてくれた物で、私はそれを真似して続けているだけです」


 そう言うと先生はスケッチブックを閉じて片付けを始めた。

 そこでようやく彼の言いたい事が、なんとなくわかった気がした。

 要するに、「『授与式』なんて誰でも通る道なんだから心配しないではよ寝ろ」ってことだろう。

 確かに、現役最前線で戦っている勇者達や先生も元々は自分と変わらない少年少女だったと思うと、少し気持ちが楽になった。


「さて、そろそろ部屋に戻って眠りなさい。他の子達を起こさないように」


 スケッチブックの束を本棚に戻した先生はそのまま俺たちに退室を促した。

 時計を見るとかなり遅い時間になっていて、もうあまり長くは寝れなさそうだ。


「先生、おやすみなさい。あと、ありがとう」


「ありがとうございました」


「ええ、おやすみなさい」


 部屋に戻って、マルファスのいびきを聴きながら寝床に入る。

 明日の今頃は彼等と渡り合える能力を持っているのかななんて考えながら目を閉じると、さっきとは違って心は落ち着いていて、今度はすぐに眠りにつけた――――。




 ★




 ――とはいえ、いざ本番を目の前にすればいやでも緊張するものだ。


 朝起きて、寝不足気味の目を擦りながら水浴びをして、新しくて清潔な服を着たらそれで準備完了。そのままメイシィと共に『光』の間の目の前まで連れられてきてしまった。

 先生が勇者候補の頃は『授与式』で着る白いマントが用意されたらしいが、時代と共に簡略され身綺麗にしていればなんでもよくなったようだ。

 俺としてはもっと厳かな衣装とかがあってくれたほうが心の準備ができてよかった気がする。


「さて、二人とも手順は大丈夫ですね?」


 先生がいつも通りの抑揚のない声で訊いた。

 メイシィが自信たっぷりといった様子で「はいっ!」と返事をする。

 俺も、緊張の汗で湿った両手を握りしめて頷いた。


 先生が大きな両扉を引いて開けると、目の前に『光』の元へと繋がる階段が露わになった。

 緊張のせいか、階段の登り方もぎこちない気がする。

 それでも、メイシィと共に一段ずつ踏みしめて登りきると、円状の広場に出た。


『光』の間と呼ばれるその場所は、実際には議場の中心に作られた屋上であり、さらにいえばベリグトゥンの都の中心でもある。

 真っ白な石材の床から溢れ、天を貫くほど高く伸びる終わりのないその『光』は、太陽光すら霞むほどの存在感を持っていながら人間の眼を焼くことは無く、むしろ見る物に心が洗われるような安心をもたらす。


『光』の目の前まで近づき、跪いて天を仰ぐ。

 決して見えない光の柱の頂点を、それでも見上げて心の中で、祈る。

 目を閉じてはいけない。目を逸らさずに、強い信念を持って見据えながら、祈る。


 ――どうか、あなたとあなたの民を護る力をお与えください。


 数秒後、『光』の輝きが視界を、いや、都を、世界を塗りつぶした。


 そして、その輝きが元に戻った瞬間、実感した。

 ――この体は、さっきまでの自分の体とは決定的に違う物になっている、と。

 これが勇者になる第一歩……。


「……っ」


 とはいえ、まだ『授与式』は終わりではない。

『光』の間を出るまでが『授与式』だ。

 粗相をしてせっかくの能力を取り上げられても困る。

 ゆっくりと立ち上がり登ってきた階段へ向かおうとする、が。


「……? …………??」


 メイシィの様子がおかしい。

 立ち上がろうともせず、手を裏表させてみたり体をさすったりしている。

 俺と比べてさほど緊張していないと思っていたが、そんなことはなかったのか。

 それとも貰った能力に感動しているのか。

 まあ少し待ってやれば落ち着くだろう。


 と、思ったものの1、2分待っても一向に立ち上がろうとしないのでさすがに不審に思い近づいてみる。

 先生には「余計な言動は極力謹むように」と言われていたがこのまま置いて行くわけにもいかない。

 できるだけ小さな声で「おい?」と言いながら肩を引くと、メイシィは驚くほど真っ青な顔でこちらを見上げた。


「て……ッド」


 ほとんど音になっていない声で呟いた後、ハッとした様子で立ち上がり歩き出したメイシィを不思議に思いながらも『光』の間を後にした。


「君たち、遅かったですね。なにかありましたか? 『光』の輝きもいつもより凄まじかったですが……」


「先生ッ能力、勇者の能力はどうやって使うの!?」


 階段を降りて先生の元へ戻るやいなや、メイシィは焦りが滲んだ、叫ぶような声で訊いた。


「落ち着きなさい、能力の確認は訓練所で行うと言ってあったでしょう」


「…………っ!」


 先生につっぱねられると、今度は俺の方へやって来て両手で肩を掴んでくる。


「ねぇテッドはどんな感じ!? 能力を貰えた感じしたの? それともなんともなかった?」


「あ、ああ。視界が戻った瞬間わかったぞ。あ、能力貰った。って」


「…………そ、そう……なんだ」


 俺の言葉を聞くとメイシィは目を見開いてそう呟き、それ以降黙ってしまう。


「さっきからどうしたんだよお前らしくないな! なんかあるんならはっきり言え!」


 明らかに不審な態度を取り続けているメイシィについイラついてしまい、声が荒っぽくなる。

 メイシィはそれに怯えるような反応をして、縋るように先生の方を見て、言った。


「私ッ! 私もしかしたら……能力、貰えなかったかもしれない……ッ!」


「え……」


 メイシィの、悲鳴のような告白を受け言葉を失う。

 先生も、驚いた様子でメイシィの顔を覗いた。


「なんと……いうことだ」


「先生……?」


「メイシィ、君の言う通りです。君に能力は宿っていない。……残念ですが勇者にはなれません」


 先生が、メイシィに有り得ない言葉を口にする。


「そんな……」


「そんな訳ないッ!! よりによってメイシィが勇者になれないなんて、そんなはずが――」


「稀にですが、勇者候補の中でも能力を貰えない者はいます。メイシィは持って生まれたエルも多いので私もまさかとは思いましたが、有り得ない事ではない」


 先生が、メイシィに容赦ない言葉を放つ。


「…………」


「……っまだわからない! メイシィが自分で勘違いしてるだけかもしれない! 帰って練習してみたら案外ポロッと」


「能力を得た人間は眼の色が変わりますがメイシィは元のままです。それに、君もそうだったように能力は()()()()()()()()()()()()()。この二つはこれまで一度も例外はありません」


 先生……メイシィ……。


「……テッド」


「じゃあ今回が初めての例外なんじゃ――」


「もういいでしょう」


 先生……?


「うん、もう、いいよテッド」


「でもッ!」


 俺の訴えは届かず、メイシィはうなだれてしまう。

 そんな彼女を先生は慰めるでも励ますでもなく、ただただ哀しみと諦めが混じった眼差しで見つめている先生。

 その表情から、もう既にメイシィを勇者にする気は少しも無いことが伝わってきた。


 ――ああ、この人は俺たちの先生である前に、勇者を束ねて都を護る議長なんだ。


 その日、俺の先生は永久に議長になったのと同時に、俺はメイシィが『光』に捧げた祈りの分まで背負う事を、自らに命じた。




 ――現在――




「議長が、マルファスを……?」


「信じられないってわかってる。私だって何がなんだかわからない! でも、私は見ちゃったの」


 要領を得ないメイシィの話に困惑する。

 こんなに余裕のない彼女を見るのはあの時以来だ。

 まずは落ち着かせるのが先決だろう。

 そう判断した俺はメイシィの隣まで歩み寄った。


「大丈夫だ。まずは深呼吸して――」


「そのまま捕まえてくださいよテッドさん。その女は縄で繋ぐぐらいじゃ拘束できないんですから」


 俺が和らげようとした空気を裂くような声で、黒髪の女勇者が割りこんで来た。

 いくらなんでも早すぎだ。

 まだ俺が出てきて一分経ったか怪しい。

 アレストラとグーフさんも予想外だったようで、遅れて出てくる。


「……シュナン? アレ兄にグーフおじさんも。パトロール中じゃ……」


「しらばっくれても無駄ですよ指名手配犯! 先生からあなたを連行するよう指令が出ているんですからね」


「シュナン!!」


 内心舌打ちをしつつ、メイシィを見やる。

 元々不安定だった所にさらに追撃をくらい感情がぐちゃぐちゃになっている。

 これは、まずいかもしれない。


「指名手配……? 連行って……」


「グーフさん! せめてメイシィの動揺が落ち着くまで待ってもらえませんか」


「俺もそうしてやりたいが、もう既にかなり時間食ってるしな。シュナンも止まりそうにないし、悪いが議場で落ち着いてくれ」


「……っ! アレストラッ!」


 俺の呼びかけに、アレストラは返事をせず、ただ不機嫌……いや、彼にしては複雑そうな表情でこちらを睨むだけだった。


 これ以上待ってくれそうにない。

 とりあえず議場に連れていくしかないか……?

 だが、議長はメイシィを、メイシィは議長を不審に思っている。

 そんな状態で会わせて大丈夫か?

 どちらを信じるのが正しい?


 再度、メイシィを見る。

 彼女は、出会った頃と変わらぬ眼で俺を見つめている。


「テッド……お願い」


 信じて。


 メイシィの心からの願いに、俺は覚悟を決めた。




孤島で熊と修行していて投稿が遅れました。

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